【再掲】半年近い片思いを経て、両思いだと判明してあの水戸と付き合えるとなった時は天にも昇る気持ちだった。
なのに、そんなオレの気持ちも知らずに水戸は
「一つだけお願い。オレ達のことは内緒にしようよ」
なんて言うから、オレは一瞬で天国と地獄を味わった。
普通、付き合おうとなった直後に恋人へ言う言葉か
周囲に知られたくないからこそ初めに言うにしたってもっとこう、空気とかムードとか…あるだろ、色々と。
人一倍気配り上手のくせに、友達の関係から恋人になった途端にそんな扱いをされたらオレだって思うところはあるし、やっぱり付き合うのはナシと言って交際から僅か二分で破局したって構わないんだからな。
とは思うだけで、ようやく楽しくとも辛い片思いから解放され、更には両思いで恋人同士となれたばかりのオレに破局を突き付ける勇気も、何でと一歩踏み出す勇気も無かったので、さも傷付いていないフリをしながら動揺を悟られないようにいつも通りのトーンで
「まあ…あえて言わなくても何れバレるだろうしな」
と、返すのがやっとで、水戸の表情は見れなかった。
でもあの時、隣の水戸が静かに安堵の息を吐く気配を感じて、オレは一生忘れられない胸の痛みを覚えた。
ほんと最悪。マジでない。有り得ねえ。最低かよ。
ああいう場合、嘘でもそうだね、と同調するもんだろ。
露骨に安心しやがって。そんなに知られたくねえのか。
だったらはなから付き合おうだなんて言うんじゃねえ。
オレは玉砕覚悟で告白したのに、嬉しそうに笑いながら実はオレも、と答えたのは誰でもない水戸本人だ。
付き合おうと言い出したのも水戸の方からで、文字通り飛び跳ねて喜んだオレによくあんなことが言えたな。
などなど、不満は大いにあったが、いつまでも腹を立てていても仕方がないし、付き合い方次第では水戸の考えが変わるかも知れない、と期待するしかなかった。
そもそも水戸が隠そうとするのも単純に恥ずかしいだけかも知れないし、悪い方向に考えるのはやめよう。
そう自分に言い聞かせたのに、現実は厳しかった。
オレがどうにか周囲にバレたくてあからさまな態度で水戸へ絡んでも、水戸はそれを上手くかわしやがる。
時にはこら、と叱られ、腕を解かれることもあった。
限られた時間の中でデートとして外出したって手を繋ぐことすら許されず、常に周囲の視線を気にしている水戸を隣にデートだとはしゃぐなんて出来るわけない。
そのくせ絶対に他人の目が届かない水戸の家へ一歩入ればまるっきり態度が変わり、ベタベタと触れるどころか両腕でしっかりとオレを拘束して離さなくなる。
つまりは体目的かとも疑ったがあまりにも大切そうに扱われるとその疑念も消え、唯一恋人として過ごせる水戸の家でのデートを自ら望むほどになってしまった。
水戸の家ならば何をしたって外でのように叱られもせず、何でも受け入れてもらえるし、水戸の方からスキンシップを求めてくれるならそうなるのも当然だろう。
そんな日が続いたから、ついオレは油断してしまった。
「なあ、そろそろ周りに付き合ってるって言わねえ」
すっかりオンとオフに慣れてしまったからか、それとも二人揃って我を忘れるほど恋人としての時間に夢中となった後だからか、あるいはそのどちらもか、余韻に浸りながら触れずにいた話題を口にしてしまった。
すると水戸の方もまだぼんやりしていたからか、あいつは布団の上で頬杖をついてオレの頬を撫ぜながら
「駄目だって。仮に今は良くてもさ、いつかアンタがプロとして有名になった時にオレみたいな男と付き合ってた過去がバレて笑われるなんてオレは御免だよ」
なんてことを優しい声に見合った優しい表情で言い、思いもよらぬ告白に固まったオレの反応からようやく自分の失言に気付き、慌ててごめん、と言いやがった。
当然、オレはかつてないほどキレにキレ散らかした。
ふざけるなよ。なにを勝手なことを言っているんだ。
過去にって何だよ。オレとの交際は破局前提かよ。
お前が臆病なことをオレの為みたいな言い訳をするな。
起き上がり、布団の上で胡坐をかいて怒鳴っても、同じように身を起こした水戸は目も合わさず、何を言われても俯きがちにごめんと言うだけで、気分は最悪だ。
それでも別れるとは言えなかったが、とても一緒に居られる気にはなれず、終電も無いのに帰る、と言って服を着ると初めて水戸が引き留める動きを見せた。
ごめん。オレが悪かった。お願いだから帰らないで。
うるさい。そうだ。全部お前が悪い。帰る。退け。
時間にして十分、二十分ほど攻防が続き、最終的に一緒に居たくないなら水戸が出て行く、と言い出したので真冬の深夜にそんなことをさせるのも気が引け、お互いに一組しかない布団の中で朝を待つしかなかった。
短くも長くもないこの十八年の人生で、あんなにも早く夜が終われと切実に朝を願ったのは初めてのことだ。
背中を向け合ったまま、ろくに眠れずにいると水戸が
「傷つけてごめん。でもあんたが大切なのは本当だよ」
そう言ったので、オレは一先ず許してやることした。
だがあくまでも一先ずは一先ずであって、オレの怒りが完全に鎮まるように、水戸にはお仕置きが必要だ。
だからようやく長い夜を終え、朝を迎えて完全な睡眠不足の状態で起き上がると、普段は寝ているはずの水戸が薄っすらと目の下に隈を作った状態でオレを追いかけるように体を起こしたのでしっかりと向き合って
「オレは寛大だからな。お前にジョージョーシャクリョーノヨチがあるとして一つ提案してやる。オレと恋人でいたいならデコ出せ。そこにオレが目立つようにキスマークつけてやるから隠すなよ。で、誰に聞かれても恋人のオレにつけられたって白状しろ。それが嫌でまだ別れる気があるなら出さなくて良い…けど…」
といった提案を強気でしながらも、内心は水戸が別れを選んだら、という不安で声が震えそうになった。
「デコでもどこでも好きにして。オレは全部あんたのだから」
そんなオレの気持ちを察したらしく、水戸が笑って前髪をかき上げたのでオレはいくつものオマケをしてやった。