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    止黒 墨

    @sikurosumi
    悪趣味系

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    止黒 墨

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    坂富練習文詰め。
    数千文字以内の話を詰める。
    時々増える。

    2作品(2021/10/17更新)『春はさかしま』『篋底』 『春はさかしま』(三人称初挑戦文、坂富の導入と富田くんについての妄想、まぜこいイメージ)




     男、坂上修一は、落ちてくる桜を素手で掴み取ることができる男である。
     彼が奇しくも恋という煉獄へ引きずり落とされ、愛と言う命の法に汚名をきせることとなるのは。高校生活が始まったばかりの、4月が息を引き取る頃であった。

     
     坂上は時計塔前に佇んでいた。彼の背後では登校する生徒たちの声が不揃いに流れ込んでくる。男子校特有の声変わりを迎えたもの、未だ迎えぬものの声が粒立って響き、混じり合う。それが春の空気を通して、妙な騒がしさと共にこの男と存在していた。彼の正面では桜が舞い踊り、さながらヘリオガバルスの薔薇の絵画のようであった。その華やかさ同士の中間にポツンと立ち尽くしている坂上は、どこにも所属できぬような、どこか佗しい雰囲気を漂わせるようにも思える。 
     彼が何故正面玄関から離れた時計塔前へといるのか、それは、同じクラスの園芸部員の生徒に時計塔傍の花壇への水やりを頼まれていたからであった。
     登校途中、足を引きずっている生徒に気づいた坂上は、朝、駅のホームで足を踏み外し階段から落ちたという男を保健室へ運んだ際、当番だという水やりを頼まれてしまったのだ。
     では何故、花壇前では無く時計塔前に佇んでいるのか。彼は微動だにせず一点を見つめている。彼の視線の先には、坂上のクラスメイトの男。園芸部員とはまた違う男。それともう一人、坂上の知らない男が笑いあっている。
     知らない男の方は全くもって問題ではなかった。もう一人の男、クラスメイトの富田洋輔。坂上の目は彼を一心に見つめていた。
     富田という男は、学校指定の制服を着ず、桜色のパーカーを身に纏う。坂上の教室において一際に目立つ男だ。彼にとって制服を着崩すことは当然であり、お世辞にも素行が良い生徒であるとは言えない。遅刻だって日常茶飯事だ。そんな彼が8時前に学校にいる。それは大変珍しいことではあった。だが、それは核心ではない。
     桜の花弁と共に坂上の目に飛び込んで来た彼の横顔を見て、彼は動けなくなった。
     桜を喰い、桜に喰われる輪郭。不規則に舞う桜の花弁は、自由奔放な富田という男に非常に似合うような気がした。

     綺麗だ。と坂上は思った。

     桜が彼の顔を時に覆い隠す。普段は気にもしない桜の花弁が嫌に鬱陶しく、それと共に薄紅に装飾された彼の姿はとても艶やかに坂上の目に映っていた。
     そして、坂上は目撃してしまう。富田洋輔がもう一人の男と口づけを交わす光景を。喧騒から少し離れた桜の中、彼らの影は重なりあっていた。その情景は神聖なる恋人たちのように坂上の目に映ったであろう。
     だが、それを見て尚、坂上の表情や佇まいは微塵も変化せず。ただひたすら自らの焦点を富田に合わせ続けていた。
     今の彼にもう一人の男など見えていないも同然であった。彼が笑顔を向ける対象が自身では無いことにすら意識が廻ら無いほどに、一心に坂上は富田に見惚れていたのだ。

    「あ……」
     彼がこちらを振り向いた時、坂上は自分の内臓の音と共に自らが生きているという事を実感した。蝶が腹のなかで舞い踊っている。胸が痛い。耳の奥で全ての音が遮断されている感覚。自らだけの世界を作り出したような先ばしる意識……
     彼の手はもう一人の男と繋がれている。そんな事など意に介さず自身に見惚れた男を見据える富田は、口の端を上げて思わせぶりに微笑む。蠱惑的に細められた目は坂上を見透かす様であった。
     坂上修一はこの時。春と共に愛の鏃に撃ち抜かれて死んでしまったのだ。

     坂上は自らの破裂した心臓と共に、彼の元へと足を踏み出した。 











     坂上が惚れた男はどうしようもない人間であったと言える。

     富田洋輔

     彼はその屈託のない朗らかな笑みの中に、悦楽を極めた人間の匂いを奇妙に隠しきることができる男であった。それが彼に惚れてしまった坂上修一という男の贔屓目では無いと読者諸氏に説明するために、ここに彼という人物を書き出してみようと思う。

     彼は、人懐っこい笑みを浮かべる男で人当たりが良く。不真面目な行動は多くも湿っぽいところは一切見せず、いつもカラッとした態度で振る舞い教師にも生徒にも愛される男である。
     ボクシング部に所属している為、体格はしっかりしているが身長は坂上よりも低い150cm程。鈴のような丸い眼と相まり、少し幼い印象を与える風貌である。だが、錆色の前髪を後ろに撫で上げたオールバックと整えられたアーチ型の眉が彼の顔立ちを幼さから遠ざけ、むしろ早熟した印象すらも彼に与えるだろう。
     しかし、それと同時に先ほど描写した桜色のパーカーにより体格の良さが隠されるとまた幼さの天秤に傾く彼の外見には、どこか奇妙な魅力があり、見る人間や時によって全く違った輪郭を飾る。それが富田洋輔という男の外観である。
     それを彼が意識して着飾っているのかと問われれば、意識しているだろうと肯定せざるを得ない。
     彼はこの高校が、天下の男子校。同性同士が付き合うことが当然な世界であると理解し、この学校へと入学したのだから。彼は入学一週間足らずでこの学校の如何わしい部分へと足を踏み入れ、彼らの仲間となったのだ。
     この高校は偏差値が高く、尚且つ男子校という事もあり私立高校である。授業を平気でサボタージュする富田がこの学園に入学したのは。元よりこの学校の性の饗宴の饗応に応じるためであったのかも知れない。
     まあ、実際の理由は彼のみが知ることであるが。

     彼が桜の下で口付けた男は、同じ集団の仲間に属する年上の先輩であった。だがそれは富田にとってはどうでもいい事だ。彼にとって相手や理由などの考えはそこにはなかった。ただ、話が弾み、気が乗ったからキスをした。その程度である。それは相手も同じであっただろう。もし、坂上がその場にいなければ、場所を変えて淫らな行為に耽っていた筈である。
     桜の下で口づけを交わすという事、ましてやそれを誰か目撃される事は、少なくとも彼には一切の負の感情を引き起こすようなものでは無い。その相手が毎日顔をあわせる級友であってもだ。そう、その筈であったのだ。
     むしろ、こちらを恍惚に溶けた眼で凝望する男を、仲間に引き入れれば先輩が喜ぶかもしれない、と考えを巡らせ、甘く微笑んでみせたのだ。

     この後、彼は軽率に誘惑したことを後悔することとなる。



    『篋底』
    (まぜこいイメージ。片影の初期案というか別案から作る文、共犯者的なイメージがかなり拗らせた覗き趣味だと勘違いされている坂上くんの話。(まぜ坂新ルート等の坂上くんは、相手が上の立場故自分も見て欲しいという感情があって行為に走ったのだろうけど、富田くん相手なら、同等の関係故、自分だけを見てくれるまで手を出せない。になるのではないかという考えであった。手を出したら周りの人間とおんなじになるのではないかという恐怖も。まあこの富田くんが新堂さんのことが好きだったら似たようなことになった気もする。自信は無い。てか長い。))

     昼休み、僕は花壇前のベンチに座っていた。
     ここは玄関が近いから、校舎に出入りする生徒の姿がよく見える。今日、僕は共に昼食を食べる予定のクラスメイトがまだ登校していなかったので、昼食のついでに彼を探そうとしていた。僕はそのクラスメイトが恋愛的な意味で好きだった。だから絶対に二人きりで彼に会いたいと、教室ではなく外の花壇で昼食の準備をする。季節は冬で、人が少ないから丁度良い。男子校なのだから男同士で昼食を食べることなど何ら奇妙なことでは無いが、僕の心がどうしても誰にも見られないように二人きりで食べたいと言い張っている。今日彼に予定がなければ良いのだが。屋外は寒いが仕方がない。彼は外から来るのだから。手が悴んで上手く動かないことなど些細なことだ。
    「おはよ、坂上」
    「え、あ……おはよう富田くん」
     そんなことを考えていると、目前にやってきた男に話しかけられてしまった。
     僕は今、弁当の風呂敷を広げていたから今話しかけてきた彼。富田くんがやってくる姿が見えていなかったのだ。指定の制服を着ていない彼は目立つ。いつもは先に僕が彼を見つけるので不意をつかれた形となった。
    「そんなに驚くなよ」
     彼は少し不思議そうな表情をして僕の隣に座る。錆色の髪が薄い陽に当たって翡翠色に反射している。僕がそれに見惚れていると、彼は僕に目を合わせる。
    「なんだよ、なんかついてるのか?」
    「ううん。今日も綺麗だなって」
    「お前、恥ずかしいやつだよなぁ。ま、ありがと」
    「あはは」
     彼は自分への賛辞を否定しない。そういうところが彼の人に好かれる要因なのだと僕は思う。付き合っていて晴れやかな気持ちにさせてくれるのだ。
     彼が僕の好きな男。富田洋輔だ。僕の彼への想いは屈折し始めているけど、やっぱり彼の笑顔を見るのは嬉しいものだ。
    「ほら、寒かっただろ?やるよ」
     彼は僕に缶を手渡す。
     ココアだ。まだ温かい、冷えた手には熱いほどだ。買ったばかりだろうか。
    「いいの?」
    「ああ、俺、コーヒー飲みたくなったからさ」
     確かに彼はいつもコーヒーを買っている。買い間違いだろう。
    「じゃあ貰うね」
     どうであれ、大事に取っておこうと決めた。折角好きな人からの贈り物なのだから。
    「いつものお礼ってことで、俺が何かしてるわけじゃないしさ」
     彼は朗らかに微笑む。いつも見る笑みだ。それでも可愛らしい。などと思ってしまうのは流石に惚れてしまったからなのだろう。
    「僕は君といれるだけで嬉しい。から、気にしなくて良いのに」
     僕は本心を告げる。
    「欲無いよな。お前、それとも満たされてるのか?」
     彼は僕の好意を知っているから、それが心からの言葉だと知っている。
    「……」
     でも彼は知らない。僕は欲深く、そして全く満たされていないことを彼は知らない。僕は缶を眺めるフリをしてからベンチに置く。
    「ま、食ったら行こうぜ。今日の相手、昨日決めておいたからさ。どこにいるか知んないけど。」
     彼は僕に擦り寄る。ただでさえ隣なのにお互いの服が擦り合うほどに近づいた。
    「……っ」
     彼の温度を感じた瞬間に僕の体が跳ねる。血の気が引いた感覚、その一瞬後に恐ろしいほどの勢いで熱が身体中を駆け巡っていく。
    「ああ、坂上でも良いぜ」
     彼は僕を舐める様な上目遣いで見つめ、身をこちらに乗り出し、膝に指を置く。
     体が震える。目頭が熱い。
     喉が渇く感覚を抑えながら、僕は拒否を口にする。
    「……それは、いいや」
     僕は弁当の蓋に手を掛ける。
    「ふーん」
     彼は顎を引いて、僕の膝から指を離した後、ややあって僕から離れる。
     鼓動が激しい。身体中が熱を持っている。
     彼は僕に誘いかける。そう。今日の相手の誘いだ。僕はいつもそれを断る。
     僕は彼の恋人になりたいのだ。だから。彼の誘いには絶対に乗らない。
     これから彼が他の男と淫らな行為に耽るのだとしても、それを僕がこの目に映すのだとしても、その誘いには絶対に乗りたく無かった。



     僕の彼への思いは情欲なのではないか。その疑問が僕にとって一等恐ろしいことであると同時に、彼を手に入れられない言い訳としてあまりにも適切な理由であるが故に僕は彼に好きだと伝えられたことがない。
     なんて、ただの表向きの理由だ。誰に対してかはわからないし、あまりにも虚しいことだけども仕方がないと言わせてほしい。
     そもそも僕が彼に対して恋と呼べるであろう感情を抱くこととなったきっかけが彼の嬌声をこの耳に入れた時だったから。時々、実際にその疑念が心中を走り回り、離れなくなることもあるのだ。

     その日、僕は彼に渡したノートを返してもらうために彼のものと思わしき影を追っていた。最終的に見失った挙句に尿意を催し、仕方なく立ち寄った体育館のトイレに彼はいた。
     いや、その時はまだその声が彼だとは信じていなかった。誰かの喘ぎ声が聞こえ、僕は声を上げた瞬間にその事が恐ろしくなり、追われるように逃げ去った。走る最中、彼の顔が脳裏によぎったもののすぐさまかぶりを振って忘れようとした。
     だけど、その後の授業で遅れてやってきた彼の僕に向けられた思わせぶりな笑みに僕は全てを悟らされた。彼は体育館のトイレで男と淫らな行為をしているのだと。
     その後、僕は時折彼の後をつけ、情事を盗み聞き始めた。彼の声が忘れられ無い。その時点で僕はすでにおかしくなっていたのだろう。咬み殺せない喘ぎ声と湿った音、それを盗み聞きながら僕はついに自らを慰めるようになっていった。
     初めは、彼が行なっていることは場所さえ違えばただの恋人との密会であるのだとその行為に罪悪感が湧いていた。だが、驚いた事に、彼の相手は毎回違うのだ。僕の同学年の時もあれば、3年生の先輩の時もある。彼は、相手が誰だって構わない。そう、きっと僕であっても……
     そのことに気づいてしまったあの日、彼に手を出したいという欲望が鎌首をもたげた。それが実行できる程の衝動の波が僕に襲いかかったのはその瞬間と後の1度だけであったと思う。トイレの個室の扉を叩き、彼に微笑みながら手を伸ばす。彼は受け入れてくれた筈だ。そうすれば、僕と彼は今のような停滞した関係にはならずに済んだのだろう。

     ある日、彼に僕が後をつけていることがバレた。いや、実際の所、ずっと前から筒抜けであったと思う。
     その日、僕の好意は自らの胸中に露見してしまった。そう、僕が目をそらし続けてきた。富田くんが好きだという現実を、直視せざるを得なくなってしまったのだ。
     僕の背後で扉を開き、人の情事を覗くのが趣味なのかと笑う彼。僕は違うと否定する。胸の奥が痛くて仕方がなく。それ以降の言葉が出ず。ひたすらに否定の言葉を呟く僕は半狂乱となっていただろう。そんな僕をみた彼はその日の相手に断りを入れてから僕の元へと向かい。唐突に僕を抱きしめたのだ。
     僕は固まってしまった。胸の奥の痛みが全体に広がっていく感覚。
     彼は、僕に誘いの言葉をかける。だがその瞬間、僕は言い知れぬ恐怖に襲われ、彼を突き飛ばして逃げ出した。
     身体中の感覚がなかった。悦楽を極めた男の、彼の匂いが、声が、僕を狂わせようとする。僕は恐ろしかった。すぐさまに後悔が追いつき。その後、安堵が僕の元へと飛び込んだ。それ以降彼をこの手に収めなかった後悔と安堵は、いつも僕の心に幽閉されることとなった。

     その次の日、僕はまた彼を追っていた。言葉をかけたかったのだけど、いつものように情事を盗み聞くだけで終わりを迎えた。否定の意味も無く。その後の会話にて、彼の中で僕は図星を突かれて逃げ出した、そういう趣味の男だと認識されていた。
     そのうちに彼自身から、暇なら来てもいい。等の言葉が届くようになった。
     行為の終わった後、彼の部活後、帰り道をともにするようになった。
     僕と彼の距離はそれなりに近づいていった。
     帰り道の途中、僕が部活に入っていないことを知った時の彼の顔はいまだに思い返すと少し嬉しくなるし、昼休み、殆ど何も食べていない彼のために、僕の弁当を半分にして5限の時間に共に食べることもあった。それ以降、僕は彼に弁当を作っている。彼に相手がいる日は行為の後で食べるから授業に遅れてしまうので、共に食べるのは彼が予定のない日だけになってしまうのだが、僕の弁当を一緒に食べるのはなんだか照れくさくて仕方がないため、正直助かっているのかもしれない。僕の考えすぎなことはわかっている。でも僕の作ったものだと思うとどうしても頭の片隅が沸きだって仕方がなくなってしまう。それが周囲にバレないようにも二人きりで食べたいと、ついつい外で彼を待つようにすらなってしまった。まあ、純粋に二人でいたいという気持ちが一番強いのだけど。
     そんな日々を過ごすうちに、完全に好意がバレたその時にはもう、僕らの距離はいつも隣にいる友人として完成されてしまっていた。
     そう。変わった趣味を持つ。友人として。
     彼は僕の趣味を満足させるために僕を付き合わせてくれている。共犯者のようでいて確実に関係が停滞している。その自覚はあった。
     彼が僕の好意を揶揄うたびに僕の心は鈍重になっていく。お互いがお互いにある程度素直であるが故に、僕が日に日に彼のことを手に入れたいと思っていた始まりの仄暗い欲望を口に出せなくなっていった。
     彼の中での僕は、彼のことが好きな覗き趣味の友人、そうなっているはずである。もしかしたら僕は本当にそのような趣向の男では無いのかとも思い始めてしまっている。ただ臆病で、今の関係をやめたく無いだけなのだろうけれど。
     いや。どうにかして、そのうちに恋愛的に彼を振り向かせられないかと奮闘自体はしているのだ、今のところ全く効果は出ていないが弁当だってそのつもりだった。
     彼に好きな人はいない。筈だ。その彼の特別になりたいと願っている。それまで、僕は彼をこの手に収められないのだ。
     彼に抱きしめられた時、僕に宿った恐怖は、彼の今日の相手、それだけの人間になる恐怖だった。
     そしてあの時、僕は彼と愛し合いたいのだと、完全に理解してしまったのだ。


    「なーんで坂上は俺を抱かねぇのさ、一回ぐらいは試しても良くね?」
     彼は僕が彼を好きであることを理解して、いとも簡単に僕の心を揺さぶる。
    「うん……なんでだろうね」
    「お前、そういう趣味だけじゃなく俺のこと、好きなんだろ?ま、勃たなかったら諦めるけどさ」
     僕はひたすら曖昧に微笑みながら、彼の気が別の話題に移ることを祈るしかできない。それでも一応は答えてしまうのが僕の弱いところだろうか。
    「できるだろうけど……」
    「気が向いたらでいいけど、いつでも待ってるんだからな」
     彼はいやらしく笑う。
     ああ、この笑顔が僕だけのものであったならといつも考えている。でも彼は誰にだってこう笑うのだろう。
    「そういうのは、僕をちゃんと好きな人としたいから……」
    「そうか?俺、坂上のこと好きだぜ」
     少し跳ねる心音。顔が熱い。恥ずかしい。    
     彼は最も簡単にその言葉を口にするというのに、その言葉を、僕はずうっと待っている。彼の心からの言葉を。僕だけを見る彼が放つ言葉を。
    「そういうのじゃなくてさ……」
     恥に耐えきれず、俯いて僕は溢す。
    「ま、いーや。坂上が食べ終わったら、今日の相手でも探しに行くかな」
     彼は立ち上がる。
    「行ってらっしゃい、弁当は5限後に渡すよ」
     僕は沈んだ心を隠し通せてはいないだろうけれども彼を見送ろうとする。
    「来ないのか?待つならコーヒーでも買おうかと思ったんだけど」
    「うん、今日はいいや。また後でね、富田くん」
    「……おう、後でな、坂上」
     彼は僕を見つめ、数度の瞬きの後。どこかへと去っていった。
     嫌な気分だ。僕は、彼のために指先一本動かせないのだ。なんて怠惰で傲慢な恋だ。彼は、本当に僕を待っている。それはきっと多分恋ではないのだろうけど。そんなこと僕にはわからない。
     でも、そもそも僕のこれは恋と呼べるのだろうか。彼を追いかけ、抱きしめられるのならば、彼は、形だけでも僕のものになってくれる筈なのに。一瞬でも、僕のことを見つめてくれる筈なのに。それができない自分は、どれほど臆病なのだろうか。
     でも、それでも良い。彼が、僕を見つけてくれるうちは、僕が彼を見つけられるうちは、それだけで良い。僕は臆病で構わない。どれだけ停滞を憎もうと、選び取った選択は変わらない。


     僕は自らの弁当を口に運ぶ。
     冷ややかなものが胃に滑り落ちる。弁当は冷えてはいないのに。
     堪えきれずに缶のプルタブを引く。彼から貰ったものだから飲まずにとっておこう等と茹だった考えをしていたが耐えられそうに無い。
     口に含む。まだ温かかった。ゆっくりと喉に通していく。
     甘い。
     勿体無い。という感情と愛おしさ、これはナルシズムの気があるのかもしれない。自己陶酔な気がしてしまう。
     視線を宙にそわせる。燻んだ空が見える。
     口を離す。
     そろそろ、限界がきているのかもしれない。感情の落とし所を自らに当て込み始めている。いつか、僕は彼を手篭めにし、僕以外を見ないように、自らの元へ強制的に引きずり込むかもしれない。
     その前に、彼をどうにか振り向かせて、振り向いた君が全部悪いんだ。と笑い合わなければならない。諦めるという選択はもう僕には無い様だから。 
     後で、彼にコーヒーを買って渡そう。僕は弁当を閉じる。食欲が無い。6時限目に彼と共に食べることにする。僕が授業をサボるのだ。どうにかして彼に部活を抜け出させて、そして一緒に出かけよう。
     教室に戻るために立ち上がる。冬の空気にも慣れてきたけど、ここにいる意味はもう無い。鞄にココアの缶をしまう。もう完全に冷たくなってしまった空洞の銀色は、妙に恐ろしいものに感じてしまう。
     灰色の空、ここに彼がいるだけでどれ程この視界が明るくなるのだろうか。花壇の鮮やかな花々ですら今の僕には味気ないのだ。パンジーの紫が鬱陶しいとすら思えてしまう。ああ、駄目だ。
     早く、教室に戻ろう。
     僕はしっかりとした足取りで歩き出す。目的は決まっている。迷うことなどないのだ。
     だから、どうか、進めます様に。
     そう願いながら僕は足を早めた。
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