リンカネーション 幸福を手にしても、それがいつか確定的に失われることを知っていた僕は、そうと自覚せず臆病だった。
「ああ、」
すべてを悟った顔をしたあなたは、南の国の花畑に降るあたたかな陽だまりのような眼差しで僕を見つめた。そうして僕へと伸ばされた指先。師匠と弟子、ふたりで暮らすこの部屋に差し込む光を反射して、繊細にあえかにきらめいた。はっ、と僕は息を呑む。
「……フィガロ、」
あなたの名を呼ぶ声はふるえていた。それに呼応したように、僕はふるふると首を振る。目を見ひらいて、僕へ伸ばされたきらめきに怯えるように後退った。けれどもきらめきは僕の前髪を梳き、そのままこめかみ、耳の後ろを撫でてうなじごと僕を引き寄せる。とん、と倒れ込むようにあなたに抱きとめられた僕の、鼻先があなたの温度にぶつかる。ひりつくように偉大で、それでいて大らかで穏やかな、馴れた香油の匂いが僕を包み込む。
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