純愛メタモルフォーゼ 届いたメッセージにはたった一言、たすけて、とだけ綴られていて。常にない簡潔さに嫌な予感を覚えた星は、一緒に送られてきた位置情報が示す場所へと急いで駆け付けた。
救援要請の送り主が所有するセーフハウスのひとつ。小屋、と呼んで差し支えない大きさのそこは、入り口のドアを開けさえすればひとつしかない部屋の全貌が見渡せる。目的の人物は、部屋の隅に据えられたベッドの上に座り込んでいた。肩からブランケットを羽織り、それで包むようにして自分の体を抱きしめている。両目からはボロボロと涙がこぼれ、ブランケットの端をびしょびしょに濡らしていた。
「サンポ……?」
思わず疑問系になったのは、その人のそんな姿が珍しかったからではない。それが本当にサンポなのかどうか確信が持てなかったからだ。何しろ今の「彼」ときたら、短かったはずの髪は肩の下まで伸び、体も全体的にいつもより小さくラインが丸みを帯びている。極め付けに、胸が大きかった。元々の雄っぱいも中々のものだったとは思うが、今はそれとは次元が違う。男性ではありえない嵩高さで、二つの膨らみが夜着のシャツをはち切れそうなほどに押し上げていた。
とはいえサンポから送られた位置情報が示すサンポのセーフハウスにサンポと同じ色の髪と目を持つ人間がいる以上、それがサンポだと判断するのが妥当だろう。たとえそれが、どこからどう見ても女性であったとしても。
何より、星の存在に気づいた瞬間に見せた瞳の揺らぎも、縋るように口にした星の名の呼び方も、それが紛れもなくサンポ本人であると告げていた。その確信が持てた瞬間、星はおざなりにドアを閉まる方へと押しやり、サンポへ駆け寄ってその顎を掬い上げ、唇を合わせていた。
「……っふ、ん……」
角度を変えて幾度も唇を落とし、触れるだけの口付けを繰り返す。ふっくらと柔らかくて、それでいて確かな弾力のあるその感触はたまらなく星を夢中にさせた。戸惑うように微かに震える唇を舌先で何度かノックし、やがておずおずと開かれたそこにするりと舌を滑り込ませる。
(ちっちゃい……)
いつもの、星の拳なら丸ごと入りそうな大きな口とは何もかもが違う。指の二、三本で一杯になってしまいそうな口腔も、絡め取った舌もすべてが小さく、少しでも力加減を間違えたらあっけなく壊してしまいそうだった。元より、快感以外の理由で泣いている恋人を乱暴に扱う趣味があるわけでもない。ゆっくりと慰撫するような動きだけに留めて、涙が止まったのを見届けたらすぐに口を離した。途中、うっかりたわわな果実に手を伸ばしそうになったくらいはご愛嬌だろう。実行には移していないのだから完全にセーフだ。内心の自由、バンザイ。
「な、何なんですかいきなり……」
「涙、止まったでしょ」
「……それは、まあ」
困惑するサンポに、さも始めからそれが目的だったかのように言う。本当は彼の泣き顔に煽られて衝動的に行動しただけなのだが、そこは言わぬが花というものだろう。
「何があったの」
「……分かりません。目が覚めたらこうなっていて、頭の中がぐちゃぐちゃで、涙がっ、とまら、なくて……っ!」
話しているうちにまた嗚咽を漏らし始めたサンポの頭を胸に抱き寄せれば、ほっそりとした両腕が星の背中にしがみつくように回される。
「星さん……っ」
「大丈夫、私がついてるから。今は好きなだけ泣くといいよ」
「……う、あ、あぁ……!」
とうとう声を上げて泣き出したサンポが落ち着くまで、星はずっと彼を抱きしめ続けていた。
***
この後元に戻る方法を探しだして、ナターシャに薬を作ってもらう。
あと星×にょたンポのR-18シーンとか入る。
何となく女になったときと同じセーフハウスで薬を飲む流れになって、ベッドに座って薬を用意したところでサンポの心に迷いが生じる。
***
薬の入ったビンを手に、サンポはそれ以上の身動きが取れないでいた。「飲まないの?」と聞かれて慌てて首を横に振るが、蓋を開けようとする手がどうしてもためらってしまう。
薬の出来を心配しているわけではない。ナターシャの腕は確かだ。服だって、妙に張り切った星がサンポを散々着せ替え人形にして買いそろえた女物ではなく、しっかりと男物に着替えている。準備は万端だった。もちろん、元に戻りたくないなどというつもりもない。
それでもなお躊躇するのは、この体で星に抱かれた時の記憶にじくじくと胸が痛むからだった。
あれほど強く求められたことはこれまでになかった。正直普段の星のがっつき具合も相当な物だと思うが、それがまだ手加減されていたのだとはっきり分かるほどに、サンポが女の体になってからの行為は激しかった。始めのうちは、サンポもそれを素直に喜んだのだ。たとえ体が変わっても星は変わらずに自分を愛してくれるのだと。しかし、それが次第に不安へと転じていくのにそう時間はかからなかった。
「……あなたはいいんですか、僕が男に戻ってしまっても」
「……? 当たり前でしょ。よくない理由なんかある?」
心底不思議そうに首を傾げる星の様子に、サンポは反射的にカッとなって声を荒らげていた。
「あなた本当は、女性の体の方がいいんでしょう!?」
「え」
「だってあんな、元の体だった時よりずっと……っ」
急に涙がこみ上げてきて言葉を詰まらせた。本来とは違う性別になっている影響で精神が不安定なのか、きっと一般的な女性よりもずっと涙もろくなっているのだろう。この体になってから、些細なきっかけで泣いてばかりいる。
「ここで僕が男に戻ったら、あなたはきっと他の女のところに行ってしまう……! あなたに捨てられるくらいなら、僕は今のままでいた方が、」
突然星の手が伸びてきて、サンポの手から薬ビンを取り上げた。やっぱり、という絶望感と、これで彼女を自分のところに留めて置けるという仄暗い悦びとを同時に覚え、胸がぎゅうと締め付けられるように苦しくなる。しかしそのまま廃棄なり仕舞い込まれるなりするかと思われた薬を、星は蓋を開けるなり一息にあおった。
「なにを……っ、んっ」
そのまま口づけられ、舌で唇を少々強引にこじ開けられた。そこから口移しで液体を流し込まれ、如何にも薬臭い味が口内に広がる。飲み込むまいと抵抗はしたものの、入り込んできた舌に嚥下を促すように口腔内を刺激され、薬はあっけなく喉の奥へと落ちていった。
「……ぅ、ぐっ……」
少しの苦しさと違和感と。ほんの数秒程度のそれらが過ぎた後、サンポの体はすっかり元の男のものに戻っていた。
最後にもう一度唇を落として、星の顔が離れてゆく。一緒に心まで離れていってしまうような気がして思わず引き止めるように伸ばした手はひどく甘やかな仕草で絡めとられ、なんだか途方にくれたような気分になってサンポは押し黙った。
「確かにいつもよりがっついてる自覚はあったけど……それはあんたのあんな姿が新鮮だったから、だから」
「え……?」
「いつもと違う格好とか場所とか、そういうのって興奮するでしょ」
「は」
人があれだけ真剣に悩んで、残りの人生を偽りの性別のまま生きてゆく覚悟すら決めたというのに。それをまさかのコスプレか何かのように捉えていたとは。
腹の底からこみあげてくる衝動のままに、サンポはけらけらと笑った。
「……あーあ、やっぱりあなたには敵いませんね。僕の悩みなんて、あなたにかかればみんなちっぽけな物になってしまう」
「でも今のままでもって言ってくれたのは嬉しかったな。正直ぐっと来た」
繋いだままの手にきゅっと力が込められて、星の目がサンポをまっすぐに見つめた。
「私にとっては、それがあんたでありさえすればどんな姿でも関係ないし、あんたでないならどんな姿をしてたって意味がないの。それだけは覚えておいて」
「……はい」
「ん、いい子」
ほどかれた手がするりとサンポの頭に回って、髪を撫でながら額に、頬に、唇にと顔中に口づけられる。
「……今はこっちの姿の方が新鮮になっちゃったね。いつもより手加減できないと思うけど、いい?」
「ふふ、もちろん。あなたがその気じゃなかったら、僕の方からお誘いしようかと思っていたところですよ……んっ」
噛みつくような性急なキスを受け入れて、サンポはそっと目を伏せた。