【大泉の猫 】 ──彼の猫は、何時から其処に居たのか。何処から遣って来たのだろうか。止むに止まれぬ事情があって、押し入れの中に潜った私の傍にいる。薄暗がりのなかで、まん丸の青い眼がふたつ私を見ていた。
そこで間抜けな主人公は、にゃぁんと鳴いてみせるが、子ネコは親に鳴き方を教わっていなかったので、おおよそ猫らしからぬか細い声をあげる。
急いで書き付けて来たのだろう。家の方々から集めたらしい質の良くない紙は、ささくれていて所々に墨が滲んでいた。まるで、猫の足にでも踏まれたような有様だ。
「……知っていたのか?」と聞けば、玉森は神妙な顔つきで「やはり、そうなのか?」と答える。
彼の想像力は底なしだから、青い眼をした子ネコにも同じ能力を与えてみたというのが、この物語の真相のようだ。漱石の猫なら最後は、麦酒に酔って水瓶の中に溺れてしまうけれど、玉森の(大泉の)猫は、六月の雨水を遡って時間を行き来する。
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