一服してきます。そう言ってヘヨンの棲家であるオクタッパンを出たものの、屋上の隅でジェハンは火をつけるつもりもない煙草を弄んでいた。恋人になると同時に禁煙を宣言してから数ヶ月経ち、今更吸うこともないと、ヘヨンもわかっていた気がする。夕食を終えそのまま寛いでいては、あの甘ったるい顔でシャワーでも勧められそうで、とても居た堪れなかった。ヘヨンとの恋人らしい行いに慣れられずにいる。
特別高い建物でもないが、屋上ということもありそこそこ見晴らしはいい。夏の遅い夕暮れがあたりを包み、空が鮮やかな橙に染まったと思いきや、あっという間に日は落ちていく。明るさを増した光のひとつひとつの下で、夕飯を食べたり団欒をしたりする暮らしがあるのだと思うと、雑多な景色も好ましく思えた。
「ジェハンさん」
ちゅっと口付けたヘヨンは「あれ?吸ってない」と独りごちると、隣に腰を下ろした。コンクリートに投げ出したままのジェハンの手の隣に、ヘヨンのひとまわり小さな手がある。
「その、僕がネコ、というのはどうですか。ボトムというか、受け入れる側というか……」
「突然どうしたんですか」
きょとんと目を見張るジェハンに、「今日というわけではないんですよ」と慌ててヘヨンは言葉を足した。どうやら、年下の恋人はジェハンが抱かれるのが嫌になって逃げだしたと思っているらしい。体力の関係で一晩中とはいかないが、この歳になって丁寧に愛を囁かれ続けているのが気恥ずかしいだなんて、ますます言えそうにない。
「……警部補に抱かれるのが嫌なわけではなく」
「はい」
ヘヨンの眦がすっと細められ、吐息のような静かな肯定が話の先を強請る。「俺は満足しています」と、聞き取れるかわからない速さでジェハンは言い逃げた。ぶっきらぼうな小声はヘヨンの耳に届いたか怪しいが、もう一回と言われてもとても言えそうになかった。
「それにもし、抱くとして、傷つけてしまうかもしれないですし……初めて、のこと……なので……」
ぱちぱちと星が散るような瞬きをして、ヘヨンはにたりと笑った。
「……僕ってかなり愛されてます?」
「当たり前です」
食べて寝て、セックスもして、ジェハンさんが触れられる距離にいることをいろんな方法で確かめたいんですよ。重たいですか?
いつもと変わらない指先が、ジェハンの手に重ねられる。ヘヨンの鼻梁がくすぐるように触れ、笑みの形に緩んだ互いの唇が重なる。