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    tyaba122

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    case:3 ライブ会場誘拐事件 後編
    本当は一緒にXを追います!と宣言するところまで行きたかったけど無理でした。つくんが仲間になるのがどんどん遠ざかっていく…。

    黒星を追う 3-2※前回のあらすじ※

    妹の代わりに知り合いのアイドルのライブに一緒に行こうと誘われた類は、司と共にライブ会場へ向かう。本番前に挨拶がしたいという司に同行してスタッフ用の裏口から控室へ行った二人。メンバーの一人である雫と司が話していると、そこへ他の二人のメンバーがやってきた。メンバーの一人と連絡がつかなくなったと心配する二人を見て、類と司もそのメンバーを一緒に探すことに。

    なんでも大丈夫な人はどうぞ。

    ―――

    ≪本当に、これで大丈夫なんだな?≫
    そう打ち込まれたメール文を読み、返信ホームを開いた。
    ≪心配するな≫
    たった一言を打ち込んで、送信ボタンを押す。送信完了のポップを確認し、メールアドレスに使ったデータをいつもの要領で削除する。これで、馬鹿な警察に足を掴まれることもない。
    フォルダーの中に保存しているデータをUSBに移行させ、パソコン内のデータは削除する。送信したこの犯罪指示書は、もう必要ない。
    ゴミ箱の中に保存されるそれも削除しようとすれば、警告を表すポップが表示された。二度と復元できません。その文言を目で追って、【ENTER】キーをタン、と押す。
    「次も阻止できるといいな? 探偵気取りの警察官さん」

     *

    「連絡がつかなくなったのは、花里みのりさん 二十四歳。最終打ち合わせが三十分程前に終わり、それぞれ控室で準備をしていたけど、十分程前に桐谷さんが花里さんの楽屋へ行くと、すでに姿が見えなくなっていた」
    「そうです」
    「最初はトイレだと思い少し待ったが彼女は帰って来ず、その足で桃井さんの控室へ向かい事情を説明後、二人でトイレや廊下を確認しながらここに来たが見つけられない。と」
    一通り現状は把握できたかな。控室のあるこのフロアにトイレは二か所。一つは控室のすぐ近くだ。態々他の階のトイレを使う必要はないだろう。そうなると、マネージャーさんに話があって控室を出た可能性もあるけれど、二人もマネージャーさんには確認をしている。とりあえず、警察からの協力要請として、スタッフの人達にも探してもらった方がいいかもしれないね。
    「とりあえず、手分けして探してみようか。僕と司くんで一階を。桐谷さんはこのフロア、桃井さんは二階を。日野森さんは、会場の方を見てきてくれるかい?」
    「えぇ、わかったわ」
    「見つかったら、この連絡先にかけておくれ」
    僕の連絡先が書かれた名刺を彼女たちに渡し、司くんと控室を出る。とりあえず、一階に向かってみよう。先程来た道を戻りながら、一応周りを確認する。忙しなく準備を進めるスタッフ達に紛れているかもしれない。事前に見せてもらった花里さんの写真を思い返しながら、慎重に進む。けれど、一階に向かう途中の道には居なかった。
    「僕は向こうを見てくるから、司くんはそっちをお願いしていいかい?」
    「分かりました!」
    すぐに駆け出す頼もしい姿に、口角が自然と上がる。天馬くんの返事はハキハキしていて気分がいい。脳裏に浮かぶ瑞希や東雲くんとは随分な違いだ。気安い仲というのも良いけれど、少しは司くんのように元気に返してほしいものだね。なんてここに居ない部下を思いながら、僕も彼とは反対の方へ駆け出した。
    「すみません、花里さんを見かけませんでしたか?」
    「え、いや、見てないです…」
    「そうですか、ありがとうございます」
    見かけたスタッフ全員に尋ねながら、とにかく一階のフロアを探して回る。鍵の開いている部屋は極力中を覗き、片っ端から確認をした。けれど、写真で見た彼女の姿はない。
    「カイさん! こっちにはいませんでした…! 見かけたスタッフさんもいないみたいです」
    「そう…。こっちも手掛かりはなかったよ」
    気を遣って偽名で呼んでくれているのだろう、まっすぐ司くんがこちらに駆け寄ってくる。彼の方も手掛かりになるものは見つからなかった様だ。きっと、三階の控室から一階に降りてはいないということだろう。
    と、そのタイミングで、スマホが鳴りだした。知らない番号からの電話に応答すれば、先程連絡先を渡した桃井さんのようだ。
    『スタッフさん達にも聞いて回ったけど、二階にはいなかったわ』
    「そう、ありがとう」
    二階で見た人はいない、か。先程の控室で待っていて、と伝え、通話を切る。すると、すぐに別の番号から着信が来た。今度は桐谷さんからだ。やはり、三階にもいなかったらしい。
    『見かけたスタッフさんは何人かいましたけど、打ち合わせが終わったすぐ後の事なので、どこへ行ったかはわからないそうです』
    「ありがとう。桐谷さんも、控室に戻っていてくれるかい?」
    通話を切って、司くんに「僕らも一度戻ろうか」と声をかけ、階段を駆け上がる。三階に到着すると、今度は日野森さんから連絡がきた。彼女の方も、手掛かりはつかめなかったそうだ。
    (これだけ探して見つからないとしたら、もう会場の外にでてしまっているのだろうか…)
    スタッフさんに見つからないようこっそり会場を抜け出したのなら、ここまで手掛かりがない事も頷ける。けれど、メンバーの誰にも言伝を残さず、連絡手段も絶つというのは不自然だ。大切なライブの本番前なら尚更だろう。ということは、彼女の身に何かがあったと考える方がいいかもしれない。
    控室に司くんと戻れば、桐谷さんと桃井さんが不安そうな顔で待っていた。僕らの後に、少ししてから日野森さんも控室に戻ってくる。五人で探しても見つからなかったとなると、少し急いだほうがいいかもしれないね。あまり大事にはしたくないけれど、仕方ない。
    「桐谷さんは会場入り口のスタッフに中へ人を入れないよう伝えてくれるかい? ついでに、会場の外へ出ようとする人も止めてもらっておくれ」
    「え…は、はい…!」
    もうじき会場の時間になる。ライブの観客が会場内に入ると、人が多くなり余計に見つけづらくなってしまう。見つかるまで、開場時間を遅らせてもらった方がいいだろうね。それならまず、この会場の責任者に協力してもらおう。
    「桃井さんは責任者の所へ案内してくれるかい?」
    「わ、わかったわ!」
    「日野森さんは、マネージャーさんにこのことを伝えて、裏口のスタッフにも出入りを止めるよう伝えておくれ」
    「え、えぇ…」
    戸惑う日野森さんを残して、「こっちよ」と先頭を走る桃井さんについていく。まだ会場内にいるなら、僕だけでも手は打てる。人手を増やすならこの地域を管轄している警察に連絡をしたほうが良いけれど、警察を呼ぶとどうしても大事になってしまう。騒ぎが大きくなれば、場合によっては、ライブ自体が中止になりかねないからね。ただ、彼女が会場の外へ出た可能性があるなら、僕だけではどうにもできないから、すぐに警察に協力要請をしなければならないだろう。
    (ただ会場内で迷子になった、というだけならいいのだけど、もし彼女の身に危険が迫っているなら、急がないと…)
    考えたくはないけれど、自ら進んでいなくなったのではないとすれば、考えられる可能性は三つ。一つは事故で身動きが取れない状況。例えば荷物が倒れて怪我をしたり、頭を強く打ち気を失っている、という場合もある。その場合は一刻も早く見つけて適切な処置が必要だ。二つ目は、何者かに攫われ、会場外に移動、もしくは監禁されている状況。鍵のかかっていない部屋は探したから、マスターキーを借りて鍵のかかっている部屋を含めた全室を探す必要がある。それに、人を一人運ぶとしたら、移動手段も考慮して考えないと。三つ目は、あまり考えたくはないけれど、何者かに殺害されてしまった、という可能性もなくはない。
    (会場の入り口からはまだ一般客の出入りは出来ない。スタッフ専用の入り口は、警備員の目がある)
    司くんとここに入る時、警備員に止められた。関係者以外が無理やり入ろうとしても、スタッフに止められるだろう。だとすると、誘拐、もしくは殺人の場合、関係者の中に犯人がいる可能性が高い。
    「まずは、もう一度スタッフさん達に詳しく聞いて回る必要があるね。彼女だけでなく、変わった事や不審人物がいなかったかどうかも聞けば、何か手掛かりを得られるかもしれない」
    今は情報が少なすぎる。些細な事でも良いから、何か見つけないと探しようがない。まだ事故の可能性も残っているから、手の空いているスタッフさんに協力してもらうのが良いだろうね。
    「それなら、二手に分かれましょうか。カイさんはこのまま行ってください! オレは、一階にいるスタッフから聞いてみます!」
    「…そうだね、よろしく頼むよ、司くん」
    無意識に考えていた事が声に出てしまっていたようだ。僕の言葉を聞いて、司くんが迷わずそう言ってくれた。率先して協力してくれる彼は、かなり頼りになるね。すぐに階段を駆け下りて一階へ向かう彼の背中を目で見送り、桃井さんの案内で責任者の元へ向かった。
    手短に事情を説明すれば、二つ返事でスタッフに協力の要請をしてくれると言ってもらえた。念のために、会場からの出入りも塞いでもらうよう伝えれば、すぐに実行してくれた。出入口を封鎖できれば、犯人を逃がさずに済むかもしれない。
    (と言っても、姿が見えなくなってからかなり時間が経ってしまっているから、すでに会場をでている可能性もある…)
    スタッフさんにも各フロアの捜索をお願いし、すぐに動いてもらった。これだけの人数がいれば、すぐに全室を確認できるはずだ。念のため、普段から鍵がかかっている部屋も確認してもらうよう伝え、スマホを出す。探し始めてから三十分以上経っている。最終打ち合わせが終わったのは一時間以上前となると、十分会場の外に出るのは可能だ。
    「すみません、防犯カメラの映像を確認する事は出来ますか?」
    「は、はい…!」
    別室にある部屋や案内され、いくつものモニターに会場内の映像が流れている。指示通り、スタッフさんたちが探してくれているようだ。その中に司くんの姿もあり、こちらへ戻ってくる途中の様だった。スマホのメッセージアプリで彼に僕が今いる部屋を送り、スタッフさんに「すみません」と声をかける。
    「あのモニターの映像は、駐車場ですか?」
    「はい。地下にある駐車場の映像です」
    モニターは全部で六つ。会場に二つ、客席、控室前の廊下、地下駐車場、ロビー、それぞれ映っている者が違う。会場と客席は会場前で誰もいない。端っこのモニターに映し出された薄暗い駐車場には、車が何台か停まっている。人はいないようで、画面内には動く影もない。
    「あの駐車場へは、会場内から出入りできますか?」
    「出来ますが、万が一不審者が入らないよう、今は会場内へ繋がる階段の扉は鍵がかかっていると思います」
    「鍵はどこに?」
    「暗証番号なので、鍵はありません。番号は関係者以外には教えていないので、一般客は出入りできないはずです」
    外部犯が会場内に入ることは出来ない、という事か。けれど、スタッフさんなら暗証番号を知っているから出入りが可能。スタッフさんが手引きすれば、外部から会場内に侵入することも出来る。
    これだけ探して見つからないなら、事故の線は薄いだろうね。となると、あまり考えたくなかった、事件に巻き込まれた可能性の方が高くなる。
    「カイさん…!」
    「おかえり、司くん」
    「見つかりましたか…?」
    「まだなにも」
    モニタールームに来た司くんは、僕の言葉に肩を落とした。薄っすらと額には汗が滲んでいて、前髪が張り付いてしまっている。そんな彼の前髪を軽く指で払えば、司くんがバッ、と顔を上げて一歩後ろに下がった。驚いたその顔が、次第にじわりと赤く染まっていく。「い、いきなり何してっ…?!」と慌てる彼があまりに可愛らしくて、つい くすりと笑いが零れた。
    「すまないね、つい手が出てしまって」
    「…汗、拭いてきます」
    「いってらっしゃい」
    両手で額を押さえた司くんが、逃げる様にモニタールームから出て行ってしまう。どうやら、何も言わずに触れたのがお気に召さなかったようだ。手を繋ぐのは良くて、額に触れるのは駄目だとは。次からは気をつけよう。
    気を遣って黙って待ってくれていたスタッフさんに、「すみません」と軽く謝罪をし、先程見ていた駐車場のモニターを指さす。
    「あのモニターの映像を、見せていただくことは可能ですか? 一時間ほど前から、お願いします」
    「は、はい!」
    そうお願いすれば、すぐに映像を巻き戻して見せてもらえた。画面に映るのは、先程までと変わらない映像だ。このカメラのアングルでは、会場と繋がる階段への扉が映っていない。映っているのは、車数台と、駐車場の入口だ。車の出入りだけなら、このモニターで確認が出来る。
    早送りで映像を見たけれど、この一時間の間に駐車場を出て行く車は一台も居ない。入ってくる業者の車は二台ほど映っていたけれど、この映像を見る限りでは会場外に連れ出した様子はなさそうだ。
    それなら何故、見つからないのだろうか。
    「駐車場に停めてある車の中に閉じ込められている可能性はありませんか?」
    不意に後ろから司くんの声がして振り返れば、彼は僕と同じ画面を注視していた。彼の言う通り、会場内をこれだけ探して見つからないということは、その可能性が高い。けれど、後部座席や助手席なら窓から見ることは出来るが、トランクの中に閉じ込められてしまっていれば、見つけるのは困難だ。スタッフさんや業者の車だけでなく、一般客の車もある。全ての車の中をくまなく捜索するなら、ここを管轄する警察を呼び、事件として捜査する必要がある。僕の権限だけでは、さすがにそこまでは出来ないからね。
    (そもそも、僕は警察という役職ではない。国際特殊捜査官という役職を隠すためにそう言っているだけで、捜査協力はできても完全に管轄外だ)
    警察として動けるよう支給されたこの警察手帳も特殊なものだ。Xの情報を得るために警察と手を組む必要があるから許可を得ているだけで、実際は違う。そもそも本格的に活動しているのはアメリカであって、日本でもない。今は一時的に帰国しているだけだ。
    (Xを捕まえたら、またアメリカに戻ることになる)
    そうしたら、司くんにはもう会えなくなるのだろうね。彼はあのカフェで働いている、ただの一般人なのだから。
    疲れてきたのだろう。余計な事を考えている暇はないというのに、こんな時に何を考えているのか。軽く頭を左右へ振り、考えを切り替える。今は、花里さんを見つけるのが先だ。
    「すみません、一応地下駐車場に何人かスタッフさんを向かわせてもらえますか? 車内の確認と、可能ならトランク内も探してください。業者のトラックやスタッフさんの車だけでもお願いします」
    「分かりました…!」
    スタッフさんの何人かが、無線で連絡をしてくれているのを横目に、モニターの画面に目を向ける。これで見つかればいいけど、難しいかもしれない。せめて、実行犯が外部かスタッフさんかで絞れればいいんだけど。どのスタッフさんも忙しくしていて、怪しい動きをしている様子はなかった。
    「ちなみに、花里さん以外で今連絡が取れない方はいませんか?」
    「スタッフはさっき全員に確認を取っていますし、業者の方は来館名簿と照らし合わせました。出演するキャストさんからも報告はあがっていません」
    「そうですか…」
    ということは、今会場内にいる誰かが今回の事件に関わっているはずだ。まだ会場内に犯人がいるなら、花里さんも会場の外へは連れ出されていないはず。それならなぜ、見つからないのだろうか。どこか他に探していない場所があるのか…。
    「そういえば、先程非常口の近くでこれを拾ったのだが」
    「それ、みのりのシュシュじゃない…!」
    「確か打ち合わせの時、みのりが手に付けていたよね」
    モニタールームの後ろの方で、そんな話をする声が聞こえてくる。振り返れば、橙色のシュシュを手に持った司くんが、メンバーの三人にそれを手渡していた。その光景に既視感を覚え、ふと、彼とここへ来た時の事を思い出す。
    「そういえば、ここに来た時もハンカチを拾っていたね」
    「はい。花里の名前が書いてあったので、近くにいたスタッフさんに渡して…」
    「そのスタッフが誰か分かりますか?」
    「え、あ…」
    僕がそう問いかけると、スタッフさんがすぐに無線でハンカチを預かったスタッフを探してくれる。確か、ハンカチを拾ったのは三階の廊下だったはずだ。そして今度は非常口の近くで花里くんの持ち物が見つかった。となれば、非常口から彼女は連れ出された可能性がある。非常口に防犯カメラはないので、直接見に行くしかないだろう。けれど、その前に確認しておきたい事がる。
    「すみません、落とし物のハンカチを受け取ったというスタッフが誰もいないんですが…」
    「…ありがとうございます」
    「るっ、…カイさんっ!?」
    スタッフの返答を聞いて、モニタールームを飛び出した。
    あの時ハンカチを渡したスタッフの顔が、はっきりと思い出せない。帽子で顔を隠している様に見えたけれど、どうやらあの時のスタッフ何か関わっていそうだ。
    司くんがハンカチを拾った場所へ向かい、辺りを見回す。あの時スタッフが出てきたのは、確かこっちの扉だった。記憶を頼りにスタッフが出てきた扉を探し、ドアノブに手をかける。勢いよく開ければ、そこは物置だった。
    大きな段ボールの箱がいくつも積み上がった室内を見回し、耳を澄ます。けれど、シン、と静まり返っていて、物音ひとつしない。
    「か、カイさん、急に走ってどうしたんですかっ…?」
    「多分、あの時ハンカチを預けたスタッフが、花里くんをどこかに閉じ込めているんだと思うよ」
    「え…」
    僕を追いかけてきたのだろう、司くんが息を切らして物置部屋に入ってくる。とりあえず近くにある段ボール箱の蓋を開けてみたけれど、中身は布のようだ。人が一人入れるサイズの段ボールを探し、一つひとつ開けていく。そんな僕を見ながら、「何故、そう思うんですか?」と司くんが首を傾げた。
    「出演者の落とし物だと伝えたハンカチを、彼はまだ誰にも届けていない。無線で確認してもらった時も、誰も知らないと言っていたようだからね。無線を聞くことが出来ないのは、紛れ込んだ部外者だけだよ」
    「…誰かが嘘をついているかもしれませんよ? 本当は持っていても、言い出せないって可能性も…」
    「“言い出せない理由がある“、それこそ犯人以外に考えられないよ」
    持っていて言い出せないなら何かを隠していると考えて間違いない。駐車場から、内通者がいれば部外者が侵入することも可能だとすれば、無線を持たずスタッフとして紛れ込んでいる人間がいる可能性も出てきた。どちらにしても、怪しいスタッフがいるなら、やっぱりまだこの中に彼女が閉じ込められているとみて間違いないだろう。そしてその手掛かりがあるとすれば、いなくなる直前にその怪しいスタッフが出てきたこの部屋だと思ったのだけど…。
    段ボールをいくつか開けてみたけれど、全て物品で、人が入っている様子はない。物音もしないということは、閉じ込められているのは、ここではないのだろうか。
    (ここで箱に隠して、バレる前に移動した…?)
    可能性としてはあり得なくもない。ただ、いくら華奢な女性でも人が一人入った段ボールは相当重いはずだ。それを持って運んだとは考えにくい。万が一落としたり、誰かにぶつかれば箱の中身がばれてしまう危険もある。となれば、この近くの部屋か、台車か何かで運んだと考えるのが自然か。
    「…類さん?」
    「駐車場からは、何も見つからなかったんだよね?」
    「そう、ですね。何かを見つけたって話は聞いていませんが…」
    駐車場でないとすれば、他の場所か。もし、犯人の目的が誘拐だとしたら、騒ぎに乗じてここから連れ出すつもりだろう。ライブの中止が目的であるなら、他のアプローチ方法もある。そうしなかったということは、目的はライブの中止ではないはずだ。連れ出す事が目的だとすれば、荷物に紛れさせて運ぶのが疑われづらい。例えば、業者の荷物の様に、段ボールを重ねて運び出せば怪しまれない。となれば、移送方法は車だろう。スタッフの恰好をしているということは、業者のトラックで出るとは考えにくいけど、まだはっきりとは断言も出来ない。
    (人目を盗んで移送するつもりなら、動きやすいように準備はしているはず)
    車のトランクの中か、駐車場に近い所に置いておけば、短時間で良そう準備ができる。三階のこの部屋でないなら、もう移送しやすい場所に移動しているのかもしれない。駐車場により近い場所で、段ボールを置いておいても怪しまれず、中身を確認されにくい所…。
    「ちなみに、さっき君が拾っていたシュシュはどこに落ちていたんだい?」
    「え…、あれは、一階に非常口の近くですが…」
    「一階の、非常口…」
    なるほど、非常口から運んだのか。確かに、非常口は人目につきづらい。大きな荷物を運ぶには階段を降りるのは危険だけれど、見つかる心配は低いね。一度確認しに行ってみてもいいかもしれない。
    「それじゃぁ、行ってみようか」
    「え、ど、どこにですか?!」
    目を丸くする司くんの手を掴み、物置を出る。そのまま非常口へ向かい、重たい扉を開いた。シン、と静まり返った非常階段を下りる度に、カツン、カツン、と足音が反響する。そのまま真っすぐ一階まで降りる途中に段ボール箱は見当たらない。駐車場は地下の為、もう一つ階段を下りていく。そうして着いた駐車場の入口には、聞いていた通り暗証番号を打ち込む機械が取り付けられている。
    「なにも、ありませんね…」
    司くんの声が、辺りに反響する。彼の言う通り、駐車場の入口まで来てみたけれど、荷物はなにも置かれていない。人がいる気配もない。入口の扉は、内側からなら暗証番号を打ち込まなくても入れるようだ。試しに扉のノブを引けば、簡単に開ける事が出来た。駐車場を覗くと、見える位置に人の姿はない。段ボールの様な荷物も見当たらない。
    他に荷物が置けそうなところは、と足元を見れば、下へ降りる階段がまだ少しだけ続いている。よく見ると、階段下にスペースがあり、奥の方にいくつかの荷物が置かれている。一番下に置かれた段ボールは、人が一人入るには十分な大きさだ。
    「よっ、と…」
    上に積んである荷物を一つひとつ下ろし、一番下の大きな箱を引っ張る。埃を全くかぶっていない段ボールは結構重たいけれど、中身は一体なんなのか。ガムテープを一気に剥がし、蓋を開ければ、白い布が現れた。何かを覆うように被せられたその布を引っ張り出すと、その下からポスターで見た女性が現れた。
    「見つけた」
    「花里っ…!」
    すぐさま司くんが、箱の中にいる女性の肩を揺する。彼が何度も声をかけると、箱の中の女性はゆっくりと目を開けた。薬で眠らされていたのだろう。ぼーっとする彼女は、司くんを見るととても不思議そうに首を横へ傾けている。この様子では、犯人の顔を覚えてはいないかもしれない。
    「とりあえず、無事に見つけた事を桃井さん達に知らせようか」
    「そうですね…!」
    彼女の事は司くんに任せて、僕はスマホを取り出した。リダイヤルで先程かかってきた電話番号に発信すれば、コール音が聞こえ始める。非常口内の電波が悪いのか、少し音が途切れるような感じはあるけれど、問題はないだろう。スマホを耳に当てて相手が出るのを待つ間に、微かにキィ、という音が聞こえた気がした。
    不思議に思って振り返れば、目の前でスタッフジャケットを着た男が何かを思いっきり振り上げた。
    「っ…」
    「類さんっ!?」
    ガンッ、という強い衝撃が肩を襲う。右腕から首にかけてズキズキとした痛みが走り、思わず後ろへよろけた。持っていたスマホが床に落ちて画面が割れてしまう。痛みに歯を食いしばれば、目の前の男がもう一度手に持った長い棒を振り上げた。
    「邪魔するなっ!」
    そう叫んで、男が一気にそれを振り下ろしてくる。油断していたとはいえ、情けない。
    身体を横へそらして攻撃を避け、そのまま一気に間合いを詰める。驚く男の目の前で軽く膝を曲げてしゃがみ、左腕を強く握り込んだ。身体ごと思いっきりぶつかる勢いで、拳を男の鳩尾に打つ。カラン、と痛み出ての力が抜けたのだろう。男の手から棒が落ちて辺りにその音が反響した。
    気絶させるには力が少したりなかったようだ。腹を押さえてうずくまる男の腕を背中側へひねり上げ、そのまま抑え込む。
    「司くん、さっきのガムテープをくれるかい?」
    「は、はいっ…!」
    言われた通り剥がしたばかりのガムテープを、司くんが急いで僕に手渡してくれる。粘着力はないけれど、ひとまず手の自由を一時的に奪うことは出来るだろう。後ろ手にガムテープで縛り、念のため武器になりそうなものは遠ざけておく。
    「すまないけど、上にいる人たちに連絡してくれるかい?」
    「はい…!」
    使えなくなってしまったスマホを拾い上げ、ポケットにしまう。後ろで電話をする彼をちら、と目で確認してから、男の帽子を取った。
    「ちくしょうっ…なんでっ……!」
    「確かに、あの時のスタッフだね。僕らが非常口を降りていくのを見て、後をつけてきたのかい?」
    「あぁ、そうだよっ! 言われた通り隠したのに、こんなに早く見つかるなんて聞いてねぇぞっ…!」
    「……“言われた通り”…?」
    腹立たし気に叫ぶ男の言葉が引っ掛かり、問い返した。今の言い方だと、計画したのは別にいるように聞こえる。実行したのは彼なのに、どういう事なのか。
    そんな僕に彼は自嘲気味に「はっ、」と鼻で笑った。睨む様な男の目が、僕へ向けられる。
    「絶対に成功する方法があるって、言われたんだよ」
    「…誰が言ったんだい?」
    「さぁな。名前なんか知らねぇよ。ただ、休暇中の警官が来るかもしれねぇから、堂々と欺いてやれって言われたんだよ」
    「…」
    投げやりに話す男の言葉に、嘘はなさそうだ。『絶対に成功する方法』、そう言って、彼をそそのかしたのだろうか。こうすればいい、と甘い言葉で誘い、犯罪を誘導するのがXのやり方だ。ということは、彼も持っているはずだ。Xが作った、犯罪指示書を。
    「…休暇中の警官、ねぇ……」
    僕がここに来ることを、Xは知っていたという事か。知っていて、犯行を行わせた? 僕に対する挑戦だというのだろうか。まさか、Xが僕の事を知っているとは。
    「詳しい話は、後でゆっくり聞かせてもらおうか」
    「ッ…くそッ……」
    本当なら東雲くんに連絡して彼の身柄を連行してもらいたかったのだけど、スマホがこの状態では難しいね。今回は警察に協力してもらう他ない。逃げ出さないように彼の動きに気をつけつつ、司くんの方へ視線を向ければ、彼は恐る恐る僕の方へ近寄ってきた。
    「大丈夫ですか?」
    「これくらいならなんともないよ」
    心配そうにする司くんの頭を撫でて、安心させるために笑って見せる。
    「警察にも電話しましたので、すぐに来てくれると思います」
    頼まなくても、やってほしいことをしてくれるなんて、彼はよく気の利くいい子だ。司くんの連絡を受けたからだろう、上の階の方から、扉の開く音と階段を降りる足音が聞こえてくる。花里さんは無事に見つかったし、今回の事件はこれでおしまいかな。
    ホッと肩の力を抜いて安堵すれば、隣に立つ司くんが僕の腕をそっと掴んだ。「あの…」と控えめに声がかけられ、「なんだい?」と優しく返す。
    一瞬躊躇った彼は、言うか迷うような素振りをした後、大きく息を吸ってその口を開いた。
    「さっきの、『成功する』とか、『誰が』って、話していたのは、なんですか…?」
    「…それは、……」
    「お仕事の事だというのは、分かっていますが…、危険なことでは、ないですよね?」
    僕の腕を掴む司くんの手に、力が入っているのがわかる。きっと、心配してくれているのだろうね。名前を偽っているということも、彼は知ってしまっている。聞いてはいけないと分かっていて、それでも僕の身を案じて聞いてくれているのだろう。そんな彼に、隠し事はしたくない。けれど、ここで話すには少々時間が足りないね。
    「心配してくれてありがとう」
    「ッ…」
    「君さえよければ、また日を改めて、話を聞いてくれるかい?」
    「っ…、は、はいっ…!」
    階段を下りて来た桃井さん達が、花里さんを見て一気に駆け下りてくる。司くんと一緒に端の方へ避け、後から来たスタッフさんに、先程捕まえた犯人を預けた。
    開場時間はとっくに過ぎてしまっており、結局ライブは後日に延期となった。
    数十分後に到着した警察に犯人の身柄を引き渡し、司くんをカフェまで送って、その日はそこで彼と別れた。
    後日またお店に寄ると約束をして。

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    Replies from the creator

    tyaba122

    DOODLEタイトル決まって無いので、なんて呼ぼう……。
    リリーかな?🖤🤍️✡️⚔️??暗号だな??
    ネーミングセンス無いので、いいタイトルあれば教えてほしい…_:( _ ́ω`):_

    とりあえず、リリーと呼んで決まったらそっちで呼ぼうかな。

    諸注意は前回と一緒です。
    ガーデンバース(騎士side)

    「ツカサくん、なんだか不機嫌だね」
    「そのような事はございません」

    不思議そうにする類は、それ以上何も聞いてこない。きっと、『何かあったのだろう』とそう察しているのだろうな。このように主君に悟らせてしまうのは従者として情けない。情けないが、許してほしい。
    脳裏で藤色のふわふわとしたくせ毛の少年を思い出し、またムカムカとしたものが胸の奥でくすぶり始めた。

    (このオレに対して暇人だと…?! なんたる無礼かっ…!!)

    思い出すだけで腹が立つ。突然目の前から消えた少年は、一体どこの迷子か。
    昼過ぎに警備を兼ねて客人のお部屋の傍を巡回していた時に見つけた幼い子ども。妹の咲希よりも小さい、オレの半分ほどの背丈しかないその子どもは、あろう事か目の前から突然姿を消してしまったんだ。消える直前に言われた『どうやらノワール領の騎士団長殿は大層お暇な御様子で』という言葉を思い返すだけで腹が立つ。魔術師見習いとはいえ、このオレを暇人と愚弄するとは…!
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