【再掲】俺の恋人、三井寿はまあ面倒くさい。
年上ぶるわりには世間知らずだし、俺を子供扱いする一方で自分を構え構えと駄々をこねるし、俺を見つける度に笑顔で駆け寄って来るし、背後から驚かせようと肩に顎を置いて抱きついてくるし、グレていたくせに警戒心が薄くて冷や冷やするし、知らない人間からのプレゼントも平気で受け取るし、グレていた罪悪感から今の自分を受け入れてくれる人間を過剰に喜んであっという間に懐くからクラスメイトをストーカー化させるし、おっちょこちょいだから目が離せないし、熱いから気を付けなと注意してココアを渡した直後に舌を火傷させるし、少し目を離した隙に何処からか脱走してきたらしい大型犬に飛びつかれて腰を振られてるし、かと思えば散歩中のチワワから謎に良さげな木の棒をプレゼントされるというミラクルを起こすし、コンビニで購入した唐揚げを分け合いながら帰宅していると何故かあの人だけ野良犬に追いかけられるし、親御さんが心配しているだろうからと親切心から早く帰らせてやろうとすると必ずまだ一緒に居たいとその場から動こうとしなくなるし、力づくで帰らせようものならご自慢の顔と体で俺を誘惑してくれるものだから結局泊らせることになるし、自分はバスケを一番に優先しているのに俺がバイトがあるからとデートを断れば露骨に寂しそうな表情をするから俺が悪いことをしたような気になるし、バイトへ行くまでの残り十五分だけキスしたいなんて可愛いことを言うから誘いに乗ればつい盛り上がって遅刻するはめになるし、電話代だって馬鹿にならないのに会えないとなるとしょっちゅう長電話に付き合わせられるし、声を聞いている内に会いたくなって深夜にバイクを走らせることになるし、会ったら会ったでまた帰らせるのが惜しくなるし、少しでも一緒に居る為にらしくもなく話題を探すのに必死になってしまうし、付き合う以前の俺とは全く別人のようなことばかりさせられて本当に面倒だ。
何より面倒なのが喧嘩となった時で、こういう時の三井さんは面倒だなんてレベルじゃない。
自分が悪いとは分かっているだろうに一切謝らず、いつだって俺から謝るのを待っている。
面倒事を避ける為にさっさと頭を下げて甘やかしてきた俺が悪いとは重々承知だが、そろそろ本腰を入れて再教育をするべきかも知れない。
という考えに至ったのは三日前、久しぶりに三井さんと大喧嘩となったのがきっかけだ。
この話の前に一つ。
先ずは俺のバイト先についての説明が必要だろう。
俺がバイトをしているコンビニは歓楽街の中にあり、治安は最悪。地獄だ。
酔っ払いが入店するなり床に嘔吐することはざらにあるし、酒で気が強くなって俺達従業員への態度の悪い客はごまんといる。
別々に入店してきたはずの酔っ払い同士が何故か店内で警察を呼ぶほどの喧嘩となることもあれば、普通に買い物を終えて去っていったはずの客が他所の店で何か事件を起こしたらしく警察が事情を聴きにくることもある。
それだけならまだしも、明らかに訳ありな男女がゴムだけを購入してホテルの方へ向かうことも珍しくはなく、中にはうちをアダルトショップだとでも思っているのかレジで声を潜めてローションを一つ、と指を立てる馬鹿も居る。
店の外にはたちの悪い客引きも多く、連中を振り切って歩くには少しコツが要る。
では何故そんな治安の悪い場所であえて働いているのかと言えばそのコンビニのオーナーが親戚で、頻繁に起きるトラブルの多さからバイトが辞めていくばかりだと人手不足に限界を迎えて俺に泣きついたからだ。
しかもシフトは俺の都合に合わせ、時給はここいらじゃそうお目にかかれない破格の待遇ときた。
並べられた条件に寧ろ俺の方から働かせて欲しいと頼み、相手がオーナーなので本来ならば違法となる年齢の問題も難なくクリアした。
普通のコンビニで働くよりは業務、と言うよりはトラブルが多くそれなりに苦労はするが得られる金を思えば何ら問題は無い…はずだった。
俺の恋人、三井寿が通うようになってしまうまでは。
交際前から俺がどのような場所で働いているかは伝えていたし、交際してからは本当に治安が悪いので絶対に立ち寄るなと釘を刺していた。
それなのにどうしてか最近になって気になったから、と俺の勤務中にやって来た三井さんは初めて目にした俺のバイト姿を気に入り、部活終わりだろうと休日だろうと暇さえあればスポーツドリンク一つを買うのを口実に店へ通うようになってしまった。
何度危ないからやめるように忠告しても聞かず、それどころか子供扱いするなと腹を立てる始末だ。
その上あまりに俺が煩いからと自分よりもガタイのいい堀田さん達を用心棒に連れて来てこれなら問題無いだろ、とレジ前で胸を張って笑うものだからいよいよ俺がキレてやった。
確かに三井さんの言う通り、万が一が起きた際に堀田さん達が居ればまだ心強いだろう。
それは認める。
だけどそんな目立つ連中を連れていては逆に絡まれるリスクを高めるだけだ。
そんな簡単なことも分からないような馬鹿がこんな場所に来るな、と叫んだ俺に三井さんは逆切れし、もうお前なんて知らねえ、と吐き捨てて帰っていった。
それが三日前のことで、そこからは電話も無視、学校で会っても無視、部活を覗きに行っても無視、でまともに話せてもいない。
近寄ればすぐにぷいと他所を向き、自分は全く悪くありません、のスタンスだ。
三井寿全肯定人間とも言える堀田さんが説得を試みても俺は悪くないの一点張りで、百人中百二十人が悪いのは三井寿だと言える状況で何故かあの人だけが自分の非を認めずにいる。
これはある意味才能なのかも知れない。
いつもなら俺の方から頭を下げてやるが、今回の喧嘩はいつもと違う。
何よりこれは三井さんのためでもあるのだ。
だから今日まで、俺は三井さんを放置した。
すると喧嘩中でも週末は必ず俺の家に泊まるという恋人としての約束を守るためか、部活を終えた三井さんはムスッとした表情で部活終わりに俺の家へやって来た。
「…それどういうつもり」
「さあお前が一番知ってるんじゃねえの」
初めて三井さんの方から謝罪の言葉を聞けるのかも知れない。
そう期待したのに、三井さんは乱暴に荷物を部屋の隅へ置いて風呂に行き、Tシャツに下着だけの姿で戻って来ると俺も風呂へ行くようにと命じた。
つまり謝罪は言葉よりも行動で示すつもりだろうか。
そう思えばいくらか楽しみになり、俺は念入りに体を洗った。
ところがだ。部屋へ戻るといつも通り三井さんが布団の上に居はするものの、偉そうに胡坐をかいてドアの傍に立つ俺を見上げて不敵に笑った。
左手には黒のマジックペンを持ち、上下させて自分の膝を叩いている。
その膝から視線を太ももの内側へ向けるとアルファベットのTのように太い線が二つあり、それを目にした瞬間意図を理解してしまった。
行為の最中に太ももへ正の字を書きたい。
これはかねてより俺が何度も三井さんへ頭を下げてお願いしてきたことだ。
そのお願いが受理されたことは一度も無く、てっきり恥ずかしいから、誰かに見られでもしたら大騒ぎになるからだと思っていた俺が馬鹿だった。
この人はこういう時の為に断っていただけで、俺の望みを最終兵器にしようとしている。
なんて狡賢く、なんて面倒な人だろう。
既に線が二本あるということは正の字を完成させるには残り三本の線が必要だ。
となると俺が謝罪さえすれば三発許可するという意味だろう。
馬鹿馬鹿しい。
これを良しとしたら今後も同じことの繰り返しで、再教育どころではなくなってしまう。
やはり今回はガツンと叱ってその甘えた根性を叩きなおしてやろう。
「三井様。平素より、大変お世話になっております。この度はわたくしの態度及び言動にて、不愉快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます。どうかご寛容を賜りますよう伏してお願い申し上げます」
翌朝、俺の華麗なるスライディング土下座について、三井さんは後世まで語り継ぐべきだと絶賛してくれた。