――俺に子供ができたらお前が名前付けてよ。その代わりお前の子供ができたら、俺に名前付けさせてね。
「それで、あなたはそれを聞き入れたんですね」
新妻にそう問われて、佐久夜はただ頷いた。巡に頼まれた時と同じように、黙って、首を縦に振る。巡からそのように頼み事をされたのは、佐久夜が結納を済ませてすぐの事だった。
「初耳でした。まあ、構いませんけれど。栄柴と秘上は……『そういうもの』だと私も知ってはいましたから」
佐久夜の妻となった女性は、遠江で長年社人をしている者の娘だ。佐久夜より二つ歳上で、大学院を出て地元に戻ってきてすぐ結婚することになった。
「……いえ、少し違いましたね」
寡黙なせいか、これまでの人生で佐久夜は数え切れないほど、厳しそう、厳しい、怖い、と言われてきた。そのうち五割は巡が言っている計算になるのはさておき、妻となった彼女の方がよほど厳しいだろう、と佐久夜は思う。背も低く体も細いが、目つきは鋭く輝いている。それでいてどこまでも理性的で知性的だ。
「栄柴と秘上がこれまでどうだったかは、本当はあまり関係ないのかもしれません。影響は大いにあったでしょうけれど、貴方達が『そう』なのは、貴方達自身の問題ですね」
「問題、でしょうか」
彼女の視線と言葉は鋭い。少しだけ恐れるような気持ちで尋ねてみれば、ふう、と小さく溜息を吐かれた。呆れているというより、単に息継ぎをしたようだった。
「名付け親に不満があるわけではありません。巡さんは素敵な方です。きっと素敵な名前をくださるでしょうね。貴方だって、変な名前を栄柴さんに贈ったりはしないでしょう」
再び頷く。
「ただ、程度と頻度はある程度考えましょう。なにかあれば、家の問題になってしまいますから」
「……ええ、軽率な真似をしてすみませんでした」
問題など起こるはずがないのに、と思いつつも謝罪しておく。佐久夜の気持ちに気付いているのかいないのか、彼女はもう一度小さな溜息を吐いた。
「生まれる子が男でも女でも、化身があってもなくても、同じ名前を送った方がいいと思うよ」
砕けた口調の妻にやや狼狽する。そんな口調で話されたのは初めてのことだった。戸惑いつつも、頷く。
「……そうですね、早いうちから決めてしまった方が……」
「ねえ、佐久夜さん」
彼女は静かな顔をしていた。
「貴方も巡さんもそうだけど。欲しかったけど手に入れられないものを、自分の子供に与えるのは、危ないことだよ」
「それ、は……」
なんの話だろうか。手に入れられないものとはなんだろうか。素晴らしい舞奏か、化身か、あるいは、
「……嫉妬しないように、されないように気をつけなさい。本当は自分に名前を贈って欲しかったでしょう」
返事ができない佐久夜を置いて、彼女はおやすみ、と言って部屋の電気を消す。
佐久夜はまだ大きなベッドに二人で寝ることが慣れない。
夜寝る時に決まって思い出すのは――昔、巡が泊まりにきて一緒に寝た日のことだった。
佐久夜は目を閉じた。