ゆきどけそれはきっと些細なことからだったと思う。
「オメーら喧嘩でもしてんのかァ?さっさと仲直りしてくれよ、ペッシが怯えてんぞ」
「うるせェ、わかってる」
ホルマジオの奴にせっつかれなくても、早くこの状況を打破したいとはオレ自身も思っていた。
今、オレとオレのアモーレであるリゾットは些細な喧嘩から口を利かなくなって3日が経とうしていた。同棲してる家にもリゾットは帰って来なくて、アジトでも必要最低限の話しかしていない。何度も声を掛けようと試みたが全て失敗に終わっているのでどうしようかと考えあぐねているところだ。
ひとり思案していたら次はジェラートが声を掛けてきた。
「なープロシュート、お粥ちゃんにチョコラータ・カルダ持ってってやってよ。あいつここ最近カッフェばっか飲んでるからさ」
しれっとウィンクなんて寄越しやがったので、オレらの仲を取り持ってやろうなんて魂胆が見え見えだったのが癪に障る。だけどこの機会を逃すなんてことはつゆほども頭には思い浮かばなかったので。
「…わかったぜ」
受け取って立ち去ろうとすると、
「今度奢り楽しみにしてるぜー!」
なんて声が聞こえる。やっぱり癪に障る奴だぜと心の中で独りごちた。
「リゾット?ジェラートからチョコラータ・カルダの差し入れだぜ」
一応執務室のドアをノックして声を掛けると「わかった」という声がしたのでゆっくりと扉を開けると、数日ぶりにちゃんと見るアモーレが机について書類整理をしていた。その顔は若干青白く目の下にはクマをこさえていたのでいつもだったらベッドに連れ込んで寝かせていたであろう。だけども今は会話もままならないので二人の間にはぎこちない空気が流れる。
その空気を破って話し始めたのはリゾットの方だった。
「グラッツェ、プロシュート。そこに置いておいてくれ」
そこ、と指し示されたのは作業しているデスクではなく執務室内の手前にあるテーブルだった。
「おう」
答えてズカズカとデスクの方に近付くとリゾットが「おい」と声を上げてきたが知ったことではない。オレは今リゾットと話してえんだ。
なのにリゾットときたら、
「プロシュート、駄目だ。近寄らないでくれ」
なんてのたまう。その言葉を受けてブチンとオレの中で何かが切れた。
「うるせえいつまで逃げてんだ!そんなにオレのことが嫌いかよ!えぇ!」
ビリビリと部屋に自分の怒号が響き渡るのが伝わったがそんなのは関係無しに次はデスクをバンッと叩いた。
そんなオレを見ていたリゾットはポカンと唖然とした表情をした後眉根を下げて俯いた。
「違うんだ、プロシュート…オレは嫌いになんて、なってない。なってないんだ…」
オレの声とは裏腹に小さな声を出すリゾットに違和感があり、顔を上げさせると。
「オメー…泣いてんじゃあねえか…」
ポロポロと次々に溢れる涙を拭ってやるとリゾットは怯えたようにビクッと肩を震わせた。
「すまない…こんなに女々しくおまえに纏わり付くつもりじゃなかったんだ。すまない…」
…どうも話が擦れ違っている気がしてならなくて、リゾットを落ち着かせる為に額にキスを落とす。するとリゾットはこちらをまた虚をつかれたような顔をして見つめてきた。
「プロシュート…?」
「あのな、オメーなんか勘違いしてねェか?」
「かんちがい?」
子どものようにこちらが言ったことをオウム返ししてきて可愛らしいが、今はそんなことを考えてる場合ではない。
「オメー、オレが話しかけようとしてきたの気付いていたな?」
「…あぁ」
「オレがオメーになにを話そうとしていたと思ったんだ?」
グッと言い詰まるリゾットの頭を優しく撫でてやるとリゾットは漸く口を割った。
「おまえが、オレに愛想を尽かして別れを切り出そうとしているのかと…思っている」
「オレが?オメーに別れを?」
「あぁ」
「…バッカじゃあねえのか」
「ば…!?オレは真剣に…ッ!?」
リゾットが勢い余って椅子から立ち上がって向かい合ったのでそれを好機とばかりにデスク越しにキスをした。
「あのな、オレァ愛しいオメーと早く仲直りしたくてオメーの様子窺ってたんだよ。なんで真逆のこと考えてんだ」
「…前から話しているが、オレはおまえに愛されていいのか今でも疑問を持っているんだ。オレはおまえに釣り合わない」
きゅっと眉を寄せて言うアモーレの頬に口付けてやるとそれが若干緩くなった気がした。
「誰が釣り合わねえだの似合わねえだの言ってもオレのアモーレはオメーだけだリゾット。オメー自身からの苦情も受け付けねえ。まるごと愛してやるから早くこっち回ってこいよ。オメーの好きなハグしてやる」
な?と笑ってやるとリゾットはおずおずとこちらにやってきてきゅう、と恐る恐る抱き着いてきた。
「…久々のプロシュートの匂い、落ち着くな」
ぐしゅ、と鼻を啜る音がしたのでまた泣いているのだろう。オレのアモーレは全く以て泣き虫だ。気付かぬふりをしてやるが。
「オレも久々のオメーのでっけえ体に触れられて嬉しいぜ。ケツ触っていいか?」
ふざけて言うとリゾットはすぐさま、
「…ばか、職場だ。駄目に決まってるだろう」
と言ってきた。そりゃそうか、なんて思っていると、
「今日は家に帰るから、家に帰ってからなら、いいぞ」
と続けてきて、思わずリゾットの顔を見ると涙目で頬を赤く染めていた。
「チョコラータ・カルダ飲んで今の書類が片付いたら帰るから、待っててくれないか?」
なんて言われて、答えは「Si」しかなかった。