Meteor Shower 誕生日話2M
今日は特別な日だから。
だから、きっと時がお祝いしてくれたんだ。
「兄貴、誕生日おめでとう」
そう言うと目の前の彼は困ったように眉を寄せる。
彼が飲んでいるアルコールのグラスに映りこんでいる髪の色は鈍色で、慣れ親しんだハニーブロンドからはほど遠い。束ねている髪留めもキャメルの革紐だ。
どこで手に入れたんだろう、ブラウンを基調としたシャツは胸元をくつろげていて、旅装束とはいってもきちんと着こなしをしていた10年ぶりの再会時とも違う驚きを感じていてはいた。
「さっきも言ったが、俺はお前の兄貴でもないし、今日が誕生日でもないんだが」
それでも俺に向けた瞳は、俺と同じ色をしている。
良く通る芯の通った声は、否定の言葉をのせながらも弾んだ響きで答えたられた。
「言ってないよ。兄貴が言ったのは、『あらくれもののジェフだ』だから」
「そうだ、俺は生まれた時からあらくれもののジェフだ」
長い髪の中ほどから毛先にかけて、左の指先でくるくると巻き付けている。
兄貴が小さいころから、なにかしらを企んでいるときの癖だ。
そういえば、誕生日の前日に城から抜け出してチョコボでオアシスまで駆けたこともあった。二人で1尾のチョコボに乗って、砂漠越え用の大きなマントを頭からすっぽりかぶって。
「うん。生まれた時から俺の兄貴は割とあらくれものだよ」
「生まれた時から?」
いつも一緒だった17年間。離れ離れだった10年間。
王になった兄が、帝国との同盟を綱渡りしながら、民とともに前を向いて進んでいる様子を修行しながら耳にしていた。
それでも自分の実力は、まだ兄の前に立つには足りないからと修行を続けた。
誕生日。フィガロは、サウスフィガロは賑わっていると聞いた。
王を慕う民が、城の兵士が、王を祝って杯を掲げていると聞いた。
片割れのいない誕生日。
兄に会えない寂しい気持ちと、兄が王として基盤を確固したものにしたことを喜ぶ気持ち。
特に父の姿を彷彿とさせるという兄の評判は胸を弾ませる。
同時に一緒におらず傍らで歩むことができなかった自分の弱さと背中を押してくれた兄の優しさに胸を締め付けられた。
「だって双子だもん」
彼の手下たちがさっきっから聞き耳を立てているので、彼らを見ながら、似てるだろうと己の顔と彼の顔を交互に指さす。
とは言え、自分のあごには兄に会うまでの願掛けをかけてコルツで再会した時と同じぐらいの長さの髭があったから、四方からも笑いが起こった。
『兄貴って兄貴分ってことじゃないのか~』
『ボスの双子にしては、ごつすぎるぞ。面白いなお前。一緒に飲もうぜ』
気が付くとコップを渡されて麦酒が並々と注がれていた。
その様子を見て、彼もこらえていた笑みを開放した。
「じゃあ、お前は今日が誕生日なんだな」
「うん。だからちょっと付き合って」
彼のまだ度数の高いストレートの酒が残っているグラスに自分のグラスをカチンと合わせた後、一気に麦酒を煽る。彼も同意したとばかりに、残りをすべて嚥下した。
酒場を後にする俺に、彼はついてきてくれた。
おまえら、ほどほどにしておけよと、部下たちを酒場に置いて。
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今日は特別な日だから
だからきっと、時がお祝いしてくれたんだ。
「どこへ行く?」
そう問うと振り返った彼は嬉しそうに柳眉を下げる。
昼に再開した時、懐かしいハニーブロンドが茜色の空の下でも輝いて見えた。
コルツで再会した時にのばしていた驚いた髭。一緒に過ごした旅の間はきれいに剃っていた髭が、あの時ぐらい伸びている。
「港」
振り向いて俺に向けた瞳は暗闇でも俺と同じ色をしている。
自分よりも低くなった低温の響く声が、単語を明るく伝えてくる。
「なにもないぞ」
「船は兄貴たちが貸し切ってるものね。知ってる」
「じゃあ……なぜ」
彼は右手をほほにあて、わずかに首をかしげた。俺はまだ何かを忘れているだろうか?
兄貴なら分かってると思うけど、あれ? と彼が感じているときにする癖だ。
誕生日は確かに忘れていた。生き埋めになっている城の民のことを考えると、月や日は重要ではなく、事が生じた日から何日経過しているのかが、最重要だったから。
「町中より空が開けてるから、星がみられるかなって」
「星?」
「そう、流れ星」
あぁ、そういえば俺たちの誕生日前後は流れ星が多いことで有名だった。
星が流れる間に願い事を唱えると、願いが叶うという吉兆と、星が落ちるという凶事としての側面を併せ持つ流れ星。俺たちが生まれた時には、母の命の灯が消えたこともあり、フィガロの王妃の魂は星が奪って運んでいってしまったのだという悲しい言葉もささやかれたという。
それでも俺たち双子にとっては、お城で見上げた空に広がる満天の星の間を流れる一瞬の輝きはとても神秘的で、二人で部屋のバルコニーから空を見上げて誕生日までの日にちを数えていたものだ。夜の砂漠越えに用いるマントを一枚拝借し、二人で体に巻き付けながら。
我らに自由を。二人で世界を回ろう、と。
そういえば、王を継ぎ一人で生誕祭を迎えるようになってから、流れ星を見るために空を見上げることはなかった。王の仕事に精一杯だったのも理由の大半をしめるが、それ以上に星に願いをかけてしまうのを、それが叶ってしまうのを恐れたのだ。
どうか、弟が無事でありますように、と願うのは当然だ。心からの願いであり偽りではない。
どうか、弟がなににも束縛されることなく、自由に進めますように、と続けて願いたかった。
どうか、弟とまた会えますように。そして、ともに歩める日が来ますように、と願ってしまいそうな自分が怖かった。
「お前は何を願う?」
彼は、城を出てから流れ星に願いをかけたことはあったのだろうか? 自由を手にした彼が願うのはどんなことなのか。
おいしいクルミが手に入りますように、でも良い。
明日晴れますように、でも良い。
世界が平和でありますように、もあるだろうが、
そこに彼の自由を損なうものが入っていない方が望ましい……。
しかし、それは自分の本質の願いとは乖離が生じるから、やはり叶って欲しくなく、流れ星は自分にとっては結局凶事なのかもしれない。
「ジェフは?」
「えっ……」
さんざん自分がジェフだと言い張っておきながら、2人だけになったというのに、彼にジェフと言われて虚をつかれ、苦い思考が霧散する。
彼はまたほほに右手を添えて、小指でひげをはじいてから、背中にかけていたカバンの中からきちんと折りたたまれた砂漠越え用のマントを取り出した。
「『ジェフ』は何を願う?」
一枚のマントで覆われるには大きくなりすぎた二人だ。
近づいて向かい合っても、マントを斜めにしたり、横にしても肩が出てしまう。
無言でお互い試行錯誤をしながら、気が付けば二人とも腹を抱えて笑っていた。
あの頃にはもう俺も彼も戻れない。
今の俺はフィガロの宝を狙っている盗賊の頭のジェフなのだ。
その実、地下から浮上できない、生命の危険すらある民たちをなんとか助け出すために、なんでもしてやろうとしているフィガロの王なのだ。
「夢をみたい」
空を飛ぶ船を作るという幼い頃の夢ではなく。
「どんな夢?」
あの頃よりも低い声。落ち着いた頼りがいのある声で弟が問うが、その答えはまだ持ち合わせていない。
まずは目の前の危機を乗り切る。夢はたぶんこの弟と旅を続けるうちにまたみられるはずだから。
「最近睡眠が浅いからな」
「……そっちの?」
露骨に話をそらされ、弟が大げさにため息をつく。
その仕草がおかしくて、また笑いがこみ上げてきた。
だから、
「……今は」
「今は?」
笑って潤んだ瞳からこぼれそうになった滴を指で拭う。
彼も同じような仕草で目をこすっている。
「すべてを。手放したすべてをこの手に」
昔の物語で読んだ冒険譚での悪役が宣言するかのように、片方の頬だけを上げて、ニヤリと笑いながら声にだした。気が付けば左手は髪をカールさせるように巻き付けていた。
先ほどの酒場にあったような酒をいれた大きなグラスを右手で転がせたらさらに様になったことだろう。
どうだとばかりに彼をみると、うんと力強くうなずいてくれた。
M
結局二人で横並びにしゃがんで、膝にマントをかけた。肩と肩が触れ合い温かい。
見上げると空に星が輝いている。茜色に染まった昼の空よりも夜空の方が崩壊前と変わらなくて、落ち着く。
こうしてまた兄と二人で星を眺められるのがうれしい。しかも今日は誕生日なのだ、
兄と一緒に誕生日を過ごしているのだ。
「そうだ。その中に俺は入ってる?」
昼に再会したときも、店で飲んでいるときも、兄はジェフとして他人行儀な態度をくずさないまま、ジェフとしての自分を楽しんでいるようだった。
流れ星の話を始めた時、どこか遠くをみるような寂し気な表情が垣間見えた。
その表情をみたのは、あのコインを投げる前。俺がわがままを言った時ぐらいだったから。
兄は『ジェフ』でいたいのかなという考えが浮かんだ。
あの日、兄が勝っていたら、兄は本当にジェフになっていたかもしれない。
だから、『ジェフは?』と問いかけたのだ。
そうしたら、設定もあるにも関わらず、兄はかなり驚いたようで早い瞬きが続けて二回返してくるから、完全に幼い頃から兄貴がみせる癖がでてしまっているよと声には出さず、あの頃の夜のように、星降る夜のお供のマントを取り出すことにして、結局収まり切れないほど成長していたお互いに大笑いしたんだ。
『夢をみたい』と兄貴は言った。『手放したものを取り戻す』とジェフは言った。
手放したものは、王と引き換えにした自由も入っているのかな。
あの時飛び出した自分も入っているのかな。
ふとしたその考えを聞いてみる。
「入っている……わけない」
「そっか」
「手放した弟など俺にはいない」
それはジェフとしての設定なのか、それとも。視線は空へと外される。
「あっ」「あっ」
同時に声が出た。
兄貴の視線の先から頭上にむけて星が流れる。青白い光が長く尾を引いて。
「兄貴の一番近くで、兄貴の願いごとを叶えられますように!」
「良き夢を…… と、共に……」
自分の願い事の声が大きすぎて、兄貴の願い事の肝心の部分が聞き取れなかったけれど、
「さぁ、願い事もしたところで、そろそろ俺は戻る。どうしてもついてきたいのならば、今日のうちに船に乗り込んでおけ。誕生日に免じて見逃してやろう」と言った兄貴がこらえきれずに笑っていたのでよしとする。
「兄貴、ありがとう。誕生日おめでとう、エドガー」
「あらくれ者のジェフなのを忘れないでくれよ。…マシアス、誕生日おめでとう」
普段あまり呼ばないファーストネームで呼び合って誕生日の夜に兄貴と別れた。
ジェフから兄貴にもどったら、この晩の特別な夜の願い事のことを聞いてみよう。
なかなか話してくれはしなそうだけど。
きっといつか、時と願いが応援してくれるはずだ。