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    hana6la

    かべうち別宅(詫)

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    hana6la

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    2018/06/02 log
    サイトに置いてあった博士のお誕生日に書いたお話です

    ##橋姫

    【愚かと云う徳】 僕はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる僕たちの間柄について、嘘いつわりなく、大らかに、有りのままの事実を書いてみようと思います。それは僕自身にとって忘れがたない貴い記録であるのと同時に、おそらくは唯一の読者であろう玉森君にとっても、きっと何かの役に立つときがあるかもしれません。

    (あ、いえ、……けっして老い、……まさか、君が呆けるなんてありえないです。呆ける見込みがあるのだとしたら、僕のほうが先では、……。ああ、ごめんなさい。そんなことになったら、君のお世話が焼けなくなってしまいます。どうしましょう…、来るべき時に備えて、今から研究を始めなくては……あ、続きですか。ただいま、……今から書きますね)

     考えてみると、僕たちの間柄は既にその成り立ちから変わっていました。僕が始めて今の姿の玉森くんに会ったのは、ちょうど二年と少し前のことになります。もっと言えば日付や時間まで覚えているのですが、ここは五月末の或る雨の日としましょう。とにかくその時分、玉森くんは神保町の梅鉢堂と云う少し変わった古書店で、店員をされていたのです。歳は数えで二十歳くらい、鷹揚な態度が奉公人には見えず、この界隈に多い学生、または書生のように見えました。僕は二十四になっていて、陸軍の研究所に籍を置いておりました。

    (……本名を書くのはやめて欲しいと言われてしまったので、玉森くんは玉森くんとします。実は本当の名前があるのですが、玉森くんにとっての僕が、氷川喜重郎ではなく博士であるように、僕にとっても玉森くんは玉森くんなのです)

     当時、梅鉢堂には別の事情があり出かけたのですが、僕の足元へ落ちてきた一枚の原稿用紙が事象の地平面であったのかもしれません。そのとき、僕は玉森くんの書く物語に出会ってしまったのです。子どもの頃より、ずっと探し続けていたお話の続きは、発行された書物の棚にはなく古書店屋の床にありました。一枚、一枚、玉森くんの書き上げた原稿を拾い読みする毎に、予感は確信に変わっていったのです。

     ああ、この人は──
     僕の探していた人ではないか、と。

    (君はまだ、僕の考え違いと云うのでしょうが、それは半分正しく半分間違っています。
     玉森くんは、 quantum entanglementという量子力学の言葉をご存知でしょうか。
     観測者が事象を確認するまで、事実は確定されないのです。実存と不在の間で揺れている。これは量子のゆらぎ、観測問題と呼ばれ、アインシュタイン博士の解釈に一石を投げかけています、……あ、あっ、……、今のお話、わかりにくかったですか。つい、うっかりと何でも難しく考えてしまう癖があるのです。……な、なるほど。小説には、語らずにおくべき部分があるのですね。では、ここは削って……)

     それからの僕は、どうやったら玉森くんとお話が出来るかばかりを考えていました。なにしろ、玉森くんは店に客が這入って来ても気が付かず、珠に顔を上げているなと思えば、心は別の場所へ出かけてしまっているような始末だったのです。とにかく僕は、玉森くんに振り向いて貰おうと必死でした。予めレジスターに細工しておくなど、浅ましい努力も欠かしません。

     たいそう困った顔で玉森くんが「見テクレナイカ?」と、僕に話しかけてくれたときは、天にも昇る心地がしました。玉森くんの声が僕を呼んでいる。首尾よく目的にこぎ着けたというより、ようやく僕という存在を見つけてくれたことが、たまらく嬉しかったのです。

     梅鉢堂のレジスターは、アメリカ製で全てがアルファベットで書かれています。レシートに打ち出されるのも英文でしょう。単位も圓ではなく$のため、実際に使われているのは、お金を入れる引き出しだけでした。酔狂な店主が見つけてきたのだと聞き、僕は過去に同様の機械を分解(ばら)したことがあるのを玉森くんには黙っていました。

    「直りましたよ」と呼びかければ
    「どうも」とそっけない返事がありました。

     レジスターが壊れたのは僕の所為ですから、玉森くんの不機嫌な様子は仕方がありません。お礼もないのは当たり前だと、会計の済んだ本を五冊頂きました。少なくとも僕は、玉森くんとお話をする目的を果たし満足していましたから、その先の出来事について全く予想していなかったのです。

    「ああ、あなた」
     よもや、呼び止められようとは。

     びっくりして足を止めた僕に玉森くんは、もう一度「そこの、あなたです」と呼んでくれました。梅鉢堂には僕以外の客はいません。呼ばれているのは間違いなく、この僕です。

    「忘れものです」
     どうぞと、玉森くんは僕の前に握った右手を差し出しました。買った本は全部で五冊です。それもすぐに鞄へ入れました。お財布も懐のポケットに入っているのです。おつりの渡し間違いくらいしか疑いようのなく、……けれど、僕の目の前で玉森くんの手が開いたとき、僕のささやかな悪事は玉森くんに見抜かれていたのです。

    「これ、あなたの、ですよね?」
     違イマスカ? と僕に問う玉森くんの手には、先ほど引き出しの中につっかえていた針金が鎮座しておりました。まっすぐ見据える青い瞳に、僕の背中はゾクゾクと震えだします。それだけではなく、あろうことか僕の股間はムズムズと形を変えてしまったようです。恥を忍んで告白いたしますと、このとき僕は勃起していました。

    「な、なにが望みです?」
     とっさに出てきた言葉を僕は呪いました。
     見返りを求めていたわけではないのです。ただ純粋に僕は玉森くんとお話がしたかっただけで、悪戯で恩を売るような真似をしたくはなかった。けれど、今は美しい青い瞳に脅迫を受けている……。

    「では、カルスピの大瓶を一本、いえ三本、差し入れてください。それで結構」
    「そんなことで、よろしいのですか?」
    「カルスピの大瓶を三本ですよ? 断ったとして、あなたに非はないでしょう」
    「いえ、そうではなくて。また、こちらにお邪魔しても良いのですか?」

     一本づつお届けするなら、僕は三日、梅鉢堂に通い玉森くんの顔を見られます。それが悪戯に対する取引条件なら、玉森くんよりも僕にとって好都合なのですが。必ずですよと念を押されて、玉森くんに答える僕の声は、変なふうに上ずっていたかもしれません。

     まだ僕が騙されているのだと思うのであれば、どうか笑ってください。そうでなければ、ひどく罵ってください。この日をきっかけに僕は、玉森くんに百本を超えるカルスピを差し入れ、途切れる間もなく親友という間柄は続いていくのです。


     ──たぶん、これは今の玉森くんが知らない話でしょう。
     あの美しい青い目は半分、僕のものになりましたから。知っています。だから、打ち明ける代わりに書いておこうと思いました。僕たちの語らない嘘が、いつか互いの首を締めてしまわないように。

    「今日は、ここまでにします」
     僕は筆を置きました。
     同時に隣から「笑えばいいでしょうか?」と。
     途中から、ずっと黙っていた玉森くんが僕に尋ねます。

     僕は用意していた答えを少しだけ温めてから、玉森くんへ「笑ってください」と口にします。騙されているのは、君のほうです。都合のいいように利用していたのは、僕も同じか、君以上であるのに。でも優しい君は僕を騙しているふりをして、いつものように「にゃはは」と笑ってくれるのでした。


    ***

    エンディング後、レジスターの一件を告白する博士のお話です。谷崎潤一郎の「痴人の愛」のオマージュ、……博士にお似合いでは???
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    hana6la

    MEMO(捏造)27話28話の間くらい「さそりの火」02
    予備隊を連れて行軍演習に行く🌠くん
    2017に書いたのを書き直しています(全4話+α)
    fuego de escorpión 02(注)二次創作なので全て捏造だよ。本編の隙間話です(17000字くらい)


    【さそりの火 02 わたり鳥の標識】


     幽霊ではなく、まだ身体のある死者が通る道は、基地の改修工事が終わった後もほとんど変わらなかった。実働部隊が運んできた仲間の遺体は車両から降ろされ、袋のまま灰色のコンクリートの上を引きずられていく。所属する組織の名前が変わり、新しく墓標は出来たが墓地はない。再びフェンスの外まで連れ出された彼らは、地雷の埋まっていない場所を選んで埋められる。乾いた赤い土を掘りかえし、彼らを死体袋のまま穴へ放り込んだら、残りの土を被せて終わりだ。
     CGSにいた子供達の多くは身寄りがなく、家族のいる者でも遺体が引き取られることは滅多になかった。死体の入った黒い袋は廃棄物、動かなくなった身体は使えなくなった機械に等しい。火星を出るまで世の中には葬式というものがあり、死者を送り出すための言葉があるのを知らなかった子供は、ただ黙々と手を動かすだけだった。きっと、いつか自分も同じ道を辿る。それがいつになるか分からないが、あまり遠くない未来のように感じていた。もしも他に違う道があるのだとしたら、……子供を殴って使い走りにする一軍と同じ、つまらない大人になるのかもしれない。
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