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    koimari

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    ヘジェ。居候アース。3つ目

     チン、と小さく音をたててグラスがぶつかった。それなりに賑わう焼肉屋のざわめきを割いて、「イ刑事、復職おめでとうございます」とヘヨンの声が届いた。汚職に至る全貌とジェハンが濡れ衣を着せられた経緯が明らかになった結果、もう一度働かないかと声が掛かることになったのは意外だった。例外的な対応だぞという戒めを鑑みるに、以前と同じような部署には戻れないのだろう。それでも、定年までの短い期間、細々とであったとしても、もう一度やってみようという気はあった。何よりヘヨンやスヒョンら有志の猛抗議、もとい嘆願もあったと耳に入っていた。
    「警部補も、うちに来てそろそろ一年になりますね」
    「ありがとうございます」
     今日はその祝いも兼ねていたはずだ。会食費は折半するとはいえ、ジェハンの胃に牛肉はもう重いのだから。煙の向こうでにこにこと機嫌よく微笑むヘヨンは、ぱちぱちと炭へと脂を落として焼けていく肉を見ることもなく、ジェハンの顔ばかり見ていた。
    「パク警部補、食べてください」
    「あっ、はい」
     肉を噛み、間を開けずごはんを口に含んだ。ジェハンの顔から視線が外されたことに安堵し、今度はジェハンが頬を膨らませておいしいですとうるさいくらいに訴えかけるヘヨンの顔ばかり見ている。年齢より大人びていると見せかけて、なんだかんだで年相応のかわいげもある、というのが一年暮らしを共にしたジェハンの見解だ。もっと食えと白米の上に肉を乗せると、目尻を下げて笑う。もう一枚、焼けるのが待ち遠しいような心地になる。
     合間に焼酎を注いでやると、「ありがとうございます」ともごもごと礼があった。ヘヨンも酒を飲める年齢だったことを今更ながらに思い出す。しかし、既にほんのり染まった頬と、血色の良い唇を見るに、それほど強くはなさそうだ。
    「たまには遊びに出てくださいね」
     居候の身分では遠慮もあるのだろう。一年近くヘヨンと暮らしているが、二十八歳の金も体力もある盛りだというのに、ヘヨンは家で過ごしてばかりいるのが気がかりだった。今日のようにジェハンと食べに出るくらいで、仕事が休みだというのに家事をするか、部屋に篭るか、人と出かけると言っていたのも数えられるくらいだ。
    「出掛けてますよ?」
    「趣味とか、あったんじゃないですか?」
    「……もしかして、チャ刑事に聞きました?」
     もうしてませんよ、とヘヨンはもじもじとグラスを弄んだ。しばらくして、無垢な子どもがとっておきの秘密を告げるように厳かに唇が開かれた。酒で緩んだ口から「ゴミを漁ってたらこと、聞いたんですよね?」と語られると、最近の若者のことは何もわからないとジェハンの瞼の裏に宇宙が見えた。

     食事もそこそこに、酔いの回ったヘヨンは肘をついて、ぼんやりとジェハンの顔を見つめていた。ジェハンが残ったものを平らげ、予想外の満腹感に苦しんでいるのに、気づいているのかも怪しい。空になった網の下で、ぼんやりと炎が揺らめいていた。
    「イ刑事は、お腹いっぱいになりましたか」
    「はい」
     へへ、良かった、ととろりとかんばせを綻ばせるヘヨンはどこまでも無防備に見えた。大丈夫ですか、とジェハンは覗きこんで問う。
    「飲みすぎましたね、そろそろ出ますか」
    「イ刑事、好きです」
    「……俺もパク警部補のことを尊敬していますよ」
     酔っ払いの軽口であっても、若者のようにあっけらかんと 好きと口にするのは憚られた。かといって〝尊敬というのもしっくりこないが、「大切に思っています」などと言われても困らせるだけだろう。一度は無線越しに「あなたの幸せを願います」と言ったものの、流石に面と向かっては言えそうになかった。
     ヘヨンは口元に手をあてて、逡巡したのちゆっくりと言葉を紡いだ。「ずっと一緒にいたいと思って居候を願い出ましたし、今もその気持ちに変わりはありません」さっきまでぼんやりしているように見えたが、存外頭も舌もよく回る。無線の繋いだ縁とはいえジェハンばかりではないことに心が温かくなる。加齢によって潤みやすくなったとしか思えない涙腺に抗って、ぱちぱちと瞬きをするジェハンをしばらく眺めて、ヘヨンは続けた。
    「それに、キスも、その先だって、あなたとしてみたいんですよ」
     ゆったりと微笑む表情も、穏やかに凪いだ声からも、言葉にあるような下心など感じられない。それでも、思いもしなかった言葉に動揺し、ジェハンはそうですか、と相槌をうつので精一杯だった。「僕と付き合ってみませんか」との誘いに、うっかり頷いてしまうほどには。
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