Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    Fy_Onsen

    妄想の掃き溜め。R18リストの申請はDMまで
    反応は容赦なくお願いします!

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 71

    Fy_Onsen

    ☆quiet follow

    刑事パロの1話的なものを引っ張り出して色々修正したものです。
    ⚠️注意⚠️
    刑事パロ、現パロです
    世界観優先した苗字の捏造があります。
    やや年齢操作(ハイティーンは皆24とかで義と鬼は27らへんです。色々許せる人向け)

    刑事パロ1刑事パロ1話





    十二年前の、そろそろ夏に入ろうかという頃。そんな日の朝。

    俺は一人で朝食を作り身支度をしていた。

    クルーズ船で結婚記念日の旅行に向かった両親の帰りを、独り身の祖母と待っていた。
    そんな中、付けていたニュース番組から慌ただしい声が聴こえてきて、飲んでいた味噌汁を置きそちらに視線を流す。

    画面には、海上で黒い煙をあげて沈もうとしているクルーズ船が一隻。ヘリコプターのプロペラが騒がしく回転する音と、それに掻き消されないように現場の説明をするリポーターの大きな声。

    "船長や乗組人、一般客含む半数の人々の安否が確認されていませんレスキュー隊によれば、、、"

    信じたくなどなかった。
    別のクルーズ船だ、と願いたかったが、自分の記憶力がこの時人生で初めて疎ましくなった。その船の名前と、両親が乗っていた船の名前が一致していたのだ。

    半数の安否。まだその時両親が死んだことは知らなかったが、不思議とその時、俺は"両親が死んだ"と、直感的に理解した。

    それからしばらくして、警察が自宅に、両親の遺骨を届けに来た。
    祖母は泣き崩れ、とてもじゃなくそれを受け取ろうとしなかったから、代わりに俺が受け取る。重さなんて感じなかったことを今でも覚えている。

    事故のニュースを観てから数ヶ月。
    その時やっと、俺は涙を流した。




    ***



    某日
    清々しく晴れ広がる空の下。新しく始まった生活を迎えてくるような正午前。

    東京都
    ​────警視庁

    刑事部 捜査第一課

    「今日から、新しく配属する、加木谷 義丸警部補だ。挨拶したまえ」

    広々としたオフィスの中に詰め込むようにデスクが密集していた。そこに座る面々は、一課長の一声にすぐに姿勢を変えた。

    「…加木谷 義丸です。よろしくお願いします」

    どちらかといえば公務員というより役者でもしていそうな、端麗な顔立ちをしているその男の名前は義丸、27歳。前まで四課に居た彼はその実績が称えられ一課へ異動となった。

    言われた通り、指定されたデスクに移動する。既に何冊か事件の資料が入ったファイルが置かれ、それ以外は私物に使っていいらしく引き出しも全て空の状態だった。持ち込んだ私物が入ったダンボールを机の上に置くと、右隣から声がかかる。黒髪で整った髭の男だった。

    「おぅ、新入り。俺は船引 疾風だ。よろしくな」
    「よろしくお願いします。船引警部」
    「あ、俺はあんま上の名前で呼ばれるの好きじゃねぇから疾風でいい」
    「じゃあ疾風さん」

    下の名前で呼んで見ると満足したように口元を緩ませてうんうんと頷く。確かにこちらの方が呼びやすいかと、義丸は好意として預かることにした。

    「で、えーと、お前は……かぎや…なんだっけか?」

    眉間に皺を寄せ人差し指でコメカミを抑えたまま、疾風はこちらを見ている。フルネームまではすぐに覚えられないかと自分の名を言おうとした時、義丸の前方のデスクから声がした。

    「加木谷 義丸ですよ。警部」

    知的そうな声色に、何か今までとは違うものを感じ取って義丸は弾かれた様に前を向いた。前に座っていたのは、濃い緑色の短髪に凛々しい眉、左頬の縫い傷が目立つ…一言で言えば美丈夫だった。彼はこちらを見てはおらず、手元のノートパソコンに視線を向けていた。
    疾風が「おぉそうだった」と言ってくっくっと笑い出す。

    「…あんたは?」

    義丸が男に訊ねると、資料に向けていた視線をこちらに寄越す。迷うことなくスーツの内側に手を突っ込みシャツの胸ポケットから警察手帳を取り出し片手で開いて見せた。補足するように彼は自分の口で名を明かした。

    「鬼蜘蛛丸。山野 鬼蜘蛛丸だ」
    「…鬼蜘蛛丸さん?」
    「はは、長いから好きに呼んでいいぞ」

    先程資料を眺めていた時の表情は真剣そのもので、なんとなく話しかけづらい雰囲気すらあったが、思っていたよりも親しみやすい人柄のようだ。

    「じゃあ鬼さんで」
    「お、センスいいな」

    そういう呼ばれ方はされないから新鮮だと言って笑う彼に釣られて義丸の口角も上がる。
    義丸は鬼蜘蛛丸の頬の傷の訳が気になり、無意識にそれを見つめた。視線を感じ取ったのか、鬼蜘蛛丸は自分の左頬に手を添えて「これか?」と聞く。義丸は頷いた。

    「…以前、事件の捜査中に負ったものなんだ。結構深くてな。縫う羽目になった。これでも治ってきた方だけどな」

    笑い事ではないのだろうが鬼蜘蛛丸は呆れたように乾いた笑いを発した。

    「……デカいヤマだったんですか?」
    「…いや、なんてこと無かった。なんてこと無かったが…最後の最後で大事になった。真相はわかったものの犯人は自殺したよ」

    何の気なしに聞いてみたが、鬼蜘蛛丸が請け負った事件は、なんだか他人事のように感じなかった。義丸が昇進することが出来た事件と、事の顛末が似ていたからだ。
    事件の全貌、犯人、諸々分かったのにも関わらず、犯人の最後の足掻きが厄介だった。それに巻き込まれた義丸の当時の上司は殉職。義丸が今回の昇格案件が素直に喜べなかった理由はそこにあった。

    「大変でしたね」
    「……あぁ」

    肯定した鬼蜘蛛丸の声は心做しか、悔悟の念が篭っていたような気がした。その事には、気付かないフリをしておく。
    話がひと段落ついたのを見計らい、疾風が後ろに体重をかけ、椅子が軋む音と共に話し出した。

    「でもそれ以降、滅多な事件は起きてない。俺達が出張らない瞬間が一番平和ってのもなんだかなって感じだがよ」
    「全くです。このまま職を失う勢いなら尚いいんですけどね」

    鬼蜘蛛丸はサラリと笑って言ってのける。本末転倒とも思える冗談めいた発言。だが、実際そんな世の中にする為にこの仕事を選んだのだから、寧ろ警察としての仕事が無くなることは首尾一貫である。もっとも、そんなことはほぼほぼ起こり得ないのだが。
    そんな話をする内に、部署の人間達が立ち上がったり買っていた昼飯を食べ始めたりとオフィスがザワつき始める。
    疾風も腕時計を見ると、鞄から弁当が入った包みを取り出した。微笑ましくなって思わず鬼蜘蛛丸が「いつもの愛妻弁当ですか?」と訊ねる。揶揄いかと一瞬義丸は思ったが、疾風の武骨な薬指にはめてある白銀の指輪を認識し、本当に彼の妻が作ったらしい弁当に視線を流す。正直彼が結婚してるのは意外だ。

    「うるせー!てめぇらも早くなんか食って来い」
    「それもそうだ。義丸、一緒にどうだ?」
    「いいですよ」

    立ち上がった鬼蜘蛛丸に続いて、義丸も軽く持ち物を整えた。彼らがオフィスから出ていくのを「アイツら初日から仲良しかぁ?」と一人言を零しながら見届けると疾風は弁当箱を開ける。

    「おっ、明太子」



    ***



    昼下がりの午後。この時間帯に外へ昼食を食べに行く人間は無論警察官だけではない。昼休み中のサラリーマンやその他利用客。そんな人々が行き交う警視庁付近の川沿いを、お互いの話をしながら歩いていた。

    「なるほど、四課ではそんなこともするんだな」
    「はい。ヤの付く奴らの尻拭い諸々…まぁでも、やり甲斐はあったので、嫌ではなかったんですが」
    「はは、一課での仕事もそうなれば良いな。ま、言って俺もここの部署に来てから1ヶ月くらいしか経ってないんだが」

    意外な事実に驚いた義丸は目を丸くした。一課での彼の扱われ方を今日少し見た限りでは、かなり慕われていた様子で人望も厚いように思えたから、てっきり一課での仕事はベテランだと思っていたのだが。

    「…えっ、じゃあ、鬼さんは前まで何をやってたんですか?」

    義丸がそう質問している最中、鬼蜘蛛丸の携帯がリズミカルな音を立てて震えた。

    「悪い」

    義丸の話を中断させたことへ軽く謝罪し、義丸は気にせず頷き鬼蜘蛛丸が電話へ出ることを勧めた。スーツのポケットからスマートフォンを取り出して画面を見る。画面に表示された名前を見て、軽く息を吐いて着信に出た。

    「もしもし?どうした」

    道の橋、鬼蜘蛛丸は柵に凭れて電話に勤しみ、義丸は柵に肘をつく形になった。どうやら見知った相手からの電話のようで、鬼蜘蛛丸の声色も表情も柔らかい。

    「俺は別に構わないが…今同じ捜一の知人と一緒に居るんだ。……あぁ、……ちょっと待っててくれ」

    そこまで言って、鬼蜘蛛丸はスマートフォンを耳から遠ざけると、義丸の方へ向き直った。

    「前の部署の後輩が、一緒に昼飯を食べたいと言ってきてて…無理なら断るんだが…いいか?」

    鬼蜘蛛丸は申し訳なさそうに、急に予定が変わったという要件を切り出す。義丸が「別にいいですよ」と容易く承諾すると、鬼蜘蛛丸は笑って礼を言った。通話に戻った鬼蜘蛛丸は、相手とこの後の話を付けて電話を切った。


    昼食を食べるべく、選んだ店は警視庁近くの通りにある『おばちゃん食堂』という店だ。在り来りな名前ではあるが、そこの料理はどれも美味しく尚且つ手頃な値段で食べれると評判だった。そこ近くのモニュメントの傍で待ち合わせようと話し、鬼蜘蛛丸の後輩とやらを待つことおよそ5分。鬼蜘蛛丸がその後輩に気付きそちらへ手を挙げて名前を呼んだ。

    「舳丸!こっちだ」

    舳丸、と呼ばれた男はハッとして声のする方へ振り向き、慌てる訳でもなくかといってゆっくりでもなく、それはそれは淡白な足取りでこちらへ向かってくる。
    無駄が無い。義丸にとっての彼への第一印象はそれだった。
    暗い赤紫色の短い髪、後ろ側は刈り上げている。眉毛も目尻もつり上がっており、 真顔であってもまるで睨まれているのかと思ってしまうような人相だ。
    舳丸は鬼蜘蛛丸と向き合うと辞儀をした。

    「…1ヶ月ぶり、ですね。鬼蜘蛛丸さん」
    「そうだな」
    「そちらの方は」

    舳丸が目線だけ義丸に寄越す。身体の向きは変えない癖して、目と目はしっかりと合わせてくるのだ。品定めされているような感覚に少し不快感を覚える。

    「さっき言ってた、捜査一課の、今日入ってきた加木谷義丸警部補だ」
    「前までは四課だったけどな」

    舳丸の品定めするような目線は未だに変わりはない。四課と聞いて更にその色は濃くなった気がした。

    「…警視庁 公安部 公安の錬堂 舳丸です。以後お見知り置きを」

    流暢に明かされる肩書きに思わず呆けてしまう。差し出された手を反射的に手で握り返し、軽く握手を交わした義丸だったが、そこで呆気に取られていた意識を取り戻した。
    公安、と確かに彼はそう言った。こんな所で公安と食事することになるとは、と思った反面、彼は確か鬼蜘蛛丸の後輩であるという事実を思い出す。つまりは​────

    「……じゃあ、鬼さんが前居た部署って……」
    「公安。…お察しの通りだな」


    ***


    「はいカツ丼大盛りね!お待ちどうさま!」
    「いただきます。おばちゃん」

    舳丸の前に置かれた大きな丼を義丸は思わず2度見した。
    店内は厨房と廊下を挟むように設置されたカウンター席と、その他数席のテーブル席が置かれており、鬼蜘蛛丸達が入ったことにより満席となった。カウンター席に座ることになった彼らは、鬼蜘蛛丸を間に挟んで義丸と舳丸が両脇に座る形となった。
    各々が頼んだ定食なりなんなりはもう既に卓へと運ばれてきたのだが、舳丸のだけが少し遅かった理由はそれだった。

    「昼間っから大盛り……しかもカツ……」
    「何か?」
    「いや、よく食うなって思っただけ」

    肩を竦めて視界の端へと目線を追いやる。そうする間にも舳丸は次から次へとカツ丼(大盛り)を口に運んでいく。その様子を見て鬼蜘蛛丸は微笑んだ。

    「舳丸は昔からこうだからなぁ。元気で何よりだな」
    「お陰様で」

    この二人がどれくらいの間一緒に働いていたのかは知らない。舳丸の表情はかなり乏しく感情が読みづらいものの、鬼蜘蛛丸相手にはかなり素直な態度を取る。先程の品定めするような視線といい、自分が刑事部の人間だからだろうか…。
    刑事部と公安部の因縁的なものは昔からだ。今に始まったことではないのだから特段気にすることでもないと、義丸は気付かれないように溜息をついた。
    一同の食が終盤に差し掛かった頃、舳丸が話を出してきた。

    「……鬼蜘蛛丸さん」
    「ん?」
    「……公安に、戻るという気はないんですか?」
    「あぁ。ない」

    鬼蜘蛛丸の二つ返事に沈黙が走った。他の客の声や、厨房で調理する音だけが、その空間を支配し始める。義丸も茶化すなんてことはしようとも思わなかったし、鬼蜘蛛丸の間髪入れない即答に舳丸は目を伏せた。しょぼくれた犬のような姿に鬼蜘蛛丸は舳丸の髪をわしわしと撫で回した。

    「すまん、もう決めた事なんだ。そんなに落ち込むな」
    「……はい。こちらこそ、お許しください」
    「良いさ。でもお前はもうちょっと柔らかくなった方がいいぞ」

    そう言うとわしわしする腕を一本増やして、両手で舳丸の髪を撫で回す。やめてくださいといいつつ、満更でもなさそうで、舳丸の表情がその時初めて緩んだことに、義丸は少し驚いた。仏頂面の舳丸の表情が変わることなんてないと思っていたからだった。
    それだけ鬼蜘蛛丸とは関係が深かったのかもしれない。
    お遊びをやめて鬼蜘蛛丸が残りの飯を食べていると、舳丸は義丸の方を見つめ出した。

    「……何だよ」
    「…いえ、あなたに果たして警部の部下が務まるのかと思いまして」
    「どういう意味だそりゃ」

    言われるなんて思ってもみない言葉に、さすがに舳丸へ向き直る。舳丸と義丸の間で座る鬼蜘蛛丸はこの空気感に戸惑いを見せていた。

    「率直にいえば、俺は貴方のことを信用していません」
    「公安だかなんだか知らねぇけど、信用出来なさ加減でいえばお前だってどっこいだからな」
    「あなたに信用されなくても俺は構わないので」
    「コイツ………………………」


    義丸の口角が歪に上がり、眉がピクピクと痙攣しだす。この言い争いのどこがタチの悪いところかと説明するならば、舳丸には義丸を煽る気が毛頭ないということだ。率直に、包み隠さず物事を話してしまう正直すぎるところが舳丸の欠点である。無論仕事中や取り調べでは多少抑えが効くのだが、プライベートになった途端これだ。義丸とてある程度なら我慢出来ることもあるとは思うが、徐々にひしひしと殺意のようなものを感じ取って、鬼蜘蛛丸はその場を収めようとする。

    「ちょ、よせ、義丸。舳丸も…あまり失礼なことを言うな」
    「すみません」

    何事も無かったかのように、舳丸は掌を返して謝罪する。

    「なんで鬼さんの言うことはそんなすんなり聞くんだよ…!」
    「悪気は無いんだ」
    「あ、わかった。あんた公安にいる間こいつのこと甘やかしてたろ」

    茶化すつもりで言ったことだったが、甘やかしたかなぁ…と鬼蜘蛛丸は真剣に悩む。義丸もそれ以上何か言うのも不毛なので、義丸も大人しく席に座った。
    少しの沈黙の後、鬼蜘蛛丸が口を開く。

    「……舳丸。今後も、俺は警察を辞めるまで公安に戻る気はない。だがお前が協力を求める時は、できる限りのことをするし、その逆も然りだ。それから、刑事部の人達は皆良い人ばかりなんだ。あまり強く言うのは、やめてくれ」
    「……貴方が、そういうのなら。善処します」
    「ありがとう」

    屈託なく微笑んだ鬼蜘蛛丸に、舳丸は思わず目線を逸らして、それでも「……いえ」と返した。気が済んだように鬼蜘蛛丸は折敷の上の割り箸だとかお絞りだとかを整え、手を合わせた。

    「ご馳走様でした。じゃあ、俺達はそろそろ戻ろう。義丸」
    「はい」
    「またな、舳丸」
    「はい。お疲れ様です」

    立ち上がった鬼蜘蛛丸は「おばちゃん、お勘定」と言ってレジの方に向かい、義丸もあとを追うように椅子にかけていたスーツのジャケットを取って店から出ようとする。その途中で、舳丸の背後を通り抜けかけた時、舳丸が義丸にしか聞こえない声で話した。

    「…先程の物言いは確かに無礼でしたが、できるだけ仕事中はあの人から目を離さないでください」
    「え?」
    「あの人は有能で味方が多い。ですがその分、それを利用しようとする輩も少なくない。それを忘れないで下さい。警部」
    「……警部"補"…な。わかったよ……頭に入れとく」

    軽く頭を下げると、舳丸は前に向き直る。義丸もそのままレジへと向かった。

    ***


    食べ盛りの舳丸を置いて、一足先に店を出た二人は一課のオフィスへ戻っていた。鬼蜘蛛丸は何やらパソコンで調べ物をしている様子だったが、義丸は先刻舳丸から言われた言葉が不思議と頭から離れずに居た。

    "できるだけ仕事中はあの人から目を離さないでください"

    あの時はそれを承諾したが、今になって考えてみれば、大袈裟に考えすぎなのではと思えてきた。鬼蜘蛛丸が明確に公安には戻らない意向を晒した時も、高々元の部署に戻らないというだけなのに、落ち込み方が並々ならなかった。
    あの時の、公安に戻る気がないか、という質問には、その言葉以上の意味があったのではないだろうか。それ以上の……と言えば、この鬼蜘蛛丸も、並の警察官ではないように思える。無論、元公安というだけでも十分並以上なのだが。

    (なんかこの人……その公安の奴らと比べても…底知れないっていうか…)
    「ん?」

    少し目に止めすぎたか、いい加減義丸の杭を打つような視線に鬼蜘蛛丸も顔を上げる。義丸は自分が鬼蜘蛛丸のことを意識的に眺めていたことを誤魔化すように、関係の無い話題を適当に探した。

    「鬼さんは自分で料理とかする人なんですか?」
    「時間がある時は、するかな」
    「へー、家庭的ですね」
    「はは、もう十年は一人暮らしだしな。お前はどうなんだ?」

    十年も一人暮らし、という部分が気になり質問しようとしたが、それよりも先に聞き返されてしまう。

    「俺は〜……人並みですね。でも実家に帰る時は確実に作りますよ」
    「親孝行者だな」
    「鬼さんはどうなんです?」
    「ん?俺は親不孝者だな。今年はまだ両親の墓参りに行ってないんだ」

    軽率に聞き返してしまったことを後悔した。かける言葉に迷っている時、こういうことは何度もあるのか鬼蜘蛛丸は少し笑った。

    「気を遣うことはないさ。もう十年以上前のことだ」
    「……いえ、でも、すみません」
    「だからいいって。お前は?ご両親は元気なのか?」

    鬼蜘蛛丸の質問に義丸の目が据わる。少しの間を置いて答えた。

    「……俺は中学の時親父がバックれてからは母子家庭です。お袋は元気してますよ」
    「そうか。親孝行者にもなる訳だ」

    鬼蜘蛛丸の言葉に返事をせず、義丸はぼんやりとその父親のことを思い出していた。
    義丸の父親は、別段荒れてる訳ではなかった。人並みに仕事をしたし、人並みに生きていた。ただ酒に溺れて妻子に暴言を吐くことも少なくなかったし、人を愛することをしなかった。そんな父が、ある日なんの前触れもなくぽそりと姿を消したのだ。貯金もあれば、母も働いていたが、この安定は長くは持たないと、高校生ながら義丸もアルバイトを掛け持ちしていた。
    母は、父を愛していたのだろう。
    母は強い。女は強い。だからきっと自分が居なくとも大丈夫だろうと思ったが、何より自分が母の傍に居て少しでも手助けがしたくて、気付いたら刑事になっていた。
    いや、刑事になったきっかけはもっと別にあったが。

    そういえば、鬼蜘蛛丸はなぜ刑事になろうと思ったのだろう。
    この年で公安にまで上り詰めるほどの実力を持っている。何が彼をそうさせたのか、純粋な疑問だった。

    しかしそんな疑問を引き裂くように、オフィスの電話が鳴り響く。電話に出たのは別のデスクの島に居た刑事だった。

    「新宿で殺人事件があったとの通報がありました!」

    良くも悪くも、その突飛な事象に慣れてしまっている面々は、冷静に淡々と動き始めた。

    ***

    夜の新宿。不夜城とも異名を持つような街の片隅で、ひっそりとそれは起こった。通報したのはたまたまその路地裏を通りかかった老夫婦だという。

    現場を囲むように"立ち入り禁止"と書かれた黄色と黒のテープが張り巡らされ、付近駐在の巡査達が門番のように立ち構えていた。
    捜査第一課から駆り出されることとなった鬼蜘蛛丸と義丸は、先に来ていた鑑識や他の刑事に話を聞くこととなる。現場を見ていた一人の警察官が、こちらに気付く。

    「あっ、義丸さん」
    「お前らが来てたとはな」

    どうやらそこに揃っていたのは捜査第四課の刑事達のようで、即ち義丸の後輩にあたる。対面した一同は形だけでも敬礼をする。

    「そりゃ歌舞伎町付近の事件ですよ〜?ちょっとくらい出張ってもバチは当たんないでしょ。ね、間切」

    青みがかった短髪の青年は、屈みこんで念入りに現場を調べている傷み気味の茶髪の、一見不良に見えなくもない外見の、間切という青年に話しを振った。

    「…網問、人が死んでるんだぞ。事件を恰好の餌みたいな言い方するのはやめろ」
    「ちぇ、真面目クンなんだから。……正論だけども」

    二人がそうこう話しているうちに、もう一人青年がこちらに近付いてきた。義丸がそれに気付いて目が合うと、少し嬉しそうに笑った。

    「義丸さん、ちょっと久しぶりですね」
    「重、元気にしてたか?」
    「そりゃあもう。有り余ってます」

    義丸の異動が決まってから、彼らとゆっくり話す機会がなかったので、つい世間話をしてしまいそうになるが、義丸は後ろの方に居た鬼蜘蛛丸に目配りをすると、それに気付いて彼もこちらへ歩いてくる。重が敬礼すると、鬼蜘蛛丸もそれに応じて敬礼した。腕を下ろした頃、重が訊く。

    「あなたは?」
    「この人は山野 鬼蜘蛛丸さん。俺の上司。同い年だけど」
    「……あっ!」

    義丸の紹介に、心做しか重はその名前に聞き覚えがありそうな反応を見せる。その事に気付いた鬼蜘蛛丸は「ん?」と小首をかしげた。どこかで会ったことがあっただろうかと思考を巡らせていると、重は「すみません、なんでもないです」と取り繕った。そして聡明な笑顔を見せる。

    「鹿吹 重です。よろしくお願いします。
    重って呼ばれる方がしっくり来るので、良ければそう呼んでいただければ…」
    「わかった。よろしく、重」

    鬼蜘蛛丸の対応に重は溌剌そうな笑顔をにっこりと浮かべた。
    さっきの鬼蜘蛛丸の名前を聞いた時の反応が少し気になるなと思いながらも義丸は事件現場の物色を始めた。

    「それで……現場の状況は?」

    鬼蜘蛛丸も、手帳を取り出して重や他の面々から事情を聞き出し始める。
    鬼蜘蛛丸の問に流暢に答えたのは間切だった。

    「殺害されたのは新島俊介 42歳 独身で、ジャーナリストをやっていたそうです。死因は毒物による中毒死と推測。首筋に注射痕が残っていましたから、おそらく注射によって…」
    「……それ以外の目立った証拠が無い……か」
    「はい……現場に証拠を残さないとは手際のいい……手馴れてる人間の犯行のような気もしますが、犯人の目的は一体なんなんでしょう」

    間切が考えるその観点は正しい。特に争った形跡も無く、病院の採血時のように刺されたであろう綺麗に残った注射痕。ふむ、と取り敢えずこの場にある物だけで考えようとした時、鑑識が新しく証拠を見つけて来たようだった。「これを…」とジップロックの中に入っていたものを見せてくる。
    恐らくはロケットペンダントのようで、鬼蜘蛛丸は手袋をして証拠品を受け取ると、ジップロックの中でペンダントの蓋を開けた。

    「───!」
    「…普通のペンダントですよねこれ。被害者の所持品でしょうか?」

    間切がペンダントに対して推測している横で、証拠品を持っている鬼蜘蛛丸の表情が険しくなっていることに義丸は気付いた。話しかけようとした刹那に、鬼蜘蛛丸が鑑識に問いかける。

    「これ、少し預かっていても良いですか?」
    「え?えぇ、警部がそう言うなら」
    「ありがとう」

    ペンダントをもう一度じっくり見つめて「ジャーナリストね…」とつぶやく声を聞いた義丸は訝しげに鬼蜘蛛丸の顔を覗いた。そんな様子を気にする気配もなく、鬼蜘蛛丸は路地の奥の方へ、テープをくぐって黙々と進んで行く。

    「え、ちょ、鬼さん!悪いお前ら、あと任せた」

    呼んでも止まらずに黙々と進んでいく上司を、義丸は走って追いかけた。頭の後ろで腕を組んだ網問が面白そうな顔をして言う。

    「義さんも変わった人上司に持ったね〜鬼蜘蛛丸さんだっけ?。名前も変わってるけど…あでっ!」

    違う部署の上司に対して無礼なことを言う網問の頭を、間切が軽く小突いた。

    「失礼だぞ」
    「暴力!なんとか罪で逮捕すっから!」


    後ろの方でギャイギャイ騒ぐ網問たちを他所に、重は鬼蜘蛛丸が消えた路地裏の闇をただ一心に見つめていた。

    「……山野 鬼蜘蛛丸さん……」


    ***


    鬼蜘蛛丸が入り込んで行った路地裏は、想像よりも入り組んでいて、さながら迷路のようだった。ひょっとしたらここにまだ犯人が潜んでいると踏んだのだろうか、なんてことを考えながら、義丸は鬼蜘蛛丸の後を追う。
    すると、一坪か二坪の空間が開ける。やっと鬼蜘蛛丸の背中が見えて、声をかけようとした時、乾いた音が耳に届いた。
    刹那前方にいた鬼蜘蛛丸が体勢を崩し、状況を理解しようとした視界の端で、フードを被った何者かがこちらへ近付いてくるのが見える。
    咄嗟に、地面に膝を着いた鬼蜘蛛丸に駆け寄ると、分が悪いと判断したのか何者かは更に奥の闇へと駆けて行った。

    「大丈夫か」
    「…あぁ、平気だ、これくらい」

    右の太腿から、血が滲んでいた。先程の乾いた音は、どうやらサイレンサーが付いた銃の発砲音だったようで、その銃弾は鬼蜘蛛丸の脚を貫通していた。これくらい、というには痛々しい。しかし命に別状がないことを判断すると、義丸は立ち上がって謎の人物を追って走り出した。

    「よせ!義丸!これ以上追うな…ッ」

    命令を無視して先へ進む部下を止めるべく立ち上がろうとしたが、痛みに呻いて歩くことも直ぐにはままならない。未だ血が止まらない傷口を睨み、再び前を見たが既に義丸の姿は無かった。

    一方の義丸は、逃げた人影を追い、路地裏を掻き分けるように走っていた。

    「待て!止まれ!」

    体力にはまだ余裕があったが、これだけ走っても相手が走る速度を緩める様子は見えない。一体今自分が追い回しているのは誰なのだろう。体格的には男のように思えるが、何者なのか。サイレンサーが並の人間に入手できるものでもなければ、正確に狙って当てることが出来る銃の腕。明らかにその道の人間だった。状況から見ても被害者を殺したのも奴で間違いないだろう。
    思えば、何故奴は鬼蜘蛛丸を殺さなかったのか。殺ろうと思えばできる距離に居た筈だ。脚を撃ったのは追跡を困難にする為だろうが、その後鬼蜘蛛丸に近付こうとした素振りが気になる。
    が、そこまで考えていると、追っていた人影が死角へと消えた。誘き寄せる為の罠かもしれないと考え、不意を突かれないように慎重に角から顔を覗かせた。しかしその先は大通りに繋がる道で、追っていた影の姿はどこにも見当たらない。
    人通りの多い歩道へと出て、息を上げながら辺りを見回した。人が多く、どれだけ探しても先程の人物らしい人間は見つからなかった。人混みに紛れてしまえば逃げきれたも同然だ。
    地の利を得た犯人にしてやられた、と、義丸は心の中で呻き、舌打ちする。ここから奴を追うのは至難の業、というより無謀と言えることなので、一旦鬼蜘蛛丸の元へ戻ることにした。

    元の場所に戻ると、さっきまで居なかった人物が、鬼蜘蛛丸の怪我の手当をしていた。義丸が戻ってきたことに気づいて、鬼蜘蛛丸はホッとした顔を見せる。血を失ったからかその顔色は少し悪い。

    「無事だったか。ったく、追うなって言ったろ」
    「…すみません。……それより……なんでお前がここに居るんだ?」

    そこに居たのは舳丸だった。鬼蜘蛛丸への簡単な応急処置を済ませ、立ち上がり義丸と向き合う。

    「この事件は公安が受け持つことになりました。貴方々の仕事はここまでですのでどうぞお引き取り下さい」
    「はぁ?なんで急に……どういうことか説明しろ」

    突然捜査が打ち切られたことに苛立ちを覚えた義丸とは相反して、舳丸は依然として淡白な表情を顔に浮かべている。そこに焦りもなければ、義丸に対しての呆れや怒りもない。ただ公安警察である毅然とした態度だけがじわじわと滲み出ているだけだった。
    公安の警察はこれだから嫌いだ、と義丸は心の中で愚痴を零す。

    「これはあなたがたの手に負えない事件ということです。加木谷さん
    そもそも…怪我人にろくな対処もせずに、独断専行で命令無視……これで私からあなたへの信頼は一気に落ちたことになる。私が言ったこと、もう忘れましたか?」

    舳丸が何を言いたいのか皆目見当もつかないが、素直に言われたことを思い出す。鬼蜘蛛丸から目を離すな、という、一見なんてことないがよくよく考えてみると少し違和感のある言葉。

    「…確かに、上司の命令無視して、手当もせずに突っ走ったことは俺が悪かったよ。だけどいくら敵が多いからって何も出来ないガキじゃあるめぇし。少し目離したからってなんなんだ?」
    「……」
    「お前が俺にそれを頼むならその理由を話す義務があるだろ」

    少しの間沈黙があり、取り付く島もないなと義丸はため息を吐く。2人の様子を見ていた鬼蜘蛛丸は口を開いた。

    「…いいよ、俺が話す」
    「しかし…」
    「義丸なら大丈夫だ」

    迷いのない発言を聞いて僅かに驚く舳丸をよそに、鬼蜘蛛丸は義丸の方を向く。

    「俺が公安に居た頃、よく身元不明の人間から狙われることが多かったんだ。
    おまけに、俺には考え事し始めるとボーッとしてしまう悪い癖があって…隙を作りやすかったんだよ。部下たちにはそのサポートで苦労をかけたな」

    思い出して軽く笑う鬼蜘蛛丸に舳丸は呆れたようにため息を吐いた。様子から見て一度や二度じゃないらしい。

    「…なんでその身元不明の奴らは、アンタを狙ったんだ?」
    「さぁ……まったく身に覚えがないんだよなぁ」

    当の本人はいたってあっけらかんとしている。大体の事情は概ね理解したが、鬼蜘蛛丸にもよく分からないのだからなぜ鬼蜘蛛丸の様子を見ていなければならないのかくらい最初から具体的に教えてくれていてもいい気がする。舳丸は印象以上に用心深い。

    「さ、公安が来たんじゃ俺たちは用無しだな。戻ろう」

    そう言うと鬼蜘蛛丸は壁に手を付きながら立ち上がる。覚束無いと判断して義丸がその肩を貸して、車を停めてある通路へ向かう。
    何か言いたげな舳丸の態度をわかってか知らずか、鬼蜘蛛丸は肩越しに「またな、舳丸」と手を振ってその場を後にした。



    続 

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator