🐰の日「黒ウサギくん、かわいい顔してんねー」
「あ、ありがとうございます…」
舐め回すような視線にどこかに隠れてしまいたい衝動に駆られるけれど、そんな訳にもいかない。俺が潜入しているのも、少し離れたところに座っている男の自宅を調査するためだからだ。潜入に協力して欲しいと言われたときには俺ができることならと意気込んだが、すぐにでもこの服から着替えたい。
腰や背中が丸見えで、胸元も強調されるような服。男の俺が着て何がいいんだと思うけど、周りのバニーボーイの人達は同じ服を着て扇情的な表情や仕草をしている。
同じように真似をするべきなんだろうけれど、恥ずかしくて、思わず背中も丸まってしまう。
「新人なんだよね?俺君のこと気になってきちゃった、指名してあげようか?」
「え、あの、俺…」
それまで酒を飲みながら俺を見ていたターゲットの人が急に話しかけてきた。
時間を稼ぐチャンス…!だけど、指名なんて言われてもどうすればいいのかわからずに戸惑ってしまって、言葉が出てこない。
「本当ですか!ありがとうございます、新人でてんで何も出来やつのですが…」
「ああいい、いい。それは俺がこれから鍛えてやればいいんだよ。俺好みに出来るというのも気に入った。」
スタッフの言葉を遮り、ニヤニヤと笑って俺を見る男性の目が気持ち悪くて、誰かが迎えに来てくれないかと周りを見渡すが誰もいない。
「あの部屋を空けてくれ。俺のうさぎに躾けてやるからさ、」
「その黒ウサギは俺のー!」
「む、ムル!?」
「ムル…ムル・ハート!?」
「そう、俺がそのムル!じゃあこの子は俺のだから、俺が貰ってくね!」
俺の腰に手を回してスタスタと歩いていくムルに置いていかれないように早足で歩くが、急展開で頭がついていかない。
「任務はっ!?あの人の気を引かなくても…それよりムル、今回の任務には着いてきませんでしたよね!?」
「たくさん質問するんだね!いいよ、答えてあげる。任務はもう終了、もう賢者様が潜入を続ける理由がないから迎えに来たんだ。今俺がここにいるのは…うさぎになったきみを見たかったから!あはは、かわいい!」
カチューシャの耳をちょん、とつついて笑うムルを見て思わず苦い顔になる。
「…この格好から着替えてもいいですか?」
「どうして?気に入らない?」
「恥ずかしいんです!こんな、体を出すことなんてないじゃないですか…!」
きょとんとする表情に思わず噛み付くように言い返して、しまったと思う前にムルは笑った。
「俺の前でも?」
「へ、」
「もっと恥ずかしいことや格好もたくさんしてるのに、俺の前でも恥ずかしいの?」
ドンドン顔の熱が上がっていくのを感じる。その言葉で今までのムルと過ごした夜を思い出してしまって、体にも熱が伝播する。
「ムルのばか!知りません!」
「あはは、顔も体も真っ赤!今日は黒ウサギの賢者様とたくさん遊ぼう!」