不屈の闘将は西の将軍を夢に見る雪が降っていた。ちらちらと降り積もっては溶けていく水分が芝に絡まり脚運びを重くする。
前方を猛スピードで進むマキバオーを睨み、トゥーカッターと競り合いながら間近に見えてきたゴールを目指す。
残り二百メートル。ここまで来てしまえばもう策も何もない。ただ勝ちたい一心で芝を蹴った。
距離を離されたまま白馬がゴール板の下を通過し観客の歓声と悲鳴が湧き上がる。
だがまだレースは終わっていない。隣を走るトゥーカッターの息遣いと熱気を感じながらゴールにもつれ込んだ。
目蓋を開けばターフではなく柵に囲まれた放牧地だった。雪どころか柔らかな陽射しが降り注いでいる。こうして外で立ったまま、うたた寝をすると現役時代を夢を見る。
きつい坂路訓練や減量もなし。放牧地で寝ながら牧草を食べてもいい。繁殖期以外はのんびり暮らしている。あまりにも平穏すぎてカスケードやマキバオーらとターフを走ったことが遠い昔のようだ。
引退したとはいえ健康を保つため適度な運動が推奨されている。たかってきた虻を尻尾で追い払いつつ常歩を始めた。
ふと、柵で隔てられた隣の放牧地に見慣れぬ牡馬がいるのに気がついた。
熱心にクローバーの花を食む馬に向けて頭を下げ、じっと焦点を絞り込む。引き締まった栗毛の馬体に黒目が目立たない瞳、金色のたてがみ。トレードマークの銜吊りはなかったがトゥーカッターだとわかった瞬間、脚が軽やかにひらめいた。
トゥーカッターもワクチンに気づくと食べるのをやめて走った。ペースも小細工もコーナーもターフもない。柵に隔たれた直線を駆けるだけの併せ馬だ。頭ではわかっていたが全力で踏み込んでいた。
最初は常歩だったトゥーカッターの速度も上がっていく。
柵のぎりぎりに立ち、互いに精一杯、首を伸ばして鼻先を合わせた。さっきまで食べていたクローバーに汗の匂いが混ざっている。
「元気そうだな」
ガキみたいだったぞ、と笑うトゥーカッターに笑みを返す。
「ずっとあんたに会いたかった」