【再掲】オレの恋人、水戸洋平は自他共に認める筋金入りの脚フェチで、オレの脚に対する執着心は凄まじいものだ。
「美脚」と書いて「あし」と読み、ズボン越しでも脚の形を捉えようと凝視する表情はまさに職人そのもの。
オレのどこが好きなんてバカップルのような質問をすれば迷わず美脚と答えるし、わざわざ聞かずとも日頃から美脚が好きだと言い、過去には友人達に向けて
「ミッチーの美脚が好きさッ」
などと豪語している現場に出くわしたこともあった。
初めこそ野郎の脚のどこに魅力を感じるのかと首を傾げはしたものの、己の脚を評価されて悪い気はしない。
寧ろ誇らしく思って制服の裾を捲ってやればご褒美とばかりに水戸は喜び、拳を握りしめて礼を言うほどだ。
本人曰く死ぬ時はオレの美脚に挟まれて死にたいらしいが、それではオレが殺人犯となるので勘弁願いたい。
そんな水戸の脚フェチぶりをフェチではなく馬鹿だと笑っていたのに、全く笑えない事件が起きてしまった。
「お、おいミッチー大変だ…洋平の奴、息してねえぞ」
なんと、水戸はオレを残して呆気なく死んでしまった。
というのは冗談だが、安らかな笑みを浮かべ眠ったように廊下に倒れている水戸は耳元で泣き叫ぶ桜木の大声にピクリとも反応せず、両手は心臓を押さえたまま。
突然のことにオレは状況を理解出来ず、桜木に起きろと体を揺さぶられ頬を叩かれ鼻フックをされと好き勝手されてもなお眠り続ける水戸から目が離せずにいる。
事の発端はと言えばものの数分前、オレ達が今居るこの廊下の曲がり角にて桜木、水戸、大楠、高宮、野間の五人と遭遇し、連中が普段と違ってオレが黒縁の伊達眼鏡をかけていることに気付いたのが始まりだった。
「どうしたんだよミッチー。眼鏡なんてらしくねえぞ」
視力でも落ちたんかと心配する桜木の言葉に続けて
「眼鏡一つで全く別人に見えるぜ。すげえ真面目そう」
「とてもバスケ部に襲撃かましたようには見えねえな」
「おお、元ヤンだってことを忘れちまうところだった」
といった心無い野次を飛ばす大楠、高宮、野間に大人な対応をしてやろうと深呼吸をし、この眼鏡は同じクラスの女子から押し付けられ、今日一日かけているようにと理不尽に命じられた経緯を説明しようと思った。
しかしそこで一緒に居たはずの水戸が静かだと気付き、連中の背後に目を向けるとどうしてか廊下で眠るように倒れている水戸を見つけ、現在に至るというわけだ。
本来ならばオレも桜木のように床に膝をつけて水戸の容態を心配し、泣きながら名前を呼ぶべきなのだろう。
そうしないのはオレの隣に並んだ大楠、高宮、野間が
「あー…そう言えば洋平、眼鏡大好きだったもんなあ」
「でもよお、いくら好きでも恋人の眼鏡姿に死ぬか」
「死ぬだろ。あの洋平だぞ現に死んでるじゃねえか」
と、心配はおろか心底呆れたように水戸を見下ろし、死因が眼鏡フェチによるものだと教えてくれたからだ。
普通だったらいやいや馬鹿を言うな、そんなわけねえよ、と笑えるのに、笑えないのが水戸の凄いところだ。
野間の言う通り、現に水戸は死んでしまったのだから。
となればこれは水戸にとって名誉ある死、もしくは本望というやつで、オレがすべきはたった一つ、合掌だ。
「水戸…今までありがとな。お前のことは忘れねえぞ」
「いやいや違うってここはすぐにでもオレに駆け寄って膝枕しながらオレの名前を泣き叫ぶところだからね」
「んなこと学校でするわけねえだろ…死んでもねえし」
「あーあ、ひっでえの。普通はさあ、恋人が倒れてるってなったら即膝枕。これ常識。で、眼鏡かけたその可愛い可愛いお顔をオレに近付けて見せてくれんの」
「恋人が眼鏡してるってだけで死ぬ奴が常識を語んな」
頑なに目を閉じていたくせに水戸はオレの南無阿弥陀仏を合図に上半身を起こし、不満そうに胡坐をかいた。
その上無茶な要求ばかりするものだからオレまで呆れ果て、今の今まで唯一水戸を心配して泣いてまでいたのに御礼の言葉もなく放置されている桜木を哀れんだ。
親友すら放置とは、フェチとは本当に恐ろしいものだ。
「それだけ喋れてりゃもう良いだろ。また放課後にな」
「ダメダメ。何言ってんのその状態でオレが逃すと思うそもそもその眼鏡どうしたの誰から教えて」
じゃあな、と行こうとすると水戸はすかさずオレの正面に立ち、両手を大きく広げて進行を妨害してくれた。
何だそれ、もしかしてディフェンスのつもりかと笑えば水戸は至って真剣らしく、下から凄みをきかせた。
「な、なにもそんな睨むこたあねえだろ…クラスの奴に買ったは良いけどサイズが小さいからって押し付けられただけで…まあ、オレには逆にデカくて困るんだけどな。ほら、何もしてねえのにすぐ落ちてきやがる」
喋って顔の筋肉が動くだけでずり落ちるから正直邪魔だし、伊達でも普段より視界が狭まった感じは不快だ。
という不便さを本来の持ち主に主張してはみたが小顔アピールかよ、と何故かオレが怒られるはめになった。
そんな苦労話もしつつ指先でクイッと眼鏡の位置を直しただけで水戸はう゛っと短く呻き、再び廊下に沈んだ。
「ねえお願いミッチー…その眼鏡はオレが買い取るから今日はもうフけようぜそんな危険物ミッチー一人で背負うには荷が重いだろ一発…いや一生のお願い」
「いいぜって言ってやりてえけどお前が一番危険な気がするから一旦保留で。前向きに検討だけしておくわ」
「って言いながら行こうとするの酷くねえ恋人が倒れてたら即膝枕が常識ってさっき教えたのに忘れた」
二度目の卒倒はあの桜木すら無視してしまい、水戸を放置して全員でそそくさとこの場から退散しやがった。
オレも逃げたくて水戸を跨いだが寸でのところで袖を掴まれ、一緒にフけない限り離す気は一切無いらしい。
しかも駄々をこねるように袖ごと腕を揺らされた衝撃で眼鏡が鼻先までずり落ち、目元が殆ど露わになった。
たったそれだけなのに水戸は大きく目を見開き、生唾を飲み込むと財布にあるだけの札をオレに押し付けて
「そういうあざとくて可愛いところも大好きさッ」
そう叫んだので、オレは恋人の新たな一面に恐怖した。