見つけないでね、神様 夢みたいだなと思った、のと同時に悔しくなっちゃった。
目が眩むようなネオンも届かないずに、雨が地面を叩きつけて音を鳴らすナイトシティの路地裏で、ラザロが僕を抱きしめてい泣いてるんだよ?死に際で見てる都合のいい妄想だって言われても納得できちゃう。
「泣かないで」
ラザロの顔を伝う涙を僕はほとんど動かなくなった手を動かして拭った、これも涙じゃなくてただの雨なのかもしれないけど。
終わりがだんだんと近づいてくるのがわかる、後悔はないよ、だってナイトシティで夢を叶えられるなんて奇跡みたいなもんなんだから――
表通りで人が呻いているのを俺は横目で見ながら今日のビズの待ち合わせ場所に向かっている。
地下闘技場でそこそこ名を挙げている俺は、こうして試合がない日はフィクサーから殴って終わるようなギヴをよく斡旋されていた。
今日も同じようなギヴを受けるために向かっているのだが、さっきから後ろをついてくるやつが一人いる。
そいつはつかず離れずの距離を保ち、俺のことをずっと見ている。紫色のパーカーを着たちいせえやつだ。
俺は最近の闘技場で同じようなやつがいたか?と頭をぼりぼりと掻きながら考えるが、あんな小柄なやつは闘技場で見たことがない。
フィクサーとの待ち合わせ場所に連れていくわけもいかねえと考え、俺は人気のない路地裏に入り込んだ。
「おい、出て来い」
路地裏の行き止まりで立ち止まり、俺は振り返って辺りを伺うが気配がない。
「逃げたか……?」
そう思った瞬間に、影が俺に覆いかぶさる。両手にはワイヤー。
俺の首にワイヤーをかけ、首を落とそうとするそいつを背中から投げ込み地面に抑えつける。
「……なんだお前、ガキじゃねえか」
投げた勢いでフードが外れたその顔の下には18にもなってねえようなガキの顔があった。
水色の瞳を潤めてそいつは俺の顔を見る。反撃されるとは夢にも思っていなかったようだ。なるほど、通り魔か。
自慢じゃないが、俺はそこそこ金を持ってそうな見た目をしている。腕につけたマーリンだけでも1000ebで売れる。
だが、ガキを殺すのは夢見が悪いな。しょうがないから見逃すことにした。
「俺を殺せると思うなよ」
そう言い残し、俺は裏路地を出た……が、なぜかそいつは着いてきていた。
さっきよりかは距離が近く、三歩後ろを歩いている。なんだこいつ。
「……おいお前、なんで着いてくるんだよ」
返事が返ってくることは期待していなかったが、果たして。
「その、あの、一目ぼれしちゃって」
「……はあ?」
こいつは気が狂っていると思った、さっきまで殺そうとしていたやつに一目ぼれだと?
「何ふざけたこと言ってんだ、着いてくるな」
そう言って早歩きで離れようとするが、そいつも同じくらいの速さで着いてくる。
今度は走って離れようとするが、案外足が速い。また同じ速度でついてくる。
段々と面白くなってきた、俺に負けたのについてくるとかいい度胸してるじゃねえか。
俺はこいつをそのままギヴの待ち合わせ場所に連れていくことにした。
「ラザロ、何か一人多いみたいだけどその子は?」
「気にすんな、俺の連れだ」
フィクサーは少し気にする素振りを見せたが、そのまま依頼内容を説明を続ける。
「お前、仕事着いてくんだろ。俺はラザロ、お前は?」
「……クロップ」
「そうか。着いてくんなら勝手にしろ」
仕事に着いてきたクロップは他のクルーとも人見知りの様子を見せながらも接することが出来ているようだった。クロップが扱うギャロットでギャンガーたちの首を切断していく様子を見ると、多対は向かずとも一対一なら負けた様子はなさそうだった。
その時だった。
「く、クソがァ!」
数少なくなったギャンガーの1人がクロップを狙って銃を撃った。反応が少し遅れたクロップはモロに銃弾を喰らい、右腕が吹っ飛んだ。
元々小柄なやつで、打たれ弱いのだろう。気絶しかけたが、なんとか立っている様子だった。
そして俺はなぜか無性に腹が立った。
「――ァ?」
ギャンガーに肉薄し、連続で急所を殴る。
周りのクルーの制止も聞かずに、馬なりになって最後の1発を顔面に入れるとそいつは動かなくなった。
赤く染った両手を見た後に他のクルーが俺の様子を不思議そうに見ている。
俺も自分でなんであんなに怒ったのかわからなかった。
「ご、ごめんなさい……」
クロップが無くなった右腕を拾いつつ、俺の様子を伺うように謝る。
「なんで謝んだよ、俺らも怪我したしさっさとメドのとこ行くぞ」
その後腕をくっ付けた俺たちは残りの残党を片付け、フィクサーから報酬を貰い解散の流れになった。
一人、また一人帰っていく中クロップは寂しそうに立っていた。どうせ、俺に着いていっていいか悩んでるんだろう。その姿に腹が立った。
「……行くぞ、クロップ」
断じて言うが、同情なんかじゃない。俺に着いてきた気概を無くさないでほしいだけだ。
その言葉を聞いたクロップは顔を上げ、笑顔になり俺に着いてきた。
それからクロップはちょくちょく俺のビズに着いてくるようになった。
元々の得物に加え、俺の仕事についてこれるように新しい武器を新調した、と自慢げに武器を見せるクロップはいじらしかった。
俺の住んでいるコンテナもいつの間にか特定されて、コンテナの外でクロップが待っていることもあり、その度にしょうがなくコンテナの中に入れることもあった。
ある日、俺はフィクサーの仲介で他のエッジランナーと同居することになった。言っておくが男だ。
俺は女に興味が無い、ただ1人を除いて。
とある事件で出会ったエキゾチックを施した歌が綺麗なやつ――ケットシーを探すためにエッジランナーになったようなもんだからな。
そして俺はその判断がクロップにとって、どんな結果をもたらすのか想像もしていなかった。
地下闘技場での試合から帰ると、同居人であるアッシュがクロップを足蹴にしていた。
「おま、は?クロップ何してんだよ!?」
俺は慌ててアッシュを止めようとするが、クロップの手にはギャロット。何があったのかをだいたい理解した。
話を聞くと、アッシュがコンテナに帰ってきた途端に先に部屋に入っていたクロップがアッシュの首を落とそうと襲いかかってきたらしい。
俺はクロップのことを説明し、解放してもらいクロップを連れて外に出た。
「……なんであんなことしたんだ」
苛立ちを隠しきれないまま、クロップを問い詰める。
しばらく黙っていたクロップを見て、俺はため息をつきコンテナに戻ろうとすると、漸く口を開いた。
「ラザロは、僕とずっと一緒にはいてくれなかった、なんでだろうと思ってたけど、他の人と付き合ってたからだって思って、それで」
嗚咽を上げながら事情を話すクロップに俺は更に大きなため息をついた。
「あのなぁ……クロップ、俺はアイツとそういう仲じゃねぇ、ただの同居人だ。それに俺はケットシーってやつを探してんだ。そいつ以外と付き合う気なんてねぇよ」
言うつもりがなかったが、説明した方がいいと思い俺はケットシーのことを話した。クロップはその話を聞いて安心したようだったが。
「なぁクロップ。聞け、俺に一目惚れしたって言ってたけどな、俺はお前と付き合うとか出来ねぇんだ、だから俺ばっかりに時間を使うのはやめとけ」
そう話すと、クロップは顔を真っ赤にして言う。
「そんな事言わないでよ!僕がどんな気持ちでラザロについていってると思ってんの?!ラザロがそのケットシーって人を探してるのもわかった、だからさ!その人が見つかるまでは、傍にいさせてよ……」
こんな風に怒るクロップを俺は初めて見て、少し自分の発言を後悔した。
「ぁクソ……」
大きく舌打ちをして頭を掻き毟る。
「悪かったよ、じゃあ手ぇ貸せ……俺一人じゃ手に余るんでな」
クロップを巻き込む気はなかったが、咄嗟になだめようと言ってしまう。
「……わかった。それと勘違いして、ごめんなさい」
俺はゾッとした、そう言って俯くクロップの瞳にはなんの種類かわからない執念の色が見えた。俺の傍にいられない理由があると先走って考え、その原因を殺すことで解決しようとした子供を、俺はこうやって縛っている。
嫌な冷や汗が出た、多分こいつは俺が死ねと言えば死ぬんだろうという確信が出来た。だが、ケットシーを見つけ出すためには、なんだってすると決めたことを思い出す。
それからクロップは狂ったように、危険な仕事に手を出すようになった。ケットシーの手がかりを掴むためならなんだってすると言ったクロップに対して、俺は違和感を感じていた。
ケットシーが見つかった後も、俺はクロップと縁を切るつもりは全くなかったがクロップは。
「早くケットシーを見つけて、ラザロとはお別れするから安心してね」
と何かある度に言って、俺はその度に別に離れる必要は無いだろ。とクロップが借りたアパートでご飯の度に返すのが習慣になっていた。
クロップのアパートの寝室は二つで分けれらており、クロップと俺はそれぞれの部屋で寝ていた。クロップなりの気遣いなんだろう。
ダイニングテーブルを囲む椅子は三つあった。いつも一つは空席だが、いつかケットシーが座るのが楽しみだねとしきりに言っていた。あいつは本気でそう思っているのか、笑顔で言っていたが俺はそれには返事をしなかった。嘘に聞こえて仕方がなかったから。
ダイニングの壁掛けテレビの前には三人がけのソファも置かれており、俺は吊るしたサンドバッグで鍛錬をした後に、そこに座るのが習慣だった。
俺がソファの肘置きにもたれかかっていると、大抵シャワーからあがったクロップが俺とは反対側の肘置きにもたれかかって座る。
この真ん中の隙間はケットシーのためなのか、俺には真意が掴むことが出来なかった。
仕事をこなし、ケットシーの情報を得るためにクロップは色んなサイバーウェアを入れていく。
ある日、クロップは俺を誘い物件探しに乗り出した。ケットシーと三人で住むには今の部屋は手狭だしさ、なんて言うから俺も少し嬉しくなった。
ケットシーが使う皿やコップ、三人で使うテーブル、ケットシーは女性だから洗面台は広い方がいいよねと話すクロップは本気で三人で住むつもりに見えた。
ケットシーを探すのを協力して欲しい、そう言われた時僕は本当に嬉しかった。
ラザロの仕事について行って手伝うことは多かったけど、ラザロがなんでこんなに必死にギヴをやるのかわかったし、それが終わるまではそばにいられると思ったから。
でもやっぱり、それと同時に悲しくもあった。
何がどうあってもラザロは僕と一生付き添ってくれることはないんだろうということはわかるし、ケットシーとしか幸せになれないんだろうな、とも思ったから。
だから僕は、ラザロの幸せのためになんだってやると決めた。
僕がやることは、ラザロをとにかく早く幸せにして、早く目の前からいなくなること。
僕はラザロにありがとうって言ってもらったら、その言葉だけで生きていけるから。
それから俺は裏社会のツテを使い情報を集め、クロップはその情報の裏取りをしケットシーの居場所を突き止めた。
とある組織に幽閉されているケットシーを助けるために、俺たちはその組織を壊滅させる。
クロップは潜入し、セキュリティを停止させ、俺は正面から殴り込み邪魔するやつを殴り殺していく。
こんな風に仕事するのはもう何回もあった、いつも通りクロップは光学迷彩が施されたパーカーを目深に被った時、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
ケットシーとようやく再会出来たときは、俺らしくないが、声を上げて泣いてしまった。
ケットシーにクロップのことを説明すると、思っていた通りケットシーは3人で住むことを快く了承してくれた。
だけど、クロップはいつまで待っても合流地点には現れなかった。組織は壊滅させ、全ての部屋を見て回ったがクロップの姿はどこにもなかった。
俺は身勝手なアイツのことを考えて腹が立ち、1人で壁を思いっきり殴りつけた。
クロップと一緒に準備した、ケットシーと3人で住むために準備した家で2人っきりの生活が始まった。変わったのは、クロップがケットシーに変わっただけ。
俺がクロップと出会うまでに思い描いていた理想の生活そのものだった。 だが、一回も水を入れられないコップを、座るやつがいない椅子を見る度に、無性にイライラして捨てようとする度にもしかしたら戻ってくるかもしれないという期待がチラつき、叩き付けようとした皿を棚に直した。
ソファの座り方も変わった。前の部屋から持ってきたソファにケットシーが寝そべるから、俺はケットシーに太ももを枕代わりに提供するために、真ん中に座る。
緑の髪を撫でながら横を見ても、クロップはいない。
その晩、俺は夢を見た。
クロップが借りたアパートに一緒に住み始めた頃の夢だった。
「ラザロはさ、僕がいなくなって清々してる?ずっと付き纏ってきたやつがいなくなって」
2人がけのダイニングテーブルに向かい合って、クロップはそんなことを言う。
クロップのそんな所が俺は嫌いだった。
絶対言って欲しくないことを、言うように聞いてくるところが。
「……清々するわけないだろ、ケットシーも一緒に住んでもいいって言った。馬鹿なこと言ってないで早く帰ってこい」
「……僕のことは見つけないで、幸せになってね」
目が覚めた。雨の音が聞こえていて、わずかに窓からナイトシティのネオンが差し込んで、寝息を立てるたびに肩を揺らすケットシーが薄らと見えた。
気付くと、部屋の外に出ていた。探す当てもないはずなのに気付いたら走り出していた。
ケットシーのことはすぐに探すのを始めたのに、なんで俺はケットシーのことばっかり考えていたのか。
気付けば、初めてクロップと出会った場所に戻ってきていた。ギャング共かクスリを使っていたのか、注射が散らかされ、雨で濡れていた。その真ん中にクロップが倒れ込んでいた。
ギャングたちにいいようにされたのか、服は引きちぎられ、雨と体液でドロドロになっている。
慌てて駆け寄り、体を起こすと目の焦点が合わない。何度も薬を入れられたようで、腕には注射痕が残っている。
「おいクロップ!しっかりしろ!」
呼びかけると、顔をわずかに動かして俺の顔を見るクロップは初めて会ったときのように目を潤ませていた。
「ラ、ザロ?」
喋るのもやっとといった様子で声を絞るクロップの体温は急激に下がっていっていた。薬物が抜けて、死が近づいているのがわかる。
「見つけてくれたんだ、嬉しい」
へにゃ、と笑うクロップは俺の涙をそっと拭き取る。
「泣かないで、幸せになれるでしょ?」