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    ヤナヘエ

    二次創作*ジャンル雑多*雑食です ヽ(・∀・)ノ
    リアクションとてもうれしいです!
    ありがとうございます!✨

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    ヤナヘエ

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    スパダリをこじらせたボルトに
    就職活動をさせられるカワキの話です。
    とっても平和な本編未来捏造IF。

    *自我強めの名前付きモブ視点の描写があります
    *アニメの設定も入ってます(キャラのノリもアニメ寄りです)
    *二部(TBV)二巻時点までの情報を元に書いた話です
    *職業の描写はニワカ知識です。ご容赦ください

    #腐向け
    Rot
    #ボルカワ
    ##BORUTO/NARUTO

    星のハイパースーパーウルトラダーリン意外なことだが、カワキはその数奇と波乱に満ちた生い立ちのわりに、どちらかといえば常識的な感性の持ち主である。

    世話になったうずまき夫妻に「これからあなた方の息子さんをぶっ殺します」と事前報告を行った際には、ごもっともにもヒナタに「クレイジーだ」と評されたわけだが、しかしそれはハリボテのクレイジーなのであった。

    カワキとて、何も好き好んで辛苦と覚悟を分かち合った兄弟分のことをぶっ殺したいわけがない。
    ただ、カワキは少々結論を急ぎ過ぎるキライがあったので、彼にとっての最悪と言える事態——すなわち『七代目が暴走したボルトによって殺される』という悲劇を確実に避けるためにも、可及的速やかに『消すべき命の順番』と『取るべき処置』を判断したのだ。
    そうでなければ、腕の中に抱え込んだ大切な金魚が、テンカウントを待たずにいつ殺されてしまうとも知れないので。

    そうしてカワキは腹を括るためにも、「エイヤッ!」と、兄弟殺しの狂気にその身を投げたに過ぎない。言うなれば、自覚ありのなんちゃって狂気である。


    さて、ここからが本題。


    カワキに言わせてみれば、真にネジが外れているのはどちらかというとボルトの方だ。ヤツこそが天然ものである。
    ボルトの父である七代目は、幼い頃『意外性No.1忍者』と称されていたらしいが、ボルトも変にぶっ飛んでいる時がある。そしてその思い切りの良い性分が、またしてもカワキの想像に及ばぬ所で発揮されてしまった。


    ここは崩壊した木ノ葉の里、瓦解した火影岩の上。
    ボルトとカワキ、向かい合って睨み合う二人。
    今まさにぶつかり合わんとする緊迫した局面である。

    一触即発の空気の中で、あ、そうだ、これも言っとかねェと、と妙に間の抜けた口調でボルトがつぶやいた。

    「オレが勝ったら、お前、木ノ葉で就活しろ」
    「………………あ?」

    カワキは聞き間違いかな、と思った。だってここ風強いし。

    「なんつった?」
    「だから、オレが勝ったら木ノ葉で就職活動しろって。約束しろよ」

    カワキはまたなんか聞き間違えたかな、と思った。だってこの状況で就業を勧められる意味が分からないからだ。
    カワキがどう返事したものかと、眉間にシワを寄せながら二度ほどパチパチと瞬きをしている間に、ボルトはなにやらツラツラと語り出した。

    「忍じゃなくて民間の職業な。ガキん頃は木こりだったんだっけ? なら大工とかもいいかもな。お前は意外と根気強くて細かい作業もできるから、職人も向いてると思う。もしかしたら戦闘経験とツラの良さを活かして、カゲマサみたいなアクションスターになるのもいいかもな。演技はヘタクソそうだけど。まぁ、とにかく色々やってみろ。最悪、どっこも向いてなかったら、永久就職させてやっから」

    話の半分くらい頭に入ってこなかったが、かろうじて拾えた単語から、やはり就業を勧められているということは理解できた。
    勧めてくる理由はさっぱり理解できないが。

    「……今する話じゃねェだろ」

    どうにかカワキが返せたのは、きわめてシンプルなツッコミだけであった。会話のキャッチボールが成功したとは言い難いが、どうやらボルトは納得したらしい。うんうんと鷹揚に頷いた。

    「ま、それもそうだな。細かいことは追々話し合うとして。けど、約束はしたからな。忘れるなよ」

    追々も何もない。お前を殺してオレも死ぬ。すべての大筒木に未来はない。
    狂わされた調子を取り戻すため、異空間に封じた七代目の顔を思い浮かべながら、カワキは強く強く六尺棒を握りしめた。







    鈍く金色にかげった陽光が庭先に差している。
    おやつどきには少し遅いが、夕飯までにもまだ時間がある……そんなどうにも小腹が空いてしまう時間帯。うずまき家の縁側に、カワキとボルトは並んで腰掛けていた。

    「んで、どーよ最近、仕事の方は」

    カワキがバイト上がりに焼いた、まだほのかに湯気の立つたい焼きにかぶりつきながら、ボルトが尋ねた。
    「アフッ、ん、んめェ。よしよし、技術は順調に身についてるみてーだな」と、偉そうな感想付きで。
    大口開けて頬張って、行儀悪く口の端に残ったカスタードを親指で拭って舐めている。ガキみたいな食い方だ。
    カワキはそのさまを横目で眺めながら、むっつりと答えた。

    「どうって別に……普通」
    「普通ってなんだよ、楽しい〜とか意外とキツい〜とか、なんかあンだろ。感想聞かせろよ」
    「まかないがうめェ」
    「それは仕事の感想じゃなくね?」

    カワキはボルトから視線を逸らして、チッと舌を鳴らした。
    カワキのあからさまな反抗にもどこ吹く風で、ボルトが二匹目のたい焼きに手を伸ばしてかぶりつく。
    飛び出した茶色のクリームが口の端を汚している。カワキが食べようと思っていたチョコ味だった。
    カワキは再び舌打ちした。

    ガラも態度も悪いカワキだが、なんと彼は現在、たい焼き屋で真面目にバイトをしている。
    頭に手拭いを巻いて、180cm越えのクソデカ図体を小さな屋台の中でせっせと動かし、毎日アツアツのたい焼きを焼き上げ、「お釣り20両ス」とかやっている。(愛想は悪いが顔がイイと、ご近所の婦女の間で密かに評判である)

    それもこれも、半ば脅しのように結ばされたボルトとの約束を守るためだ。さて、一体なぜこんなことになってしまったのか。



    ——今からおよそ三ヶ月前のこと。
    この星、ひいては木ノ葉隠れの里に平穏が戻った。
    顔岩での死闘、もとい派手な兄弟喧嘩の末、渾身の右ストレートをキメたボルトが勝利し、その後、神樹やら大筒木やらアレやコレやとの決着を経て、とにかくもろもろ無事に片付いたためである。

    ボルトを殺す必要も、自身が死ぬ必要も無くなったカワキは、ボルトによって半ば引きずられながらうずまき家に連れ戻された。
    そうして、ナルトから強めのゲンコツ、ヒナタから往復ビンタ、ヒマワリから本気の八卦空掌をくらったが、やらかしたことを考えれば、さもありなんという所である。

    ボルトはと言えば、さんざっぱらカワキと命懸けの殴り合いをした後なので、今さらカワキに対して鉄拳制裁をすることはなかった。
    ただニコリと笑って圧をかけただけである。

    「じゃ、約束通り里で働いてもらうから」
    「…………」

    いや、約束してない。
    ボルトが一方的に約束を取り付けてきただけだ。カワキは了承した覚えがない。
    が、ボルトが提示してきた仕事の内容が『里の復興作業』だったので、それならば、とカワキは素直に頷いた。
    今思えば、これが間違いだったのだが。


    カワキが配置されたのは、主に瓦礫の撤去作業であった。
    スクナヒコナでちっちゃくしたり、大黒天にしまっちゃったりできるカワキは、撤去作業にうってつけだったからだ。
    ボルトも時空間忍術を駆使して、あちこち移動しながら復興作業を手伝っていた。

    不幸中の幸いにも、里の崩壊は火影屋敷を基点とした中心部がほとんどで、少し離れた所にある住宅エリアは災禍を免れていた。
    家や職場を失った者も周辺の住宅エリアに身を寄せ、皆で助け合いながら復興作業に尽力した。

    「行ってらっしゃい。気をつけてね」

    カワキも毎朝、他の家族と同様にヒナタに見送られて、高台にあるうずまき家から作業場所へと通っている。

    「……あ、と、おはよう、……カワキ」
    「……ああ」

    本日の作業場に着いた時、顔見知りの男と目があった。
    男のどこかギクシャクとした挨拶に、カワキは言葉少なに返す。
    いまや里の住人の多くが似たような反応だ。
    世界中にかかっていた全能が解け、彼らはボルトとカワキの入れ替わりの事実を知った。そして正しく書き換わった認識とこの数年間のカワキとの交流の記憶が混濁して、戸惑っているのだ。
    なんとなく遠巻きに注がれる視線を感じながら、カワキは今日も黙々と作業を進める。

    「あーやっぱそんな感じか? オレの方も似たようなモンだってばさ。みんな混乱してンだろな。まぁでも一時的なもんだろ。しばらくしたら慣れるって」

    ボルトはあっけらかんと笑って、カワキの肩を叩いた。


    ボルトの言った通り二ヶ月ほどが経過した頃には、ボルトとカワキに対する人々の反応も落ち着きつつあった。

    近頃では里を覆っていた瓦礫もすっかり片付いて、復興作業は道や建物の整備段階に移り始めている。忍術や科学忍具を土木建築に転用したり、雷門カンパニーを筆頭とする最先端企業の資本とテクノロジーを活用することで、里は驚異的なスピードで再建されているのだ。

    「父ちゃんの若い頃にも里がメチャクチャになったことがあるらしいんだけどよ。その時よりもかなり速いらしいぜ」

    その辺の岩に腰掛けたボルトが、ヒナタの作った彩りの良い弁当をかき込みながら語る。
    今日は午前の現場が同じだったので、カワキとボルトは共に昼食をとっていた。
    ボルトの話に適当に相槌を打ちつつ、カワキは道の向こうの方で基礎工事が始まっているのを見やった。何が建つのだろうか。
    ……考えようとしてやめた。

    「……カワキ、お前さ、今日は夕方には上がるだろ。帰ったらちょっと話があっから」
    「話?」
    「そう。仕事の話。だから寄り道せずにちゃんと帰って来いよ〜」
    「ウゼェ。ガキ扱いすんな」

    カワキの悪態を気にした風もなくボルトが笑う。

    「……っと、オレそろそろ行くわ。午後は任務が入ってンだ」

    まだ弁当を食べているカワキの横で、ボルトが立ち上がった。
    そうしてカワキの方をチラッと見て、「約束な」と言い捨てて姿を消した。

    (…………仕事の話、ね)

    カワキはボルトの消えたあたりをぼんやりと眺めて、それから周囲を見まわした。
    昼休憩をとっている人々が、そこかしこで和やかに食事をし、笑い合っている。
    ボルトの言った通り、里は驚異的な速さで復興が進んでいる。
    片付けるべき瓦礫なぞ、もうほとんどない。
    そろそろ自分の仕事も終わるだろう。

    カワキは手元の弁当に視線を落とした。
    ヒナタが毎朝早起きして、カワキの分もこしらえてくれる弁当だ。
    ほとんど食べ終わってしまって、もう幾らも残っていない。
    最後に一欠片残った、ほんのりと甘いだし巻き卵。
    カワキはそれを口に放り込み、噛みしめて。
    そして飲み込んだ。


    午後の作業は、夕方に差し掛かる頃には完了した。

    カワキは真っ直ぐうずまき家に戻ることはせず、いつかのように七代目の顔岩の上に座り込んでいた。
    日中の労働で火照った体を撫でていく風が心地いい。

    眼下に広がる街並みを眺めながら、これからのことを考える。
    そろそろ木ノ葉から出て行く頃合いじゃあないか——、と。

    殻から脱走したあの頃と違って、もう世界のどこにもカワキの生命を脅かす者はない。七代目の生命を脅かす者もない。里もようやく落ち着きを取り戻し始めた。そうだ、大団円だ。

    ——それで? 自分は?

    遠くの空に沈みゆく夕陽の色が、カワキの心をちょっぴりおセンチにしていた。

    自分にはもはや木ノ葉に保護してもらう理由はない。復興作業を手伝い、世話になった里にも多少は罪滅ぼしできただろう。あがないきれたとは言えないだろうが。
    そうして次に、なにより世話になったうずまき家の面々の顔が思い浮かぶ。
    彼らは寛大で、カワキのしでかしたことを許し、あるいはすべてを許してはいなくとも、その上でカワキに親愛を示し、受け入れている。

    カワキが夫妻を大黒天にて封じ、全能の発動の引き金となったことで、あの温かな一家は、数年間をバラバラに引き裂かれた。

    その歪みは一家だけでなく、ボルトの仲間たちをはじめとする、周囲の人々にも及んでいる。
    現に数ヶ月経った今ですら、カワキを七代目の息子だと誤認していた人々は、ボルトやカワキと話す時に、チグハグな思い出に困惑することがある。

    「あれ? このやりとり、お前としたんだっけ? それともボルト?」と言う風に。

    かつて里が大筒木の脅威にさらされたあの時。
    夫妻を封印し、全能が引き起こした状況を利用してまでボルトを殺そうとしたことを、カワキは間違っていたとは思わない。今、最悪の結末が訪れなかったのは、あくまでも結果論で、あの時はそうする必要があったと思うからだ。
    だから、後悔はしていない。
    ……けれど、やったことの責任から逃げるつもりもない。

    こうして今、再び形作られだした里やうずまき家にとって、自分は異物だ。
    お人よしな彼らはカワキを受け入れようとしてくれている。けれどだからこそ。そこに自分のような人間がいることに、喉の奥が引き攣るようなザラリとした違和感が拭えない。

    カワキは自分が去った後の木ノ葉を思い浮かべた。

    自分の代わりに憎まれ、故郷を追われたボルトが、再建された木ノ葉で、優しい父母と妹と共に食卓を囲み、仲間たちと肩を叩き合い、里のみんなに慕われて、いるべき場所で屈託なく声をあげて笑っている。

    ——本来あるべきだった形。
    歪さのない、美しい光景。


    沈む夕陽が遠く山々の木々に照り返し、カワキは眩しさに目を細めて薄く笑った。
    やはりここから出て行くべきだ。
    出て行った先で自分がどうなるのか、全く想像はできないけれど。
    まぁでも、どうとでもなる。今までだって、そうやって手探りで生き延びてきたんだから。

    ……うずまき家の人々にはどう伝えようか。直接言ったら面倒なことになるだろうから、手紙で伝えても良いかもしれない。それとも。
    なんなら、今、このまま……。

    「おい」
    「ッ!?」

    思案に沈んでいたカワキの眼前に、出し抜けにボルトが降り立った。
    飛雷神で飛んできたのだろう。腕を組んで、ジトリとした目でカワキを見下ろしている。

    「よぉ、おつかれ。……で、カワキ君はさァ、こんなトコで何をしてンのかな? オレさ、寄り道しないでちゃんと帰って来いって言ったよな?」

    ……一番面倒なやつに見つかった。
    カワキの苦い顔をじっと見つめて、ボルトがハァ〜と深くため息をついた。

    「ま、いいや。ついでだからここで話そうぜ」
    「……仕事の話ってやつか。ならちょうどいい。オレもそのことで話がある」

    そうだ、グズグズと感傷に浸っててもしょうがない。今ここでカタをつけちまおう。
    カワキは腹を括って、「ん?」と薄く微笑みながら首を傾げるボルトの目をまっすぐ覗き込んだ。

    「ボルト。お前が依頼してきた里の復興作業もそろそろ落ち着いてきただろ、だから、」

    ボルトがニッと笑って、カワキの言葉を奪った。

    「そうそう、だから次はたい焼き屋のバイトがいいんじゃねェかと思って! 好きだろ? たい焼き」

    …………あ?

    「待て、なんの話だ」
    「何って、社会勉強だよ、社会勉強! いろんな職場で働いてみてさ、お前にぴったりの仕事を見つけないとな! 復興作業は言うなれば準備運動だってばさ」

    ここからが本番だろ。がんばれよー!
    ボルトは笑ってカワキの肩を叩いた。

    「は? いや待て、勝手に進めてんじゃあねェぞ。お前が復興作業を手伝えっつーからオレは…………もう十分働いただろうが」

    借りは返したはずだ、いい加減付き合ってらんねェぜ。と、悪ぶってカワキは吠えてみたが、ボルトは全く動じなかった。
    どころか、またもやこれ見よがしにため息をつく。芝居がかった動作で首を振り、ポン、とカワキの肩に手を置く。

    「カワキお前さァ……里には借りを返したかもしんねーけど、オレにはまだデッケェ借りが残ってるよな?」

    肩に置かれた手にグッと力がこもって親指が鎖骨に食い込む。ちょ、痛ェ。

    「あぁ〜辛かったなァ〜、父ちゃんと母ちゃんを殺害した大罪人として世界中から追われるのは。不安と孤独に押しつぶされそうになって、文字通り涙で草枕を濡らした夜もあったってばさぁ……」

    くぅ、と、苦しそうに眉を寄せて、ボルトが言い募った。

    「ってことで、その詫びはするべきじゃね? オレのこの傷ついたハートをどうしてくれんの?? この上約束まで破ろうっての??? なぁ???」

    あの時ここで約束したよな。
    木ノ葉で就活するって。
    なぁ?
    なぁなぁなぁなぁなぁ。
    と、カワキの肩を小刻みに揺さぶりまくるボルト。

    (………………ウッッッゼェ)

    つい先ほどまでは、殊勝にもボルトに対して罪悪感とこれからの幸せを祈る気持ちを持っていたカワキであったが、それはそれとして、本人にこうふざけた態度で煽り散らされるとイラっとくるのであった。
    が、まぁおっしゃる通り、ボルトに借りがあるのは事実であり、償いをしようとするくらいの責任感は持ち合わせているので、マジクッッッッッッソうゼェなと思いながらも、カワキはボルトの要求を聞き入れることになったのである。

    なんだか知らないが、就職したら満足するってンなら、就職して、退職して、それから出てってやるよ。クソが。


    以上、回想終了。


    舞台は再びうずまき家の縁側に戻る。

    「楽しくねーのかよ、たい焼き屋の仕事」
    「だから普通だって」
    「ンー……そぉかぁ……」
    「オイ」

    何かを考えるようにモゴモゴやりながら、ボルトが三匹目のたい焼きに手を伸ばした。ので、カワキは流石にその手を叩き落として止めた。

    「そろそろやめとけ。お前が久々に帰ってくるからっつって、ヒナタさんもヒマワリもはりきって飯作ってんだよ」

    カワキの忠告に、ボルトはチラリと背後を振り返った。
    レースのカーテン越しに見えるキッチンで、ヒナタとヒマワリが何やら楽しそうに話しながら、クルクルと忙しなく動いてる。
    ボルトはン、と一つ頷いて両手をパシパシ擦り合わせ、手のひらに付いたたい焼きのかけらを庭先に落とした。

    「ごっそさん、うまかったぜ!」
    「別にお前のために焼いたわけじゃねェよ」

    カワキはフンと鼻を鳴らした。


    今から一ヶ月ほど前、カワキがボルトの圧力によって、たい焼き屋のバイトを始めた少し後のこと。
    ボルトは里外の任務を請け負うようになった。
    それこそ、「復興作業の初期段階は落ち着いたから」という理由で。
    元々本人の希望も“うちはサスケのような忍”になることであるし、実力もあって、時空間忍術の使い手で、七代目火影の息子として親善や外交を要する任務にもあたれる。ボルトは里外任務の適性が高い。

    だからして、ボルトはカワキをホイホイと強引にバイトに押し込んだ後、師匠に着いて里外任務に出て行った。「じゃ、オレ行ってくっから! 留守の間、里のことよろしくな!」と言うノリで。

    カワキはそれが気に入らない。
    この野郎、オレが出ていくのは阻止しておいて……、と言う心持ちである。

    そして今日は久方ぶりに帰ってきたかと思ったら、カワキの焼いたたい焼きを無遠慮に貪った。なんだコイツ。







    「たい焼き屋は嫌かぁ……」
    「嫌ではねーよ。普通だっつってンだろうが」
    「いや、“普通”じゃちょっとな……」

    うずまき家のリビング・ダイニング。夕食の時間。
    一家団欒、色とりどりのご馳走が並んだ食卓を囲んでいる。
    久々の帰郷だ。積もる話もあるだろうに、ボルトときたら自分の土産話はそこそこに、カワキの就職相談を始めてしまった。

    「んー……なら次はどうすっかなァ」
    「おい、次ってなんだ」
    「ラーメン屋はどうだよ?」
    「ねーよ。父ちゃんそれ自分が食いてェだけだろぉ」
    「はいっ! アカデミーの先生はどう?」
    「たしか正式に教員になろうとしたら、中忍以上じゃないと……。お試しでやってみるなら、特別講師がいいんじゃない?」

    なぜかナルト、ヒナタ、ヒマワリもノリノリで意見を交わしている。

    「特別講師か。興味あんならオレからイルカ先生に打診してやるってばよ。けどカワキって教えるの上手いのか?」
    「それは分かんないけど。でもカワキって実は結構面倒見いいよね!」
    「そういえばヒマワリも懐いてたものね。意外と適性あったりするのかも?」
    「……おい待てって、勝手に話を進めるんじゃねぇよ」
    「んーまぁ確かに、何事も経験だよな。おいカワキ、どうよ。次は教職やってみっか?」
    「だから全員話聞けって! 次ってなんだよ!」

    カワキは『次』の話なぞ聞いていなかったので、当然のように意見を交わし合ううずまき家についていけない。
    そもそもたい焼き屋のバイトだって、ボルトの勢いに押されて始めただけであって。
    しかもボルトが説明不十分のまま任務に出ていったから、ゴールも分からないままこの一ヶ月間働いていた。まずはそこの所をハッキリさせたい。

    「おいボルト。そもそも、お前はオレに何をさせてェんだよ? 目的はなんだ。就職っつってもバイトだって就職じゃねェのか? それとも、正式に雇用されて、末長く木ノ葉のために働いて貢献しろってことか」
    「いや別に就業の様態にはこだわらないってばさ。バイトでも、社員でも、個人事業主でもいいぜ? それに木ノ葉のために働いてくれんのは嬉しいけど、それが目的じゃねぇよ」
    「なら」
    「ゴールはお前がやりたい仕事を見つけること」

    ボルトがビシ! とカワキの鼻先に指を突きつけた。

    「……あ? やりたい仕事?」
    「そうだってばさ」

    面食らうカワキに対して、ボルトが噛んで含めるように続けた。

    「まぁつまりな、オレはお前に自分のことを大事にするようになって欲しいんだよ。んで、そのためにはまず、この里で夢とか目標とかさ……なんかやりたいことを見つけて働くのがいいかなって思ってよ」
    「…………?」

    カワキはム、と目をすがめた。
    不快だったからではない。単純に意味が分からなかったのだ。
    というか言葉の意味は分かるのだが、意図がよく分からなかった。
    別に自分のことを粗末にした覚えはない。
    多少我が身を顧みなかったこともあるが、それは自分の命よりも大事なものを守りたかった時だけだ。自分の命を有用に使おうとしただけだ。
    善人みたいに他人を思いやって誰彼構わず守ろうなんてしない。
    いつだって自分本位に生きている。
    なのにこの上、自分を大事にするとは……。

    カワキがいまいちピンと来ていないのを見てとったボルトは、フ、と浅く息をつくと、「まぁ食いながら話そうぜ」とカワキに食事の続きを勧めた。

    「もうこの際だからぶっちゃけとくわ。あ、母ちゃんこのエビチリすげーうめぇ」
    「よかった。あなたの好みに合わせて辛めのレシピにしてみたの」
    「お兄ちゃん、スープは? あたしが作ったんだよ」
    「マジ? スープも母ちゃんかと思った。バッチリ美味いぜ」

    カワキもエビチリに箸を伸ばした。確かにいつもより少し辛めの味付けだ。

    「あ、そんでよカワキ。バイト始める前さぁ、お前」

    ボルトがとろとろの卵スープをすすりながらチラ、とカワキを見た。

    「黙って里から出てこうとしてただろ」

    カワキは食いかけのエビチリを喉に詰まらせてむせた。
    ゲホゴホやっていたら、隣に座っていたヒマワリが背中をさすってくれた。
    ボルトは構わずに話し続けている。

    「どうせ、オレなんかがここにいない方が……とかネガティブなこと考えてたんだろ。お前ってそういうトコあるよな。オレ、そういうの卒業して欲しくってさぁ」

    咳が治まってきたカワキが若干涙目で食卓に視線を戻すと、ナルトもヒナタもヒマワリも、さほど驚く様子もなくウンウンと頷いている。

    「……な、え、アンタら全員、気づいて……」

    チラリ、と食卓の上で目配せが交わされる。

    「気づいてたっつーか……」
    「やりかねないとは思ってたよね」
    「前科があるから……」
    「ね」
    「まぁちっと気にしては見てたんだけど」
    「ボルトが気づいてくれてよかったわ」
    「お兄ちゃんがカワキの襟首掴んで、『コイツたい焼き屋でバイトするからー!』って帰ってきた時、あー……って思ったもんね」
    「いやさァ、あん時コイツ火影岩の上で捨てられた犬みたいな顔してひざ抱えてたんだぜ。もうメッチャクチャ分かりやすかったってばさ」
    「あ……なんかそれデジャヴだってばよ」

    自分のおセンチな決意が丸っと見透かされていたことを知ってしまい……カワキはもうなんだか居たたまれない気持ちになった。
    耳から頬にかけての辺りがグワーッと熱くなっていく感じがして、もしかしてオレは今顔が赤くなっているのか……? と気づいてしまって、余計に頭に血が上り。あ、ダメだ、クラクラしてきた。

    それを見て、ヒマワリがそっとカワキのコップに冷たい水を継ぎ足す。
    カワキがありがたく水を飲もうとして手を伸ばすと、ボルトがサッと横からコップをかっさらって、そのまま全部飲み干した。(尋問官が捕虜を追い込む時のやり口である)

    「ン、まぁとにかくそういうことで。オレらとしては、ちょっとまだお前のこと一人にさせるのは心配っつーか。お前ってばホント……首輪でも着けとかねェと、出てったら二度とツラ見せなさそーだし」
    「………………」

    まさに出ていって二度とツラを見せないつもりだったので、カワキは何も言えない。

    「だからオレはお前に『約束』させて、首輪代わりにしたってワケ。繋ぎ止めて勝手にオレの前から逃げらんねェようにな」

    食卓がシン……と静まり返った。
    ボルトの言い方がちょっと……アレだったので。
    ナルトとヒナタとヒマワリが各々「えっ……と、これツッコんだ方がいいのかな……?」と目を泳がせている中、ボルトはお構いなしに追い討ちをかける。

    「まあ、たとえお前が逃げても、オレはお前の居場所を異次元だって感知できるからな。納得できなきゃ追いかけて、とっ捕まえて、ブン殴ってでも連れ戻すけど」

    これは冗談でもなんでもなく、ガチの宣言であった。
    口先だけの虚勢というわけでもない。
    実際ボルトには相性だか波長だかなんだか由来の『カワキ見守りGPS機能』が搭載されているわけだし。
    暴の力でカワキをうずまき家に連れ戻した実績もあるし。

    「そーゆーワケだから。ブン殴られたくなかったら、しばらくは大人しくオレの言うこと聞いとけって。そんでオレが納得したら首輪外してやっからさ!」

    台詞が完全に束縛系DV男のソレである。
    朗らかに言うな。

    「「「「…………」」」」

    沈黙の落ちた食卓で、ボルトがチョレギサラダをシャクシャク咀嚼する音だけが響いている。

    カワキは(自分もうずまき夫妻を強引に封印した負い目があるため)何も言えず。
    静まり返った食卓に、内心『どうすンだよこの空気……』と胃を痛めていると、「……おいボルト」とナルトの助け船が入った。
    カワキはホッと息を吐いた。
    さすが七代目。頼りになるぜ……。

    「ボルトお前よォ……それはちっと強引すぎるだろ。まぁカワキも似たようなことしでかしたけどもよ……。本来そういうのは話し合いの上で、本人の意思も尊重してだなぁ」
    「いやこれに関しては父ちゃんにだけは言われたくないってばさ」

    ボルトがピシャリと父の説教をはねつけた。

    「言っとくけどオレ、サスケさんから聞いてっから。父ちゃんの若い頃の話も。“いろいろ”と」
    「ッっ……、待て、サスケあのヤローなんつってやがった?」

    引き続きチョレギサラダをシャクシャクしながら何も答えないボルト。狼狽えるナルト。
    詳細はよく分からんが、流れから察するに、七代目とうちはサスケの間でも似たようなことがあったらしい……。
    …………父親譲りかよ……。
    カワキは諦めて、天井の隅の方を眺めた。


    さて食後。
    テーブルの上にはボルトのお土産『雲隠れ雷おこし』と、カワキの焼いたたい焼き。そしてお茶。
    まったりデザートタイムである。

    一時は変な空気になった食卓だが、「確かに……ボルトのそれはお父さん譲りね……!」とヒナタが笑ったことで、和やかな雰囲気を取り戻した。
    ほのぼのファミリーに見えたとて、中身は血と汗と戦の歴史の中を生き抜いてきた猛者共だ。今さら多少不適切な発言があったくらいでは、大して揺るがないのである。

    「……で、話を戻すけども」

    お茶をズズッとやりながら、ボルトが切り出す。
    カワキは夕食時のやり取りで疲れきっていたので、正直もう勘弁して欲しかった。しかし逃げるとブン殴ってでも連れ戻されるらしいので、仕方なくテーブルに着いたままでいる。

    「なんか興味ある仕事とかねーの? お前」

    そんなこと聞かれても、カワキに分かるはずがない。
    幼い頃からずっと、『やりたいこと』じゃなく、『やらなきゃいけないこと』ばかりだった。カワキはいつだって必要に迫られて行動してきた。
    “必要なこと”をやらないと、殴られるか、殺されるか、大事な物を奪われるか、だったので。
    『やりたいこと』なんて考えてる暇がなかったのだ。
    だからカワキには、なぜボルトがそんなことにこだわるのか分からない。

    「……別にねェよ、そんなもん」
    「ウーン、じゃ、やっぱこっちで考えるしかねぇか」
    「……なぁ!」

    湯呑みを片手に、ナルトがサッと軽く手を上げる。
    みなが視線を向けると、ナルトはワクワクした目をして語り出した。

    「そんならやっぱラーメン屋はどうだよ」
    「OK、父ちゃん。黙ってくれ」
    「だって手打ち麺ってよ、力仕事だろ? カワキは体力も筋力もあるし。それに棒術使いだろ。だから麺を作るのが上手そうじゃねーか?」
    「頼む父ちゃん、黙ってくれ」
    「一楽に弟子入りしてさァ、ゆくゆくは暖簾分けしてもらって……。カワキが自分の店を持つってンなら、オレってば出資してやってもいいぜ?」(キメ顔でウインク)
    「…………七代目。食いたいのか、オレの作ったラーメンを」(陥落)
    「ちょ、父ちゃんホント黙れって! 父ちゃんが言うと、こいつマジになンだろが!!」
    「ンだよ、いろいろ試すってんならラーメン屋でもいいじゃねぇか」
    「いいワケねーだろ。カワキのやりたいこと探しだっつってンのに! また父ちゃんを行動原理にしてちゃ進歩しねェだろが」
    「それは本当にそうね」

    ヒナタが神妙な面持ちで頷く。

    「ナルト君、この件はボルトに任せよう? ナルト君が口出しするとこじれちゃうから。それと、こういう時にウインクするのは卑怯だよ。ナルト君にそんな顔されたら断れなくなっちゃうでしょう?」
    「え……、ウン……? そうだな……?」

    ヒナタの言葉にナルトは顔をクチャッとキツネ顔にして、引き下がった。諌められているのか褒められているのか、混乱したためである。
    家長が頼りにならない(この場において、おそらくナルトはカワキの次に趣旨を理解できていない)ので、しっかり者の長女が話を引き継いだ。

    「ね、それならあたしの案は? アカデミーの特別講師! ね、カワキどう?」

    ヒマワリがこれまたナルトそっくりのキラキラした瞳で提案する。こちらにはボルトのストップはかからなかった。むしろカワキの反応を興味深く見ている。

    「…………つうかよ、そもそも」

    カワキは兄妹の期待に満ちたまなざしに辟易して視線を逸らした。

    「お前ら色々考えてくれてるところ悪りィが、オレの仕事なんてそれこそ忍者でいいだろ」
    「ンー……お前、忍者として働きてーの? そりゃあの頃は強くなる必要があったけど。もう命狙われてるわけでもねェんだし、選択肢は広がってンだぜ?」
    「選ぶまでもねェだろ。忍として働くのが一番役に立つ。文字通り即戦力だ」
    「はい却下。そんな理由じゃ認めらんねーな。言ったろ、オレの目的はお前のやりたいことを見つけることだってよ。役に立てるとか立てねえとかで決めンなよな」

    にべもない返答に、カワキは隠しもせずにため息をついた。
    ボルトの謎のお節介がいい加減うっとおしい。
    が、感情的にはねつけたところで頑固者のボルトが納得しないのは明白である。だからカワキは努めて論理的に諭した。

    「あのなボルト。オレじゃなくたって生活のためだとか、人の役に立ちたくて、って理由で仕事を選んでる奴なんてごまんといるだろ。大体そんなもんだろ、仕事なんてモンは」
    「……まぁそりゃ一理あるけどもよォ……。けどそれもお前の場合は、『“父ちゃんの”役に立てるから』ってのが一番の理由だろォ?」

    それは、まぁ。
    そうだが。

    「……」

    ボルトときたら感情論で話すわりに、核心をついてくるので厄介だ。
    反論せずにカワキが黙り込むと、ボルトはム……と顔をしかめ、じっとりとした目でカワキを睨みつけて……ポツリとなじった。

    「…………ファザコン野郎」
    「…………あ”?? お前に言われたかねーんだよ。聞いたぞテメェ七代目に構われたくて、反抗期こじらせてたんだってな?」
    「は?! ざっけんな、誰だよンなこと言ったやつ!!!」
    「里の連中」(*複数証言あり)

    お互い恥ずかしい所を突かれたので、一瞬で頭に血が上ってガキの喧嘩になった。
    テーブル越しに胸ぐらを掴み合ったところで、横からナルトの制止がかかる。

    「喧嘩すんなお前ら! オレのために争うんじゃねーってばよ!!」
    「父ちゃんのために争ってんじゃなくて、父ちゃんのせいで争ってンだよ!!!」

    三人で団子になってわちゃわちゃ揉み合いが始まる。ヒナタは冷静にテーブルの上の食べ物を避難させ。そしてヒマワリはその様子を両手で頬杖つきながら眺め。

    「ね、だったらさ、間をとって兼業したらいいんじゃない?」

    非常にごもっともな折衷案を繰り出した。

    「忍者やりながら別の仕事もしてみたらいいんだよ。いのじんさん家みたいに」

    ポンコツ男共はピタリと動きを止め、顔を見合わせた。







    二ヶ月後、再びうずまき家縁側。
    カワキとボルトは並んで腰掛けている。
    本日はボルト式キャリアコンサルティングの日である。

    「よっし、そんじゃ聞かせてもらいましょうかね。カワキ君の活躍を」

    ヒマワリの折衷案が採用されて、現在カワキは忍者業と就職活動を並行している。ボルトは相変わらず里外任務を請け負っており、本日は実に約二ヶ月ぶりの帰宅。
    カワキはこれからボルトが留守にしていた間の成果報告をさせられると言うわけである。

    「カワキ君は楽しくお仕事できたかな?」
    「おいその口調やめろ殺すぞ」

    ちゃらけた様子のボルトをカワキは睨みつけた。

    「どの立場からモノ言ってんだテメーはよ」
    「そりゃお前のキャリアコンサルタントとして? お前こそ、そんな態度でちゃんと仕事できてたのかよ」
    「お前に小うるさく言われない程度にはな」

    そう、とっととボルトの束縛から解放されたいカワキは、ここ二ヶ月近くキッチリ働いてきた。

    例えば、アカデミーの特別講師やら、郵便配達員やら、コンビニ店員やら、闇カジノディーラーやら、草むしりやら、大きい討伐やら、スーパーのレジ打ちやら、蟹工船やら、壁外調査やら、カフェ店員やら、鉄骨渡りやら、地下強制労働やら、ペットシッターやら、グラディエーターやら、などである。

    ボルトは「そっかそっか」とカワキの報告を聞き。
    そしてスッ……と胸いっぱいに息を吸い込むと……二階の自室で持ち帰り仕事に励んでいる父の方に向かって怒鳴った。

    「おい父ちゃん!!! こいつの就業先ちゃんとチェックしとけって!!! 半分くらい非合法なんだけど!!! あと里内に闇カジノと裏闘技場と地下強制労働施設ができてる!!!」
    「マジか、摘発しとくってばよ!!! え、カワキなんの仕事してたんだ?! オレ、ペンギンに餌やった話とか、とうもろこしの収穫した話とか、メロンパンがおいしく焼けた話とかしか聞いてねぇけど!!?」
    「詳細は後でまとめて報告すっから!」

    「わかった頼む!」と返答があり、取り急ぎ報告終了したようだ。ボルトが頭を抱えた。

    「しっかりしろよダメ親父……監督不行き届きだぜ。ったくよォ……」
    「七代目を責めんな。里の再建で忙しそうだし、余計な心労かけたくねぇから黙ってただけだ。あと摘発は無理だぜ。オレが退職時に組織ごと潰してきたから」
    「…………あ、そう。じゃあそれも後で父ちゃんに言っとくな……」

    どうやらボルトはお気に召さないようだが、カワキはそこそこ真面目に働いたつもりである。
    ただカワキはちょっぴり社会性に乏しい所があるため、いくつかの職場で即日クビになったり、作業説明の段階で「帰ってくれ(懇願)」と言われたり、なんなら面接の段階で「すみません帰ってください……(怯え)」と言われたりした。

    ところが、いわゆるアングラ系の仕事は大体「向いてると思ったんで」で面接を通過できたし、実際向いていた。
    なので自然と裏稼業での就業率が上がってしまった。それだけのことだ。

    「それだけのことだ。じゃないが……? オレはお前に裏社会経験を積ませたいワケじゃないんだぜ……?? 頼むから真っ当に働け……???」
    「別にいいだろ、忍の任務とやってること大して変わらねェし。なんなら金に関してはBランク任務より稼げたぜ」
    「いやお前それヤバい金だろ。…………その金どうしたンだよ」
    「いくらかは生活費としてヒナタさんに渡した。全額渡しても良かったが、ンな大金渡したら引かれるだろうしな。残りは全部たい焼きを買うのに使った」
    「Bランク任務相当の金で? 食い切れなくね?」
    「大黒天で異空間内にしまってる」

    そう、今やカワキの異空間内には、一生分に相当するであろうたい焼きの群れが泳いでいる。
    そしてなんと。
    そこは時が止まった空間なので、いつでも好きな時に、焼きたてホカホカのたい焼きを取り出して食べられるのである。

    これを思いついた時は、さしもの自己評価最低男であるカワキも「もしかしてオレって天才なんじゃあねェか……?」と興奮に身を震わせたものである。
    ボルトが隣で「たい焼きマネーロンダリング……」と呟いたが、カワキはこれをキレイに無視した。汚ねぇ金が美味しいたい焼きに生まれ変わったのだ。何も悪いことなどない。

    「……ハァ、まぁいいや。それで? なんか気に入った仕事はあったのかよ」

    ボルトは相変わらずそこにこだわっているようだが、生憎カワキは特に惹かれた仕事はなかった。
    いや、全くやりがいがないと言うわけではないが。
    何か新しいことを覚えてできるようになれば、そりゃそれなりに達成感はある。
    ただ、やっぱりどの仕事ものめり込むほどのものではない。

    ……であれば、忍の任務にリソースを割く方が良いんじゃあないのか?
    やはりどう考えても、忍者として働くのが、一番自分の能力を有益に使えている気がする。
    そうカワキが答えると、ボルトは曖昧に「んー……」と唸った。
    潮時なんじゃないか? と、カワキは説得を試みた。いい加減ボルトの不毛な束縛から抜け出したいのである。

    「ボルト、テメーがお節介なのはわかったぜ。十分過ぎるほどにな。だからもう、お前に黙って消えようなんてしたりしねェよ。それでいいだろ」
    「そりゃ何よりだけどよ。けどオレとしては、やりたいこと探しはもうちょい粘って欲しいんだけど」
    「……テメェが何でそんなにこだわってるのか理解できねェ」
    「だから前にも言ったろ。オレはお前に自分のことを大事にするようになって欲しいんだって。そりゃオレだって、こんなんオレのエゴだって分かってっけどさァ。お前だって、お前のエゴでオレやみんなのこと振り回しただろ」

    だからもうちょい付き合えよ、な。
    そう言って軽い調子でカワキの肩を叩くボルト。

    やっぱりカワキには今ひとつボルトの望むものがわからない。
    カワキは結局のうのうと木ノ葉に居座ることにした。うずまき家からすら追い出されずに、彼らの情を享受して、何不自由なく生きている。
    それでもボルトは「もっと自分を大事にしろ」と言う。
    カワキは舌を打った。

    「終着点が見えねェ。不毛だぜ」
    「むくれんなって。それに、オレとしてはお前が自分のやりたいことを見つけてくれんのが一番だけどよ。もし見つかんなかったら、そん時はちゃんと責任取るからよ」
    「ア? どうやってだよ」

    胡乱げな目をするカワキ。
    忘れたのかよ? と、首を傾げるボルト。

    「あン時、約束しただろ。いざとなったら永久就職させてやるって」
    「……あ?」
    「つまりオレと籍を入れてもらう」
    「?」
    「うずまきカワキにしてやる」
    「?」
    「嬉しいか?」
    「??? 今話飛んだか?」

    270°旋回くらいの勢いで話の流れが変わって彼方にぶっ飛んだので、カワキにはボルトの言っていることが一片も理解できなかった。

    「あ、ワリ、順を追って説明するな」
    「オウ」

    ボルトは一本ずつ指を立てながら、非常に明快に筋道を説明した。

    1.まずオレはお前に惚れてるだろ?
    2.そんで、オレの勝手でお前のキャリアに口出ししてるわけだろ?
    3.ならもしそのキャリア形成が失敗した場合、責任とらねぇとだよな?

    「つまり結婚だってばさ」

    ボルトは人差し指、中指、そして親指の三本を順に立てて、キリリとした顔で結論を出した。

    「なるほど」

    カワキは冷静な男なので、兄弟分に突然結婚を前提に告られても動揺したりなどしなかった。ゆっくりと一つ頷き、受け入れたのだ。
    …………ということは全然なく、ボルトの論理がカオス極まりすぎて脳みそが処理落ちしているだけである。何も「なるほど」ではない。

    『1:まずオレはお前に惚れてるだろ?』

    ↑は????????

    この前提からしてすでに狂ってンだろ。
    カワキは混乱のあまり、逆に冷静な感じでボルトに尋ねた。

    「お前オレに惚れてんのか?」
    「おう」
    「……?」
    「好きだぜ」
    「……? オレのどこが好きなんだ」

    カワキは論拠を求めた。
    嫌われる理由なら山ほどあれど、惚れられる理由なんざ思いつかないからだ。

    「えぇ? それ言わす?」

    ちょっと視線を逸らして照れたように頭の後ろをかくボルト。

    「話せば長くなンだけどよ」
    「簡潔に頼む」
    「きっかけは、そうだな……お前が父ちゃんたちを封印して、オレを殺そうとして……そんでお前と立場が入れ替わったせいで、火影を殺害した大罪人として里から追われたこと……」
    「なぜその出だしでオレに惚れる所に着地する……?」

    ふっ、と、心地よい夕風が、二人の間を吹き抜ける。
    ボルトは黄金色に染まり出した空を見上げて語り出した……。

    「オレはお前の立場に置かれて、自然とお前の気持ちを考えるようになった……」

    ——里の仲間に敵意を向けられて、帰る場所も無くなって。
    オレの逃亡は五大国間で共有されてっから、人里に寄り付けば宿場で密告されて、よその里の忍にも囲まれかけたり……。周りみんなが敵に見えて、疑心暗鬼にもなりかけたってばさ。

    命の危険に晒され続けるのもキツかったけど、何よりそんな状況での孤独がキツかった。
    唯一オレのそばにいてくれたサスケのおっちゃんが爪アカに喰われた時はなおさら……。
    あン時、お前が父ちゃんを失うことを怖がった気持ちが、少しわかった、気がする。

    そんな状況で星の危機にも対処しなきゃなんなくなって。
    正直、なんでオレばっかり、って思ったこと、何度もあるぜ。
    でもその度にお前のことを思い出したんだ。

    お前は泣き言なんて言わなかったな。
    そンかし出会った頃は警戒心むき出しで、周りに噛みつきまくってたけど。
    でも、一旦大事なモンを見つけたら、自分のことより大切にしてた。
    捨て身で独りよがりで、なりふり構わねぇ方法ばっかりだったけど、不器用なりに大事なモン守るために、いつも一所懸命だった。
    それを思い出したら、オレも弱音なんて吐いてらんねェって思った。
    ……それからお前のこと、やっぱりほっとけねェって思った。

    もちろん、四六時中お前のこと考えてたワケじゃねぇぜ?
    師匠のことも里のやつらのことも心配だったし、神樹共の対策も立てなきゃだったし。いろんなもんにプレッシャー感じてたから。
    本当は余裕なかったんだよ、オレ。

    でもある夜、野営してさ。
    寝る支度して、仰向けに転がって。
    周りに人里も何もない草っ原だったから、星がスッゲェ綺麗だったんだ。
    だけどそれを伝える相手もいなくて、オレはそれでなんだかメチャクチャ心細くなっちまって。
    寂しくってさ。情けねーけど、ちょっと泣きそうになったんだよ。
    ……そン時、流れ星が流れた。
    したら願い事を考えるよりも先に、パッとお前のことが思い浮かんで…………。
    それで気づいたんだ。
    ああ、オレってば、こういう時にカワキのこと思い出すのか。
    そっか、コレが……。

    「コレが恋なんじゃねェか、……ってな」

    ボルトは視線を空から戻し、澄み切った瞳でカワキの顔を見つめた。
    以上、イチャイチャボルテックス 〜エピソード0・恋心自覚編〜である。

    ボルトの長口上を聞き届けたカワキは、ゆっくりと鼻で息を吐いて。そして、ボルトを刺激しないように、努めて穏やかな声で言った。

    「目を覚ませ、勘違いだ」
    「勘違いじゃねェよ。なんなら証明してやろうか」
    「どうやって」
    「キスとか?」
    「絶対にやめろ」

    ギュッと顔を引き攣らせるカワキに、ボルトはやれやれと言った感じで膝に頬杖をつき、喉を鳴らしてク、と笑った。

    「お前さぁ、オレがお前のこと好きになるはずがないって思ってるよな」

    そういうとこがほっとけないって言ってンだよ、と、ボルトが柔らかく目元を緩ませてカワキに視線を投げる。
    その顔を見たカワキは、ああ、どうやらこれは本気で言ってるようだ、と頭で理解し、そして——


    戦慄した。
    背中の産毛がぞわりと立ち上がっているのを感じる。

    (コイツ……イカれてやがる——!)


    ボルトの告白がにわかに情熱的過ぎたのか、それともカワキの自己卑下が過ぎたのか、あるいはその両方が原因か。
    いずれにせよカワキは、この状況を明後日の方向に受け取ってしまった。

    ボルトは精神に異常をきたしているのだ、と。

    きっと元々おせっかいな性格だった所に、全能の逆転現象でカワキへの共感を高めすぎて、おかしくなってしまったのだ。
    じゃなきゃ、なんでこんなトチ狂った結論に至るというんだ。

    客観的に見て、ボルトの“コレ”は、もはや勘違いだとか、ましてや恋などという、そういう“可愛らしいもの”ではない。
    吊り橋効果だとか、ストックホルム症候群とか、ストレス防衛機制とか、そういった心理の歪みがミックスされた痛ましくおぞましい“何か”。それをカワキへの恋心だと誤認しているのだ。
    おせっかいをこじらせて、ありもしない責任を負って、恋なんぞにすり替えてしまったのだ。

    (オレの……せいで……!)

    カワキは打ちのめされた。
    ボルトがぶっ壊れてしまったと言う事実(*カワキの思い込みである)に、頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。

    カワキはボルトのことを強いやつだと思っていた。
    ボルトは多くのものを背負い、宿命に打ち勝ち、平和を勝ち取った。
    カワキは本気でボルトのことを殺そうとしたし、たくさん傷つけもしたのに、カワキのことを憎むでもなく、見捨てるでもなく、今なお笑いかけて肩を組んでくる。
    背負い、許し、受け入れる。変なやつだ。
    ……つまり、とんでもなく懐の深いやつなのだと。

    正直に言おう。
    カワキはそんなボルトに救われていた。甘えていたと言ってもいい。
    だがそれは間違いだった。

    考えてみれば当然だ。
    心が強いと言ったって限度がある。
    過ぎた負荷がかかれば歪みもする。
    おせっかいで、面倒見が良くて、負わなくていいものまで背負おうとする性格ならなおさらだ。

    「……ボルト」
    「おっ?」

    カワキはボルトの両肩を掴んで、目を覗き込み、ゆっくりと噛んで含めるように言った。

    「よく聞け、お前は今、おかしくなってる」

    カワキの罪と甘えが、ボルトをこんな形で歪めてしまったのだ。
    カワキは今さら押し寄せる罪悪感に胸を焼かれ、決意にまなじりを尖らせてボルトを見つめ、そして。

    「お前のソレは責任持ってオレが治す。必ず、なんとかしてやる」

    いつかのような約束を口にした。

    ボルトの望み通り、カワキがやりたいことを見つけて安心させてやれば、きっと我に返るだろう。「あれっ? よく考えたらこれって、庇護欲をこじらせてただけで、別に恋とかそういうんじゃなくね……?」という具合に。

    「…………ん? あれ??」

    カワキの真剣な顔を眼前に、ボルトは左目をパチパチと瞬いた。

    「もしかしてオレ今、メンタル異常判定された……???」

    かくしてカワキは本気で就活に臨む決意をした。
    イカれてしまったボルトを正気に戻すために。


    一方、うずまき家キッチン。
    夕食の支度をしていたヒナタとヒマワリは、縁側に座るカワキとボルトの様子をポカンと眺めていた。

    ゼロ距離で見つめ合う二人。
    今にキスでもしそうな体勢。
    黄昏時の光が逆光となって、そのシルエットをやわく包む。
    うずまき家のリビング・ダイニングと庭とを隔てる窓枠が、まるで額縁のようにその光景を飾っていた。

    ここでなんか良い感じのラブソングでも流せば、そのままエンディングに突入しそうな風情であった。

    パチパチと油のはぜる音をBGMに、どちらからともなく呆然とつぶやく。

    「何してるんだろ? あの二人?」

    恋???

    その日の夕食の天ぷらが少し焦げていたのは、そのせいである。







    5月某日、新緑の季節。
    カワキが真剣に就活に向き合い出してから、一ヶ月ほど経った頃のことである。

    その日うずまき家では、カワキのお誕生日会が開かれた。
    仕事を終えたカワキが帰宅し、リビングに足を踏み入れた途端、クラッカーの弾ける音と共にサプライズパーティーが始まったのだ。

    どこから聞きつけたのか……おそらくアマドかスミレか……カワキの情報を詳しく知る研究者まわりから漏れたのであろうが、まったく予想もしていなかった催しに、カワキは面食らった。

    ワケもわからぬうちに、ボルトに『本日の主役』と書かれたタスキをかけられて、ヒナタにまるくてデカいケーキを差し出され、ヒマワリに「ロウソクを吹き消すんだよ」と促され、ナルトに写真を撮られた。

    せっかく祝ってくれているけれど、カワキはまごついてしまって、うまくリアクションが取れない。
    どうやら主役……である自分よりも、祝う側の彼らの方がよっぽど楽しそうだった。
    ……いいのか。この前のボルトの誕生日の時は、本人が任務で不在だったから時期を外してしまって、パーティーなんて開かれなかったのに。
    ボルトの顔を見る。
    視線が合ったボルトは、目を細めてカワキに笑いかけてきた……。
    …………。


    いつもより豪勢な夕食後。
    ナルトはまだ少し仕事が残っているからと言って、火影屋敷へ戻っていった。
    ヒナタは風呂に向かい、ヒマワリはダイニングテーブルで風呂上がりのアイスバーを齧っている。

    カワキがリビングのソファでぼんやりとしていると、ボルトが向かいのソファに腰掛けて、いつものように就活の状況を尋ねてきた。
    ようやく日常が戻った気がして、無意識に詰めていた息を吐く。

    「そういや、なんか面白い仕事には出会えたか?」
    「……、そうだな、配達業なんかは悪くねェかもな。スクナヒコナやら大黒天やらがおあつらえ向きだ。仕事が速くて重宝されてるぜ」
    「またお前はそうやってよォ。自分のこと使えるか使えないかの物差しで測るのやめろって」
    「……それ以外で判断がつけらんねェんだよ」
    「すねんなよ」

    からかうような口調とは裏腹に、ボルトが困った顔で笑う。
    カワキは眉を寄せた。

    「……来週にはなんとか、請け負ってる忍務が全部片付く。そしたら就活に全振りしてやるよ。だから余計な心配すんな」
    「いや、別に無理に忍者をやめる必要はねンじゃね?」
    「……ア? てめェ、前と言ってることが違うだろ」
    「あン時はお前が他のこと何も試さずに忍者になろうとしてたからだよ。色々試すうちの一つが忍者だってんなら、別に反対しねェぜ?」
    「…………もう少し考える」
    「ン。そうしろ」

    やりたいことってのは、いろんな経験の中で見つかるもんだから、たくさん体験して、じっくり探せばいいんだぜ。そう講釈を垂れてボルトは笑った。

    ……であるならば、幼い頃からずっと狭い生け簀の中で生きてきたカワキには、圧倒的に経験が足らないのだろう。
    職探しは難航するかもしれない……。

    カワキが内心で苦虫を噛み潰していると、ボルトが「あ、そうだ」と声を上げ、なにやらポケットから取り出した。

    「ほい、コレ土産兼誕プレ」

    渡されたのはキーホルダーである。
    安っぽい銀メッキの大剣に龍が絡みついており、柄の部分と龍の目の部分に青色のガラス玉が嵌め込まれている。
    カワキはそれをじっと見つめ、クリクリと裏表にひっくり返し、再びじっ……と眺めた後。

    「ダセェ」

    忌憚のない感想を述べた。
    ボルトは予想通り、といった顔でうん、と一つ頷くと。

    「ちなみにオレと色チのお揃い」

    と、これまた安っぽい金メッキの大剣に龍が絡みついたキーホルダーを顔の前に掲げた。
    こちらは赤色のガラス石が嵌め込まれている。

    「オレさぁ、アカデミーの修学旅行の時、色々あって土産買いそびれたんだよ。したら、今回の任務先で偶然これ見かけてさァ。つい衝動買いしちまった」
    「いやオレを巻き込むんじゃねーよ」
    「けど、だってアクセとかもらっても重いだろ? お前にゃコレくらいの方がいいかと思って。これはこれでロマンチックだし」
    「ロマンチックか……?」
    「ドラゴンソードはいくつになっても男のロマンだってばさ」
    「それは……ロマンチックか……?」
    「大事にしろよ」
    「……」

    カワキは黙って首を振り、クソダサロマンチックキーホルダーをポケットに突っ込んだ。

    めげずに自己卑下鈍感卑屈ヤローへの愛情表現を続けるボルト。
    それを受けては「ダメだこいつ、早くなんとかしねぇと……」と、決意を新たにするカワキ。

    ヒマワリは、そんな二人の様子をアイスバーをかじりながら「これ最終的にどうなるんだろ〜」と目をキラキラさせながら眺めていた。
    他人の恋路に興味津々のお年頃なので。


    その夜。
    そろそろ日付が変わろうかという時間帯。
    カワキはダイニングで求人情報誌をめくっていた。
    頬杖をついて、ボルトにもらったクソダサキーホルダーを雑誌の横に転がし、手慰みに時折爪先で弾く。

    「カワキ、まだ起きてたのか」

    すでに床に就いた皆を起こさないためだろう、静かに帰宅したナルトが、そっとダイニングの引き戸を開けて覗き込んできた。
    おかえり、と声をかけると、ナルトはただいまと応えながら、コップに水を汲んでカワキの向かいに腰掛けた。

    「こんな時間まで仕事探してンのか。熱心だな」
    「いや、なんか目が冴えちまって、寝付けなくてさ。アンタこそ……悪かったな、忙しいのに、その……、オレのために時間取らせちまって」
    「お前、それは謝るとこじゃねェってばよ。それに礼はボルトに言っとけ。誕生会のこと言い出したの、アイツだから」

    返答に詰まったカワキが、無意識に手元のキーホルダーを爪先でカリ……と引っ掻くと、それに気づいたナルトがパッと声を上げた。

    「うわ、なつかし。どしたんだよ、それ」
    「なんか、ボルトが寄越してきた。誕生日プレゼントだっつって」
    「よかったな?」
    「いや……、まぁ……」
    「っふ、確かに誕生日プレゼントにしては、ちっと変わったチョイスだよな」

    言葉を濁すカワキに、ナルトが少しふきだす。

    「ま、でも、男子たるもの一つは持ってていい代物だしな」
    「? なんか特別な使い道でもあんのか?」
    「いや、ねェけど」

    ないのかよ。
    カワキの心情を読み取ったのか、ナルトは笑いながらキーホルダーを手に取って「オレも昔、任務先で買ったぜ、これ」と語り出した。

    スリーマンセルの任務の帰りでさ。
    カカシ先生……あ、六代目火影な。オレの班の担当上忍だったんだってばよ。
    で、そのキーホルダーなんだけどな、カカシ先生は大人だから買わなかったし、サクラちゃんも女の子だからかな、全然興味なさそうだった。
    サスケも「ダセェ、いらねぇ」っつって買わなかったんだけど。オレが買ってすぐにポーチに付けてたら、帰り道でずうっとチラチラ見てきやがんの!
    そんでオレが指摘したら、「チャラチャラうるせーから外せ、耳障りだ」っつって、喧嘩になったんだけどよォ。
    アレってぜってー自分も欲しかったんだろーぜ! ホントはさ!

    「ま、そーゆー感じのモンだよ、これは。男のロマンってやつ」

    男のロマン……ボルトと同じこと言いやがる。
    オレの感性がおかしいのか?
    そう思って改めてキーホルダーを眺めるけれど、やっぱりどこからどう見てもダサい。

    「……ロマン」
    「そう、ロマン。ボルトも共有したかったんじゃねーか? お前と」
    「だとしても使わねぇよ」
    「ま、たしかに成人近い男が持つにゃ、ガキっぽすぎるよなァ」

    ナルトが笑いながらカワキにキーホルダーを返す。

    「そう言う時はな」

    ナルトは机の上にあったボルトのお土産『水ノ都 霧隠れの里に行ってきましたクッキー』の缶の中身を取り出して、空になった缶をカワキによこした。

    「カンカンに入れとくんだってばよ」
    「なんで缶……」
    「そーゆーもんなんだって」

    いいから入れとけって。
    促されて、カワキはキーホルダーを缶の中に入れた。

    金属と金属がぶつかって、ガシャリと音が立つ。うるせェんだが。
    釈然としない顔のカワキを尻目に、ナルトは缶から取り出したクッキーの袋をひとつ開けてモソモソとかじっていた。

    「仕事探しの方はどうなんだ? 最近特に気合い入ってるよな、お前」
    「ボルトがうるせェからな……」

    あんたの息子さんがトチ狂ってオレに惚れてるから、目を覚まさせるためです。とはまさか言えないので、カワキは事実の端っこだけを切り取って答えた。

    「で、そう言ってお前が律儀に応えようとするから、ボルトも構っちまうんだろうなァ、お前のこと」

    ナルトがクシャリと笑って、掌でカワキの髪をグシャグシャと掻き回した。

    「ちょ、やめろって。もうそんな歳じゃねェよ」
    「ああワリィ、そうだよな」

    頭を撫でる手をカワキがゆっくりと振り払うと、ナルトはしぶとく反対の掌でもうひと撫でしてから、ようやく手を引っ込めた。
    そうして、まるで幼な子を相手にするような柔らかい声でカワキに尋ねる。

    「それ、情報誌、なんか気になる仕事はあったか?」
    「いや……こういうのに載っててオレにできそうな仕事はあらかたやっちまって。正直、次何したらいいのか困ってる」
    「そっか。じゃあオレ、今日お前に向いてるかもしんねェ求人情報をいっこ仕入れて来たからさ。情報提供してやるってばよ」

    火影屋敷の事務員からたまたま聞いたんだけどよ。
    実家の家業のバイトを募集してるらしくってさ。
    オレが勧めたらボルトは怒るかもしんねェけど……。

    「ラーメン屋じゃないから、いいよな?」

    イタズラっぽく笑って、ナルトはカワキに一枚のメモを渡した。







    《漆 キンコ》は金継ぎ(きんつぎ)職人である。

    歳は数えで六十二歳。妻とは死別し、子は三人。
    生家は火の国大名お膝元の、城下町にある工房である。
    くノ一であった妻と大恋愛の末、三十の頃に木ノ葉隠れの里に移住。
    里に自分の工房を構え、金継ぎによる器物(うつわもの)の修繕を生業とした。
    以来三十余年の間、キンコは弟子を取ることもなく自分一人で工房を切り回している。

    しかしここのところ、一人では対応しきれぬほどに依頼が増えている。

    木ノ葉半壊の憂き目より月日が経ち、里には以前と同じ日常が戻りつつある。
    そうなると、次は持ち物の修繕に意識が及んだということであろう。
    災禍の当時、家屋の多くは被害を免れた。それでも地中で大蛇でも暴れているのかのような揺れと衝撃で、家の中は当然めちゃくちゃになった。
    そうした中で破損した器が今、キンコの元に日々持ち込まれているのだ。

    例えば「これは嫁入りの際に、亡き両親から贈られた思い出深い夫婦茶碗。どうか直してくださいな」と。

    工房が繁盛するのはいいことだ。
    しかし折悪くキンコ、腰を痛めてしまった。
    過度な働きのせいか歳のせいか分からぬが、作業に集中しようにも、腰が引き絞られるように痛んで、どうにもいけない。

    「ッてて、チクショウ……湿布なんざ効きゃしねぇ……」

    見かねた末娘が、「お弟子さんでも取んなさいよ。なんなら一時的にでも下働きのアルバイトを雇ったらいいんだわ」と簡単に言う。
    キンコはこれが気に入らない。

    『金継ぎ』とは。
    割れたり欠けたりした器を、漆や金で継いで美しく修繕する技法である。

    文字に起こすとたったそれだけの仕事であるが。
    美しく繕い仕上げるには、当然丁寧な技が必要となる。

    そも、モノに溢れた大量生産の現代社会。
    壊れてしまった器なぞ、こだわらなければ、いくらでも買い替えられる。
    それをわざわざ修繕したい……と依頼があるのには、相応の理由がある。
    高価な器、貴重な器、思い出の器、強く愛着のある器。
    理由は様々なれど、欠けようがヒビ割れようが手放したくない、大切な器ということだ。

    「それをおめぇ、人様の大切なモンをなァ。どこの馬の骨かもしれねぇバイトなんぞに、おいそれと任せられるもんかよ」
    「お父さんは、ただ人見知りなだけでしょ」

    キンコの職人の矜持は、娘にバッサリと切り捨てられた。

    「別に重要な工程をバイトにさせろってんじゃないのよ。下準備や片付けだけでも手伝ってもらえばいいじゃない。なんなら雑務や家事の手伝いでもいいの」

    金継ぎ補助。
    事務・総務作業。
    家事含む親方の身辺の世話。
    報酬:100両/時〜
    勤務時間:応相談

    「ってことで、アルバイトの募集はしておいたから。面接希望者が4人集まったわ。日程はこの通り。予定、空けておいてね」
    「アア?! おめぇ、そんなもん勝手に……!」

    娘は優秀で、火影屋敷に事務員として勤めている。
    故に仕事が早い。
    一歩も二歩も先回りした手際の良さで、キンコは否も応もなく、バイトの面接を取り付けられてしまった。

    「私だって、ずっとお父さんのことばかりにかまけてらんないんだから。私以外にも助けは必要よ」

    そう言われてしまえば、キンコも文句を引っ込めざるを得なかった。
    この強引な末娘も、結局は父親への心配で暴挙に出たのだから。


    とはいえ。

    (気が乗らねぇや……)

    キンコは鬱々とした気分で面接の日を迎えた。
    娘の指摘通り、結局のところは人見知りなのだ。
    ずっと一人で仕事をしてきたから、他人と一緒に働くことに慣れていない。
    なのに、この歳になって人を雇うことになろうとは……。

    じくじくと痛む腰を押さえながら、朝から気分が落ち着かない。
    納期が迫る仕事にも身が入らない。
    初めての面接。最初の候補者。
    一体、どんな奴が現れるのか……。

    そして約束の時刻。
    工房の入り口の引き戸が開き、カラカラと訪問を告げる音が響いた。

    訪問者の姿を見た途端、キンコは思わず口をへの字に歪めた。

    なんともいけ好かない印象の男である。
    デカい図体の首から上に、役者のような二枚目顔が乗っかっている。
    細面のすっきりとした色男だが、ニコリともせず、愛想はない。
    加えて、側面を刈り上げた頭に、結いもせずに流された乱れ髪。
    耳にも顔面にもチャラチャラと銀飾りをひっつけ、おまけに目元に墨まで入れている。

    朴訥なキンコとは、全く違う気質(たち)の人間のように感じられた。
    こんな男に職人仕事が務まるのか?

    もはやキンコの中では『不採用』の結論に傾いていた。
    がしかし、来て早々に気に入らないからと言って追い返すわけにもいくまい。

    キンコは内心ため息をつきながらも、男に着席を促し、形だけの面接を始めた。
    差し出された経歴書を手に取り、目を通す。
    『カワキ』と、ガキのような汚い字で記されている。名字はない。
    読み取るに苦労するほどの悪筆なので、斜め読みして拾えた所から、なんとか話を広げる。

    「……おめぇさん、忍者やってんのか。なら稼ぎは十分だろう、なんだってまた工房で働こうなんざ思ったんだ」

    言っちゃなんだが、忍と比べりゃ実入りは多くねェぞ。
    鼻を鳴らして尋ねるキンコに、『カワキ』は一つ一つ言葉を選ぶようにして答えた。

    曰く。
    忍は由縁があってやっている。
    その上で、弟、みたいなやつとの約束で、やりたいことを探している。
    この仕事に応募したのは、世話になっている後見人、みたいな人に勧められたから。
    いっそ金は重要視していないから、給金は少なくても構わない。

    (……話にならねぇや)

    キンコは呆れて「はぁ、そうかい」と一つ相槌を打ったきり黙った。
    随分と自分というものがないやつだ。
    志望理由も何もかも、他人が理由じゃねぇか。
    それに話に出てくるやつらとの関係性も、どうにも要領を得ない。
    胡散くせぇ男だ。

    『カワキ』も黙っちまったことだし、もう話を打ち切ってしまってもいいだろうか。
    それとも、もう一つ、二つ、何か質問した方がいいだろうか。そう思案して『カワキ』の様子を伺っていたキンコは、ふと、彼が脇においている風呂敷包みに気がついた。
    ただの手荷物かと思っていたが、なんだかそれにしては……。
    にわかに気になったキンコは尋ねてみた。

    「その風呂敷包みはなんだい」

    『カワキ』は少し視線をうろつかせた後、包みを解いて差し出してきた。

    「妹、みたいなやつに持って行けと押し切られて……自己PRの時にこれを出せと」

    中に収められていたのは、ひまわり柄の白い花瓶だった。
    どうやら既製品ではない。素人が……というか、子供が作った粘土細工のような花瓶だ。
    それが一度粉々に割れた後、接着剤で多少いびつにくっつけられている有様だった。

    「なんでぇ、こりゃあ。おめぇさんが作ったのかい」
    「花瓶自体を作ったのはオレじゃない。妹、みたいなやつが作ったのをオレが割っちまった。それをオレがくっつけて直したんだ」

    キンコは呆気に取られて、つい詳しい話を訊いた。

    妹みたいなやつが母親のために作った大事な花瓶を割ってしまった『カワキ』は、弟みたいなやつにどやされて、誠意を示すために何日もかけて、この白い花瓶を修繕したという。

    「結局、破片が一欠片見つからなくて、穴はボンドで強引に埋めた。本職のアンタから見れば、みっともねぇ出来だろうが……。妹、みたいなやつが言うには、オレは口で自己PRするよりも、現物を見てもらった方がいいだろう、と」

    『カワキ』は首の後ろをかきながら、訥々と語った。

    「ははぁ」

    キンコはその『妹みたいなやつ』の言い分に得心がいった。
    確かに、経歴や志望動機を聞くよりも、この花瓶の話を聞く方が、よほどこの男の人柄に触れることができた。

    キンコは、気まずそうに視線をあさっての方に投げるカワキの姿をまじまじと見る。
    初見の大人びた澄まし顔に騙されていたが、そこに表情が付くと途端に幼さが差す。
    よくよく見れば成人もしていないのではないか。
    還暦も過ぎたキンコからしてみれば、小僧とも言える年齢の男である。

    キンコは花瓶を手に取った。
    確かに本職のキンコから見れば、拙い仕上がりだ。
    接着面がわずかにずれて段ができてしまっているし、あちこちにはみ出した接着剤がテラリと光り、不恰好である。
    しかし、粉々に割れた花瓶だ。これを直すのは、なかなかに根気のいったことだろう。
    顎に手を当てて親指で顎先を擦りながら、キンコは再び「ははぁ」とつぶやいた。

    キンコは手元で吟味した花瓶を丁寧に包み直し、カワキに返した。
    口下手同士の面接ともなれば、今度こそ話題も尽きたので、これにてお開きとなった。
    「採否の結果は後日連絡する」と伝えて、キンコは『カワキ』を帰した。

    意外と。
    思ったよりも、面白い面接だった。
    『カワキ』を表まで見送ったキンコは、「ふむ」と一つ呟くと、今朝とは打って変わって軽やかな心持ちで工房へと戻った。

    明日以降の他の面接も、気を張らずにやれそうだ。


    バイトの応募者は4人。採用はひとり。
    残りの3人の候補者も、会ってみればそう悪くない者ばかりだった。

    愛嬌があり、気働きのできる若い娘。
    左官の経験があるという、手先の器用な青年。
    事務職勤めの経験があり、家事手伝いもこなせるという婦人。

    全ての面接を終えた夜。
    キンコはゴロリと布団に転がって、誰を工房に迎えるかを思案した。
    仕事を頼むとなれば、後に面接した3人の方が明確に役立つ場面が思い浮かぶ。実際、その3人からは「こんな仕事がしたい」「これこれの作業は任せてくれ」といった売り込みがされ、話が弾んだ。

    けれど……。
    けれどなんとなくだが、キンコはあの『カワキ』という若者の仕事ぶりを見てみたいと思った。

    そうしてキンコは、下働きにカワキを雇い入れた。







    週に三日程度、忍務のない日にカワキはキンコの工房へ手伝いに訪れる。
    工房の手伝いと言っても、目下のところ、主な仕事は雑用だ。
    腰をいたわって動き回れぬキンコの代わりに、依頼主に修繕した器を届けたり、工房や併設されている住居の掃除をしたり、食料の買い出しに行ったりする。

    本日キンコがカワキに任せた仕事は、溢れかえりそうな器の整理だ。

    「工程ごとに分けて並べてくれ。これから繕うモンはそこに、継ぐモンはそこに、仕上げるモンはそっちだ。仕上がったモンはあすこの棚に頼むぜ」

    カワキに棚の整理を任せている間に、キンコは修繕作業を進めた。

    小一時間ほどが経ち、手元の作業を終えたキンコは、息を吐いてひとつ伸びをした。
    首を回してカワキの様子を目の端にとらえると、カワキは『修繕が完了した棚』の前で、仕上げの金を施された器を手に持って眺めていた。
    キンコの視線に気づいたのであろう、ふとカワキが質問を投げてきた。

    「金継ぎってのは、なんでこうわざわざ傷が目立つような直し方をするんだ?」

    およそ雇い主に対する口の利き方ではないが、キンコはこれを許している。
    キンコ自身、礼儀作法に頓着する方でもない。慣れぬ敬語でぎこちなく話されるよりも、雑でもさっぱりと話せる方がよほど良い。

    「なぜって、そりゃおめぇ、傷で器の美しさを引き立てるてぇのが金継ぎの妙だからよ。使えるように直すだけってんなら、それこそ接着剤で貼り付けるだけでいいだろうが」

    キンコは自らが修繕した器たちに目をやった。
    真っ二つに割れていた皿、口の欠けていた茶器、粉々になっていた盃、その他にも。
    どれもが漆で継いだ修繕によって、元の形を取り戻している。

    そして残った継ぎ跡に沿って、金色の美しい線が走っている。
    カワキはその傷跡をなぞる金のきらめきを指して、「傷が目立つ」と言ったのだろう。

    「割れて欠けた器にとっちゃあ、負った傷もひっくるめて、その器なのよ。割れも欠けも隠すべき瑕疵と捉えるじゃなく、受け入れて趣を施し、うつくしむ。それが金継ぎの風情てぇわけだ」
    「…………よく分からねぇな」
    「ま、おめぇさんはその辺りの感性が鈍そうだしな……」

    キンコは口の端だけで笑った。
    「やりたいことを探している」と語っていた通り、カワキは元々金継ぎに興味があるわけでもないようで、知識が薄く感性も鈍い。
    継ぎの手伝いをやらせてみても、取り立てて手筋が良いわけでもない。

    しかしカワキは客から預かった器をいっとう丁寧に扱う。
    キンコはこれを評価していた。

    無器用者でも、実直にやっていれば技は後から着いてくるだろう。そう考えて、キンコは時折カワキに金継ぎの手伝いもさせている。
    しかしカワキの反応が薄いので、どういう心持ちで取り組んでるんだかはよく分からない。
    張り合いは無いが、キンコに不満はなかった。
    調子が合うというのか、カワキと共に働くのは気兼ねを感じなかったからだ。

    「小腹が空いたな。休憩しよう。カワキ、なんかつまむもん用意してくれ」
    「チョコか、あんこか、カスタードか」
    「おめぇ、またたい焼きかよ! 流石に毎日は飽きるぜ」
    「……ミルクアイスか、ピザホットチリソースか」
    「?! 新作を仕入れてやがる……!」

    どういうわけか、忍術なのか、カワキはいつでもどこでも焼きたてのたい焼きを出すことができる。
    結局、キンコはカワキに茶を入れさせて、【夏期限定】ミルクアイス入りのたい焼きを平らげた。
    満更でもない味であった。


    ある日のこと。

    キンコは削りの作業中にヤスリを取り落とした。
    拾い上げようとして身を屈めた瞬間、『ギクリ!』と腰を派手にやってしまった。
    痛みに呻いて悶絶していると、「何やってんだよ……」と呟きながら、カワキが寄ってきた。
    キンコの様子を見てとったカワキは、工房に連なる住居の六畳間に手早く布団を敷いてキンコを転がした。

    「片付けはやっとくから、休んでろ」

    キンコが横向きに丸まってウンウンと唸っていると、工房の方から「ごめんくださーい」と訪う声が響いた。
    カワキが応対に出たのであろう。工房と六畳間を隔てる磨り硝子の引き戸越しに、ポソポソと話し声が聞こえる。

    「ここって、お皿とかを直してくれる場所なんだよね? お母さんから聞いたよ」

    幼い子供の声だ。

    「貯金箱も直してくれる?」

    ジャラリ、と硬貨がぶつかる重い音が鳴った。
    身振り手振りで話しているのだろう。

    「前のね、里がバーンってなった時に、お家がゆれて、クラーマが落っこっちゃって。耳のとこがかけちゃったの」

    一所懸命に話しているのか、心持ち声が上擦っている。

    「お腹の中に“ちりょう費”を貯めたから、このお金でクラーマのこと直してください!」

    精一杯のお願いの声が、大きく工房に響いた。
    カワキが何か返事をしているのだろう、ボソボソと声が聞こえる。低くて内容は聞き取れない。
    そのうちに、子供の「おねがいします!」という声が響いて、追ってカラカラと戸が閉まる音が聞こえた。

    そのまま耳を澄ましていると、足音がこちらに近づいてきた。
    目の前の摩り硝子の引き戸が開く。
    困ったように少し眉を歪めたカワキが立っていた。
    手にはジャラリと鈍い音がする焼き物を持っている。

    クラーマとかいう、九尾の狐をかわいらしく形どった貯金箱だ。
    孫が同じ意匠のぬいぐるみを欲しがっていたから、知っている。

    「おやっさん、これ、ガキから頼まれたんだが……」

    カワキはクラーマの尻の所にある取出口を開けて、中身をあらためた。

    「見たとこ50両ほどしか入ってねぇ。……直してもらえるか」

    カワキが畳に上がり腰を落として、キンコの目の前にクラーマの貯金箱を置いた。
    指し示された耳先が小さく欠けている。
    キンコは腰の痛みに耐えながら、少し考えて答えた。

    「50両ぽっちの手間賃じゃ受けらんねぇよ。おめぇもウチの料金ぐれえ頭に入ってンだろ」

    鼻白んだカワキの顔を見上げて、キンコは言葉を続けた。

    「なんにしろ俺は見ての通り動けねぇ。おめぇさんが請け負ったんだろう。おめぇが自分で直してやんな」
    「……オレが?」

    小さな欠けだ。カワキにも直せる。

    「大体のやり方は俺のを見て覚えてるだろ」
    「ンなこと急に言われても、ざっとしか分かんねェよ」
    「こまけぇとこの指示は出してやる。いいから、やってみろ」

    キンコはカワキの返事を待たずに手順を説明し始めた。
    カワキは戸惑った顔をしながらも、指示通りに動き出した。

    「いいか、まずは欠けを埋めるための下準備だ。糊漆(のりうるし)を練らなきゃなんねぇ。昨日、米糊を作ったろ。あれを…………」

    キンコの指示に頷きながら、カワキは道具を揃えた。
    キンコは初めて作業台の前に座ったカワキの姿を見た。
    表情が薄いのはいつもの通りだが、目は真剣な光を帯びていた。







    キンコの指導の元、カワキはひと月近くかけてクラーマを金継ぎした。
    その間、依頼主——六つか七つくらいの年頃のお嬢ちゃんだった——は、待ちきれない様子で何度か工房を訪れた。
    その度にカワキが「まだだ」と答えると、「そっかぁ……」と聞き分けよく、けれど残念そうに帰っていく。

    特段にカワキの手際が悪かったというわけでもなかった。
    カワキの技の拙さを差し引いても、幾度も繕いを重ねて乾燥の工程を挟む金継ぎにおいて、一ヶ月というのは妥当な所要時間だった。
    しかし、幼い子供にとっては長すぎる期間だ。
    それだから、ようやくクラーマの修繕が終わった時、嬢ちゃんの喜びようは大層なものだった。

    カワキからクラーマを受け取った嬢ちゃんは、金を蒔かれた耳先を見て、「わ!」と声を上げた。

    「耳が金色になってる! なんで?」

    この頃には、キンコのギックリ腰もすっかり治っていたから、キンコは“弟子”の初めての仕事の結びを見たくて、カワキの少し後ろの方に立って、クラーマが引き渡される所を見守っていた。

    クラーマの耳の金色にキャアキャアと声を上げる嬢ちゃんの前に、カワキが片膝をついた。
    嬢ちゃんと顔の高さを合わせて、心なし柔らかい声で話す。

    「クラーマは本気になると、金色に輝くんだ。そいつは“ちりょう”を頑張ったから、少しだけ金色になったんだ。耳の先っぽだけな」
    「えっ、クラーマってがんばる時は金色になるの?」
    「ああ。オレは見たことあるぜ。金色になると、前よりもっと強くなる」
    「そうなんだぁ!」

    嬢ちゃんが目を輝かせてクラーマを見つめた。

    「けど、強くなっても痛えもんは痛えからな。もう落っこちねぇように大事にしてやれよ」
    「うん、ありがとう!」

    お嬢ちゃんはカワキの顔を真っ直ぐ見て、満面の笑顔でお礼を言った。
    その後「……わ、っ……」と、なぜだか小さく声を上げて、もじもじとクラーマの耳を撫でた。
    それからキョトキョトと視線を散らせて、もう一度カワキを見た後。
    「あのね……」とカワキの耳元に口を寄せた。

    「おにいちゃん、笑った方がかっこいいよ!」

    こっそり言ったつもりだろうが、キンコにも聞こえていた。
    カワキのやつ、笑ったのか。

    おませな嬢ちゃんはパッと身を翻すと、そのまま走り出した。
    そうして少し離れた場所まで行くと、振り返ってもう一度「ありがとー!」と手を振った。
    それから今度こそ家に向かって駆けていく。

    嬢ちゃんを見送って立ち上がったカワキの背中に、キンコは軽口を叩いた。

    「色男だねえ」
    「からかうんじゃねェよ」

    振り返ったカワキは、いつも通りの仏頂面だった。

    キンコはカワキの笑った所を見たことがない。
    珍しいものを見逃したキンコは、なんだかちょっぴり惜しい気分だった。

    まぁ運がよけりゃ、そのうち見ることもあるだろう。

    「さて、ちいと早ぇがキリもいいし。今日は片付けて仕舞ぇ(しめぇ)にするか」

    気づけば日が西に傾きかけている。
    キンコが西日のまばゆさに目を細めた時、二人の眼前に金色の夕影が落ちてきた。

    「よぉ、カワキ」

    くっきりとした黒の外套が翻る。
    裏地の牡丹色も鮮やかに、派手色の男が降り立った。

    最初に目を引かれたのは日を照り返す金色の髪。
    次いで、額当てと瞼の上を縦横に走る大きな傷跡。
    右目に走る傷のせいで一見すると物騒な面相だが、残った片目は人懐こそうな猫目だ。
    それから頬の二本髭の痣が、男の顔に愛嬌を添えている。
    カワキと同年代であろう、年若い男だった。

    「ボルト! お前なんでここに」
    「さっき里に戻った。父ちゃんからお前が最近ここで働いてるって聞いてさ。ちょっとお前に話してェことがあっからよ、迎えに来たんだってばさ」

    カワキと親し気に話す男を見ていたキンコは、ふとこの若者の正体に思い至った。
    ああ、なにか見覚えがあると思ったら、火影様のご令息か。
    父親譲りの特徴的な容貌。何年か前にテレビで見たような覚えがある。
    キンコの視線に気づいたカワキが、顔つなぎをする。

    「おやっさん、こいつはオレの兄弟分で、ボルトってンだ。知ってるかも知れねェが」

    キンコは成り行きに呆気に取られたまま、軽く頭を下げた。

    「ボルト、オレが世話になってる工房の主人のキンコさんだ」
    「どうも! ウチのがお世話になってます!」

    金色の若様が、カワキの肩に腕を引っ掛けてイタズラっぽく笑った。
    自分よりも上背のない男に強引に肩を組まれて体勢を崩したカワキは、ものすごく嫌そうに顔を顰めた。
    肩にかけられた腕を振り払って文句を言う。

    「つかてめー職場に来んじゃねェよ。仕事の邪魔だろうが。話なら家でできるだろ」
    「おうおう、一丁前の口を利くねぇカワキ君。おやっさん、どうすか? コイツちゃんとやってる?」
    「……ああ、ちょうど今日、カワキが初めて自分で仕上げたのを納品したとこだ。依頼人も喜んでたよ」
    「へぇ」

    金色の若様は素直な相槌を打って、目を見張った。

    「ボルト、親方に絡むんじゃねェよ」

    くわしく聞きたそうな顔の若様をカワキが遮った。

    俺への気遣いてぇより、単に自分の仕事ぶりを俺の口から語られるのがむず痒いんだろう。
    キンコはそう判断して、余計なことは言わないことにした。
    話したいことは、自分の口で話しゃいい。

    「カワキ、せっかく迎えが来たんだ。今日はもうてぇした仕事もねぇし上がっていいぜ」
    「いや、片付けが残ってンだろ。仕舞いまでやるよ」

    そのやりとりを見ていた若様が、通り向こうの茶屋を親指で指し示す。

    「じゃーオレ、向こうの茶店で待ってるよ。ちょうど小腹が空いてきたし」
    「いらねェ。これやるから先帰ってろ」

    カワキはいつもの特技でたい焼きを出し、若様に投げて寄越した。

    「って、たい焼きかよ、こんなもんであしらおうったってそうは……」
    「ピザホットチリソース味」
    「え、なんだそれ美味そう……」

    揺らいだ若様に、カワキが追い討ちする。

    「お前にお守りしてもらわなくても、今日はちゃんと帰る。『約束』だ」

    金色の若様は虚をつかれたような顔をしたが、次の瞬間にはニヤリと片頬を上げた。

    「……分かった。しっかり働いて帰ってこいよ。おやっさん、そいつのこと、よろしく頼んます」

    若様はキンコに目礼した。
    そのまま地を蹴って高く跳び上がり、夕映えの空に身を踊らせる。

    鮮やかな男だ。
    もしかして、あれが前に言ってた『弟みたいなやつ』かい。
    そう尋ねようとして、横に立つカワキを振り仰ぐ。

    金の光に輪郭を撫でられたカワキが、眩しそうに目を細めてやわく笑っていた。







    「待て、忘れモンだ」

    片付けを終えたカワキが挨拶をして工房を出ようとすると、キンコから小さな巾着を渡された。
    クラーマの金継ぎの手間賃50両だった。

    「なんでだよ。バイト代もらってんのに、手間賃までオレがもらったらおかしいだろ」
    「いいからもらっとけ。それは一所懸命こづかい貯めた嬢ちゃんからの、いわば感謝の気持ちなんだからよ」

    そんで俺からは、初めておめぇが金継ぎを仕上げた祝儀ってことで。
    キンコの口端だけの笑みに促されて、カワキは手の中の巾着に目を落とした。
    たった50両ぽっちだが、小銭がジャラリといっぱいに詰まった巾着には、重みがあった。

    「今日も一日ご苦労さん。金色の若様にもよろしくな」

    キンコの労いにカワキは頭を下げてから、巾着を握りしめたまま掌をポケットに突っ込んだ。


    カワキは少し“寄り道”をしてから、うずまき家に帰宅した。

    ボルトは縁側に座ってカワキの帰りを待っていた。
    おかえり、と声をかけるボルトの前に立ち、カワキはポケットの中で握りしめていた物を差し出した。

    「やるよ」
    「ん? これ、ゲマキじゃねぇか。なんだよ突然」
    「別に。たまたま小銭が入ったから買ってきた。前にもらったクソダセェキーホルダーの礼だ」
    「クソダセェは余計だっつの。でも、くれるってんならもらっとくわ。サンキュ」

    懐かしいなーゲマキ。へぇ〜、今ってこんな拡張パック出てんだ? などと言いながら、心なしか弾んだ声でボルトは封を開けた。
    直後。「ウワッ!」と、嫌そうな叫び声を上げて天を仰ぐ。

    「ウッソだろ! 父ちゃんのカードが出やがった!! こんな時まで父ちゃんかよクソ……ッ」

    いつか見たような光景と、ボルトの変わらぬリアクションに、カワキは思わず横を向いて小さくふき出した。

    「大事にしろよ」
    「てめっ、なに笑ってやがンだよ!」

    ったく、人の気も知らねーでよォ……いや、知っててこの態度か性悪め……とぶつくさ言いながら、ボルトは恨みがましい目つきでカワキを見た。
    カワキはそれを無視してボルトの隣に腰掛ける。
    はぁ、まあいいや……と、ボルトは頬杖をついて、ため息を落とした。

    「さっきの仕事、金継ぎってんだっけ?」

    縁側に並んで座ると、お決まりのようにボルトのキャリア・コンサルティングが始まる。
    半年ほど前、ここでボルトが遠慮なしにカワキのたい焼きにかぶりついていた時のことを思い出す。自分達ときたら、こんなやりとりをよく飽きずに続けているものだ。

    「どうだよ、楽しいか?」
    「悪くねェ。いや、まだよく分かんねーけど。落ち着くっつーか」
    「落ち着く……って、どんな風にだよ?」

    ボルトが身を乗り出した。
    別にもったいぶるつもりはないのだが、あいにくカワキ自身もよく分かっていないから、説明が難しい。

    「なんつーか、器の修繕をしてる時は余計なこと考えずに、わりと集中できンだよ。別に細かい作業は好きじゃねェはずなんだが」
    「へぇ。やっぱお前、自分で思ってるより職人仕事が向いてるんじゃねェの」
    「……どうだろうな」

    煮え切らない答えに、ボルトが笑う。
    からかう風ではなく、寄り添うような声音だった。

    「親方も、いい人そうだったな」
    「無愛想だけどな」
    「いや、お前が言うのかよ」

    多分、向こうもお前のことそう思ってんぜ。というボルトのツッコミは無視した。

    「変わりモンだぜ、あの人。面接ボロボロだったのに、なんでオレのこと雇ったのか聞いてみたら、『素直そうだったから』って答えやがった。素直に見えるか? オレが」
    「あー……、う〜ん……?」
    「いい人だとは思うが、何考えてんのかよく分かンねェ。……オレが火影の息子に成り代わってたことについても、おくびにも出さねェし」

    どこか自虐的な響きが滲んだカワキの言葉にも、ボルトは「ふーん」と軽い調子で答えた。

    「オレもガキん頃、どこ行っても『偉大な七代目火影の息子だ』って見られてよォ。それがすげー嫌だったこともあるんだけど。でもそれって結局、オレの見えてる世界が狭かったんだよ。里の外を巡ってると、オレが火影の息子だろうが気にしない人もたくさんいるって気づかされるぜ」

    ボルトはそこまで言うと、一度言葉を切って、「つまりな」とカワキに言い聞かせた。

    「あのおやっさんも、そーいう感じなんじゃね? お前のことが素直に見える人だっているし、オレとお前が入れ替わろうが元に戻ろうが、どーでもいい人だっている。そういうモンなんだろ、きっと」
    「…………そういうモンか」
    「そーそー、そういうモンだってばさ。だから、ややこしーことは考えずに素直に世話になっとけよ。あの職場、居心地いいんだろ?」
    「……まぁな」

    カワキの返答を聞いたボルトは、少し笑ってから、不意に両手を後ろについて空を見上げた。
    それから「あーあ!」と大声で吠える。
    ボルトの奇行を何事かと眺めているカワキに、ボルトは空を見上げたまま、チラリと横目で視線を流してきた。

    「あの仕事、父ちゃんが見つけてきたんだってな」
    「……別に、七代目に勧められたから気に入ってるってわけじゃあねェぞ」
    「分かってるよ」

    それはそれとしてなんか悔しいンだよ! と、ムッと下唇を歪める。
    最近のボルトからはとんと見ないほどのガキっぽい仕草だった。

    「結局おいしいとこは父ちゃんが持ってくンだもんなぁ」

    拗ねた横顔が面白くて、カワキは否定も肯定もしなかった。
    その代わりに話題を変えてやった。

    「そういえば、オレになんか話があるんだろ」
    「……あー」
    「わざわざ人の職場まで来るくらいだ。大事な話か?」

    ボルトは姿勢を正してカワキを見た。

    「オレ、しばらく里を留守にするわ」

    長期の諜報任務にあたることになった。
    潜入中は対象組織に溶け込むから、おいそれと連絡も取れない。
    いつ戻れるかも分からない。
    ボルトは簡潔に語って、カワキの目をじっと見つめた。

    「多分、一年くらいは帰って来れねェ」
    「へぇ」
    「反応薄っす!!!!!!」

    ウッソだろ! と叫びながら、ボルトがガックリと項垂れる。

    「……お前よォ〜……こんな時まで可愛げねーな。ちょっとはサービスしろっての」
    「オレらの間柄でサービスするようなことはなんもねーだろ」
    「ホントつれねーなァ」

    オレほどの男に、こんなに想われてるってのに。
    ボルトのたわ言にカワキはフンと鼻を鳴らす。
    「お前のそれは勘違いだっつってんだろーが」とはねつけると、ボルトの瞳が負けん気強くきらめいた。

    「せいぜい余裕こいてろ。ひとまわりもふたまわりもデカくなって帰ってきて、ガッツリ惚れさせてやんよ」
    「バカ言え。お前が帰ってくるまでに『約束』を果たして、キッチリ引導渡してやんよ」

    長く会えなくなろうが関係ない。
    拳六つ分の距離を空けて、軽口を叩き合う。
    半年前からずっと変わらない、二人の距離感だ。

    二人はしばらく睨み合った後、片頬をあげて不敵に笑った。


    一方、うずまき家キッチン。
    夕食の支度をしているヒナタとヒマワリからは、いつも通り縁側のカワキとボルトの様子が丸見えである。

    ヒマワリがミョウガを刻みながらヒナタに尋ねた。

    「お母さん、あれどう思う?」
    「……そうね、二人の心が近づいて、だけど物理的な距離は離れていく……。月9で言うと10話目……最終回一歩手前の距離感、ってところね」

    鶏もも肉に下味をつけながら、恋愛ドラマに造詣の深いヒナタが、訳知り顔でうなずいた。

    うずまき家、本日の献立は、『梅雨のじめじめに負けない! カラッと揚げるピリ辛・油淋鶏』である。







    ボルトが長期任務に出てからしばらく後。
    カワキはうずまき家を出て、一人暮らしを始めた。

    理由は単純に、忙しくなったからだ。

    カワキは忍者を続けながら、本格的に金継ぎの見習いをはじめた。
    自分に向いている仕事かは分からないけれど、それでも金継ぎを続けてみたくなっていた。

    一方で、忍者も辞めるつもりはなかった。
    これまでは罪滅ぼし、あるいは心の底では『この里に居させてもらう対価』として、忍の仕事をしていた。けれど次第に、七代目、ひいては里のために役立てることを、カワキはただ純粋に誇りに思えるようになってきたからだ。
    そういう心の変化がカワキに余裕を持たせたのだろうか。このところ、忍の仲間達ともうまくやれている。

    そういったわけで、精力的に忍務をこなしつつも金継ぎの時間も取れるように、カワキは工房のすぐ近くに引っ越すことにしたのだ。


    カワキは自分の物をあまり持とうとしなかったから、荷物は少なかった。
    ダンボール二箱分の私物と、忍具が入ったバックパック。
    それから、クッキーの缶がひとつ。

    それだけを新居に送って、カワキの引っ越しは完了した。

    自分から言い出した引っ越しだったが、カワキは密かに不安を抱えていた。
    うずまき家に住まわされてからと言うもの、大勢でにぎやかに暮らすのが当たり前になっていた。
    だから、『今さら一人暮らしなんてしたら、寂しくなってしまうかもしれない』と。

    けれど案外、一人になっても平気だった。

    最初の頃は、カワキを心配したうずまき家の面々に、週に二度も三度も夕食に呼ばれていた。
    そのうちに、月に一度……二ヶ月に一度……と帰る頻度は減っていった。
    けれどカワキは寂しくはない。

    たとえ何ヶ月ぶりに顔を合わせようが、いつだって温かく迎え入れてくれると気付いたからだ。


    それだから、別にカワキは寂しさを感じることはなかったのだけれど。
    ただ、仕事で嬉しいことがあった時、あるいは落ち込むようなことがあった時、ふとボルトのことを思い出した。
    前は、うっとおしいテンションのボルトに、仕事のことを報告するのが恒例になっていたから。
    今はそれがないのが変な感じだった。


    それから季節が一つ過ぎ、二つ過ぎた。

    やがてカワキの誕生日がやってきた。
    今年もまた、うずまき家でカワキの誕生会が開かれたけれど、そこにボルトはいなかった。

    ボルトが任務に出てから一年近くが経っていた。

    カワキは最近ずっと忙しくしている。
    忍としても金継ぎ師としても、できることが増えて、任される仕事が広がって来た。

    夜中まで工房に残って器の修繕をする時。
    器の継ぎ跡に走る金色の線を見ると、カワキはなぜだかボルトのことを思い出す。







    初夏の日差しを浴びて、白詰草の花が揺れている。

    千手公園にほど近いニュータウンの家に、修繕した器を届けた帰りのこと。
    あまりにも天気が良かったから、カワキはふらりと千手公園に立ち寄って、芝生の上に座り込んでいた。

    今日の忍務は非番。金継ぎの方も納品を終えた。
    久しぶりの休息の時間だ。ここしばらくは本当に忙しかった。

    ゆったりとした風を感じながら、足元で群生する白詰草をぼんやりと眺める。
    四つ葉を見つけると、幸運が訪れるらしい。
    いつかヒマワリが言っていた。

    確か、まだコードが木ノ葉を襲う前だ。
    うずまき家の面々に連れられて、ここにピクニックに来た時のことだった。
    「絶対に四つ葉を見つけたい!」と意気込むヒマワリに、1時間も2時間も付き合わされた。
    結局見つからなかったから、カワキは四つ葉の存在自体を疑っている。

    本当にあるのだろうか、四つ葉なんて。
    足元の白詰草の輪郭を視線でなぞって、葉っぱの数を数える。
    ……あ。見間違いか? 靴先にある白詰草の、葉の数が……。


    ——不意に懐かしい気配を感じて、カワキは顔を上げた。


    「……ボルト」

    里に帰って来たのだろう。
    いきなり気配が現れたから、飛雷神の術を使ったのかもしれない。
    きっとようやく長い任務を終えて、火影屋敷に報告に行ったのだろう。

    一年ぶりの兄弟の気配に、カワキの顔に我知らず笑みが浮かんだ。

    ……後で会いに行こう。
    すぐに会いに行って、待ち焦がれていたとでも思われたら癪だ。
    ここでのんびり時間を潰して、夕方にでもうずまき家を訪ねてみよう。
    そう考えて、カワキは四つ葉のクローバー探しに戻った。

    さっき気になった白詰草は、改めて見たらやっぱり四つ葉だった。
    本当にあったのかとびっくりして、他にも探してみたらあちこちで見つかった。
    なんで前に探した時は見つけられなかったのか。

    「探しゃあ意外とあるもんだな……」
    「何が?」

    ボルトが背後に立ってカワキの手元を覗き込んでいた。
    カワキはびっくりして、持っていた四つ葉を放り出した。

    「てめ、急に飛んでくんな!」
    「第一声がそれかよ」

    カワキの慌てた顔が面白かったのかもしれない。
    ボルトはおかしそうに笑った。

    一年前と変わらない笑顔だった。
    髪が伸びて、出会った頃に似た髪型になっている。
    けれど少し頬の丸みが取れて、大人びた顔つきになったかもしれない。
    いくらか背も伸びたように思うが、相変わらずカワキよりはチビだ。

    「こっちは任務完了報告してスグにお前んとこに飛んできてやったってのに」
    「頼んでねーよ」
    「はいはい。相変わらずの憎まれ口でのお出迎え、とってもうれしーぜ」

    一年ぶりとは思えない減らず口の応酬である。

    「てか、なんでお前こんなとこで四つ葉探してンだ?」

    ボルトが悪気なく聞いてくる。
    カワキはガキっぽい所を見られてばつが悪い。
    なので、適当に誤魔化した。

    「別に……ヒマワリにやろうと思って……」
    「ふーん? よく分かんねーけど、ちょうどいいや。今日はうちでオレのおつかれさま会やってくれるんだと。お前も夕飯食べに来いってよ」

    お前一人暮らし始めたんだってな。
    それも、自分から言い出したんだって?

    ボルトは嬉しそうに笑った。
    黙って里から出て行こうとした時は止めたくせに、家から出てくのは嬉しいのか? なんて、バカな質問はしなかった。
    その二つの意味がまったく違うことを今のカワキは理解していたからだ。

    「なんかめちゃくちゃ頑張ってるらしいじゃねーか、お前」

    ボルトがカワキの隣に座り込んで胡座をかいた。

    七代目に任務報告しに行ったら、こんなもん渡されてさァ。
    オレにお前のことウレシソーに報告してくるワケ。
    父ちゃんてば「ここでは火影様と呼べー」とか言うクセに、自分は身内の話をすんの。とんだダブスタだぜ、まったく。

    ボルトが取り出したのは、一冊の雑誌だった。
    『時代を支える文化を伝える』をコンセプトにした、インタビュー・カルチャー誌だ。
    ボルトはその中で組まれた、とある特集のページを指し示した。
    木ノ葉を襲った厄災から復興した里の軌跡を『金継ぎ』の視点から掘り下げたものだった。
    見出しには『若き金継ぎ師が生み出す景色』と書かれている。

    カワキは「あ」という顔をして、決まりが悪そうに視線をあさっての方に投げた。

    「本当は親方の方に取材の申し入れがあったんだ。なのに、おやっさんがインタビューを嫌がって……オレに押し付けて来やがった」

    そうかよ、とボルトは余計なことは言わずに、特集ページに視線を落とした。

    誌面を飾るのは、美しい金の傷跡が走る器。カワキが修繕した器だ。
    それから、工房で働くカワキの姿。

    欠けた器に筆を当てる、ひたむきな横顔。
    作業場に立って、こちらを見つめる姿。
    緊張で口元が強張った、無愛想な顔。
    けれど、わずかに矜持のにじむ瞳。

    それらの姿を、ボルトは目を細めて指先でなぞった。

    「様になってんぜ」

    ボルトの心底からの言葉に、カワキの胸の内が一杯に満たされた。

    喉の奥がク、と、引き攣れる。
    何かはわからないけれど、込み上げてくる感情が溢れそうになる。
    そんな自分に驚いて、カワキは動揺を隠すように悪態をついた。

    「……おせっかい野郎が。見ての通り『約束』は果たしたぜ。これで安心しただろ」
    「ああ、安心した。で? だからオレは、もうお前のことなんか放っておいたらいいって?」

    カワキの突き放すような物言いにも、ボルトは怯まない。
    そうだ。ずっと、出会った頃からそうだった。
    カワキはまずい手を打ったことに気づいたけれど、もう遅かった。

    「自分からその話題を出すなんて、いい度胸じゃねーか。お前、いまだにオレが勘違いでお前に惚れてると、本気でそう思ってンのか?」
    「……………」

    ボルトはふっと笑って、何も答えないカワキから視線を外した。
    足元の白詰草をサラサラと指でかき分けている。
    「あ、四つ葉」とつぶやいて、カワキの足元に投げてよこしてくる。

    「相変わらず素直じゃねーよな、お前。本当はもう分かってンだろ」

    そうだ。本当はもう分かっていた。
    カワキの世界が広がって、自分と向き合えるようになったからこそ、見えるようになったものがあった。……それでも、カワキはまだ、何も答えられない。

    黙り込むカワキを急かすでもなく、ボルトは足元の白詰草を摘んで、手慰みにいじる。

    「別にオレの気持ちが迷惑なら拒否すればいいけどよ。けど、ここまで来てまだ『勘違い』扱いして逃げるなんてのは、通用しねーぜ」

    のんびりした口調とは裏腹に、言葉はカワキの退路を奪っていく。
    手元を見ていたボルトの顔がつと上げられて、強い視線がカワキを捉えた。

    「もっぺん言うぜ、カワキ。オレはお前に惚れてる。そんで今日、キッチリ約束を果たしたお前を見て、惚れ直した」

    ボルトの笑顔を縁取る金髪が、初夏の日差しを透かしてうるさいほどにまぶしい。
    目が眩むほどの強さだけれど、カワキはそのまぶしさに目を奪われてしまった。

    「なぁカワキ。いい加減、受け入れろよ。それか迷惑なら拒否りゃいい」

    拒否られたら、メチャクチャ落ち込むけどな。オレ。多分しばらく飯も喉を通らなくなって、5キロは痩せると思う。そんで、半年くらい引きずって、お前と顔を合わせる度に、やつれた顔で恨みがまし〜くお前のことを見ると思う。つーかまず、今夜のオレのおつかれさま会の空気が最悪になるぜ。父ちゃんと母ちゃんとヒマワリの困惑した顔を思い浮かべてみろよ。

    「拒否権与えてくるわりに、なんなンだよ、そのクソみてぇな脅しはよ……」
    「オレにとっちゃ、お前がお前のために選ぶことに何より意味がある。けど、それはそれとして振られたくはねーから。複雑な男心ってやつ」

    だから最初に約束したんだってばさ。
    『やりたいことを見つけて、手に職付けるもよし。永久就職するもよし』って。
    ボルトがイタズラを白状するような顔で言った。

    「そんで、お前は見事にやりたいことを見つけて、手に職付けた。だからお前には永久就職を蹴る権利はあるけど、オレはまだ諦めちゃいねェ」

    ボルトの青い瞳がキリリときらめいた。

    「……ってことで、若き金継ぎ師のカワキさん? お望みとあらばもう一つの道の方も叶えてやりますけど?」

    そう言って不敵に笑ったボルトが、不恰好に編み上げた白詰草の指輪を真っ直ぐにカワキに差し出した。

    その顔が。
    生意気に目を細めた底抜けに明るい笑顔が。
    出会った頃から変わらない、チビでクソガキで歳下のくせに妙に兄貴ぶって自分に構ってきた姿と重なって、言葉を詰まらせたカワキは——。


    ——カワキは結局YESともNOとも言えずに、あの頃よりずっとたくましく成長したボルトの胸をグーパンでどついた。

    「イッッッテェ!!! ……カワキィ……お前ってばホンット……!!!」

    ここまできてもクソみたいに可愛げのないカワキの態度に、ボルトは不恰好な指輪を放り投げて、弾けるように笑った。
     
     
     
     
     
     
     
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