箱庭わたしがこの屋敷に雇われたのは、半年前。
高給だが、条件はひとつ。
「外との接触は絶つこと」だった。
屋敷は街の外れ、森の中。高い塀に囲まれ、鉄の門は常に鍵がかかっている。
最初に違和感を覚えたのは、あの方――ご婦人、いや、奥様の姿だった。
お綺麗で、穏やかで、常に微笑みを称えているお方。
けれども、その目の奥には、何かが沈んでいるように見えて仕方なかった。
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ある日、朝の紅茶をお持ちした時のこと。
リチャード様がすでに彼女の傍にいらして、肩を抱くようにして言った。
「姉さんは、ずっと僕のそばにいてくれるよね?」
「ええ。もちろんよ、リチャード」
それは、答えではなく呪文のようだった。
そう唱えれば災いは訪れない。
そんな“祈り”のような声音。
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夜に物音がしたことがあった。
何かが倒れる音。続いて、低い声で誰かが泣いていた。
扉越しに耳を澄ませると、
「ごめんなさい」「違うの」「逃げたいわけじゃ……」
そんな奥様の声と、静かに押さえるようなリチャード様の声が交錯していた。
翌朝。
奥様はいつも通り笑っていた。
けれど、首元に薄く赤い痕があったのを、わたしは見た。
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誰にも言えない。
誰にも告げられない。
ここは、そういう場所なのだ。
リチャード様は言う。
「姉さんは幸せだよ。ねえ、そうだよね?」
奥様は答える。
「ええ。私は、幸せよ」
……その声は、悲鳴に似ていた。
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そして今日も、わたしは紅茶を運ぶ。
奥様は笑って、リチャード様は微笑んで、二人の朝が始まる。
この屋敷には花も咲いているし、鳥の声も聞こえる。
ただ、自由という名の季節だけが、永遠に来ないのだ。