回復の泉 誕生日話1朝から太陽が輝いていて、とても眩しい。
歩いてきた砂漠も、光を反射して、目を焼いていた。
だから、洞窟に入った瞬間視界は暗闇に包まれた。
瞬きを数回して、目が慣れるのをまつ。
いまではすっかりと慣れてしまった角度で横を少し見上げれば、陰で表情は見えないものの、こちらを見ている姿がある。
その影が半歩近づいたかと思うと、手を差し出された。
せっかくなので、その手をつないで歩みを進める。
歩きながらも、じっとその陰になっている横顔を見ていたら、照れたようにこちらに笑いかけてくる弟の顔がだんだんはっきりとしてきた。
あぁ、暗いから視線の先はわからないかなと思っていたが、マッシュの方がずいぶんと先に目が慣れていたようで、見つめていたのに気が付いていたようだ。
「足元見てないと危ないよ」
「そうだね。よろしく」
離すつもりはないんだと指の力を強めたら、それ以上に強く握り返された。
「じゃあ、ゆっくり行こう」
歩みを進めていく。
とても心地いい。自然と頬が緩んだ。
今日はずっとこんな感じだ。
隣にマッシュがいるのが今日ほど嬉し日はないだろう。
ここ数年の誕生日は、王として充分に祝ってもらってはいても、一人だという実感がわいてしまう日だった。結局のところさみしさがやはり大きかった。
特にこの洞窟での儀式は……。
サウスフィガロへと続くこの洞窟には泉がある。
フィガロ方面からはすぐのところ。湧き出る地下水は澄んでいて砂漠越えの疲れを癒してくれる。サウスフィガロから来た民にはこれから挑む砂漠への力をくれる。
建国の時から慕われ大切にされてきた泉だ。
国王は生誕日に、この泉へと足を運ぶ。
そこで、血縁者や配偶者からこの日を祝って泉の水を注がれ受け取るのだ。
本来は……である。
国王になって、一人でやってきたその儀式にマッシュが立ち会ってくれることがうれしくて仕方がない。
「そういえば、小さいときは父上に手を引いてもらったっけ」
「そうそう、両手をふさいじゃってたね、俺たちで」
「二人ですべってつまづいて」
「すっごくあわててたよね。怪我してないかって」
くすくすと笑いがこみあげてきた。
ぼおっとした灯が見えてきた。もうすぐ泉につく。
「俺、やり方覚えてるかな?」
ちょっと不安そうにマッシュが言う。
「体が覚えてるよ。きっとね。さっきみたいに思い出す」
「そうだね」
そう、大切な思い出だから、きっと。
すぐにあのころのように。
とてもスムーズにマッシュは祈りを行い、清めた手で水を掬った。
後で聞けば、やはり父上のことを思い出しながらできたという。
隣に兄貴がいないかったからちょっと変な感じだったけどねといいながら。
緊張したのは自分の方が上だったかもしれない。
やはり父上のことを思い出しながら、マッシュが掬った水を受け取る。
手で器を作って、1滴でも無駄にしないように。
あぁ、うけとりきれるだろうか。マッシュの手の方がほんの少しではあるが大きいから。
それに少し温かい。泉は冷たく心地好いのに、まろやかで温もりを感じる。
マッシュの手を介するだけで、いままでとずいぶん違う。
上に抱えて祈りをささげ、唇に軽く触れさせた後で、碧いガラス瓶に水を移す。
繰り返すこと、三回で必要な分が貯まってしまった。
もっと続けたかったなという気持ちでマッシュをみれば同じような表情を浮かべてこちらを見たあとに、
「また来年だね」
と小声でつぶやいたのが聞こえた。
「あぁ、また来年」
来た道を引き換えすと、ひときわ明るい青の洞窟の出口。
ジリジリと熱を増す太陽はずいぶんと上空に。
見上げて今度は眩しさに視界を奪われた。
「おめでとう、マッシュ」
「兄貴も、おめでとう」
それ以上に輝いているマッシュの表情に、今日、すでに何度目かの祝いの言葉を贈りあった。