記憶 信一+洛軍 信一はたまに馬鹿みたいに龍兄貴が吸っていた銘柄の煙草を吸い続けているときがある。王九との戦いが終わった後、たまに洛軍も煙草を吸うようになったとはいえ、あまりにも煙たい。
「兄貴のこと考えると、よく血の臭いも一緒に思い出すんだ」
だから煙草の匂いでそれを消しているのだと。
龍兄貴の最期の時、ほとんど意識を失っていた自分の朧気な記憶を頼りに思い出しても、そこはあまりに血の臭いが溢れていた。自分がそうなのだから、信一は一体どれほどしっかりと覚えているのだろうか。ただ、信一の思い出があの時記憶で塗りつぶされてしまうのは、洛軍にとっても耐え難かった。二人が城砦で過ごしていたただの日常がどれだけ尊いものだったか、長い月日の一部だけでも見てきたから。
四仔に赤い格子の部屋に行けと言われて、向かった先で見た光景。糖水の器を持ったまま寝ている龍兄貴とサングラスを外してやろうとする信一。目の前で気を許して寝てしまうこと、袖が触れるほど側にいること、当たり前のように一緒に過ごす未来の話をすること。母親を亡くして以来、ぐっすり眠れる場所も得ることができなかった洛軍にとって、二人の関係は、毎日は、眩しく美しいものだった。
いつか信一はあの鉄の扉の前の記憶から開放されて、ただあの人を思いだすようになるんだろうか。それが時間が人を癒やすということなんだろうか。
「でも、血の匂いだって忘れたくないんだよな」
煙と一緒にポツリと呟いた言葉は小さすぎて、洛軍の耳にも届かなかった。