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    せいる

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    せいる

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    まだ小さい頃の信一と眠れない龍兄貴。原作は信一博を少しだけ。兄貴がちょっとネガティブ気味かもしれません。

    ヨスガ 小さい信一と龍捲風いつも通り信一を寝かせた後、龍捲風は居間で一人煙草を吸っていた。真夜中とは言い難い時間帯のため、窓からぬるい風と城砦の喧騒が入ってくる。とはいえ理髪店の仕事と信一との生活で、なかなかに規則正しい日々を送っている龍捲風にとっては十分に夜といえるが、今日は寝られる気がしなかった。
     こういう夜はたまにある、背負ったもの全てを捨ててしまいたい夜が。それまでしっかり立っていた足元が音を立てて崩れていってしまうような夜が。
      
     逃がした陳占の妻子はちゃんと生き延びているだろうか。
    あのとき一緒に死にたかったと、死んだ方がマシだったと思っているかもしれない。頼まれた通り香港から逃がしたが、乳飲み子を抱えて見知らぬ土地で生きるのはどれほど過酷だろうか。
     秋はよく「俺のために陳占を殺してくれた」というが、それを聞いたとき俺は一体どんな顔をしているのだろう。義兄弟のことを騙している。そもそも俺はあのとき本当に陳占を殺さなければならなかったのか。俺の「どちらかしか生き残れないのか」という問いにあいつは肯定の言葉を言わなかったはずだ。
     城砦安全管理委員会主幹 名前だけだ。相変わらず弱いものは傷つき死んでいく。揉め事を起こすなと言いながら、ヤクの流通は許している。それでも城砦の住民は皆逞しい。自分がいなくなったしても問題なく生きていくだろう。秋や虎も世話を何かと世話を焼いてくれるだろう。

     ならば何故まだ生きてここにいる

     今まで何百回と繰り返して来た問いが今夜もまた頭から離れない。これは夜のせいだ。夜が明ければまた何事もなかったかのように、いつも通り一日が始まる。そうわかっているのに、どうやっても変えることができない過去と、答えようのない問いばかりが波のように絶え間なく押し寄せ、先のことはそれに阻まれてなにも浮かんでこない。少しでも気を紛らわせようと吸う煙草の煙もかつての友の姿を隠せず、灰は後悔を埋められず、火は闇を照らせない。

     キィ……

     控えめな扉の音に顔を上げると、心配そうな顔の信一がそこに立っていた。
    「龍哥、寝ないの」
    「起こしたか。すまないな。大丈夫だから早くベッドに戻って…」
    「寝ないの」
     口を尖らせ、こちらが答えないことへの不満を見せつつ、まっすぐにこちらに向けられた瞳に心の中で苦笑する。この子は賢く理解が早い。そして気になったことははっきりさせないと気がすまない質だ。今ここで適当なことを言っても納得しないし、余計意固地になって寝てくれない気がする。
     少し考えてから、半分嘘で半分本当の答えを返した。
    「怖い夢を見そうだから一緒に寝てくれるか」
     
     いきなり一緒に寝て欲しいと言われて驚いたようだが、すぐ枕を取ってくると自室に駆けていった。そして今は同じ毛布の中、二人向き合って丸くなっている。
    「あなたにも怖い夢を見る時があるんだ」
    「誰にだってあるさ。秋哥や虎哥や阿七にだってあるだろうな」
     そうなんだ…と呟いて何やら考えこんでしまった。
     大人になっても怖いものがあるなんて、子供にとってはあまり歓迎できる話ではないかもしれない。しかし、実際大人にも恐れるもの、苦手なものは山程ある、そしてそれは記憶や経験とともに増えていくので、子どもの頃以上に厄介なものだ。
    「悪い夢は話すと良いって、前におばさんが言ってた」
     しばらく黙っていたのはどうやら解決策を考えてくれていたらしい。しかしせっかくの提案にのることはできない。
    「話してお前が怖くて寝られなくなったら困るだろう。もう大丈夫だから早く寝よう」
     まだ何か言いたそうだが、流石に眠くなったのか小さく頷いた。その頭を撫でてやろうと伸ばした手を、信一がぎゅっと掴む。
    「じゃあまた怖い夢見そうなときは言ってよ、一緒に寝るから。オレが龍哥を守ってあげる」
     言葉に詰まった。それはあまりにも必死で真摯で、心から自分を守ろうとしてくれていることが伝わってきたから。絶対に言ってよ!絶対!約束だからね!!と念を推ししながら、先程より力を込めて掴んでくる信一の手の温度に、あの夜腕に抱いた小さな赤ん坊のことを思い出す。
     
     俺は無二の友を自ら殺して失い、その家族からも夫と父を永遠に奪ってしまったんだよ。それだけじゃない。お前に言えないような、言ったら失望されるようなことも数え切れないほどやってきた。お前が考えているような立派な人間ではないんだ。

     だが、それでも。
     
     黙ってしまったからか、少し不安げにこちらを見る瞳に笑いかけてから、抱きしめる。
     
     それでも、自分を守ると言ってくれたこの小さな子供の未来くらいは守ってやれるだろうか。

     「ありがとうな。そうするよ」
     そう告げた途端満面の笑顔になってぎゅうぎゅう抱きしめ返してくる信一の体を、こちらも笑顔でもう一度強く抱きしめた。
    「そろそろいい加減に寝ないと。おやすみ、信一」
    「おやすみ、龍哥」
     寝台横の小さな明かりが消えると、室内が闇に包まれる。
     呼吸音だけが聞こえる静かな時間がしばらく続いた後、ふいに思い出したように、信一が呟いた。
    「あー…オレ明日ね…あれ食べたい……まえつくっ…て」
     続く言葉を待ってみたが何が食べたいのかは言わないまま、今度こそ本当に寝てしまったようだ。その背を優しく撫でるようにトントンと叩きながら、一体何を食べたいのだろうと考える。
     
     覚えているかわからないが、明日起きたら聞いてみるか。ただ冷蔵庫に食材はなにがあっただろう。冷蔵庫といえば、売店の冷蔵庫が冷えづらくなってると言われたな。すぐに直せるような不調だといいが。あぁまたすぐ月末か。帳簿つけだけはいつまで経ってもなれない。数字を見ていると頭が痛くなってくる。とはいえきちんと合わせないとまた秋に小言を言われる。いい加減誰か雇うべきだろうか 
     
     ほんの少し前まで明日のことなど何も考えられなかったというのに、今は次から次へと頭に浮かんでくる仕事の山に、九龍城砦安全委員会主幹も楽じゃないなと苦笑した。
     
     今夜頭から離れなかった問いをまた思い出す。

     何故まだ生きてここにいるのか。
     
     その答えは間違いなく、今、目の前にある。穏やかに眠る信一の頭を撫でてから、龍捲風も目を閉じた。
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