春の陽の光がさんさんとあたる庭先で、煙草を燻らすイ・ドンシクは猫みたいだ。ガラスの向こう側、並んだデッキチェアの左側に人影と、煙草を挟んだ指先が見えていた。先に起きて外気にあたってもいい程度に見繕いしているだろう彼を思うと、シーツの中で下着すら身につけていないジュウォンは居心地が悪くなる。抱きしめて眠っても水のようにいつの間にかつるりと抜け出している。そのたび、寝顔を見ながら一緒に微睡みたかったような、起きたばかりの姿を見られるのに慣れていないから安心したような、どちらともつかない気持ちにさせられる。頭上の時計には10時34分と表示されていた。
シャワーを浴びて戻っても、イ・ドンシクの姿はそう変わっていなかった。引越し祝いだと置いていったデッキチェアには、もっぱら彼自身が座ってばかりいる。家賃の割に広い庭には、元から植えられていた木以外の華やぎもなかったが、遠くの山を見ながらコーヒーを飲むのもいいらしい。ジュウォンにはわからないが。扉を開けた音に一拍遅れ、デッキチェアの帆布が軋んだ。
「……ベッドに置いていくのはだめだと言っておいて」
「年寄りは朝が早いんで」
おはようございます。よく眠れましたか。挨拶と並んで携帯灰皿に吸い殻を仕舞う。気遣うような言動とは裏腹に、彼の目は『火だけでろくに吸ってないんですよ』と、宥めるように揺れた。返答の代わりに唇を寄せる。間近で弧を描くヘーゼルの瞳に春の日差しが柔らかく入っていた。視線を落とすと、オーバーサイズのシャツとパンツが目に入った。我がもののように着こなしているが、見間違えるまでもなくジュウォンのものだ。大きく余った生地が太陽を反射して眩しく光る。
「恋人みたいなこと言いますね」
「キスもして、セックスして、休日も一緒に過ごして、服だって借りておいて」
「服の貸し借りは友人でもしますから。見張ってるだけかもしれませんよ、あなたがちゃんと食べているか」
「寝袋で寝ていた人に言われたくありません。僕だって見張ってる」
イ・ドンシクは軽やかに踵を返すと、ジュウォンの手を引いてクローゼットの前へと誘導する。
「昼飯を食べがてら、海のほう、束草まで行ってみませんか? 運転はしますから」
「そちらにもナム・サンベ所長のおすすめの店が?」
「久しぶりにフェが食べたくなって」
広域捜査の時の二人の形跡がどこにあるかわからない。ずっと長い時間を共にしているのだから。黙ったままのジュウォンに、彼は言葉を続けた。
「あ、刺身、生の魚は食べれます?」
「あまり食べたことはありませんが、食べてみたいです」
「じゃあ、デートですね」
イ・ドンシクは慣れた手つきでクローゼットの扉をあける。姿見の前にジュウォンを立たせると、鏡越しにしげしげと眺めた。
「こうやって、前髪を下ろしてみてもいいんじゃないですか、若者らしくて。ムスタンも似合ってたな。どこですか」
いいや、もう暑いね。遠慮なくひらひらと指先で繰り、ひっぱり出しては押し込む。素材や用途、季節などを加味して分けているのをめちゃくちゃにされそうで、わ、と大声を出すのをなんとか堪えた。
「恋人好みの洋服を着てみるのも恋人らしい行いですよ」
姿見には、イ・ドンシクに全身コーディネートされた己の姿と、ハン・ジュウォンの衣服で装った彼が並ぶ。オ・ジフンやユ・ジェイのような、彼の隣を歩いていても違和感のない装いに近づいた気がした。彼らの服をイ・ドンシクが選んでいるわけではないだろうが、マニャンの人間の着ている服はどこか似通っているように思えた。
「あなたのかわいいトンセンの一人になるつもりはないんですが」
イ・ドンシクから弾けるような笑い声がこぼれる。
「帰ったらまた脱がせてあげますからね」
聞き捨てならないことを付け足して、イ・ドンシクは機嫌よくドアノブに手をかけた。