推しと惚気と幸せの元と 推しが結婚した。
というかしていた。
既婚者だった。
隠していたわけではないが、公にする理由もなかったので、なるように任せていたらしい。妙なところがドライというか、大雑把である。
「ダイナマって全然惚気んよね」
「ア?」
「結婚してたんでしょ?」
デクと。
卒業してすぐ。
惚気てくれていたら、もっと早く気付いていたかもしれないのに。
「あたしすぐ惚気ちゃうから、我慢できるのすごいなって」
パトロール中たまたま見つけた推しへダル絡みしながらドリンクを飲む。推しはぎゅっと唇を捻じ曲げ、ガードレールに尻を預けた。
「コス汚れるよ」
「働いたら汚れるモンなんだよ」
「や、いまは違うっしょ」
先ほどまでは確かにパトロールをしていたかもしれないが、今は名もない女子高生に絡まれているだけである。どう考えても勤務外、良くてファンサの一環だろう。ヒーローの働きとは違うように思えた。
「パトロールは敵の犯罪を抑止するためにやるモンだが、ヒーローがいるってだけで安心するやつらもいる。よって俺はここに存在するだけで勤務中。まァ、前半は受け売りだが」
一呼吸おいて、推しがアイマスクを押し上げる。
「で?」
「なにが?」
「惚気んの我慢できねーんだろ。どーいうのが惚気で、なんで我慢できねーんだよ」
「えー…?」
改めて聞かれると困る。
「惚気…なんでもかんでも好き好き〜ってなったり、好きな人と同じもの使ってSNSで匂わせたり?」
「謎ポエムとかか?」
「ダイナマ謎ポエム知ってんの」
ウケる、と笑えば、こちとらその謎ポエムの被害に遭ってんだぞ、と笑っていいのか怪しい返しが飛んできた。
ガチ恋勢の多いヒーローといえばショートだが、アナウンサーやら新人アイドルやらに謎の匂わせを焚かれるのはダイナマイトの方が多い印象である。
「謎ポエムは惚気じゃなくて匂わせ寄りかなぁ。線引き微妙。惚気でも匂わせたりするし」
「ふーん」
「惚気が我慢できない理由は…。うーん…惚気てる時って、あたし今すっごい幸せ〜ってなっちゃうんだよね。だから我慢できないの。幸せだから聞いて欲しいし、あたしの幸せの元を知れ〜ってなっちゃう」
「幸せの元」
何がツボったのか、推しはゲラゲラと笑い出した。
「ハハ、幸せの元な、ブクク」
「ダイナマ笑い方ひどくね?」
多少拙い表現だったことは認めるが、それにしても笑いすぎである。くしゃりと端正な顔が歪んで、傷跡の色が濃くなった。眦には薄く涙まで滲んでいる。
「いや、確かに幸せの元だわ」
推し始めて八年目。
初めて見る表情だった。
『幸せの元』として誰を思い浮かべているかなんて、言うまでもないだろう。
「の、惚気られるじゃん…」
「ア?」
推しから直接、ド級の惚気を撃ち込まれてしまった。
今生の運を使い果たしたかもしれないな──そう思いながら、残りのドリンクを啜った。