ゲンイチローくん「卒業シーズン。別れの季節だね」
幸村は、日誌を書く真田の前に腰掛け、ほころぶ梅の花を見つめながら言った。
「俺もお前も立海大附属高等学校に進学するのだ。別れもなにもないだろう」
「真田。お前は、俺との別離って想像したことあるかい?」
幸村は、窓の外を見つめたまま、真田に問うた。真田は鉛筆を置くとと、腕を組んで不敵に笑う。
「くだらん。お前とは幼少期からの悪縁なのだ。たとえ別れがあろうと、どこかでまた必ず繋がることだろう」
「真田らしいな」
幸村はそう言って笑うと「俺は想像したことあるよ、真田との別れ」とつなげた。真田が興味深そうに「ほう」と相槌をうつと、幸村は儚げに笑いながら続けた。
「入院中、悪い想像が膨らむものでね。いろいろ考えたよ。すべては杞憂に終わったけど」
真田は「そうか」とだけ返すと、再度日誌に鉛筆を走らせる。しばらく幸村は真田が書き綴る美しい文字を眺めていると「ねえ真田」と再び声をかけた。
「なんだ、幸村」
「ふふ、ゲンイチローくん」
「……なんだ、幸村」
「俺、ほしいものがあるんだ」
真田は日誌を書きながら「そういえばお前はそろそろ誕生日だな。何が欲しいのだ」と幸村に訊ねる。幸村は頬杖をついてただ、真田を見つめる。しばらく、静まり返った校舎に真田が鉛筆を走らせる音だけが響く。真田が「だから何が欲しいのだ」、そう訊ねようと口を開いたとき、幸村の柔らかな声が教室に響いた。
「人生……かな」
「人生?」
「つまり、ここ」
幸村は、真田の左手を取ると、左手の薬指の付け根を親指の腹で擦る。
「わからない? 真田」
真田が『理解できない』といった表情をしていることを察してか、幸村は眉を下げながら真田に聞く。
「あ、ああ。すまない。人生とは、俺の左手? とは、どういう意味だ?」
「俺、真田の人生が欲しい」
そして、真田の帽子を剥ぎ取り、唖然とする真田の開ききった口に音を立てて口づける。
「つまり、こういう意味なんだけど」
最初は何が起こったのかわからず硬直する真田だったが、みるみるうちに顔に紅が差していく。何かを言いたいのだろうが言葉にならずぱくぱくと鯉のように口を開け閉めする真田に、幸村はもう一度口づけをした。
「それで、ゲンイチローくんは俺に誕生日プレゼントをくれるのかな」