何かの終わりと始まりとE
会えるかもしれない、と思った。
触れたコインが、金属なのにほんのり温かく感じたから。
若干の着替えと食料とをつめた荷物は、武器となる機械類と剣のおかげでかなりの量になっていた。
旅の準備を整えて、横になったベッドで目を閉じる。
顔を思い浮かべて、それが10年前の姿のままなのが当然なのに不思議な感じだった。
今どうしているのだろう。
別れの前の最後の表情は、泣きそうな顔で、でも無理やり笑顔を作っていた。
「ロニ……」と言った後につぶやいた言葉は耳に届かなくて、でもすぐに背を向けて走り出した弟に、聞き返すことができなかった。
でも、あの時も絶対にまたいつか会えるとそう思ったから、呼びとめなかった。
その背中に背負った荷物は、とても小さく。
でも、愛用していたマグカップは詰めていったんだったなと思いだす。
慌てていたからか、それはお揃いの自分の方のカップだったけれど。
おもわずあの時のようにくすりと笑ってしまった。
今から出る旅で、会えたらあの時の言葉を聞こう。
そして、マグカップを返してもらおうか。
M
今はいない師匠の小屋をぐるっと見回す。
仇になってしまった兄弟子を追う前だというのに、すでに毎朝の日課となっていた小屋の掃除をして、いつものようにポットに湯を注いでいる自分がなんだか不思議だった。
ふと暦に目を止める。
月日ではなく年が目に入って、「もう10年……」とつぶやいていた。
フィガロ王が、父ではなくロニになってからもうすぐ10年になる。
兄の、というよりもフィガロ王の話はいろいろ聞こえていた。
当初多かった若さへの不安は次第に減り、それ以上の期待と信頼がフィガロの民の中にすでにあった。
誇らしくもあり、いまだに続く対帝国相手の緊張感に自分だったらどうなっていただろうかと汗をかく。
サウスフィガロにも何度も来ていたから、遠くからでも覗き見ることは可能だったけれどそれは、ぐっと我慢して10年。
目を閉じて想像する兄の姿は、あのころのまま。
笑顔で気丈に「行ってこい」と言いながら、その後に続いた「レネ」という言葉は震えていた。
食器棚の奥の奥から、当時持ち出して、ずっと置いてもらっているカップを取りだす。
フキンでさっと拭いて、抽出された紅茶を注ぐ。
兄離れする気なんてないけれど、やっぱりできそうもないな。
それに口をつけて飲んで、兄の温かさ勇気をいただいて。
よし、いくぞと立ちあがった。
E
「好きだよ、兄貴」と言われ
「俺もだ、愛してるよ、マッシュ」と笑って返した。
ロックが驚いたように目を丸くする。
ティナが「愛……」とつぶやいた
再会を果たしたのはコルツ山奥。
山の麓の小屋でマッシュの形跡を感じていた。
花、茶、そしてカップ。弟がここにいる。その証拠がそろっている。
今は留守のようだが、ここで待っていれば会うことができるかもしれない。
足が止まる。
どきんと鼓動が高く鳴る。
「エドガー?」と先を行くロックが振り返りながら首をかしげる。
その隣でティナもまたロックとともに進もうとしている。
「あぁ、すまない。今行く」
今はリターナー本部に一刻も早く向かわなければならない。
帝国の使者であるケフカを返り討ちにしているのだ。
反撃の狼煙はきられている。
歩みを止めてはいけない。それが弟の足跡であろうとも。
「……マッシュがここに?」
それでも言葉に出てしまう。出さずにいられない。弟の名に熱がこもる。
弟はコルツの山にいる。
目的地と弟の行方が重なっている。
会えるかもしれない。
高揚する気持ちを深く息を吸って落ち着ける。
弟は修行僧をやっているという。
その師匠の仇を取ろうとしているというのだ。
『帝国やつら、許さない』あの日の弟の目を思い出す。
悲しみと辛さと奥底に強い意志を感じたあの瞳。
青い炎。
あのまま弟と帝国を相対させたら、弟は感情を爆発させてしまう。
一度火が付いたら、それを止めることは自分にはできない。
守りたいと思った。
だからコインを使った。父の両表のコインを。
「マッシュの手のものか?」
その大男は弟の愛称をいとも簡単に口に出した。
マッシュ、マッシュ。
お前はその名前でいたんだな。
頬が緩んでしまうのを必死で抑えた。
M
再会を果たしたのは、コルツの山奥だった。
ダンカン師匠の仇を討つため、コルツに向けて足を進めようとした時だった。
「帝国が兵器に乗ってフィガロに乗り込んできた!」
サウスフィガロから来た顔なじみの行商人がノックもせずに現れた。
「ダンカンは? すぐにサウスフィガロに」
「待ってくれ。なんで急に帝国が」
兄は? 兄は大丈夫なのか。
兄弟子への怒りとも悲しみともいえる感情が高ぶりすぎないよう、修行で身に着けた精神力でなんとか落ち着かせていた鼓動が早くなる。
「分からない。前日に王が帝国の使者を追い返したらしいが、動く兵器が砂漠を超えるのを見たものがいるって」
どうする。どうする。
兄のもとに今すぐ駆け付けるべきか。
それとも兄弟子を追って師匠の死の真相を聞くべきか。
『行ってこい』
フィガロ城で兄が言った言葉がよみがえる。
どきんと鼓動が鳴る。
兄ならきっとこの場も乗り越える。
城は地中に潜ることができるのだ。
今から駆けつけたところで潜ってしまった城を前にしてはなにもできない。
歯がゆい思いをしたあの時と同じ。
「それでダンカンは? 息子のバルガスでもいい」
「……師匠はいない。殺された。バルガスも……いない」
「それはどうしたことだ。奥方は知っているのか?」
「まだ、知らないと思う。俺はバルガスを探すから、このことを奥方様に伝えてほしい」
兄から自由をもらった。
その自由の先にまた継承争いが待っていたなんて皮肉でしかない。
決着をつけないといけない。
今度は自分の手で。
バルガスを退けた後、俺たちは再会を果たした。
「好きだよ、兄貴」と俺は言った。
「俺もだ。愛してるよ、マッシュ」と笑顔で返された。
ロックと名乗った男が驚いたように目を丸くする。
ティナと言う少女が「愛……」とつぶやく。
兄に「来てくれるのか?」と問われて嬉しかったから、高揚する気持ちのまま告白した。
10年間分の、いやそれ以前からの想いを。
ぎゅっと抱きしめられ後、ポンポンと背中をあやすようにたたかれる。
「それにしても、大きくなったな。なにを食べた」
兄が目線をあげながら、あっけらかんと言う。
「えっと山で狩った熊とか、野草とか。鍋で調理して」
「マッシュ。お前が作るのか? すごいな。今度作ってくれ」
兄がキラキラと目を輝かせ無邪気に話す。
「それはかまわないけど」
「よし、ロック。今日の夕飯はマッシュが作ってくれるぞ」
「……あぁ、そりゃ助かる」
ロックが一呼吸おいてから、兄に返答を返す。
「兄貴……好きだよ」
「あぁ、俺もだよ。夕飯楽しみにしてる」
もう一度告白するものの、これは完全に兄弟としての『好き』だと思われている……。
それでも、今はいいか。
兄と再会できたのだ。
もう一度兄を抱きしめて、夕飯を何にしたものかと頭を巡らせた。
E
弟から「好き」と告白された。
即座に「愛してる」と返した。
10年間分の想いを、いやそれ以前からの想いをのせて。
ぎゅっと抱きしめる。
10年前では考えられないほど厚くなった胸板。
背丈は自分を超えている。
たのもしいとそう思った。
『俺の技もお役にたてるかい?』とそう言った弟が愛おしくて仕方なく、キスしたい気持ちを抑えて同行を聞けば、師匠のことを持ち出して了承してくれた。
あぁそうだ。
弟は今まだ傷心しているはずだ。
師匠と兄弟子を失って混乱をしているはずだ。
背中をポンポンとたたく。
幼いころと同じように。
弟をあやす兄に今はなろう。
「兄貴……好きだよ」
もう一度、弟から告白される。
心が弾んで仕方がないのを抑えて、弟の夕飯に頭を巡らせる。
事態が逼迫していることには変わりない。
なのに、弟がいるというだけでなんと心が軽くなるものか。
いつか、この気持ちを弟にちゃんと伝えたい。
なにかの終わりと始まりと
双子が想いをきちんと伝えあい恋人になるまで、あと少し