微睡 背後のマットレスが沈み、腹回りに腕を回されたところで意識が浮上した。
背面にぴったりと高めの体温が張りつく。抱き寄せる腕は太く温く、冷えた肌にじんわりとしみて心地よかった。
「おかえり…」
閉じそうになる目をなんとか瞬かせ、出久は背後に呼びかけた。胴を固定され、首筋に頭を乗せられているので振り返ることは出来ないが、何となく怒られはしない気がした。手を伸ばし、まだ少し湿って柔らかい髪を掻き撫ぜる。
「ン」
「生乾き…」
「起きたらシャワー浴びなおす」
だからいいと更に抱き込まれ、出久はそれに従った。とくとくと、身体の芯にほのかな振動が響く。薄暗がりに視線を彷徨わせれば、時計は夜明け前を指していた。勝己のシフトを思い出す。確か午後からの出勤だったはずだ。それでこの時間に就寝するのだから、中々ハードな一日を過ごしたようである。
「おつかれさま…」
「ん…」
「かっちゃん…」
穏やかな夜は贅沢になる。
付き合い始め、同棲し、入籍するまでは公私共に嵐のような生活だった。数日の不在を埋めようとして無茶な逢瀬を交わしたし、隙さえあれば肌を合わせて相手の不在を帳消しにしようとした。好意を抱く人間の存在を感じれば、仕事に響かぬ範囲で不安定にもなった。
数字だけ見れば齢一桁からの幼なじみだが、きちんと話をするようになったのは高校へ上がってからだ。無意識に、失った十数年分をも埋めようとしていたのだろう。
「かっちゃ…」
回された腕に手を添え、意味もなく名前を呼んだ。耳朶の後ろにちくちくと髪が刺さって擽ったいが、身を捩る気にはなれない。少しでも隙間が空いてしまうのが嫌で、脚を絡めにいく。シーツを巻き込んでしまったが、そこはご愛嬌だ。
「かちゃかちゃ…るせ…ねろ…」
とろとろとした声に誘われるまま、出久は再び眠りについた。