負け犬たち「十二少、廟街へ帰れよ」
冗談言うなと返したが、信一は「なんでだよ」と唇を尖らせ、横を向いた。
俯いた信一は、長く、うざったい前髪が額にかかり、なんだかその横顔を幼くしていた。きつく唇を結び、不貞腐れているように見える。俺は知っている、それは泣き出しそうな時の顔だ。
「腑抜けてんなよ」
俺は動く方の足で、信一の脛を蹴飛ばした。俺の方を向かない横顔の、その先では日が暮れかかっていた。
俺は右足が駄目になった。信一は右手の指が二本になって、自慢の顔にも傷が入った。どちらがマシかと考えるのは馬鹿らしい、どっちも最悪だった。男前が上がったなと揶揄うと、信一は「ああ」と答えたが、大好きだった鏡を見るのをやめてしまった。
俺に隠れて四仔に泣き言を言っているのを聞いた。無くなったはずの指が痛むのだという。泣き喚いているうちはまだいい。利き手が不自由なので、動作のひとつひとつがまるで不器用になった。箸が持てないので、飯の食い方が汚くなっただけでなく、ズボンに小便まで零す始末だ。こいつときたら、それでだんだんとしょぼくれて、まるで負け犬になった。四仔に「水に飛び込むかもしれないから見張ってろ」と言いつけられるありさまだ。
俺は信一が好きだから、そんな姿には憐れみを感じる。同時にいらいらする。情けない姿が自分と重なる。皮脂でべたつく手入れされていない髪、垢染みた服、小便のかかったズボンを履いているのは俺自身だ。
それでいて、お前には帰る場所があるのにと信一は言う。口には出さない時も、全身でそう叫んでいる。そして帰る場所のない自分を悲しんでいる。
信一の家は、まあ、なくなった。あいつをずっと守っていた、龍兄貴も死んだ。それであいつも死んだ。身体は残っているが魂が死んだ。死んだ頭で呆けたことを考えている。
あいつはもしかして、本気で俺が虎兄貴の元へ戻れると考えているのかもしれない。廟街は残っているし、虎兄貴も生きているから。俺は信一が好きだし、兄弟だと思っているが、あいつの呆れた甘タレにはうんざりする。俺が以前と同じように、あそこに受け入れられて、また若頭に戻れるとでも?
そんなお気楽なこと、ありはしない。ありはしないと俺はわかるが、信一は本当にわからないのかもしれない。
龍兄貴は随分こいつを甘やかしていたから、信一はどうにもお坊ちゃんだ。いや、坊ちゃんは俺だけでいい。お嬢さんだ。
「それでも龍兄貴の第一刀か? なまくらだな」
兄貴の名前を出せば、火がついたように怒り出すと思ったのに、信一は言い返してすらこない。俺はとうとう不安になる。こいつは本当に駄目かもしれない。信一は笑っている。
俺はまだ笑えない。俺はムカついてる。腑抜けにはなりたくない。
俺は爪を研いでいる。たとえ足が一本しかなくても、その爪をあいつらに突き立てたやる。
なあ、そうじゃねえの。問いかけても、目前にはただ茫洋と、海へと続く汚れ切った水面が広がっている。