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    koimari

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    時々rpsの架空のはなし

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    koimari

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    ヘジェ。ジェハンさんお誕生日おめでとう

     屋根の端からぽたぽたと雫が落ちるのが、窓枠の向こうに見えた。重苦しい雲は晴れたものの、見頃を迎えた桜もこの雨でいくらかは散ってしまっただろう。春めいていた気候も束の間の雨で肌寒さを呼び戻した。それでも、オンドルの効いた家の中は温かい。
     ジェハンさんの身支度はヘヨンより早い。床に座るでもなく高い背丈を柱に委ね、窓の外をぼんやりと眺めていた。年齢を重ね、だいぶ縮んだのだと言われても、まだまだヘヨンは見上げなくてはいけない。年齢を重ねた皮膚に春の夕刻のやわらかな光が薄く陰影をつけているのを見つめていると、こちらに気づいたジェハンさんは片眉をあげた。シンプルな白いニットはとても似合っているけれど、帰りには冷えるかもしれない。「僕も準備が終わりました」と声を掛け、ジャケットを手渡すと、あぁとだけ言って袖を通した。
    「……本当に普通の店だろうな?」
     そうですよ、と言っても疑いの目を向ける。ジェハンさんの還暦と付き合って十周年が重なった年だった。慣れないホテルディナーにろくに味わえてもいなさそうな姿を見て反省し、夜景に目を瞬かせる恋人に盛り上がってしまった日は忘れられない。ジェハンさんも、良くも悪くも、そのことが忘れられないらしい。
    「借りてきた猫みたいになっちゃいますもんね」
     かわいかったですけどという言葉は飲み込んでみたものの、熟練の刑事の鋭い目を向けられてしまった。いつもより煌びやかな誕生日祝いに「これを返すとなると……、貯金を食いつぶしたら老後に困るのはお前だからな」という言葉も、しっかりと覚えている。
    「チャ刑事……警部補たちも来るんですから、いつものところですよ。でも、また見たいです。ジェハンさんのスーツ姿」
     がらがらと音を立てる引き戸を開けると、足元の溝をたくさんの桜の花びらが川のように流れていくのが見えた。風もなく、存外生温い空気に包まれる。
    「……思ったより寒いですね」
     指を絡めると、手のひらごと握り返される。遠回りして行きましょうという提案も、許されそうだな。考えたことが指先を通して伝わったように、出会った頃より心もち近くなった耳朶がほんのり色を帯びていった。
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