Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    pri_rin9886

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    pri_rin9886

    ☆quiet follow

    一連のスピフリの最終話です。

    最終話「あ~、くそっ」
     
     苛立ったようにフリードはくしゃくしゃと髪をかき混ぜた。
     明かりもつけず薄暗い部屋の中で目の前のモニターだけがフリードを照らしている。
     そのモニターには「データ転送中」の表示が映し出されているが途中からほとんど進む事なく止まっているような状態だ。どうする事もできず、フリードはただため息をついた。
     
     
     
     もう潮時だと思った。
     記憶が戻っている事をスピネルに気づかれている気がする。直接的なことがあったわけではない。しかしその言葉から、視線から含まれているものを感じるのだ。
     スピネルの方も確信が持てないだけなのか、それともただ泳がされているだけなのか。ともかく早くここから脱出した方がいいだろう。
     とは言え、せっかくスピネルのそばにいたというのにあまり情報を集められていないのが心残りだ。少しだけでもデータを持ち帰ろうと思い、フリードは今ここにいる。
     しかし、データの転送は止まったままだ。
     
    (嫌な予感がする)
     
     まだ進化前だったスピネルのレアコイルに電波妨害を受けた時のことを思い出しながらフリードがそう思った時と、部屋の扉が開くのはほぼ同時だった。
     
    (ああ、やっぱりか)
     
     フリードはまたため息をつこうとしてそれを飲み込んだ。
     
     
     
     
    「何をしているんですか?」
     
    「ああ、ちょっとな」
     
     逆光になっていてスピネルの表情はあまりよく見えない。ただ夕日が差し込む中で特徴的な紅い瞳だけが不穏な光を帯びている。
     やけにゆっくりした口調で問いかけるスピネルに無駄だと分かっていながらもフリードはいつものようにニコリ微笑み返した。
     もはや条件反射のようなものだった。
     
    「ふふふ、もうそんな可愛い顔をする必要もないでしょう」
     
     その言葉にフリードは片眉を上げて、笑顔を不敵なものに作り変えた。
     
    「はっ、それもそうだな」
     
     
     
     * * *
     
     
     
    「記憶が戻っていたんですね」
     
     スピネルはいつものように笑みを浮かべたままゆっくりと歩み寄ってくる。聞かずともわかっているだろう質問にフリードは首を傾げた。
     
    「ははっ、あ~…言ってなかったか?」
     
     これはフリードがついうっかり報告を忘れていた時の常套句ではあるが、もちろん今回はうっかりしていたわけではない。スピネルを挑発するような不敵な笑みを崩さぬまま答えると、スピネルの笑みもまた深くなった。
     
    「ええ。報告を怠っていますよ『シトリン』」
    「もうその名前で呼ぶ必要もないだろ?」
     
     いつものように甘く響く声で偽りの名を呼ぶスピネルに先ほどの反撃のように応えてやると彼は少し視線を落として息を吐いた。
     
     
    「いつものようにはしてくれないんですか?」
    「……」
     
     顎を掬い上げながら顔を近づけてくるスピネルの問いにフリードは答えることなく眉間に皺を寄せた。
     確かに。今までならばこんな時には腕を首にまわしていただろう。そうしてスピネルを引き寄せて口づけをねだるようにしてみせていた。
     今はどうするべきだろう。スピネルの手を振り払うこともせずされるがままになりながら、フリードはただ目を眇めた。
     
    「いつからです?」
    「さぁな」
     
     いつから記憶が戻っていたのかという問いに答えをはぐらかした事に特に意味はない。別に事細かに教えてやってもよかったが、スピネルに教えてやるのはなんだか癪だっただけだ。
     フリードの方こそ「いつからだ?」と聞き返してやりたかった。いったいいつからフリードの記憶が戻っていることに気付いていたのか。
     唇を交わし合って、きつく指を絡めて、激しく揺さぶられたのは昨晩の話である。いったい何を考えながらスピネルはフリードを抱いていたのだろう。ひどく面白くない気持ちを感じているフリードは自分の事を棚に上げていることには気づいていない。
     
     ふと、先ほどの答えを思いついた。今どうするべきか。いつものように首に手を回しながら首を絞めてやろうか。それは少し愉快な考えにも思えた。純粋な力比べならば負ける気はしない。
     
     
    「……ッあ!?」
     
     腕を動かそうとして動かないことに気づいた時にはもう遅かった。
     強制的に意識がそれへと向けられる。見てはいけないとわかっているのに魅入られたようにその光から目が離せない。いつの間にかスピネルの影から出てきたオーベムがそこにいた。
     
    「く…そ…ッ」
     
     あたりまえだ。スピネルがそのポケモンを連れてきていないわけがない。
     
    「我慢は良くないといつも教えているでしょう。早く楽になったらどうです?」
    「だ、れ、が…」
     
     誰が思い通りになどなるものかとスピネルを睨みつけようとするが、意識はオーベムに囚われその姿はぼやけている。オーベムに意識を持っていかれているせいか更に光が強くなった気がした。
     
    「や、めろ…!」
    「やめませんよ。だいたい貴方はいつもやめろと言いながら本当にやめたら拗ねるでしょう?」
     
     先ほどからずっと、スピネルの声はわざとらしく甘い。顎を掴まれているだけだと言うのに全身を嬲られているような錯覚さえ覚える。
     
    「ぐ、ゔ、あ、」
     
     奥歯をギリギリと鳴らし、獣のような声を上げながらフリードは抵抗する。
     記憶を書き換えられるなど冗談ではない。全て忘れたくはないのだ。
     キャップのこと、リザードンのこと、ライジングボルテッカーズの仲間達のこと。そしてスピネルとの事でさえも。
     
     
     
     
     一瞬。ほんの一瞬身体が動いた。その機を逃さずフリードは渾身の力でスピネルの手を振り払った。
     
    「くっ…!」
     
     身体ごとぶつかるように跳ね除けられたスピネルはそのままよろめいてガタガタと音を立てながら机に手をついた。
     
    「は…ぁ、はっ…」
     
     荒く息を吐きながらフリードはふらふらと出口に向かって歩を進める。スピネルはすでに体勢を立て直している。すぐにオーベムへの指示が飛んでくるかと警戒したが何故かスピネルに動く気配はなかった。ブラッキーやジバコイルが出てくる様子もない。
     とにかく早く。早く逃げなければ。
     そう思うのに、フリードは扉の前で一度足を止めて振り返った。
     
    「じゃあなスピネル。楽しかったぜ」
     
     自分でも何故そんなことをしたのかはわからない。スピネルはただフリードを見つめている。その紅い瞳を微笑みに形作って。奇妙に。どこか満足げに。
     その視線を振り払うように前を向くと、フリードは今度こそ扉の向こうへと飛び出していった。
     
     
     
     * * *
     
     
     
     
    「ハハハ…アッハハ!」
     
     獲物を逃したというのにスピネルの心はただ高揚していた。笑い声を抑えきれないほどに。
     オーベムの術にかかるまいと必死で抵抗する彼は実に扇情的だった。
     そして、手を振り払われる直前に見た金色に燃え上がるような瞳。
     やはり彼はそうでなくては、とスピネルはうっそりと目を細めた。
    「楽しかったぜ」と、どういうつもりで彼がそんな言葉を残したのかはわからないが、確かにこの偽りの時間は楽しかった。しかし、どうしてもどこか物足りなかった。
     今の彼を捕える事は容易い。しかしただその身体を拘束したとしてもスピネルは満足できないだろう。
     彼の身体だけを欲しているわけではないのだ。
     
     一度ここを出た彼が、自分の意思でまた戻ってくる策を練らなければ。
     
     思案しながら、スピネルは自分の口元にそっと指を這わせた。
     
     
    「さて、どうしましょうか」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works