朝も夜も例えば、部活終わりに水戸の家へ泊まりに行く月曜日の夜の話。
水戸の家へ着くまでに二人でコンビニへ寄り、あれが良い、それは駄目、これは美味かった、と言い合いながら飯や菓子などを買い込み、一晩では消化しきれないほどの品が詰まった袋を提げて水戸の家を目指す時間を俺は気に入っている。
泊りに行くのは必ず水戸の両親が不在で、誰も居ない日だけだ。
親父さんは仕事で長期不在だし、お袋さんは病院の夜勤がある。
そんな両親の不在中にまだ顔も知らない俺が泊りに通うのは良いのかと再三尋ねはするものの、水戸は決まっていいのいいの、と腕を振って軽く交わされてしまう。
折角の二人きりを楽しもうよ、とまで言われるとその言葉に甘えてしまい、うんと頷く自分も大概ではある。
家に着くと先にシャワーを勧められ、俺が汗を洗い流している間に水戸は買い込んだ食品を冷蔵庫へ入れたり、部屋まで運んだりと忙しそうだ。
何か手伝うと言っても客人はくつろいでての一点張りで、テキパキと動きまわる水戸を眺めているしかない。
それが居心地悪くて最近は風呂上りにあえて時間がかかるよう濡れた髪を丁寧にドライヤーで乾かし、水戸の足音が落ち着いた頃に部屋へ行くようになった。
「こら、寝るならちゃんと布団で寝な。風邪ひくだろ」
「………ねてねえー」
「寝てる奴が言うやつじゃん」
食後はダラダラとテレビの前で過ごし、クイズ番組であればどちらが正解かと勝負し、バラエティー番組ならばゲラゲラと笑い、グルメ番組ならば旨そうだ、高そうだと言い合い、スポーツならばお互い真剣に鑑賞する。
今夜の水戸が選んだ医療系の難しそうなドラマに俺は面白みを感じなかった。
だから胡坐をかく水戸の膝に頭を預けて寝転がり、気付けば瞼が重くなっていた。
すると背中を丸めて上から顔を覗き込まれ、わざとくすぐるように頬を撫ぜられた。
それよりも首を掠める水戸の前髪がくすぐったくてフッと息を吹きかけると再びこら、と優しく叱られ、こんな些細なことでも幸せそうに笑うその表情をまじまじと眺めた。
「…お前、モテるだろ」
「そうだね、可愛い年上の恋人にモテまくりだよ」
次には生意気そうに口角を上げて笑うのだから俺を飽きさせない奴だと感心した。
こんなにも出来た奴が俺なんかに引っかかってしまって可哀想に、と他人事のように憐れむこともあるが、こうして本人が幸せそうにしているので問題は無いのだろう。
何より毎回毎回お願い三井さん、とあえて可愛らしくワガママを言ってはあらゆる経験を奪われているのは俺の方なのだから一生を捧げてもらわないと割に合わない。
「ほら、アンタ夜が弱いんだからさっさと寝なって。歯磨きはトイレも済ませなよ」
「…っとに小言の多い奴だな」
「言われたくないならさっさとする。何でこんなに夜が弱いくせにグレてたんだか」
「うるせー。健全に部活に励んでる証拠だ」
渋々起き上がると次は歯を磨け、トイレへ行け、と母親以上の小言が続いた。
余計な一言まで当たり前のように口にするのだから本当に生意気だ。
反論すると長くなるから聞き流してはいるが、俺は夜が弱いわけではない。
日中にそれだけ活動し、体力を消耗しているから眠くなるだけだ。
いつか必ず根っからの不良で夜型のお前の基準で偉そうに言うなよ、と反論してやる。
例えば、翌日に何の予定も無く水戸の家へ泊りに行く土曜日の夜の話。
都合が良ければ週に一度、都合が悪ければ三週に一度の特別な夜になる。
水戸が俺のスケジュールを把握した上で泊りにおいで、と言えば俺に断る理由は無い。
勿論両親は不在で、いつも通りコンビニへ寄った後、ドラッグストアへ足を向ける。
中身が分からないよう茶紙の袋に包まれたそれをコンビニの袋に詰め、水戸の家へ向かうまでの時間が俺はあまり得意ではない。
わざわざ俺と二人で居る時に買うなよと少し先を歩く水戸の背中へ言っても二人で選びたいじゃんと肩を揺らして笑うだけで、改善してくれる気は無いらしい。
その上決まって俺にレジへ行かせるのだからコイツのたちの悪さは本物だ。
家に着けば早くも玄関で体調はと確認され、俺からは平気、と一言だけ。
そのまま一人だけ先に風呂場を目指し、片付けや準備は全て水戸に任せている。
しっかり自分の準備に専念し、まだ二桁にも達しない水戸との夜を思うとつい気が張る。
今更恥ずかしいだの恐いだのは無いが、慣れないものはやはり慣れないのだ。
だから余計に時間をかけてしまい、その後の展開を意識するあまり羞恥心から部屋に戻れずにいると必ず水戸が迎えに来る。
水戸が迎えに来るまでの間や、水戸がシャワーを済ませるまで一人布団の上で待つ間、俺がどれだけ緊張しているかなんてダサいことがバレていないよう願うばかりだ。
「三井さん、桃剥いたよ。どう食べられそう」
「………食う」
深夜二時。十分ほど前に部屋を出た水戸はいつもよりうんと優しい声で戻ってきた。
片手に剥いたばかりの桃が乗った皿を持ち、俺よりも先に素手で頬張った。
一方で俺はまだ布団の上から動けず、Tシャツと下着を着るだけで精一杯だ。
横になったまま食うと言えば水戸が枕元で胡坐をかき、桃を口まで運んでくれた。
冷房が効いているはずなのにまだ熱を持った体には丁度いい水分補給になる。
程よい甘みを気に入って飲み込んでは次を催促していると水戸は満足そうに笑い、自分が食べるよりも俺に食わせる方に専念した。
俺に食わせたあと、濡れた指先を舐める様はとても十五歳とは思えない姿だ。
「何で楽しそうなんだよ」
「だってアンタ、普段じゃ絶対布団の上で食事なんてしないでしょ」
「…お前が食わせてるのに」
「分からないだろうなあ」
つまり行儀が悪いと指摘しているのかと恥ずかしくなったのはほんの一瞬で、つい先ほどまで布団の上で散々卑猥な行いをしたお前が言うなと心の中だけで反論した。
こうして起き上がれずにいるのだって全ての体力を奪った水戸が悪い。
俺は悪くないと開き直り、四つ目の桃を飲み込んだところで喉に違和感を覚えた。
「なあ、桃の御礼に良いもんやろうか」
「えー何してくれ…あははっ、ちょっと、マジでアンタさあ…っ」
水戸の気を引くよう得意気に笑い、嬉しそうに顔を近付けたタイミグで舌を突き出した。
何かとすっかり期待をしていた水戸は俺の舌先にあるものに気付くと途端に吹き出し、天井を見上げてゲラゲラと笑いだしたから俺の狙い通りの結果だ。
十五歳らしい笑い声を楽しみながらティッシュに腕を伸ばし、唾液と共に水戸の毛も吐き出して見せつければ水戸の笑い声がいよいよ止まらなくなった。
つられて俺も口を開けて笑い、深夜の一軒家に二人分の馬鹿笑いが響く。
今夜も好き勝手にされてしまったが、水戸のこんな笑う姿を見れたのなら良しとするか。
いつまでも大人ぶりやがって。俺に敵うと思うなよ。
例えば、部活終わりに水戸の家へ泊りへ行った翌日の水曜日の朝の話。
朝練に備えて必ず朝食は白米と決めている俺に、水戸は好きに台所を使って良いと言う。
流石にそこまで甘えられないと断ればじゃあついでに俺の朝食もお願いだの、恋人の朝食で朝を迎えたいだの調子のいいことを言われて丸め込まれてしまった。
食材は前日のスーパーで準備したものの、勝手に他所様の台所を使うのは気を遣う。
だからせめてもの御礼に夜勤明けの水戸のお袋さんの分まで用意すると後日、水戸伝手に大変感謝しているとの言葉を頂いた。
直接会う機会が無いので真相は不明で、水戸が俺の為に言った嘘かも知れない。
かと思えば更に後日、再度泊りへ行った際にお袋さん直筆の手紙に感謝が綴られていた。
そうなると手は抜けず、朝食は自宅で迎えた朝よりも豪華にしがちだ。
同時に二人分の弁当も用意するようになったから平日の朝は本当に忙しい。
「おい水戸、お前そんなになるなら布団で寝てろよ」
「………おきてる」
「寝てる奴が言うやつな」
俺が慌ただしく朝食を作る間、水戸は背後でテーブルに額を預けて寝ぼけている。
元々朝に弱いくせに無理してまで俺に合わせるな、と言っても毎回この調子。
昨晩は大人ぶって俺を寝かしつけようとしていた奴が朝になった途端にこれだ。
そんな姿勢で寝ては体を痛めるとまで言って肩を揺さぶっても頑なに聞きやしない。
「お前って朝だけうちのお眠ちゃんみてえだよな」
「はうちのうちのって言ったうちのって何」
「いや、だからうちの部員のって意味だろ」
「じゃあ俺は俺のことは何て言うわけ」
「あー…俺の水戸」
「ふうん…まあ、悪くないかもね」
「朝からダル絡みするなよ」
いきなり飛び起きたかと思えばこれで、朝から相手をするにはちょっと面倒くさい。
だからはいはいと流し、再度椅子に腰かけて眠るまでを待たずに料理を再開した。
どうせ次に目覚めた時にはまともに覚えてはいないのだから流すくらいが丁度いい。
「はい俺の子ゴリラちゃん、さっさとお布団に戻りましょうね」
「………アンタも」
「馬鹿言え俺は朝練だ」
朝食を終え、出発しようとすれば玄関で抱き着いた水戸が離れないのも毎度の事だ。
二度寝するにはまだ十分に時間があり、朝練に参加するにはギリギリくらい。
だから離せと言っても正面からしっかりホールドされ、胸に顔を埋められたまま。
朝だけは可愛い十五歳なくせに、登校する頃にはいつものスカした水戸になっているのだからどういう仕組みなのかと不思議でならない。
「おら、チューしてやっからお前はちゃんと寝てこい」
「………じゃあ、また学校で」
強引に前髪をかき上げ、生え際をちゅう、と吸っても無抵抗だ。
満足気にヘラヘラと笑って離れるものだから俺の方からおい添い寝は要らないのかよ、と言いたくなる気持ちをグッと飲み込んで朝練へ向かった。
「アンタさあ…自分が何したか分かってる」
「どうした水戸、朝から可愛いじゃねえか」
実のところ、俺は水戸からアンタ、と呼ばれるのを結構気に入っている。
咄嗟に出た言葉でもあるだろうから自然で、感情が分かりやすい。
だから登校するなり体育館へ乗り込んできた水戸の第一声に俺は一人で大笑いした。
丁度練習も終えたところなので持っていたボールを後輩に託し、そのまま出入り口で怒りに肩を震わせる水戸の正面まで歩み寄ってみた。
どう怒られようと前髪を下しているだけで幼く見え、周りからも別人だ、と聞こえた。
それを不満に思い、益々機嫌を悪くするその反応すら俺には可愛いとなる。
「そう怒るなよ、可愛いんだって褒めてんだからよ」
「…アンタ、覚えてろよな」
腕を伸ばし、少し長めの前髪を人差し指で流せば額の生え際に赤い印があり、期待通りの言葉と反応に俺は酷く満足した。