対君限定、パッシブスキル「見破る」持ち 上層部を散策していたサンポは星の姿を見掛け、いつも通りに声を掛けようとして思いとどまった。今のサンポはサンポであってサンポでない――ブルーヘア・ポサンの姿をしていたからだ。
普通に正体を明かして驚かせてもいいのだが、それよりももっと面白いことを思いついた。にんまりと笑うのは心の中だけに留めておいて、とびきり美しくほんのりと妖艶な「大人のお姉さん」の笑みを顔に乗せる。
「どうしたの、お嬢ちゃん。道に迷ったのかしら?」
睨めっこしていたスマホから顔を上げた星は、こちらを見て呆けたような表情で目を瞬かせた。その反応はサンポの悪戯心を大いにくすぐるが、満足にはまだまだ遠い。もっと楽しませてもらおうと、自然な仕草で星の隣に並んで体を密着させた。胸を星の腕に押し当てるのも忘れない。もちろん詰め物百パーセントの純偽乳だが、限りなく本物に近い感触を追求したこだわりの一品だ。
「どこに行きたいの? お姉さんが連れて行ってあげる」
「本当? 一緒に行ってくれるの?」
少し顔を赤らめながらも嬉しそうに聞く星に、サンポはますます楽しい気持ちになる。
「ええ、もちろん。こんなに可愛い子が困っているのだもの、見過ごせないわ」
「よかった。じゃあここ、案内お願いね」
そう言って星が向けてきたスマホの画面を見て、サンポは思わず固まった。表示されたマップの上、ピンが止められているその場所が、どう見ても「そういう」タイプのホテルだったからだ。
「……え、えっと、何かの間違いじゃないかしら? 本当にそんな所に行くつもりだったの?」
「ううん。たった今目的地を変更したんだよ」
「え?」
戸惑うサンポの腰に星の腕が回され、ぐいっと引き寄せられた。背伸びをした星の顔が近づき、耳元で囁かれる。
「――だって、お姉さんが一緒に行ってくれるって言うから」
「なっ……」
星は明らかに、どこの誰とも分からない女をホテルに連れ込もうとしていた――サンポという恋人がありながら。
怒りか悲しみか絶望か、自分でも正体の分からないぐちゃっとした感情に胸が押しつぶされそうになる。戦慄いた唇からはくり、と空気が漏れて、目の奥から熱いものが込み上げそうになったその時。
「いいでしょ、サンポ?」
星がにやり、と笑った。
気付かれていた。そう理解した瞬間、羞恥で全身がかぁっと熱くなる。さっきとは別の意味で泣きそうになった。
「い、いつから……!」
「最初から。声だけでサンポだって分かったし、姿見てもやっぱりサンポだったし」
そんなまさか。今までサンポの変装を見破った人間などただの一人もいなかったのに。
踊らせるつもりが踊らされていた。こんなの道化ですらない、哀れで滑稽ななり損ないだ。それはたまらなく屈辱的で――けれどそれ以上に、自分に気付いてくれたことが嬉しい、だなんて。
「……うう……」
脳が茹だりそうな熱を持て余し、どうしようもなくなったサンポは顔を覆って呻いた。そこへ酷く楽しげな星の声が降りかかる。
「ね、約束通り案内して。 着いたらお姉さんが慰めてあげるから」
顔から手を剥がされて、手の平にちゅ、と口付けを落とされて。
「だって、こんな可愛い子が困ってたら、見過ごせないもんね?」
その飛び切り美しくほんのりと妖艶な笑顔に、サンポはただ「……ふぁい」とへろへろな返事を返すのが精一杯だった。