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    うりゅー

    過去作とイベントの展示スペース。
    オクタCPなしと、イドアズ作品が置いてあります。

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    うりゅー

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    イドアズのフロとアズがメイン。ジェは最初と最後に出てきます。おまけパートで三人がバトルします。
    やる気のないフロイドがアズールに会いに行ってやる気が出る話。
    アズールが料理できる設定だったので、マスシェフ後になるよう加筆しました。あとタイトルも変更しました。

    ふわふわ ふいに目が覚めた。

     まだ頭の半分は眠っている中途半端な覚醒。濁った水のようにぼんやりとした頭に、ひかえめな物音が聞こえてくる。ジェイドが早朝から山へ行くと言っていたことを思いだした。気をつかって、電気は点けずに暗闇の中で静かに動いているのだろうと思う。

     音を立てないようにしているのだろうけれど、静まりかえった部屋では、わずかな音も耳に響く。こういうときは、早く眠りに戻ろうと思えば思うほど気になって、つい、音を追いかけてしまう。着替えている衣ずれの音。リュックに何か詰める音。ゴツゴツした靴を履く音。
     立ちあがってリュックを背負う音が聞こえた。ここまで付きあったのだから、声をかけようか悩んだけれど、目を開けて起きるのは負けたような気がする。

    (いってらっしゃい。キノコは採ってくんなよ)

     頭の中で声をかける。テレパシーとかあったら伝わるかもしんない。あればいいのに。
     丁寧にドアを開いて、ゆっくりと閉じる音。最後にカチャリと鍵のかかる音が響いて、やっとフロイドは眠りに戻ることができた。



     次にフロイドが目を覚ましたときは、すでに早いとはいえない時間になっていた。閉じたままのカーテンから透ける光が室内を明るくして、もう朝ではないと告げている。

     起きあがって反対側のジェイドの領域を見ると、暗い中でおこなったとは思えないほど、きれいに眠っていた痕跡が消えていた。
     ひとりぼっちの部屋は空気が沈殿しているかのように静かで、物足りなさを感じる。

     ジェイドが山に行くのは別に珍しいことではない。珍しいどころか、先週も同じように出かけていた。その前は忘れたが、いつもなら一人の部屋に何も思うことはない。でも今日は、この部屋を嫌だと感じる。身体が重くなって、沈殿した空気と一緒に沈んでいくような気がする。動くのがだるい。

     そうはいっても今さら二度寝をする時間でもないと、ぬるぬるとウミウシのように布団から抜け出し、面倒だけれど顔を洗って、歯を磨いた。人間の生活は無駄なことが多いと思う。たくさんの無駄に慣れてはきたけれど、気分が乗らないときは、おっくうでしかない。
     とりあえずの身支度をするが、もう何もしたくない。というより、何をしたいのかわからない。
     慌ただしいイベントごともなく、なんの予定もない休日。出かける気分にもならず、特にしたいことが思い浮かばない。

     着替えもせずに、だらだらとベッドの上でお菓子を食べて、スマホのゲームをした。いつもなら楽しいと感じるゲームなのに、今日はただ単調な作業にしか感じない。
     壁に投げつけたい衝動を押しこめて、スマホをベッドの上に放りだした。我慢できたオレえらいじゃん、と胸のうちで自分を褒める。

     まだ読んでいない雑誌があったと思いだし、立ちあがって手に取って、ついでにジェイドのベッドに移動した。ぐしゃぐしゃのフロイドのベッドと違い、きれいに整えられている。あとで文句を言われるだろうと思いながら、わざと乱暴に布団の上に転がって、雑誌をぱらぱらめくった。
     新しく出るスニーカーの特集を楽しみに買ったはずだけれど、色が目に入るだけで内容は頭に入ってこない。やっぱり楽しくないので今度は雑誌を放りなげる。床に落ちて、折れ曲がったページを腹立たしく思う。自分でやったのだけれど。

     突然おとずれるコントロールできない感情に、もどかしさを感じる。周りにある色んなものがわずらわしい。なんの音も聞こえない部屋が嫌だ。まとわりついている布の感触が嫌だ。ベッドに沈みこむ身体の重さがいやだ。ジェイドの匂いに混じる土の匂いがいやだ。

    (ぜんぶ、やだ)

     どこかへ逃げたいけれど、動きたくもない。もう十分すぎるほど寝ているので、眠れないだろうなと思いながら目をつぶってみる。

     海で何もしたくなかったときは、死にかけのクラゲみたいに、ただふわふわと水の流れに身を任せていたことを思いだし、身体の力を抜いた。
     陸の空とは違う深い青を頭に浮かべて、水の中にいるような気持ちを思い描いてみる。
     しばらくそのまま、身体を水にゆだねて流されていると思いこんでみたが、眠ることもできないし、何も変わらない。

     あきらめて目をひらくと、見えるのは目をつぶったときと同じ面白みのない天井で、わかっていたけどガッカリする。海で流されていれば、海藻の茂みにつっこんだり、誰かと間違えたコバンザメがお腹にくっついてきたりした。
     何もなくても、見える景色くらいは変わったのに。海と違って陸はどこにも連れていってくれない。

     そんな風に流されていたとき、アズールのいる蛸壺の近くに流されたことがあったのを思いだした。


     ◇◇◇


     その日のフロイドは、死にかけではなく死体になった気分で流されていた。

     海で無防備な姿をさらせば、フラリと出かけるくらいの手軽さで死に繋がる。それでもいいかな、と思うほど、なんにもやる気がない。
     そんな気分に死体の真似はうってつけに思えた。

     魚に肉をつつかれて、ぼやぼやと白く濁り、小さな欠片になって、海の中に溶けていく。そんな姿を想像しながら、揺らいでふわふわと流されていく。
     ときおり小魚に腹や尾ビレをつつかれる。今日は死体だから食べていーよ、と、くすぐったさを我慢していたが、だんだんと数が増えてきた。
     耐えきれなくなって目を開くと、驚いて逃げる小魚の向こうに、なじみのある蛸壺が見えた。

     丸くて暗くて小さなアズールのお城。周りには、蛸壺に収納しきれなくなった貝殻が山になっている。どれにもびっしりと術式や魔法薬の組成が描かれていた。
     下のほうは書き損じやメモ書き。積み重なっていくうちに、だんだんと初歩的な魔法や、完全に習得した魔法が描かれた物になり、上層部は、へたな魔導書より充実した内容になっている。

     蛸壺には収まりきらない知識の山が、アズールの中にはきっちり収納されている。そう思うと、海淵の暗闇を覗きこんだような、ぞわぞわとした感覚が身体を駆けめぐる。
     フロイドとジェイドを惹きつけるアズールの底の見えない魅力。それがあふれて形になったこの貝殻の山を見るたび、嬉しいのか怖いのかわからない感情が湧きあがってくる。

     おかげで死体だった気分は元気に蘇生した。

     蛸壺を覗きこむと、アズールはいつものように真剣なまなざしで本を読んでいる。だけではなく、右側では何かを書いて、左側では魔法薬の調合をしている。
     見えていなくても、それぞれの腕は、感触や味、匂いがわかるので、簡単な調合くらいはできるそうだ。頭がこんがらがりそうだと思うけれど、アズールの頭も腕も、こんがらがっているところは見たことがない。

     声をかけると、アズールは迷惑そうな顔をしながらも動きを止め、フロイドに顔を向ける。さんざん「帰れ」と言われても、ちょっかいを出し続けた成果だ。どれだけ墨を吐いても結果は変わらないのだから、無駄な時間と墨と体力を使うだけだと、賢いアズールは気づいたのだろう。

     そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。

    「フロイド。アズール」

     振り返ればジェイドもやって来ていた。フロイドに恨みがましい目を向けている。

    「アズールのところに行くなら言ってください。ひどいです。僕を一人にして行くなんて」
    「えー、今来たとこだしー、別にいーじゃん」
    「よくない! どっちも来るなよ!」

     二人の会話を聞いたアズールが叫ぶ。そう言いつつも、追いかえすことはしない。やっぱりアズールは利口で賢い。

    「んで、今日は何してんの?」と聞くと、アズールは新しく覚えた魔法に解説を加えながら、二人に披露してくれた。
     すごいすごいと褒めると、得意げな顔をする。そのまま褒めつづけると、だんだんと隠すように顔を伏せてしまう。スベスベマンジュウガニのようにつやつやした頬の色が濃くなって、照れているのだとわかる。

     「わかったから。もういいです」と小声で言う姿が可愛いので、もっと褒めたい。けれど、これ以上やると本気で追いだされてしまうと学んでいたので、適当なところでやめる。賢いウツボだから。
     ジェイドは褒め言葉に嫌味を混ぜはじめた。たしかに追いだされはしないけど、ちょっとどうかな、とフロイドは思っている。

     そのまま、話をしたり貝殻を読んだりしているうちに、二人を無視してアズールは作業に戻った。そんなアズールを、飽きることなく二人で暗くなるまで見続けた。
     あの頃を思い出してみると、フロイドが流されて漂ったときは、たいていジェイドが迎えに来ていた。もしかしたら、危ないところに流れる前に止めてくれていたのかも。なんて思う。
     ジェイドがいなかったら、サメのお腹にでも入って、本当に死体になっていたかもしれない。今は隣にいない兄弟にひっそりと感謝した。
     それにアズールと出会ってから、漂うことも減っていた気がする。何がしたいかわからなくても、アズールのところに行けば、自分が何かしなくたって楽しくなった。アズールには知識だけじゃなく、楽しいも詰まっている。

     そう思ったら、突如、アズールに会いたい気分になった。

     アズールの顔が見たい。声が聞きたい。触れたい。傍にいたい。こんなに強く思うのに、なんで早く行こうと思わなかったんだろう。でも、さっきまではそんな気分じゃなかったのだから、しょうがない。すぐにアズールのところへ行こう。
     着たままだったパジャマ代わりのジャージとTシャツを脱いで、ちょっとはマシな服に着替える。
     確か今日は新メニューを考えると言っていた。部屋を出てモストロ・ラウンジへ向かう。

     大きな窓の外側に広がる青い景色を見ながら、ゆらゆらふわふわと流されている気分で廊下を進む。流れつくところにアズールがいると思ったら、さっきまでとは打って変わって、ごきげんな気持ちになっていた。

     モストロ・ラウンジの扉を開くと、フロアの電気は消えていて、水槽の青く揺れる光だけが室内を照らしていた。ほの暗さと、水槽の向こうから聞こえる水の動く音。普段は感じられないが、誰もいない店内は深海にいるような気分にさせてくれる。
     VIPルームの扉のノブを回すと鍵はかかっていない。勢いよく扉を開けて、そのまま中に入る。机に向かって、書き物をしていたアズールが、びくりと顔を上げた。

    「アズール、おはよー」
    「早くないですよ。おはようございます」

     早くないとは言いつつ、きちんと挨拶を返してくれるアズールに、フロイドは嬉しい気持ちになる。
     忙しいときには「何の用ですか。今日はかまっている時間はありませんよ」とピシャリと言われるけれど、今日はあっさり中に入れてくれた。繁忙期ではないので、アズールにも余裕があるのだろう。

     着替えたとはいえ、スキニータイプのスウェットパンツにトレーナーを着ただけのフロイドとは違い、アズールはしっかり寮服を着ていた。
     フロイドが来なければ一人きりだというのに、コロンまでほのかに香る。アズールの香りがわからなくなってしまうので、ない方がいいけれど香り自体はフロイドも好きだ。
     机の上にはいくつかの資料と、何かを書きつけたメモが置かれている。海より動かす腕が減って不便そうではあるが、アズールはあのころと変わらず、たえず回遊魚のように動いている。

    「アズール、メシ食った?」
    「昼はまだです」
    「オレ、作るから一緒に食べよ?」

     今日はふわふわの気分だから、ふわふわのオムライスにしようかな、と考える。
     ラウンジのキッチンを使おうと、部屋を出ると、めずらしくアズールがついて来た。
     オムライスを作ると言ったら、「じゃあ、僕がチキンライスを作ります」と玉ねぎの皮を剥きはじめた。いつもならフロイドが料理を作っているあいだは、何かしら勉強なり仕事なりをしているのに。

     めずらしいアズールは嬉しいけれど、そうなるとフロイドは卵を焼くだけになってしまう。せっかく出たやる気がもったいないので、卵をめちゃくちゃ泡立てることにした。白身をメレンゲにして、後から黄身を入れるスフレオムレツだ。
     アズールが料理する姿を眺めながら、泡立て器でカシュカシュトンタン鳴らしながら、卵をかき混ぜる。

     フロイドより細く節くれだっていない白い指が、タマネギを細かく刻んでいく。アズールの淡い青色の瞳に涙が浮かんで、今にもこぼれ落ちそうだ。ツンとした刺激が、フロイドの目にもやってくる。
     初めてタマネギを切ったときは、三人でボロボロ涙をこぼして、呪いのかかった野菜かと思った。今でもマンドラゴラよりやっかいだなと思っている。

     アズールが炒める段階に入るころには、卵をかき混ぜる腕が重くなり、力が必要になってきていた。これくらいでいいかな、とアズールの隣でフライパンを温めはじめる。
     もこもこふわふわの生地をバターたっぷりで焼く。ぷつぷつと小さな泡が出てきたら、真ん中をくるくる混ぜて、端っこがカリッとしたかなって思ったら半分に畳んで完成。焼きあがると思ったより大きなサイズになっていた。アズールの作ったチキンライスの上に無理やりのせる。とろりと中身があふれ出て、溢れ落ちそうになったけど、店に出すわけじゃないからいい。

     ラウンジのテーブルにお皿とカトラリーを並べた。テーブルランプを点けると、あたたかい色の光が広がる。ピンクの灯りはアズールがこだわったものだ。モストロ・ラウンジのイメージは海の中。でも青い光だと人間は食べ物がおいしく見えないらしい。よくわからないけれど、アズールが言うならそうなのだろう。

     軽く片づけをしてくれていたアズールも席につく。いつの間に作ったのか「野菜もとらないと」とサラダが追加された。

    「いただきます」
    「いただきま〜す」

     立ち昇るバターの香りに、アズールは一瞬だけ顔をゆるめて、次の瞬間には、むうっとした顔で「バター、多すぎじゃないですか」と一言。
     文句を言いながらも、一口食べたらまた顔がゆるんで、もぐもぐしたあとに「うまっ」とつぶやいた。

    「チキンライスもめっちゃうまい」
    「それはよかった」

     アズールは陸に来て、しばらく料理には手を出さなかった。でも作らないくせに味や見た目にやたら厳しかった。料理しねーくせに〜と文句を言ったら、その言葉がアズールに刺さったのか、マスターシェフに参加してきっちり料理を覚えてきた。もともと魔法薬を作るのがうまかったアズールは、同じように料理も上手になった。
     正確に材料を量って、加工して、正しい火加減と適切な時間で処理をする。魔法薬も料理もやることはほとんど一緒。気分によって作り方を変えてしまうフロイドと違って、アズールの料理はいつでもおいしい。
     なんで今までやんなかったの? って聞いたら、「料理は作ったら食べなきゃいけないじゃないですか! どれだけのカロリーになるか、考えるだけて恐ろしい」と熱弁された。アズールらしい納得の理由だ。

     今日のふわふわオムライスは上出来だ。アズールの顔もゆるゆるになっている。おいしいものを食べているときのアズールは、見ているこちらも、ゆるゆるになってくる。ずっとこの顔を見ていたいのに、少食になってしまったせいで、最近は楽しみが短くなっちゃったのがちょっと残念。

     ◇◇◇

     ご飯を食べたあとは、VIPルームに移動して、新メニューについて話しあった。話しあったといっても、アズールが案を出して、それにフロイドが付けくわえたり、文句を言ったりして進む形だ。
     日替りメニューは、材料のまとめ買いができないからコストがかかるとかなんとか悩んでいる。「日替りドリンクならどう?」と言ったら、アズールは「映えを狙えばいけますね」とブツブツ集中モードに入っていった。

     集中しているときのアズールは、周りの空間から切り取られたように、くっきりはっきり鮮やかに目に映る。はっと息を呑んで、吐くのを忘れそうなほど、かっこいい。
     こういうときは熱烈なファンのように、欲の混じらない目でその姿を堪能する。胸がキュンと高鳴った。オレのアズール、マジかっこいい、と心の底から思う。
     アズールはしばらく考えこんでいたけれど、ふいに顔を上げた。

    「味と色を変えるだけでは普通なので、他に何かアイデアはありませんか?」

     一人で考える時間は終わったみたい。

    「ん〜とね〜」

     ジェイドだったら、どこどこ産のフルーツが旬ですとか、これから流行りそうな食材とか言うのだろうけれど、特に思いつかない。ミステリードリンクみたいに、何か変わったものを入れるとか?

    「あっ!」
    「何かいい案がっ?」

     期待に満ちた目でフロイドを見つめてくる。

    「飽きてきたかも」

     アズールが一瞬でガッカリした顔になった。

     今まで楽しかった気分は唐突にいなくなってしまった。目の前にいたはずなのにパッと消えてしまう。
     速い海流に飲みこまれてしまったように。大きな口を開けた魚にパクリと食べられてしまったように。

    (やだよ)
    (いかないでよ)
    (なんでいなくなっちゃうの?)

     目の前から消えてしまった楽しいは、どうやって探していいのかわからない。何をしたら楽しいのか。これじゃないのはわかるけど、それが何なのか、わからなくなる。

    「そうですか」

     アズールが静かに答える。シフトをサボったときは怒るけれど、二人や三人のときに怒ることはあまりない。フロイドに相談することを諦めたのか、何事もなかったように資料に目を通しはじめる。それを見て、ひどく安心する。

     気分が深く沈んだときは、誰も近くにいないでほしい。しゃべりたくもないし、見たくもない。でも。ジェイドとアズールはいても大丈夫。
     二人は、ここまでなら大丈夫、の線を超えない距離にいてくれる。今みたいに話すのが面倒だなと思っているときは、話しかけてこない。触れていたいなと思うときは「しょうがないですね」とか「おやおや」とか言いながら、抱きしめてくれる。二人にはフロイドにもわからない境界線が見えているような気がする。

     アズールは、まるでフロイドなどいないかのように、また集中して何か考えている。同じアズールなのに、さっきみたいに胸が高鳴ることはない。綺麗な風景の一部のように、わずらわしさも不快感もなく、ただそこに存在している。

     フロイドはそのままソファーに寝転がる。朝と同じで、たぶん眠れない。当分、この“楽しくない”と付きあわないといけない。
     どこかへ行ってもいいかもしれないと思ったけれど、外でうっかり雑魚に会うよりここにいた方がいい。眺めはいいし。

     それからしばらく、紙の擦れる音と何かを書くペンの音を聞きながら、綺麗なものが動いているな〜という感覚で、ぼんやりと眺めつづけた。


     ◇◇◇


     どれくらい時間が経ったかわからないが、飽きていることに飽きてきた。腕を広げて、こわばっている身体を伸ばす。
     フロイドの動きに反応したアズールが視線を上げたので、目が合った。ずっと近くにいたのに久しぶりな感じがする。

    「僕なんか見続けて、よく飽きませんね」
    「ん。今飽きた」
    「ふっ」

     アズールが笑いの混じった吐息をもらす。つい今まで綺麗な風景だったアズールが、アズールになる。このアズールは、見ていて飽きることはないと思う。

     少し気分が浮上してきた。ついでに何か食べたいような気がしてくる。お腹が空いた、まではいかないが、何かちょっと口に入れたいな〜と思う。何かを食べたら、気分が変わるような気がする。

    「なんか、口がさみしい。なんかない?」
    「……キャンディならありますよ。ミント味はありませんけど」

     そう言いながら、アズールは引き出しから、ガラス瓶を取りだした。透明で綺麗な模様の入ったガラス瓶の中に、蜂蜜色のキャンディが入っている。アズールがこの部屋にこもっているとき、「疲れてきてるな〜」と思ったころに取りだして、口にしているのを何度か見たことがある。

     「アズールが甘いの食べんの珍しいじゃん?」と聞いたら「脳に糖分が必要ですから」と言っていた。
     ジェイドがいるときに「疲れてきてるな〜」が出てくると、ひと匙よりは少なめの砂糖の入った紅茶が出てくるので必要ないのだろう。三人でいるときに食べているのは見たことがない。

     きっとジェイドは、机の中にキャンディが隠されていることを知らない。自分とアズールしか知らないと思うと、ちょっぴり優越感を感じる。けれど、キャンディが前に見たときより減っている感じがしないので、その分ジェイドは紅茶を入れているのだろうと思ったら、ちょっとくやしい気持ちになった。

     前にねだって、一粒、口に放りこんでもらったことがある。特に味や香りがついているわけではないけれど、優しい甘さのキャンディ。おいしかったけれど、今の気分とはなんか違うな、と思う。

    「ん〜とね、今日はふわふわしたやつの気分」

     メニューを考えるが楽しいのは終わったけど、ふわふわ気分は終わっていなかったみたい。口に出してみると、ふわふわしたものしか食べたくない気分になった。

    「ふわふわですか……」

     アズールが綺麗な形の眉をひそめて、何か考えている。

    「ちょっと待っていてください」

     アズールは立ちあがり、VIPルームを出て行った。もしかして、何か作ってくれるのかな? アズールが作ってくれるなら見に行こうか。でも立ちあがるのが面倒。

     そう考えていると、アズールがすぐに戻ってきた。作ってくれるわけではないらしい。なにか残り物かお菓子でも持ってきてくれたのかもしれない。
     見ると手に、長細い物を持っている。小さな木の棒。そう見えるお菓子なのかもと目をこらして見たが、どれだけ見ても木の棒にしか見えない。

    「何ソレ?」
    「まあ、見ていてください」

     アズールはそう言うと、マジカルペンを取りだし詠唱をはじめた。小さな風属性の魔法が発動して、アズールのお腹の高さで渦を巻きはじめる。
     えっ。なに。わかんない。フロイドの頭の中が疑問符でいっぱいになる。
     アズールは続けて別の魔法の詠唱をする。小さな炎が渦の下に現れ、ゆらゆら揺れている。
     まったく意味がわからない。

    「何コレ?」

     二回目の質問にもアズールは答えない。代わりにアズールは目を細め、口の端を上げて、挑発するように、でも嬉しそうにフロイドを見つめてくる。
     アズールが、面白いことをはじめるときの顔だ。

    「──!」

     その顔を見た瞬間、行方不明だった“楽しい”が、押しよせてきた。身体中をくすぐられたように肌があわ立つ。沈没船の宝箱を開けたら、中に残っていた空気が飛びだして、顔を撫でていったときみたいな感覚。

     アズールが机の上に出しっぱなしになっていたキャンディの瓶を開けて、マジカルペンを振る。瓶の中のキャンディがいくつか浮かびあがって、渦の真ん中へ。中心でキャンディがすごい速さでぐるぐるしている。何をしているのか、さっぱりわからないけれど、わくわくして楽しくてしょうがない。

    「フロイド、こちらへ」

     おいでおいでされたので、立ちあがってアズールの隣へ。渦を上から覗くと、甘くてあたたかい空気が顔をくすぐる。
     アズールはさっきの棒を両手で持って、パキっと二つに分けた。何かのイベントのときに使った、どこかの国のカトラリーだと思いだす。

     二本に分かれた一本をフロイドに差しだした。「どうぞ」と言われたので、わからないまま受けとる。
     もう一本を手に持ったアズールは、渦の真ん中に棒を入れる。見ていると、真ん中から細い蜘蛛の糸のようなものが出てきて、アズールの持つ棒にくっついていく。
     アズールが棒を真ん中のところで棒をくるくる回しはじめると、糸だったものがだんだん大きくなって、今度は雲みたいになっていく。なんで?

     今度は釜をかき混ぜるみたいに、棒を大きく回しだした。棒にくっついた糸が少しずつ大きくなっていく。タンポポの綿毛みたいに丸くなったところで、アズールは手を止めた。渦巻いていた風と炎がフッと消えて、甘いぬくもりだけが漂う。
     アズールの手には、棒に巻きついた白い塊。さっきまで瓶に入っていたキャンディとは思えない大きさになっている。

    「どうぞ。ふわふわですよ」

     アズールは出来あがった白いふわふわをフロイドに向けた。受けとってみると、すごく軽い。どうやって食べるのか一瞬悩む。
     好きにすればいいかと、口を大きく開けてかぶりつく。勢いをつけ過ぎて、鼻がふわふわに当たる。見た目だけではなく、感触も本当にふわふわしている。
     口に入って、ふわふわが舌に触れたとたん、じわ〜っと口の中に甘さが広がって、そして、消えてなくなった。えっ? えっ?

    「ん〜!」

     びっくりしてアズールを見ると、勝ち誇った顔をしている。

    「どうですか?」

     なんて答えていいかわからないから、首を縦にブンブン振って頷く。初めて食べたけど、食べたかったのは、これだって思う。自分にもわからないことが、なんでアズールにはわかるんだろう。
     もう一口、齧りついて口に入れても、またすぐに消えてしまう。今度はペロリと舐めてみる。舐めたところにくぼみができて、小さな水滴がついている。不思議で面白い。

    「何? これ?」

     三回目の質問。

    「コットンキャンディと言います。砂糖の糸やパパの髭、なんて呼ぶ国もありますね。砂糖を熱で溶かして高速で回転させ、糸状にしたものです。水分で溶けてしまうので、海では絶対に味わえない食べ物です。お気に召しましたか?」
    「うん、うん!」

     陸の食べ物は面白い食感の物がたくさんあるけど、この食感は今までで一番驚いたかもしれない。面白くて、残りのコットンキャンディもあっという間に食べ終わってしまう。

    「フロイドもやってみますか?」
    「やるやる! アズールの分作るね!」
    「僕はいりませんよっ! 一個でキャンディ五個分です。ああ恐ろしい。自分で食べるか、ジェイドにあげてください」
    「じゃ、オレ食う」

     ジェイドに食べさせるなら、作るところから見せてあげたいな、と思う。ジェイドはコットンキャンディ知ってるかな。
     アズールがもう一度、魔法で渦を作る。フロイドもマジカルペンを取りだし、キャンディを浮かべて渦の中心へ。先ほどのアズールと同じように、くるくる棒に巻きつけて、ふわふわを作る。アズールが作ったものよりはいびつだが、丸いふわふわが出来あがった。

    「できたぁ〜!」
    「ふふ。よかったですね」

     アズールは稚魚を褒めるみたいに、ニコニコこちらを見ている。

    「アズール、やっぱすごい」
    「何がです?」
    「さっきの魔法何気にすごいし」
    「まあ、僕にかかればあれくらい当然ですよ」

     ふふっ、とドヤ顔になるアズール可愛い。

    「二つの魔法同時に使って、しかもおんなじ強さでずっと維持するの難しいのに、簡単そうにやってたし、あんなに近くで風がぐるぐるしてるのに、炎はあんま動いてなかったから、発動範囲のコントロールもすごい」
    「……っ」

     きゅっ、と口を噛みしめるアズール可愛い。

    「あと、オレもわかんないオレの欲しいものわかるのすごいし、すぐ思いついてやってくれるのもすごい。あと…」
    「わかった! わかったから! やめてください……」

     くうっ、と頬を染めるアズール可愛い。

     真っ赤になってうつむくアズールはあのころと変わっていない。あまり褒めすぎると、耐えられなくなるようだ。追いだされるのは嫌なので、これ以上褒めるのはやめておく。

    「ねぇ。オレが作ったの、一口だけ食べてよ?」

     わざと声に甘えをにじませて強請る。アズールはこの声に弱い。「うっ」とした顔をするので、追いうちをかける。眉を下げて「だめ?」とアズールの目を見つめて訴えた。
     交渉するときは、相手の弱点をつけと教えてくれたのはアズールなので、最大限活用させてもらう。

    「……一口なら」

     ちょっと考えてから、了承してくれた。
     アズールが手を伸ばそうとしたけど、その前にオレは指で一口分、コットンキャンディをちぎってアズールの口元に近づける。アズールは一瞬戸惑った顔をしたけれど、小さな口を開けた。指ごと口に入れて、指で舌に押しつける。

    「ふぁっ」

     口に入れた白い綿はあっと言う間に消えて、指先が舌に触れた。消えたふわふわを探すように舌を撫でまわす。表面を優しく擦ると、アズールの身体がひくりと動く。上顎の弱いところを爪先で軽くひっかいて、舌をくすぐる。まるでキスするみたいにアズールの口の中をかき回した。

     唾液が唇からこぼれた瞬間、アズールが後ろに退がったので指が離れてしまう。
     逃げられちゃった。片手が塞がっていると不便。こんなとき、タコちゃんアズールみたいに、腕がいっぱいあったら便利かもしれないと思う。アズールを抱きしめたまま、こんがらがって取れなくなってしまえばいい。

     手で口元をぬぐいながら、アズールが潤んだ瞳で睨みつけてくる。赤い目元と濡れた唇を見ると、もっと欲しくなる。
     唾液に濡れた指を見せつけるように舐めて、「あまい」と呟くと、アズールが信じられないという顔をする。

    「ねぇ、もっとほしい」

     今度は欲にまみれた声をしていると思う。

    「もう一口」
    「まっ」

     コットンキャンディをちぎって、アズールの口に押しつけ、制止の言葉ごと唇をふさぐ。
     夢中になって貪る。さっき指で触れた部分をなぞるように、舌で舐めまわして、甘さが消えてなくなるまで、キスし続けた。


     ◇◇◇


    「ねえねえ、ジェイド帰ってきたら、ジェイドにも見せたい。やり方教えて〜」
    「いいですけど、外でやってくださいね」

     アズールに軽くレクチャーを受けながら、ふと思いつく。

    「あっ、そーだ。さっきの日替りドリンクやめて、お天気替りドリンクはどう? 昼間は青空の色で、夕方は夕焼け色で、夜は夜の色にして〜、んで雨の日だけ、上にコットンキャンディのせんの!」
    「っ! いいですねっ! 平日は昼営業がありませんから、昼の色は休日限定になってレア感が出ます。雨の日は他寮からの客足が減りますから、それで集客が増えれば……マジカメ映えもいい……。フロイド天才です!」
    「えへへ〜」
    「ドリンクの種類を考えないといけませんね。ノンアルコールカクテルか、お茶にするか……。お茶ならジェイドがいたほうがいいですね」
    「じゃあ、ジェイド帰ってくるまで、へいて〜ん!」
    「いえ、他にも検討すべき案件が…………いや。たまにはいいか」
    「あれ、どしたの?」

     アズールがそんなことを言うなんて珍しい。まさか具合が悪いとか?

    「午前中、僕一人で頑張りましたから」

     アズールが視線をそらして、ちょっと口をとがらせている。あれ。もしかして。すね……てる?
     そうだ。休日はなんだかんだ、自分たち二人か、どちらか片方が一緒にいることが多かった。先週もジェイドは山に行っていて、フロイドも真面目に部活へ出たり、街へ買い物に行っていた。
     そして今日。アズールの性格からすれば、どんなに会いたくたって、用もないのに自分から呼びだすなんてするはずがなかった。

    「ぁあああ、あずーるぅ! 今日一人でさみしかった? もしかして待ってた? ごめんねっ!」
    「あっ、いやっ、今のはっ……ち、違います! 一人だから仕事がはかどったという意味です!!!」
    「うんうん、ごめんね。アズールがんばったね〜。ぎゅ〜ってしてあげる〜」

     アズールを抱きしめて、頭を撫でると、こてんと身体をあずけてくる。

    「ほんとうに、ちがうんですからね」
    「うん」
    「さみしくなんてなかったですから」
    「うん」
    「ぼく、ひとりでもへいきですから」

     素直じゃないアズール。すごく愛おしい。だから、その分、素直に言う。

    「アズールはひとりでへーきでも、オレはへーきじゃねーから。だから、オレをひとりにしないで?」
    「……フロイドがさみしいなら、仕方ないので一緒にいてあげます」
    「うん。ありがと」


    おわり




    次のページはギャグパート。
    ジェイドが帰ってきます。
    〜おまけのギャグパート〜
    (喘ぎませんが、一部語尾に♡がつきます)

    「ただいま戻りました」
    「あっ、おかえりジェイド〜」
    「おかえりなさい。直接来たんですね」

     ジェイドは部屋に寄らずに、モストロ・ラウンジに来たようだ。大きなリュックを背負ったまま、考えたくないがおそらくキノコが入った袋を手に持っている。

    「今日は珍しいキノコが採れたんですよ。二人に見ていただきたくて」

     ニコニコと話す内容は聞かなかったことにして、ジェイドの手をひっぱる。

    「ジェイドに見せたいもんがあるから、ちょっと来て!」
    「えっ、フロイド?」
    「アズールも来て〜」

     ジェイドの手をつかんだまま、キャンディの瓶と用意しておいた割り箸(と言うらしい)を持って、外へ連れだす。アズールもやれやれといった顔でついてくる。
     アズールが燃える物がない場所でやれと言うので、鏡を通って学園まで連れて行った。運動場近くの何もない場所で始めることにする。

    「見ててね〜」
    「何をするんでしょう?」
    「ふふ。見ていてあげてください」

     さっき教えてもらった通りに、風属性の魔法を発動させる。渦の下には鉄板を敷くイメージで流れを遮断する。安定させたところで、次に火の魔法を発動させた。炎が生まれ、ゆらっと揺れる。あとはこのまま一定の強さで維持して熱を溜める。
     アズールが作った渦より大きいかも。思った瞬間、炎が大きく揺れた。炎が渦に吸いこまれる。

    「あれ?」

     風の渦と火の熱によって生まれた上昇気流により、巨大な炎の柱がゴウゴウと天高く立ち昇る。

    「これはすごい。魔法を同時に使うことで、攻撃力を強化したんですね。さすがフロイド」
    「いや、違うんです……まあ、こうなるような気はしていましたが……」
    「失敗しちゃった〜」

     アズールのようにうまくできなかった。風と火のバランスと、さらに精密なコントロールが必要らしい。「大きい」と頭に浮かんだせいで、つられて炎が大きくなったようだ。
     一旦消して、やり直そうかと思ったら「そうだ」と言って、ジェイドが何かゴソゴソとし始めた。

    「キノコを焼きましょう」
    「は?」「え?」

     ジェイドがカゴからキノコを炎に向かって投げ、魔法をかけるとキノコは炎の柱のまわりをくるくると回りだす。

    「ああ、美しいですね」

     ジェイドは目を輝かせている。

    「はぁ。焼きはじめてしまったなら、食材を無駄にはできませんね。焼きあがるまで待ちましょう。フロイド、今の火力をキープしてください」

     コットンキャンディを作りたかったのに、なんで。アズールもなんで受けいれてんの。ツッコもうよ、と思ったけれど、予想外すぎて一瞬思考が止まったフロイドもツッコミのタイミングを逃していた。

     勢いよく燃える炎と、ぐるぐる回るキノコを眺めていたら、ジェイドが口を開いた。

    「そういえば今朝、僕が部屋を出るとき、フロイド起きていましたか? 『いってらっしゃい』と聞こえた気がするんです」
    「あっ! 起きてたし、言った! 心ん中で!」

     うわ。テレパシーあんのかもしれない。

    「心の中? 思念会話の魔法ですか? 双子の間では無意識に発動することがあるそうですよ」

     ジェイドの一言であっという間に夢が壊れた。テレパシーじゃなかった。テレパシーのがかっこいいのに。

    「わかんねー。思っただけだから」
    「思っただけで通じるなんて。双子というのは不思議な力があるのかもしれませんね。もし自由に使いこなせたら……ふふ」

     アズールはおそらく、何か商売になりすぎることを考えている。でも不思議な力があったなら面白いかも。

    「そうかな?」
    「そうかもしれませんね」

     ジェイドが微笑みながら、そう言った。そうだといいな、と思いながらフロイドもうなずく。

    「あのさぁ、ジェイド。前に海でオレが適当に流されてたときってさー、もしかして探してくれてた?」

     朝のことを思いだしたので、気になったことを聞いてみることにした。

    「人間が捨てたビニール袋みたいに流されていたときのことですか?」

     えっ。そんな風に思ってたんだ。

    「うん、いっつも迎えに来てくれたじゃん?」
    「違いますよ。探してはいません。待っていたんです」
    「待ってた?」
    「ええ。一人で、さみしかったので」

     ということは、流されてる間ずっと近くで待っててくれてたってこと?

    「……そっか」

     ジェイドもさみしかったんだ。

    「そっかー」

     くふふ、と笑う。

    「それがどうかしたのですか?」
    「なんでもなーい!」

     今朝、さみしい思いをさせた張本人のジェイドには「オレもアズールも今日さみしかったよ」なんて教えてあげない。

    「ああ、そうだ。山にいるときもフロイドの声が聞こえた気がするんです」
    「えっ、マジで? なんて?」
    「『ふわふわしたものが食べたい』、と」
    「思った思った! めっちゃ通じてんじゃん!」
    「すごいですね。あれが伝わっていたんですか。本当に伝わりやすいのかもしれませんね」

    「フロイドこれを」

     ジェイドの手には、丸いものがちょこんとのっていた。クリーム色がかった白い毛のようなものが生えた丸い物。マッシロシロスケ?

    「何これ?」
    「ウサギ茸です。普通のキノコと違って、傘のない珍しいキノコなんですよ♡」
    「キノコかよっ!」

     伝わってっけど、そーいや、一番肝心なとこ伝わってねーじゃん! キノコ採ってくんなって言ったじゃん!

    「焼くよりスープにしたほうが美味しいので、あとで作りましょうね♡」

     もし、お互いの心が伝わるようになったら、頭の中にキノコ電波が届くかもしれない。絶対にジェイドには使わせないようにしようとフロイドは心に誓った。

     バカな会話をしていたら、校舎から声が聞こえてきた。部活で来ていた生徒たちが、窓から炎の柱を見て騒いでいる。

    「おや、まずいですね。ジェイド、キノコは?」
    「もう少々お時間をください」

     アズールはキノコの焼き上がりを待つようだ。食材を無駄にすることは絶対許さない。そんなアズールはもちろん好きだけどキノコ。
     ジェイドの返事を聞いて、少し考えてからアズールが口を開く。

    「僕たちは強化試験に向けて魔法の特訓中です。いいですね?」

     特訓なら炎が上がっていても、いくらでも言い訳ができる。アズールはやっぱり面白い。

    「いいよぉ〜」
    「かしこまりました」

     視線を交わしてから、お互い背を向け、適度に距離を取る。いい感じに離れたところで、バトル開始。
     振り返って向きあうと、アズールがジェイドに向かってウォーターショットを一発。じゃない。二連撃。一発こちらに向かってきた。
     フロイドもフォレストストライクを二連撃で放つ。一発目で互いの魔法がぶつかり四散する。二発目がアズールの元へ。アズールが杖を振り、防御壁が展開する。直撃。直後にジェイドの魔法が追撃した。爆風を咄嗟に腕でかばうのが見えた。効いたかな?
     熱い風がおさまり、アズールを見ると防御壁は消えていたが、まったくの無傷。

     アズールがニヤリと不敵に笑う。興奮が身体中の血管を巡る気がした。

    「あはっ」
    「フフッ」

     ちょー楽しい。

     油断してるかな。と、ジェイドに向かって一発。考えることは一緒だったようで、同じタイミングで撃たれた魔法は、二人のちょうど真ん中で相殺された。再び熱風に煽られる。

    「こらー!」

     叫ぶ声が聞こえる。楽しいところなのに。大丈夫。まだ遠い。もう少し遊べる。

     アズールが詠唱を始めた。一気に終わらせるつもりだろう。さっきのは詠唱なしであの威力。これはヤバいかも。
     ジェイドをチラリと見ると、一瞬だけ目が合う。うん。こういうときは何も言わなくても、お互いにやりたいことがわかる。

     二人同時に唱え始める。アズールの攻撃に間に合うようにちょっと早口で。
     教えてもらったばかりの風属性の渦。激しくうねりなぐるぐると渦巻く風の中心に、ジェイドがファイアショットを放つ。炎は竜巻のように膨れあがりアズールへ向かう。タイミングはばっちりだ。アズールも詠唱が終わり、水の渦が激流となって襲ってくる。
     炎と水が衝突して蒸発する音。視界が白くなる。最後に魔法力が弾けて、炎が飛散し、水飛沫が上がった。ぱらぱらと雨のように、水滴が降る。熱で火照っていた顔に当たる水が気持ちいい。

     三人とも無傷だけど、今回はアズールの一人勝ちかな。真正面から魔法だけで挑むと二人がかりでもこれ。やっぱ強い。

    「おまえらー! 何してる!」

     あ〜あ。来ちゃった。

    「ああ、バルガス先生。もうすぐ強化試験なので、自主練習をしていました。苦手な属性を強化しようと思いまして。やはり、筋肉と一緒で、魔法も日々鍛錬を積み重ねるのが一番かと……」

     よそ行きの顔したアズールが、べらべらとまくし立てている。
     
     そういえば、途中からぐるぐるキノコ焼きの存在を忘れていた。火力とかなんも考えてなかったと、火柱に顔を向けると、無事に燃え盛っている。知らぬ間に防衛魔法までかけられていた。燃え尽きてくれてもよかったのに。そう思っていると、突然、頭に声が響いた。

    『キノコが焼きあがりました♡』

     遮断する魔法の勉強をしたほうがいいかもしれない。

    『おいっ! いつのまに覚えたっ! 僕の頭にまで話しかけるんじゃない!』

     アズールの声まで聞こえた。遮断する魔法はアズールが必死に勉強するだろうから、今度教えてもらおうと思う。



    ※ウサギ茸
    一般的な名称はヤマブシタケです。ぜひ検索してみてください。
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    Replies from the creator

    うりゅー

    PASTジェとアがメインのイドアズ。体調崩しそうなアズールに気づくジェイド。カッコいいジェイドを描こうと考えたネタを漫画にしたら、そうはならなかったので、ネタはそのままにリベンジした小説。甘々。
    センス・オブ「夏の限定メニュー、どうしましょうかね」
    「うーん、夏だし〜、スタミナつくように肉とか?」

     開店前のひと時。VIPルームに三人が集まると、軽い打ち合わせや、雑談などをすることが多い。部活や寮長会議などもあるため、毎日というわけではない。その日によって二人のときもあれば、僕一人しかいないときもある。この時間は、僕らが恋人という関係になる前から変わらない。
     そう決めているわけでもないのに、モストロ・ラウンジが出来てからは、放課後や休日にVIPルームに自然と集まるようになっていた。

     今日は部活もなく、三人とも揃っている日だった。開店まではまだ少し時間がある。せっかくなので、次の限定メニューについて考えようと呟くと、フロイドが案を出す。ソファーに座っている僕に寄りかかり、肩に頭をのせてきた。「重い」と文句を言おうと思ったが、言ったところで聞かないことのほうが多い。すぐに離れる確率は、経験上一割ほどだ。正直なところ、重いし、邪魔なときもあるが、嫌なわけじゃあない。だから諦めて、メニューについて考える。
    12205

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