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    hana6la

    かべうち別宅(詫)

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    hana6la

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    2018/05/05 log
    サイトに置いてあった水上くんのお誕生日に書いたお話です

    ##橋姫

    【不在の記し】 その晩は私のほうが早寝をしてしまったが、彼のほうは随分と夜更かしをしたらしい。同じ床から起き上がれば、隣で水上が安楽な寝息を立てている。

     ──眠レナイ。
     ──私が眠るまで片時も離れずにいろ。

     昨夜の私は、少しおかしかった。
     微熱が出ていた所為もある。
     疲れていた所為でもある。
     言い訳は山ほどあるが、田端の駅から会津に戻ってくるまで、私は生きた心地がしなかったのだ。汽車から降りて小さな駅舎に水上の姿を見つけたとき、ようやく地に足のつく心地を覚えた。行クナ。と、何度もひきとめた腕を払って出かけた阿呆の私を。意気揚々と「真実を見てくるのだ」など言った恥知らずな私を。水上はたったひとこと「おかえり」と迎えただけで、他には何も聞かなかった。

     夜半過ぎまで雨音に紛れて何をしていたのかは、記憶にある。
     夢中で縋り付いた水上の腕が、私の蜘蛛の糸であったのも。
     その後、私は眠ってしまい、水上はしばらく起きていたようなのである。

     ──極楽はちょうど、朝なのでしょう。
     まるで水上の語り口のような陽の光が、雨戸の隙間から一筋、二筋こぼれている。その先に私のものではないが、中身はよく知っている手帳が閉じておいてあった。

     見テハイケナイ。と、
     見テシマエ、と。
     内々から別々の声を聞いた。

     見てしまえば、その手帳の中に私が存在していないことに憤るだろう。あれは水上が読んだ本の感想を書き付けた手帳ではないか。やはり、今でも水上の行動は変わらないのか。私は本能の向くままに従った。忍び足で寝床を離れ、脱いだ着物の片隅に置かれている「それ」を手にする。

     ──というのも、気になる点がひとつ。
     私にクビを言い渡した会社を見限って帰ってきたのは、九月一日。私の乗る下りの汽車は、まだ止っていなかった。あの日も水上は、隣町から戻る私を案じて実家から自転車に乗り迎えに来たのだ。追って二日、東北本線は田端まで乗り入れが可能だと伝わる。ただ、恐ろしく混雑しているそうだと駅員からも話を聞いた。

     少し先の記憶のある私は、関東を襲った地震の規模を知っている。しかし、水上は五億年前の記憶を持っていても、ここより先の記憶はない。一日目には通じていた電話も二日目には不通になることが増え、地方の新聞社は特派員を現地に派遣しなくてはならなかった。被害の状況を伝える新聞も流説などを流す始末で、私が東京に発つまで正しい情報など、知る手立てはなかったはずである。

     ましてや何も言わず、察するなど。
     水上に出来るかと問われたら、私は否定せざるを得ない。
     けれど、水上は何も私に聞いてこないのだ。

     もしや……、
     少々ふらつく足元を気にしながら、私は彼の手帳を取り上げた。
     パラリとページをめくった先にまず、夢之久作の名がないのを確かめる。
     いや、それどころか他の大作家の名もない。
     江戸川乱歩も押川春浪も黒岩涙香の名もない。


     ──九月四日
     昨日、駅で玉森を見送って丸一日経つ。
     大泉の奥さんでさえ、田端までしか鉄道が走っていないのは不便だと言い、未だ、水前寺の家にいるというのに。人手不足の取材記者として雇われて、わざわざ東京まで行くなんて。一昨日も俺は、このまま玉森の仕事が決まらなければいいと思っていた。田舎の酒屋でも玉森のひとりくらいは養える扶持はある。六十路と五十路の、お爺さんとお婆さんだって、ずっと働いていてくれるとは限らないのだから、玉森を新しい従業員として雇ってもいい。だから、無事に帰ってこい。もう絶対に外にはやらない。

     ──九月五日
     大阪の朝日新聞に帝都の様子を映した写真が掲載されたと聞く。震災の第一報を伝えに東京より続々と記者達が、各地へ戻っているらしい。たしか帝都には十六の新聞社があったはずだが、四日に新聞を届けられたのは一社のみ。三社を残して全て焼けてしまったというから、玉森が記事をとってきてもまず、印刷するところがない。だったら、すぐに戻ってくるのだろうか。
     東京では電話もままならないどころか、水や食べ物も不足しているだろう。ちゃんと屋根のある場所で寝ているのか、心配でたまらない。今の季節は気候も荒れるから、もしも雨が降ったら……と思う。なんとも心もとない。

     ──九月六日
     大泉の奥さんが上りの汽車の塩梅を聞きに行ったところ、下りの汽車に大勢の人が乗っているのを見て帰ってきた。なんでも当局がビラを配り、罹災者は一時、東京から避難するようにと奨励されているという。駅で罹災民の証明をもらえば、東京鉄道局圏内から圏外へ無料で乗車出来るが、これでも駅舎は著しく混雑しているらしい。今迄と同じように暮らしたかったら、少なくともひと月は待たねばならない。
     ミナさん、とてもじゃないけど、未だ帰れないわ、と。大泉の奥さんが愚痴をこぼしていた。上りの汽車も物資の輸送で山のような荷物を乗せているから、そこに俺ひとりくらいは混じれないものか。


     日付は私が戻ってきた昨晩まで続いていた。
     ──これは水上の日記であるな。
     水上に店主の記憶があるのではないかというのは、どうやら私の杞憂のようだ。
     ──しかし、気まずい。
     ただでさえ(他人の)日記の盗み見は心象が悪いというのに、それが水上のものであるから、大して良心を持たない私でも少しは胸が痛む。あの無口な男が……、と言っても、近頃は無理に気持ちを押し隠すつもりもなくなったのか。いろいろ私のやることへ口を出すようになってはいた。それでも彼の口から出てきた言葉は、氷山の一角だったのを思い知る。

     ──ああ、私はこんなにも。
    (執念深く、愛されていたのか)

     あまりの重さに耐えられなくなり、私は水上の手帳を閉じた。
     その音に気づいたのだろう。
     寝床から水上が、私を見上げている。

    「ああ、今朝は玉森が先に起きたのか」
    「よ、よく眠っていたな」
     とっさに私は持っていた手帳を夜着の袖に滑り込ませた。
     しかし、薄手の夏物は容易く隠し事を白日の元に晒しだす。

    「こ、これは……」
     まだ読んでいないなどと見え透いた嘘でごまかそうとしたが、まったくの無駄である。 
     起きたばかりの水上は、その細い目で私の袖口から滑り落ちる手帳を見ていた。

    「読んだのか?」と、問われて
    「少シ、……」
     往生際の悪い私は、全部は見ていないぞと言い訳をする。

    「……ああ、読まれてしまったか。いいんだ、別に。隠していたわけじゃない」
    「えっ、……いいのか? 勝手に日記を読んだのだぞ?」
    「俺は玉森のように筆の立つほうじゃないから、……それが恥ずかしいだけだよ」
    「も、文字は上手かったぞ。なかなかに達筆だ」
    「そうか、でも褒められたのは初めてだ」

     あまりにもあっさりとした幕引きに私のほうが面食らっている。目を覚ました水上は、何事もなかったように私の横を通り過ぎ、水場で顔を洗ってまた部屋へ戻ってきた。

    「雨戸を開けよう、もう雨は降っていないよ」
     玉森と私の名を呼んで、窓を開けようかと言ったくせに水上は、私の身体を強く抱きしめた。
    「……やはり、怒っているのではないか」
     黙って日記を読んだのを。
     恐る恐る水上の顔を見上げれば、瞳の青が私を飲み込もうとしているところだった。

    「無事に帰ってきてくれてよかった、……玉森」
    「たったの、一週間だ」
     それから数日、地元で記事をまとめたら、また東京へ取材に行く予定なのだ。とは、とても切り出せる雰囲気ではない。私も少し疲れていた。穏やかに見える水面の下にある、水上という男の欲に、轟々と流れる奔流に身を任せてしまえと思うほどには、疲れていたのだ。

    「もしも、玉森が……」と水上が、私の首筋に顔を埋める。
     ──ふらりと猫のようにどこかへ行ったきり、帰ってこれなくなっていたのだとしたら。と、囁いた。
     ぽつりぽつりと、温かい水が私の肩を濡らす。
    「探して、くれるか?」
     これは私のエゴで、甘えだ。
     わかっていながら、私は水上に問う。


    ***

    朗読CDの事後から(のつもり)水上くんのお話は、内田百閒の「ノラや」のオマージュっぽく作りました。
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    hana6la

    MEMO(捏造)27話28話の間くらい「さそりの火」02
    予備隊を連れて行軍演習に行く🌠くん
    2017に書いたのを書き直しています(全4話+α)
    fuego de escorpión 02(注)二次創作なので全て捏造だよ。本編の隙間話です(17000字くらい)


    【さそりの火 02 わたり鳥の標識】


     幽霊ではなく、まだ身体のある死者が通る道は、基地の改修工事が終わった後もほとんど変わらなかった。実働部隊が運んできた仲間の遺体は車両から降ろされ、袋のまま灰色のコンクリートの上を引きずられていく。所属する組織の名前が変わり、新しく墓標は出来たが墓地はない。再びフェンスの外まで連れ出された彼らは、地雷の埋まっていない場所を選んで埋められる。乾いた赤い土を掘りかえし、彼らを死体袋のまま穴へ放り込んだら、残りの土を被せて終わりだ。
     CGSにいた子供達の多くは身寄りがなく、家族のいる者でも遺体が引き取られることは滅多になかった。死体の入った黒い袋は廃棄物、動かなくなった身体は使えなくなった機械に等しい。火星を出るまで世の中には葬式というものがあり、死者を送り出すための言葉があるのを知らなかった子供は、ただ黙々と手を動かすだけだった。きっと、いつか自分も同じ道を辿る。それがいつになるか分からないが、あまり遠くない未来のように感じていた。もしも他に違う道があるのだとしたら、……子供を殴って使い走りにする一軍と同じ、つまらない大人になるのかもしれない。
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