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    天使くんとばじぽよの居酒屋エンカウントなお話
    ※モブがいっぱいコレクション

    #ばじふゆ
    bajifuyu

    死ごときが生意気な「場地さん俺、新しいバイト決まりました!居酒屋っす!!」
     千冬は高らかにそう言い放った。

     高校をなんとか無事に卒業し、場地は専門学校へ。千冬は大学の経済学部へ。同じ“ペットショップを開く”という目標を達成するために、この時ふたりは初めて別々の道へ進んだ。
     経営や、経理に運営、そういった気難しいことは俺に任せてください!!と千冬は猛勉強の末、大学のセンター試験を見事突破した。全ては場地の夢の為に。
     だって場地さんの夢は俺の夢でもありますから。と、合格通知を親より先に見せに来た千冬は少し恥ずかしそうに顔を赤く染めながら言った。
    「好きだ、千冬」
     合格おめでとうよりも、一緒に夢の為に頑張ってくれてありがとうよりも先に、場地の口から飛び出したのは長いこと胸の奥の奥のそのまた奥に仕舞い込んでいた感情だった。
     言ってしまった後、やべぇと思った。誤魔化すか?はぐらかすか?嘘だと言ってしまおうか。もちろん友人としてだぜ、なんて笑えばなかったことにできるだろうか。だけど、場地はそのどれも出来なかった。してしまえば、自分のこの感情が悪いものになってしまう。誤魔化さなければならないような、後ろめたいものだと認めてしまうことになる。
     たとえ誰に許されなくてもいい。せめて自分だけはこの感情を大切にしてやりたかった。
    「場地さん、俺」
     まんまるく見開いた瞳が、うるりと潤んだ。青白く透き通った頬が、首が、赤く色づいた。それから、くしゃりと笑って千冬は場地に飛びついた。
    「俺も好きです!場地さんが大好きです!!」
     団地中に響き渡る声で告白された。自宅にいる母親にも丸聞こえだった。「付き合ってくれ」の言葉より先に、玄関へ飛び出してきた母親に「千冬、うちのバカ息子をよろしく」と言われた。
     そうして場地と千冬は親公認の恋人となったのだ。

     恋人との同棲生活。幸せの絶頂にいるはずの場地。なのに尽きることのない悩みの種。本日、今この瞬間、また一つ種が蒔かれた。
    「バイトって、お前もうペットショップでしてんじゃん」
    「場地さん、俺ナメてました。開業ってめっちゃ金かかります!!多分普通は一回どっか就職して金貯めて独立って流れなんでしょうけど、そんな待てないっす!!」
    「いやだからって無理してバイト詰め込んで、肝心な学業をお、おろ?おろそかに?すんのは違ぇんじゃねーの」
    「大丈夫っす!!ペットショップ休みン時と、金曜の忙しいときのヘルプだけって話なんで!!」
     こうと決めたら、誰が何を言っても突き進む。それが場地であっても。千冬は結構な頑固者だ。場地は溜息を吐きながら「どこの店なん?」と聞いた。「言えないっす」と衝撃の言葉が返ってくる。言えねぇってなんだ言えねぇって。お前はコイビトに言えないようないかがわしい居酒屋でバイトする気なんかコラ。
    「だって、言ったら場地さん、店に来ますよね……?」
     俯いて、目線だけ上げて。見事な上目遣い。あざとさ満開の仕草を無意識でやってのけるのだから恐ろしいものだ。だが、残念ながら場地はそんなものでは誤魔化されないので、「俺に行かれたらマズイような店なわけ?」と言い放つ。
    「え?あ、違う!!店は普通の居酒屋っすよ!!」
    「店はってなんだよ。じゃあ、どこが普通じゃないわけ」
    「普通じゃないって言い方はよくないっす。俺、それは悲しいです。俺も一緒だから……」
    「回りくどい言い方すんなよ。めんどくせぇから」
     ぶっきらぼうな言い方だが、場地はただ心配なのである。その気持ちは千冬にもきっと伝わっている。
    「て、店長が……、その、お、男の人が好きなんです!!」
    「却下。頑固反対。今すぐ断れ」
    「あーーーっ!!そうじゃなくて!そうじゃなくて!!」
     千冬は喚きながら場地の腕を掴んだ。
    「店長ぜってぇ場地さんタイプだから来ないでください!!ほんと、めっちゃいい人っぽいけど狙われたら胃袋掴まれてどんな男でもイチコロのノックダウンだって!!だから!絶対!!店は教えません!!」
    「いや、だからお前がそこでバイトしなければよくね?」
    「ムリっす。あのまかないのオムライスを食っちまったらもう、他のオムライスなんて食えねぇ」
    「いやお前が胃袋掴まれてんじゃねぇかよ!!」
     つか、なんでまだ働いてないのにもうまかない食わせてもらってんだよ。
     と、場地の説得虚しく千冬が例の居酒屋で働き始めて早ひと月。まかないがうますぎて太ったと、場地には全く分からないが本人はショックだったらしい。たまに単発の労働系のバイトまで入れ始める始末。いやだから、居酒屋のバイト辞めればよくね?と、思わずにはいられなかった。ていうか言った。そして「えへへ」と誤魔化された。いや俺も誤魔化されるな。

    ▧ ▦ ▤ ▥ ▧

    「やっと終わった……」
     三日間の実習はなかなかにハードで体力に自信のある場地ですら疲労を感じるほどだった。
     若者である彼ら。感じた疲れを癒すのは休息などではない。と、いうことで「打ち上げどこにするー?」と上がる声に拒否権などは含まれていなかった。
     女三人、男二人、計五人で場地の実習グループは構成されていた。実習自体は三日間だけであったが事前準備から行っていたため、もはや同じ試練を乗り越えた、いわば某ゲームのパーティーのような結束の強さすら感じていた。
     なので、普段はあまり飲み会に参加しない場地もこの時ばかりは乗り気であった。
    「あそこ行こ!個室のあるバル!!料理めっちゃおいしいし」
    「あーあそこね。料理はね、うん、美味しいよねぇ」
     含みのある言い方に「料理は?」と同じグループの佐藤が返す。
    「店員さんがねーちょっとねー」
    「ねー」
     ふたりが顔を合わせて笑い合う。大方目当ての店員でもいるのだろう。
     特に反対意見も出なかったため店はその個室があるバルとやらに決定した。
    「高校ン時の友達に誘われて行ったんだけどね、ちょーおしゃれでめっちゃおいしいの!!もうこれは絶対ありりんに教えなきゃって思って!!」
    「そうそれであーりんと一緒行ったら運命の出会いをしちゃってー!!」
    「ありりん秒で落ちたよね。天使くんに!!」
    「あれはまじムリ。可愛すぎ!!」
    「たしかに可愛すぎた!って、ねぇ場地ぽよ聞いてる?」
    「聞いてる聞いてる」
     場地さんいいですか!!名前にピーとかたんとかつけて呼ぶ女子はセーフです。逆にセーフです。フレンドリーな軽いノリで接する女子は案外友達としてすっげぇいいアドバイスくれたり、なんか困ったときに助けてくれたりしますから。向こうも自分をいい友達だと思ってくれてるパターンっす。と、脳内にいつかの千冬の言葉が蘇る。
     何がどうセーフなのか分からないが、なぁ千冬。俺、場地ぽよって呼ばれてんだけど、ぽよもセーフですか?
    「けーすけ君どうしたの?疲れちゃった?……まぁ実習ハードだったもんね」
     盛り上がるふたりとの会話に入っていない女子が場地に声を掛ける。
     場地さんいいですか!!場地君って呼んでくる女子は要注意っす!!圭介君ならアウト!ぜってぇ場地さんのこと狙ってるので、もうガードガチガチのガッチガチに固めて挑んでください!!と、またも蘇る千冬の声。
     千冬、お前の言い分だと俺はこの子に狙われているらしい。ところで挑めって何にですか?
    「天使くんマジで可愛いから。佐藤も惚れるよ」
    「いやどうせ男だろ?なぁ可愛い女の子の店員いない?」
    「男の佐藤も惚れるくらい可愛い天使くんならいる」
    「え、佐藤がライバル?やば、あたし負ける気しない」
    「ありりんの圧勝だね。ちなっちゃんもそう思うよね?」
    「え?あー……うん、そうだね」
     とりあえず天使並みに可愛い男の店員がいるってことと、飯の旨いバルって情報しか得られていないが、一行は無事に店に到着したのだった。
     「いらっしゃいませ、何名様ですか?」と決まり文句を放つ店員に答え個室に案内される。ちなみにその店員は例の天使くんではなかったらしい。
    「なぁなんで天使くんなん?」
    「さらふわの金髪でぇー、とにかく顔が可愛い!!なんかにゃんこみたいな感じなの」
    「えぇー俺イヌ派だわ」
    「は?お前の好みなんて聞いてねぇーし」
    「ねぇさっき店内見たけど天使くんいないっぽかった。ショック。今日金曜なのに!!今日こそ名前と連絡先聞くって決めてたのに」
    「ありりんマジじゃん」
     席に着くや否やマシンガントークを繰り広げる一行。場地はその声をBGMにドリンクメニューを広げる。
    「けーすけ君何のむの?」
     ちなっちゃんと呼ばれた女が向かいの場地に小首を傾げて聞いてくる。セミロングの黒髪を揺らしながら大きな瞳を細めて「私、実はあんまり飲めなくって」と続けた。
     「ソフドリもあるけど」とドリンクメニューを渡せば、「でも今日は頑張りたいな」と声を弾ませた。頑張るって何を?酒を?頑張って飲む必要なくね?と思った場地だが、脳内千冬が『場地さんガードっ!!』と叫んでいるのでとりあえず笑って誤魔化した。何故か顔を赤くして俯いてしまったちなっちゃん。
    「ちょっと場地ぽよ聞いてないでしょ!!」
    「あ?佐藤が聞いてんだろ」
    「佐藤はいい。マジ大丈夫。むしろノーセンキュー」
    「なんでだよ!!つか俺のことも佐藤ぽよって呼べよ!!」
    「語呂悪いからいい。佐藤は佐藤だから。佐藤以外の何者でもないから」
    「むしろ佐藤でもないから」
    「いや佐藤だわ。佐藤は佐藤だわ。俺から佐藤取ったら何が残んだよ!!」
    「眼鏡」
    「んーーー、眼鏡!!」
    「ひっでぇ!!場地との扱いの差!!」
     場地ぃ女子がイジめるぅー!と引っ付いてくる佐藤を「うぜぇ」と交わす。交わしたところで「失礼します」と声が掛かって店員が個室に入ってくる。
    「オーダーうかが、え?!あ!!……え、えと、伺います!!」
     盛大に噛んだ店員とあからさまにテンションを上げる女子。あたしカシオレ、あたしもー、俺ビール、私はカルアミルクで。とそれぞれが注文していく中、場地はメモにペンを走らせる店員を見つめた。
    「場地?どしたん?」
    「あ、……俺、ハイボールで」
    「かしこまりました!!」
     オーダー繰り返します!と、聞きなれた声が酒の名前を上げていく。カルアミルクを『かりゅあみりゅく』と噛み倒して耳まで真っ赤になった店員は逃げるように「失礼します!!」と個室を後にした。
    「て、天使くんいたよぉあーりん!!」
    「や、やば、今日の天使くん可愛すぎるんだけど。キュン死にした。ね、ありりんヤバかったよね!」
    「あー可愛さが留まるところを知らない。次、あたしもカルアミルク頼むわ」
     場地は顔を顰めた。顰めずにはいられなかった。なぜならば、彼女らの言う“天使くん”の正体こそ、場地の恋人である“松野千冬”であったからだ。

     さて、どうしたものか。恋人が口説かれるのを黙って見ていなきゃいけないなんて地獄だ。だからと言って、あいつ俺の恋人だから、といきなり宣言してもいいものか。悩んでいる間にも注文した酒や料理が運ばれてくる。何故か最初のオーダー以降、天使くんこと千冬が場地の席へ来ることはなかったが。
     場地は、ちなっちゃんが取り分けてくれたカプレーゼやアヒージョやローストビーフやらをつまみながら思った。なぁ千冬、お前居酒屋でバイトって言わなかった?ここ居酒屋じゃなくてバルって言うらしいぜ。酒を飲む場所はバー、酒とメシを楽しむ場所は居酒屋、といった認識を持つ場地。まぁ大方千冬も同じ認識だったのだろうが。
     クソ、こんな洒落た場所でずっとバイトしてやがったのか。もっとこう、おっさんが豪快にビールと揚げ物を食らっているイメージの居酒屋を想像していたので、場地はやっぱり顔を顰めずにはいられなかった。
     メシはめちゃくちゃにうまかったが。
    「ねぇ、天使くん全然来てくれないんだけどー」
    「指名してもいいかな?」
    「いや、ホストクラブじゃねーんだから」
    「佐藤変わってきてよ。あたしら天使くんと飲むから」
    「あーりんナイスアイディア!!ちょっと佐藤あっちのオーダー取ってきて」
    「いや意味わかんねぇから!!場地ぃ女子がいじめる!!」
    「だぁー鬱陶しい!!引っ付くな!!」
     いい感じに酔いも回っているのか佐藤が場地の腕にしがみ付いて首筋に顔を埋めてくる。思わず肩パンを繰り出す場地。これでも利き腕と逆で殴ったので許してほしい。痛ってぇ!!と大袈裟に転がる佐藤に爆笑するあーりんとありりんであった。
    「ん、けーすけくん。なにかのむ?」
    「お前顔赤くね?もう酒やめとけ」
     場地は向かいのちなっちゃんの手からドリンクメニューを奪う。「えぇまだのむぅ」と舌足らずな声で抵抗され、「けーすけくんのいじわる」と頬を膨らます。とりあえずお冷を頼むべく店員を呼ぶ。
    「失礼します」
     個室に入ってきたのは千冬だった。「あー、お冷クダサイ」とちょっと照れが入って片言になる場地。「えぇ、ちなつまだのめるよ、けぇすけくん」と甘ったるい声で言われてギョッとする。いやさっきまで私って言ってたじゃねぇか!!
    「お冷ですね。かしこまりました」
     二オクターブくらい低い声。いや正確には分からんけど。千冬と目が合うと、ムッと口をへの字に曲げてフンッとそっぽを向かれる。なんだそれ、お前すっげぇ可愛いな。あからさまなヤキモチを妬く千冬に場地は思わずにやけそうになって手のひらで口を覆った。
    「私、カルアミルクで」
    「はい!かりゅ、かるりゃ、かるあみにゅく!!……ですね」
    「すみません、私もカルアミルクで」
    「はい!オーダー繰り返します。お冷ひとつ、カルアミルク──っ!!ふ、ふたつですね!!」
     失礼します!!と千冬が帰って行く。
    「待って、カルアミルク言えなさすぎるの可愛いんだけど」
    「そのあとのカルアミルク言えた!!って全力の笑顔が尊すぎるんだけど」
    「あぁぁ天使くんマジで天使!!」
    「愛しい、守りたいその笑顔!!」
     盛り上がる女子に今度は場地がムッとする番だ。今夜からカルアミルクって寝る前に百回言う練習させようと場地は心に誓った。
     間もなくオーダーした酒を片手に千冬が戻ってくる。素早く酒をテーブルにのせ、撤収しようとしたところで、「店員さん」と女子が声をかける。
    「お名前なんて言うんですか?」
    「え?ち、千冬っす」
    「千冬くんって言うんだぁー!!」
    「ねぇ千冬くんはバイト、何時に終わるの?」
    「えっと……、あと三十分っすかね」
     なんでそんなこと聞いてくんの?と、疑問を浮かべつつも律儀に答える千冬。場地はこの、千冬の鈍感さが悩みの種の根源だった。もはや種どころか芽吹いて花まで咲かせているレベル。こいつ、自分が好意を持たれてるなんて微塵も思ってないんだろうな。
    「じゃあ、もしよかったらバイト終わったあと合流しませんか?」
    「あ!いいね。千冬くんも一緒に乾杯しよ?」
     は?はぁ??何言ってんだ!つかあと三十分もしたらお開きだろ!解散だろ!!そんで俺は千冬と帰んだよ!!
    「え?!いいんですか?!」
     目を輝かせて声を弾ませる千冬に、場地は思わず「よくねぇよ!!」と叫びそうになった。気持ちを落ち着かせる為に口に含んだ酒が気管に入って噎せてしまい、叫ぶどころではなかったが。
    「千冬くんさえよければぜひ!」
    「あ、でもば──、お、お兄さん方もいいですか?」
     場地と言いかけた言葉を飲み込んで言い直した千冬に、場地は無性に苛立った。普通に呼べよ、なんて理不尽にムカついた。まぁ、ゲホゲホ咳き込んでいる間に佐藤が「いいよー」と軽く返事してしまったのだが。
     「またあとで!」と満開の笑顔で去って行った千冬。色めき立つ女子たち。
    「勝った、これは勝ったわ。正直賭けだったけど、なんかすっごい嬉しそうだったし!!」
    「いやまだお前目当てとは限らなくね?」
    「は?佐藤黙ってろよ」
    「は?佐藤引っ込んでろよ」
    「え、怖っ!!」
     さてどうしたものか。つか、なにしれっと合流することになってんだよ。
    「あー、あんさ、さっきのあの店員だけどよォ、」
    「え、待って場地ぽよ。流石の場地ぽよでも譲れないから。負けられない戦いがここにあるから」
    「そうだよ場地ぽよ。ありりんは本気なんだから。初めて天使千冬くんに会ったときからずっと好きなんだから」
    「そうマジだから。早い者勝ちだから」
    「いやそうじゃなくて、」
     場地は小さく息を吐いて、「あいつ恋人いっから」と言い放った。は?え?と、言葉を詰まらす一同。
    「いやだから千冬、恋人いるからやめとけ」
    「え?なに、え、知り合い?!」
    「はぁ?!言えよ!!初見で言えよ!!」
    「いやなんかタイミング逃してよォ」
     どういう関係なんだ!!と詰め寄られて「中学ン時の後輩」と無難な言葉を返す。
     あの日、千冬に好きだと告げた時、自分だけはこの感情を大切にしたいと思った。他の誰に許されなくてもいいと本気で思った。だから、言いたかった。高らかに言い放ってやりたかった。
     あいつは俺の恋人なんだと。
     でも言えなかった。
     世界の全員に後ろ指を差されても、好奇の目に晒されても、俺には千冬さえいればいい。だけど、千冬が後ろ指を差され蔑まれるのも、好奇の目に晒されて嘲笑われるのも我慢ならなかった。
     口先だけでも、世界中の人間が敵に回っても俺がお前を守るからなんて、言ってやれない自分が不甲斐なかった。
    「でもあたし諦めないけど」
     彼女は強く言い放った。
    「だって好きって伝える権利くらいは、あたしにもあるでしょ?」
     彼女の何にも臆さない、恐れひとつ感じさせない、その強かな口調に場地は言葉を飲んだ。
     好意を伝える権利は誰にだって平等に与えられている。たとえ、相手に恋人がいようとも。だって、結局選ぶのは本人なんだから。
    「もしかすると、千冬くんが恋人よりもあたしを選んでくれるかもしれないじゃん」
    「それはねーよ。あいつ、恋人にマジ惚れだから」
     思ったよりも低くて冷たい声だった。あーあ、やっちまった。でも、後悔はなかった。イヤなやつだと思われたってよかった。むしろ清々しさすらあった。
    「えーと…、もしかして場地ってさ」
     佐藤が言葉を濁す。まぁそうだよな。ここまで言い切れば誰でも察するわな。そうだよ。俺だよ。あいつのべた惚れしてる恋人は。と、場地が言い放とうとした。
    「場地ぽよありりんにラブなん?」
    「そうだ……、は?」
     言い放とうとして、中途半端に言葉が止まった。……なんて?
    「え?!うそ、全然気づかなかった!!ごめん場地ぽよ」
    「は?」
    「マジか場地、なんかごめんな」
    「うん、本当ごめんね。場地ぽよ」
    「あ?」
     場地が状況を理解できないまま会話が進んでいく。待って、マジ待って。なにがどうしてそうなった……?
    「ごめん場地ぽよ。気持ちはマジ嬉しいけどさ、あたしやっぱり千冬くんが好き」
    「いや違ぇーけど?!」
    「場地ぽよ照れんなし。大丈夫、失恋もいつかはいい思い出になっから」
    「だから違ぇーって!!」
    「けーすけくん、ちなつ、慰めてあげるよ?」
     場地は顔を顰めた。もう何を言っても無駄だった。完全に自分の想い人が別の男とくっつくことを回りくどく阻止する、半端なくカッコ悪ぃ男に成り下がってしまっている。どんな言葉で反論しても、もはや言い訳にしか聞こえないだろう。
    「場地ぽよ、ありがとう。あたし絶対千冬くんと上手くいってみせるから!」
     場地は途端に面倒になった。アルコールも入って若干の気だるさすらある。もうどうにでもなってしまえと、酒を煽った。

    「失礼します!!」
     耳障りのいい声が場の空気を一変させる。あぁもう三十分経ったんか。私服に着替えた千冬が「これ差し入れっす」と山盛りの唐揚げをテーブルの真ん中に置く。
    「待ってたよー千冬くん!」
    「ありがとう千冬くん!ねぇこっちに座って?」
    「えっと…、俺、場地さんの隣に失礼します!!
     と、元気よく声をあげ、千冬は場地と佐藤の間に入り込んだ。そして、自分の目の前にふわとろのオムライスを置く。
    「すんません、腹減ってて。メシ食っていいっすか?あ!俺のことは気にせずお話どうぞ続けてください!!」
     え、と固まる女子たち。そりゃそうだろう。ある種、ナンパのようなものだった。当然彼女らが話したいのは千冬である。それが、自分のことは気にせず、なんて言い放ってメシを食い出す。
     けれども、それでめげる彼女らではない。
    「ねぇ、千冬くんは──」
     くわっと大口をあけて、パクッと一口。もぐもぐ、ごっくん。「うんめぇー!!」と、でっけぇ感想。おいしくて幸せって全身で叫んでる感じ。
    「あ!すんません!!なんですか?」
    「えっと……美味しい?」
    「はい!すっげぇ旨いっす!!あ!そうだ場地さん!!」
     千冬はスプーンにたまごとチキンライスが丁度いいバランスでのせて、場地の口に向ける。
    「半分こ」
     どーぞ。と、眩しいくらいの笑顔を浮かべる千冬に場地は、少しだけ躊躇して、でもパクんと頬張る。とろけるたまごはほんのり甘みがあって、チキンライスには玉ねぎとあらびきのウインナーの旨みを感じる。
    「うま」
    「っすよね!!あー俺の夢叶いました!」
    「夢?」
    「このオムライスをいつか場地さんにも食べさせてあげたくて!!半分こ、したいなって」
     やった、と小さい呟いてまた一口ぱくり。次はスプーンですくって場地へどーぞ。

     は?と、小さく響く呟き。怪訝そうな表情の佐藤と目があった場地は、ふと昔の友の言葉を思い出す。野郎同士で一つのものを食い合わない。同じスプーンとかあり得ない、と。これは付き合う前から場地と千冬にとっては当たり前な行為だったので、自分たちが世間からズレている自覚はゼロだった。
     が、この反応。これってやっぱ普通じゃねーの?やべぇな。と場地は咀嚼しながらとりあえずスルーした。
     「えっと、千冬くん」と、何とも言えない空気にメスを入れたのはありりんだった。千冬は「ふぁい」と、口にたくさん詰め込んだまま、律義に彼女をまっすぐ見つめて返事をした。
    「千冬くんって恋人いるんでしょ?ねぇどんな子なの?」
     もぐもぐ、ごっくん。千冬は綺麗に飲み込んで、それから彼女に向かって堂々と、そして高らかに言い放った。

    「俺が生涯大好きな人です」

     すっげぇカッコよくて!あ、カッコイイって顔だけじゃないっすよ。いや顔もマジでめちゃくちゃカッケぇーし、朝顔合わす度に俺、うわぁ超カッケェ!!って、この人俺の恋人なんだって照れちゃうんすけど、でも本当にカッケェのは中身なんです!!大切なもん守るために、自分の命張れる、すっげぇカッコよくて、強くて、そんで優しい人です。優しくて、大事なもん守るためならなんでもできる人なんです。たとえ自分が犠牲になったとしても。
     千冬は躊躇うことなくそう言葉を紡ぐ。
    「だから、俺が守るんです。自分を犠牲にするあの人の代わりに、俺があの人のこと守るって誓ったんです。生涯、守り抜くって、死ぬまで…、いや死んでからも守り続けるって決めたんです。だって俺、場地さんのこと大好きだから!」
     千冬はまっすぐに彼女を見つめて言い切った。千冬の手が小さく震えていたのを、場地だけは知っていた。
    「えっと……、千冬くんの恋人って場地なん?」
    「え?……え?!あ、え、俺もしかして場地さんって言っちゃってました?!」
    「あーうん。場地さんのこと大好きって最後の最後に、ね」
    「あぁぁぁぁ、場地さんすんません!!」
     佐藤の気まずそうな顔と、いまにも倒れそうなほど顔を真っ青にした千冬が場地を見つめてくる。どうしようどうしよう、とオロオロする千冬。お前さっきまでクッソかっこよかったのにな。でもさ、お前が如何に俺を好きか語ってくれてる最中、ずっと口の端にケチャップついてたわ。
     場地は笑みを零した。零さずにはいられなかった。慌てふためく千冬の顎を掴んで、口の端の真っ赤なケチャップを舌先で器用に舐めとった。
    「俺もお前のこと大好き」
     ぶわっと顔を真っ赤に染める千冬。真っ青からの真っ赤。ぷしゅーと音が聞こえそうなほど熱を帯びた顔を両手で覆って千冬は俯いた。場地はそんな千冬の肩を抱いて引き寄せた。
    「悪ぃけど、千冬は俺の恋人だから、諦めて」
     場地はただ、真剣な眼差しを浮かべ、彼女をまっすぐに見つめた。
    「あー、あたし完敗なんだけど」
     はぁーーーっと深い溜息を吐く。
    「あたしら完全に当て馬じゃん。場地ぽよ相手じゃなきゃ泣き喚いてた」
    「マジありえない。場地ぽよじゃなかったら絶許だった」
    「マジ佐藤だったらちょんぎってた」
    「え?!なんで俺?!てか何を?!?!」
     もう今日はやけ酒でーす!と、店員を呼びつけ、「あたし麦焼酎ロックで」「あたし芋がいい。ロックで」とさっきのカシオレやらカルアミルクとは全く別系統のオーダーが続く。
     「あ、私はウイスキーロックで」と言い放ったちなっちゃんに佐藤が「酒飲めねぇんだろ?やめとけ」と止める。
    「酒?くっそ飲めるけど。私ザルだし」
    「は?」
    「お酒弱くて、酔っちゃって、あわよくばお持ち帰りしてもらえないかなーって下心あっただけだから」
     私も完敗したからやけ酒するーっと声を上げるちなっちゃんに、みんなで酒浴びよーっと返すありりん。シメはいつものラーメンねっとあーりんが笑う。
     女子の豹変に男共はただただ唖然とするしか無かった。不安げに場地を見上げる千冬。自分の発言がよくなかったのか不安なのだろう。場地は千冬の頭をくしゃりと撫でた。
    「そこイチャつくなリア充」
    「千冬くん、おねーさんと連絡先交換しよ?」
    「は?させねぇーよ」
    「場地ぽよが女子に言い寄られてたら告げ口したげる」
    「メアドでいいっすか?!」
    「おい千冬!!」
    「ついでに場地ぽよのオフショも送ったげる」
    「あざっす!!お願いします!!」
     両手で携帯を差し出す千冬に場地は頭を抱えるのだった。
    「ねぇ、生涯大好きって最高だね。あたし、プロポーズはその台詞言ってくんなきゃ受けないって誓った」
     彼女は千冬に微笑んだ。下心などない、純粋な好意だけを滲ませた笑みだった。
    「死んでも守り続けるなんて、場地ぽよは幸せもんだね」

    ▧ ▦ ▤ ▥ ▧

    「場地さん場地さん」
    「ん?」
    「俺、すんません。場地さんのダチに男と付き合ってるってバラしちまって」
     帰り道。夜風がアルコールで火照った頬にあたって、心地よかった。
    「いーよ」
    「本当っすか?」
     本当だよ。これは怒ってるわけでも不機嫌なわけでもない。照れてんだよ。千冬が俺のことどんな風に思ってんのか、お前本人の口から言われて、嬉しいかったよ。分かれよ、バカ。
     なんだよ、生涯大好きって。生きてきた時間より、これから生きていく時間のが何倍も長ぇのに、お前は何の躊躇いもなく死ぬまで俺が好きだと言ってのける。死んでからも守り続けるなんて言い放ちやがる。
     それが、嬉しくて、嬉しくて、そして少しだけ悲しかった。
     千冬は、場地の顔を覗き込んで、嬉しそうに顔を綻ばせた。俺場地さんの考えてること分かるんですよ、といつか言っていた言葉は本当らしい。
    「場地さん場地さん」
    「なんだよ」
    「手、繋ぎたいなぁーって」
    「調子乗んな」
     「えー」と、声を上げながらくすくす笑って。最初から断られること分かっててこいつは聞いてくるんだ。だから、そう、ちょっとだけムカついたから、その手を攫って指を絡めるように握り込んだ。
    「お気に召しましたか?」
    「へへ、えへへ、場地さんの手、冷てぇっすね」
    「心があったけぇかんな」
    「はい!」
     幼児のようにブンブン腕を振って、スキップを踏むように足を弾ませて。冷たく暗い夜道を、手を繋いで歩いてるだけで、お前はそんなに楽しくて嬉しくて堪らないって笑えるんだな。
    「俺、場地さんが好きです」
    「うん」
    「ずっと場地さんが好きだったし、今この瞬間も大好きだし、この先もずっと大大大好きなんです。だから、俺は、この気持ちを全部隠さず場地さんに、堂々と伝えられるって権利をもらってるってだけで幸せなんですよ」
     例えば、何か重大な決断を迫られたとして、千冬はそれがどんな選択肢であっても何の躊躇いもなく場地の為になる方を選ぶのだろう。そしてきっと、場地は千冬を選べないと、そう思っているのだろう。場地はそれが悲しかった。
     俺の考えてることなんでも分かんのに、肝心なとこだけは伝わってないんだよな。
    「俺は死んで生まれ変わっても、お前を愛してるよ」
    「え、」
    「来世も、俺はお前のもんだって言ってんだよ」
     死がふたりを分かつまで、なんて有名なセリフがあるらしいけど、俺は死ごときが俺らを裂こうなんて百万年は早いと思うね。そんで、百万年も経てば流石に諦めんだろうよ。こいつらは何したって引き裂けないってね。

    「じゃあ、死すら俺らを分かてない、ってやつっすね」
     千冬は嬉しそうに笑いながら、鼻声でそう言った。街灯に照らされた、千冬の頬を伝う涙が小さく光った。それを綺麗だと思いながら、場地は指先で拭った。

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