サンプル④ぉーい....。
風が頬に当たる感触がする。とても心地が良い。そう感じると徐々に意識が浮上して、誰かの声が鮮明に聞こえ始めた。
「おーい、寝坊助さん。そろそろ起きないのかい?」
声の主はカーテンを開けたらしく、風と共に光が流れ込む。麗らかで暖かい光が部屋から溢れんばかりに降り注いだ。こんな日はもう少し寝ていたい気分。
「うーん...あとごふん.....。」
眠気眼のままモゴモゴと返事をすると声の主は「ははっ!」と高笑いをした。
「♥♥のそんな姿見たの何時ぶりかな。確か長期任務が終わって家に帰った時以来じゃなかったかい?いい物が見れたよ」
からからと笑って、あやすように頭を撫でられると子供扱いされた気分になる。寝起きなのも相まってついムスッとした顔をしてしまった。
そんな様子を見るや否やごめんと謝罪して頭を撫でていた手を下に下ろす。
「ごめんごめん!私の悪い癖だね。ほらほら可愛い顔が台無しだよ?」
壊れ物でも扱うかのように私の頬を撫で、顔を覗き込む。突然のことに驚きつつ、大好きな人と目が合って顔が熱くなるのを感じる。
「か、顔近いです!!!」
「ふふ、顔が真っ赤だね。心配しなくても寝起きの♥♥も十分可愛いよ。今日は私が朝ごはんを作るからその間に身支度しておいで」
声の主はうんうんと1人で納得したようで腰掛けていたベットから降りた。
率直に意見を言う人だからお世辞でも機嫌取りでもなく素直な感想を言っているのだと分かり、照れくささと申し訳なさでなんとも言えない気持ちになる。
「よし!それじゃあ♥♥のために腕によりをかけて朝ごはんを作るよ」
そういうと声の主_____♥♥さんは私に向かって眩しい笑顔をくれた。
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「さあ、食べて」
私が身支度をしている間に、テキパキと朝ごはん作りは進み美味しそうな匂いが漂ってきた。♥♥さんの楽しそうな鼻歌も混じって聞こえてくる。美味しそうな匂いと鼻歌につられてワクワクしながら準備を終わらせる頃には、♥♥さんが2人分の朝食をテーブルに並べていた。バターがたっぷり乗った焼きたてパンとホカホカに茹でたふかし芋、大好きなフレーバーの紅茶が湯気をたてている。
「とっても美味しそう...!いただきます!!」
「はーい!召し上がれ〜」
にんまりと笑って♥♥さんも朝食に口を付け始める。
「んん〜!!美味し〜!」
「本当かい?料理上手な♥♥に言って貰えると自信付くなぁ〜」
「ふふ、本当のことを言っただけです。それに私を褒めても何も出ませんよ?」
2人で談笑しながら食べる朝ごはんは格別に美味しい。私が作るご飯は世界一美味しいって言ってくれるように私も♥♥さんの作る料理が美味しくて大好きだ。
「そうだ、さっき朝ごはんを準備する時に気づいたけど食料の在庫がなくなりそうだったよ」
「そういえばしばらく行ってませんでしたね。そろそろ買い出しに出なきゃ」
私たちの家は市場がある街から少し離れた場所にある。のどかで静かな分、人の気配も少ないということだ。
「私も一緒に行こうか?」
「良かったらお願いしたいです。お礼に今日の夕食は♥♥さんが食べたいもの作りますから」
「本当かい?!それじゃあ.....」
子供のように目をキラキラと輝かせながらリクエストをしていく♥♥さん。普段は♡♡に対して向けられるその熱量と好奇心が、少しでも私自身と私の作る料理に向けてくれるのだと思うと嬉しくなる。
「ふふ」
「♥♥?どうしたんだい?」
「いえ!幸せ者だと思ってただけですよ」
つい零れた笑いに心底不思議そうな顔をして♥♥さんは私の方を見た。
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「あとは....これもなくなりそうだったはず...」
久々に出向いた市場には旬のものが綺麗に陳列している。人々の活気も溢れんばかりだ。
「もう少しかかりそうかい?」
両手にバケットを抱えた♥♥さんから声がかかる。
「すみません...。もう少しかかりそうです」
「りょ〜かい。広場のところで待ってるから終わったらおいで」
「分かりました!終わったらすぐ向かいますね」
私の返事を聞くと♥♥さんは踵を返して人混みの中へ消えていく。♥♥さんには申し訳ないが、また暫く遠出をしないことを考えると、もう少し品物を買い揃えた方が良さそう。
「すみませーん!これいくらになりますか?」
今夜の晩ご飯は♥♥さんの好きなものを沢山作らなくっちゃ。そのためにも、と顔馴染みである八百屋のおじさんの方へ向き直し、交渉に興じることにした。
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そこそこ多くなってしまった荷物を抱えて人混みをかき分け進む。広場に出ると♥♥さんは机に座り、熱心に本を読んでいた。
「すみません遅くなりました…」
長い間待たせてしまい、申し訳ない気持ちになる。
「全然大丈夫だって!買い物お疲れ様」
本から目線を外し、屈託のない笑顔を浮かべて私を向かいの席に座るよう促す。
「なんの本を読んでいるんですか?」
「これかい?そこに骨董品を売っている人が居るだろう?その人がとても興味深い本だったから譲ってもらったんだよ」
「どんな内容なんです?」
「♡♡についてだよ!♡♡内では見た事ない本だったから買ってみたんだけどさ、もーめっちゃくちゃ面白いの!!」
なるほど、♥♥さんのお眼鏡にかなう代物だったわけだ。話に熱が篭って♥♥さんが饒舌になっていく。
「ほらここ!!ここの部分とか他の文献で見た事ない!!」
「確かに...私たちじゃ考えられない面白い考察だと思います...!」
でしょでしょ!と楽しそうな♥♥さんにつられて私も口元が緩くなる。♡♡の正体が判明した後でも、やっぱりこういう本を読むのは楽しいということで、♥♥さんの熱弁とハイテンションは続き、私は新たな♡♡の知識をインプットすることになった。団長としての威厳ある♥♥さんも大好きだけど、こうして前のように♡♡にご執心な姿が♥♥さんらしくて懐かしくなる。最近は忙しくてめっきり見なくなっていたから少し安心した。
「さて、そろそろ帰ろうか」
だいぶ話が落ち着くと、お昼の時間になるからと立ち上がる。家に帰ってから再度じっくり読むらしい。家に向かって2人で歩き始める。
「まだまだこの世界には興味深いものが多いものだね。もし♡♡♡♡が世界の敵じゃないって証明できたらもっと面白いことを知れるのかな」
「どうでしょうね。叶うなら♥♥さんやみんなと一緒に世界の色んなところに回ってみたいです。とても楽しそうですから」
「確かに。それに世界にはもっと食べ物があるみたいだし、♥♥の料理のレパートリーももっと増えそうだ。きっと美味しいんだろうな〜。この世界を終わらせるにはまだまだ勿体ないね」
「ふふ、それなら♥♥に早まらないよう伝えておかないとですね」
2人で未開の地に思いを馳せる。家の前に着くと♥♥さんが「開けるよ」と言ってドアを開けてくれる。家に入るとそこは________
飛行艇がある港の端っこだった。
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わけが分からず後ろを振り返る。着ていた服も♡♡になっていた。
「♥♥、行ってくるね」
ニッと私の方を見て笑い、すぐに♡♡♡♡♡♡で駆け出していく。
「待って!!!♥♥さん!!ねぇ!!待ってってば!!!!!!」
突然すぎて分からない。でも♥♥さんを止めなきゃいけない気がする。追いかけようとしたけど、みんなに止まられて、半ば抱えられる形で飛行艇に乗る。私が乗ると飛行艇はすぐさま離陸した。そんな中貴方は残って♡♡♡♡に1人で向かっていく。私はその貴方の姿を見ているだけで、どうにもできなくて、
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「待って.....!!」
ガバッと音がなりそうな勢いで目を覚ます。冷や汗が止まらない。心臓がバクバクとうるさい。ぼんやりとしていた意識がはっきりしてくる。
辺りを見渡すと先程まで♥♥さんと一緒に回っていた市場ではなく、我が家の椅子に座っていた。目の前ではパチパチと音を立てて薪が燃えている。状況を整理しようとしても、寝起きの意識では上手く思考がまとまらない。
「私何してたっけ?」
ふと手元に目をやるとひざ掛けの上に本が乗っていた。あの本。♥♥さんが広場で楽しそうに話していた本。丁寧に♥♥さんのメモが沢山挟まれている。そういえば♥♥さんの部屋にあった本を持てるだけ持ってきて読み漁っていたんだった。顔でも洗ってこようと立ち上がると本の中から綺麗な便箋が出てきた。
「ん?なにこれ」
気になり、便箋を開くと♥♥さんから私への手紙が入っていた。
「_______♥♥さんに会いに行こう」
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「♥♥さん、先程ぶりです」
花束を抱えて貴方の元へ向かう。
「さっき夢の中で♥♥さんとお会いしたんですよ。だから先程ぶりです。昔の思い出だったし、最後まで見れなかったけれど...。それでも♥♥さんと一緒に過ごせたの嬉しかったの」
「そうそう!みんながね、今度一緒に遊びに来てくれるって!その時はここでピクニックしますから♥♥さんも沢山食べてくださいね」
まずは明るい話でもしようとピクニックの話をする。先程の手紙が頭をよぎってしまい、声が震えるのを必死に抑える。でも収まりそうにない。
「ごめんなさい...♥♥...さん..でもやっぱり....1人は寂しいよっ....」
1度口に出すと止まらない。嗚咽と共に全部出てしまう。
「分かってる....!分かってるんです!!貴方が私達に未来をくれたことも、貴方が死に場所を探してたことも...!!っ....でも...それでも!一緒に生きたかった!!!生きて欲しかったの!」
胸の奥にずっと隠していたものが歯止めが効かず、涙と共に流れ出てくる。私はどんな結末だろうと♥♥さんと一緒なら怖くなかった。後悔なんてなかった。けど、1番傍で支えてきたからこそ♥♥さんが「諦める」なんて選択は取らないことは分かってた。どんなに外道と呼ばれても♡♡のために動いてきたことも知ってた。だからこそ私が♥♥さんを支えなきゃいけないことも、迷ってる時に背中を押してあげなきゃいけないことも分かってた。貴方らしく、♡♡♡♡の団長らしい最期だったって分かってた。全部全部分かってた。それでも、
「っ.....もっといっぱいお話したかった..!もっと沢山♥♥さんのこと知りたかった!もっともっと一緒にいたかった....!!」
もう叶わないのに、貴方が決めたことだから私も胸を張って行ってらっしゃいって言いたいのに。あの日からどうしても考えてしまう。いつも夢に縋ってしまう。
子供のように泣いて泣いて泣きじゃくって、涙も枯れ果てた頃、しゃっくりをあげながら貴方の隣に座る。
「すみません....。こんなこと言うつもりじゃなかったのに.....」
泣き腫らして赤くなった顔の横を木枯らしが吹きすぎていく。風が私を少しづつ冷静にしてくれる。
「♥♥さんのことが大好きなことに、嘘偽りなんてありません。だからどうしても思っちゃうんですよ」
もし...って。
今の私の姿をみて、♥♥さんが何を思うのかなんてもう分からない。分かりようもない。それでも私にとって誰よりも何よりも大切な人。
「手紙見つけました。なぜあの本に挟んでたんです...?もし私が気づかなかったらどうするつもりだったんですか....」
「素敵なこといっぱい書いてあってすごく嬉しかった。だからこそ貴方が残してくれたこの命も、貴方がくれた幸せも、苦しさも全部抱えて生きていきます。だから____ 」
「私がそちらに行った時には『ただいま』って言ってくださいね...?」
〜 ・ 〜 ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ 〜 ・ 〜 ・
♥♥へ
これを読んでる頃に私は生きているかな?自分でもろくな死に方は出来ないと思ってる。だからその時がいつ来てもいいよう手紙にして残しておくね。♥♥が見つけたタイミングでいいから届くといいな。
私は♥♥と出会えて嬉しかった。私はよく変人だって言われるけれど、そんな私にも♥♥は優しくて、一緒にいると本当に楽しくて。♥♥はどんな人にも優しいし、♡♡に入った理由も♥♥らしくてすごくいいなって思ってた。そんな優しい♥♥だからこそ私の補佐を任せたんだ。辛いことも沢山任せてしまってごめんね。
前にも書いたけれど、私はろくな死に方が出来ないのではないと思ってる。それでも私の順番が終わるまでやるべきことを続けるよ。
私にとって♥♥はずっとずっと大切な人だ。もし私に何かあったとしても♥♥はしわくちゃになるくらい長生きして、幸せになって欲しい。先に向こうで待ってるから、ゆっくりおいで。いつまでも待ってるから。
♥♥