下書き「紫鸞殿、少しいいだろうか?」
「…ん?…あぁ郭嘉か、大丈夫だ」
先程まで寝ていたのだろう、少し反応が遅れながらも返事をしてくれた
そして先程元化殿に聞いた話を彼に言った
わざわざ死が近いなんて事は言わない、けれど感謝や怒りは伝えなければと思った
「元化殿から聞いたよ、まずはありがとう…と言うべきかな?」
「……感謝される事なんて…」
「分かってるのに誤魔化すのかい?こう見えて私は怒っているんだよ?自分の命を差し出すなんて…貴方は必要なんだ、太平の要なのはもちろんだけれど、その武にだっていつも助けられてるし、相談に乗ってもらっている者達も多いだろう…多くの人に必要とされてるのに……」
「それは郭嘉も同じだ、大切な軍師だ」
「私と貴方では比べ物にならないと思うのだけれど」
「…郭嘉が居れば…少しは変わっていたと思う…」
彼は深刻そうな顔で前世での出来事を話した
それは"赤壁の戦い"と言われるもので、もちろん知らない…私の死んだ後の戦の話だ
そこには裏切り者…のフリをした黄蓋が火種になって船は燃え、曹操軍が敗れたという…
その時私が居れば結末は変わっていただろう…と彼は思うらしい
確かに違和感があればその違和感が何なのか…もう少し探りは入れるだろう、だからと言って私がいた所でだとは思う…
「自分は頭が良い訳じゃない、だから違和感にも気付けない…でも郭嘉となら少しはマシな立ち回りが出来た気がする…」
彼は下を向いたままそう呟く
きっと彼の事だ…皆を助け前線を駆け回っていたのだろう、故に違和感を探る暇が無かったのかもしれない
「そう思ってくれるのは嬉しいけど、貴方が死んでしまっては意味が無い。いくら策を並べた所でそれをなせる程の武が必要だ、それを貴方は持ってる…」
「確かにそうかもしれない…でも郭嘉が生きてる今なら赤壁の戦いで勝てると確信してる、もちろん自分もその時まで死ぬ気は無い」
「その言い方だとまるで赤壁の後死ぬような言い方だね」
「そこまでちゃんと生きれるかが問題だが…」
彼にとって相当な悔しさや後悔があるのだろう
その戦の為だけに今は生きようとしている、けどそれが終われば死ぬつもりという所まで私に似ていた…まるで過去の自分を見ているような感覚になった、生きて欲しいと願えば願うほど心が苦しくなった
「紫鸞殿、起きてましたか」
「おや元化殿どうかしたのかな?」
「ちょっと確認したい事がありまして…その」
「あぁ、私はひとまず失礼するよ、少ししたら戻るから」
「いや戻らなくても…」
「必ず戻るよ」
少し圧をかけながら言うと目を逸らされてしまった
確認とはおそらく他にどこか異常がないかの確認だろう、例えば湿疹や色を見たい…といった所だろう。
少し時間を置いて戻った方がいいだろう、その間に残っている仕事を終わらせてしまおうと自室に向かった………
「全く紫鸞殿も素直じゃないですね〜」
「…? ちゃんと本音は話した」
「一番大事な理由話してないじゃないですか」
「………話す気は無い」
「それだと意味ないと思うんですけど」
「生きてさえいればいい」
紫鸞殿は郭嘉殿の事が好きだ
それはあの人が亡くなって自覚したらしく、自室では毎日のように落ち込んでいた
バレないように周りには明るく振舞っていたがふと泣きそうな目をしている紫鸞殿を見つけ問いただしたらこれだった
そして里へ行くなり、"また会わせてくれ""今度は自分を"なんて事をずっと言っていた。
そして今まさに好きな人が近くに居る…いつでも言おうと思えば言えるはずだ
"好きだから生きて居て欲しいと思った"と
けどそれを言おうとしないのは自分が先に逝ってしまうから…
郭嘉殿がどう思ってるか分からないけど"好き"と言ってくれて何も感じない人ではないだろう
もしかしたら向こうも好意を抱いてくれるかもしれない、けどそうなれば取り残された時の苦しさ等を紫鸞殿はよく知っている…だからこそ伝えるつもりもないし伝えたくないと思っているのだろう
「…はぁ〜けど良かったですね、これから郭嘉殿と長く居れると思いますよ、郭嘉殿は曹操殿からお目付け役に任命されてますから」
「そうなのか」
目を細め微笑んでいた
この様子だと伝える前に気付かれそうだなと思ったが口にしないでおく、してしまったらこの表情をしなくなりそうだしせっかくの機会を逃す事になる
「それじゃ確認も終わりましたしお目付け役を呼びに行ってきます、あとちゃんと薬飲んで下さいね」
「分かってる」
そう言うと薬を全部飲み干した
それを見届けたあと郭嘉殿を呼びに自室まで向かった……