朝、目が覚めた瞬間、側頭部に重く響くような鈍痛が走る。

（……また、だ…）


何度か経験したことあるが、未だ慣れない痛みに僕は深くため息をつく。
痛みは次第に側頭部から目の奥へと広がり、ズキン、ズキンと断続的に突き上げてきた。脈に合わせてと頭が揺れるような感覚。
ただ目を閉じているだけでも、瞼の裏で光がちらついて、次第に吐き気もこみ上げてきた。


ベッドサイドの引き出しに常備してある痛み止めを取り出し、棚の上に置かれた水で内服する。
でも効きはじめるまでには時間がかかる。

この時間が、いちばんつらい。
僕はシーツに顔を埋めて、小さく息をついた。
少しでも深く呼吸しようとするが、なぜだか酸素が足りないような気がする。

「……ぅ……っ」

ただ呼吸をしているだけなのに、呻くような声が漏れる。
焦燥感と軽いめまいが重なり、思考が鈍る。

（……今日は、出かけられそうにないですね…）

せっかくの休日。
今日は久しぶりに、敢助くんと一緒に出かける予定だった。
日中は街へ出て買い物をして、軽く昼を食べたら少し散歩をし、小腹が空いたら以前から気になっていた喫茶店で甘いものを食べよう、そう約束していた。
それなのに、また僕が体調を崩してしまうなんて。









敢助君が雪崩に巻き込まれ、連絡が取れなくなっていたあの頃、僕はずっと必死だった。
寝る間も惜しんで情報を集め、何かしていなければ不安で押しつぶされそうだった。

(もし、もう二度と会えなかったら…)

そんな考えがよぎるたび、息が苦しくなった。
そして、次第に眠るのが怖くなった。朝起きたとき、また彼がいない現実を思い知るのが嫌で、眠れなくなった。
そんな日々が続いたある朝、わずかな睡眠から目を覚ました瞬間、頭にズキンと重い痛みが走る。
後頭部から目の奥にかけて、鈍く、じわじわと広がる痛み。
最初は寝不足のせいかと思ったけれど、軽く睡眠が取れても、その痛みは何度も繰り返すようになった。
病院に行って検査を受けても、原因ははっきりしない。
専門医に相談して、ようやく「偏頭痛の一種」かもしれないと診断された。

それから今でも、ときどき朝に頭痛が襲ってくるようになった。

あのとき心に刻まれた不安が、今も体に残っているみたいに。













「……高明」

低くて少し掠れた、耳に馴染む声が寝室の空気を震わせる。
それさえも一瞬だけ、頭の奥に響いたけれど、
不思議と、彼の声だけは嫌じゃなかった。

「……起きてるか？」

返事をしようとするが、思うように口が動かない。
喉の奥で声が詰まって、結局「うん」とも「はい」とも言えず、軽く頷くだけになる。

「……薬、飲んだか？」

僕はゆっくりとまぶたを持ち上げ、精一杯の声を絞り出した。

「……はい、でも…まだ……」
「そうか。…大丈夫だ、効いてくるまでついてるから」

その言葉に、目に涙が溜まっていく。
彼は僕のそばに腰掛けると、静かに頭を撫でる。
指先が、髪を梳くたびに、体の奥までほぐされていくようだった。

痛みはまだ消えない。
けれど、敢助君がいるだけで、不思議と耐えられる気がした。

「…すみません、…デートの予定、潰してしまって…」

ようやく声にできた言葉は、情けないほど掠れていた。

「気にすんな。たまにはこうしてる時間もいいだろ」
「…僕は、なにも……」
「前から言ってんだろぉ？こんな時くらい、恋人なんだから甘えとけ。俺だけには、遠慮すんなって」

どうして、こんなにもまっすぐなんだろう。
どうして、こんな僕を、そんなに大切にしてくれるんだろう。

敢助君の隣にいると、自己嫌悪も、痛みすらも、少しずつ溶けていく気がした。

その温もりに心地よさを感じながら、僕はもう一度目を閉じた。