ふたりのバカンスここ、イタリアという国では7月、8月にかけて2週間から1ヶ月もの間休暇を取ってバカンツァに赴く。その間は普段のバタバタとした日常から離れ、頭を空っぽにしてひたすらのんびりと過ごすというのが一般的だ。
…そう、これは一般的な話である。
「バカンツァの期間がたった3日ってどういうことだよッ!」
「2日だったところを3日に延ばすことが出来たんだ。堪えてくれ」
いつものようにアジトでミーティングをしている時にリゾットから今年のバカンツァの日取りを発表され、皆落胆していた。
たった3日。こんなにも仕事を黙々とこなしているのに、たった3日。この国ではバカンツァの為に仕事をしていると言っても過言ではない価値観の人間が多いのになんたる仕打ちだろうか、と皆が思っていた。
「まあ、この決定は上からな訳だしアンタは延ばせるように尽力してくれたんだろ?グラッチェ、リゾット。感謝するぜ」
と言うのはホルマジオだった。続けてジェラートも「最初の頃なんて1日ありゃいい方だったからリゾットのおかげで3日まで延びたんだ。ありがとよ、お粥ちゃん〜!」とご機嫌に投げキッスまで寄越す。隣りに居たソルベもこくりと頷く。ジェラートと同じ意思を持ってることを伝えた、というところだろう。
若い衆はそれを聞いても不服そうにしていたが、プロシュートの「休みがそんなに嫌なら仕事全部そいつに回していいんじゃあねえのか?」という一言で遂には黙った。
そんなこんなで短いバカンツァが始まった。
「おまえは皆と海に行かなかったのか?休みを楽しみにしていたじゃあないか」
リゾットがアジトでバカンツァ前に終わらなかった書類を整理していると、髪をハーフアップにしたプロシュートが執務室にやって来たので彼はきょとんとした顔で恋人を見つめていた。
そんなリゾットを見て書類の積み上がるデスクに腰掛けプロシュートは言う。
「海よりアモーレだぜ。オメーが行かねえのにオレが行く訳ねえだろ。それよりオメーこそバカンツァはどうした?オメーだってもらってんだろ休みをよ」
プロシュートの言葉にふう、とリゾットは息を吐いた。そう、彼だって好きでこんなことをしている訳ではない。ただどうしても捌くことが出来ず、それを放置することも出来ず、今に至るのだ。
そんな恋人の疲弊した表情を見て、プロシュートはくすりと笑う。
「手伝ってやるから夕方に海沿いをドライブしようぜ。勿論オメーの運転だ。オレは飲むからな」
な?とリゾットの額に人差し指をトン、と当てるとプロシュートはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
(敵わないな…)
この美しい恋人には自分が部下に文句を言われて申し訳なく思う気持ちも、いつまで経っても終わらないこの無駄な作業に飽き飽きして苛立っていたこともお見通しだったということだ。参ったな、と思いながらリゾットは立ち上がりプロシュートの頬に口付ける。
「帰ったらバールで一緒に飲もう。オレも飲みたい気分なんだ」
「いいぜ。だったらさっさと終わらせるか」
ゴムを取り金の美しい髪をポニーテールにしてプロシュートは書類のひとつに手をつけた。
外では真っ青の空が広がり、ふたりの短いバカンツァを迎えるように輝いていた。