カラ松×一松前提の、柳田×一松(イチ) 兄に、恋をしていた。そして同時期、六つ子でいることが、苦しくなってきた。そんなタイミングで、
「なあ、よかったら、一緒に弁当食べない?」
と、柳田に誘われた。
何となく始まった友人関係は、はじめこそ物珍しく、興味深く感じることも多かったけれど。六つ子以外の他人と歩調を合わせるのは、それだけでなかなかに難しくて。
努めて明るく振る舞おうと努力すればするほど、おれはただただ、苦しさを増していった。
「イチといるとさ、俺、すっごく楽しいんだよな!」
そんなふうに言われてしまえば断れない。
そう、おれとつるんでくれるみんなは、嫌な奴なんかじゃない。むしろ、いい奴らで。六つ子だから変だね、六つ子だからここが違うね、六つ子だから…。そんなふうに言われる生活に飽き飽きしていたところに、おれをちゃんと一松と認識してくれる柳田に出会えたのは、本当に良かったと思ってるし、感謝もしてる。でも。
それと同時に、罪悪感で死にそうになる。
◆ ◆ ◆
前からイチのこと、気になってはいたんだ。でも、六つ子だけの世界っていうか、話しかけらんない雰囲気があってさ。何となく六つ子がギクシャクした時期あっただろ?
で、一人で寂しそうにしてるイチが気になって、昼一緒に食べるようになって。覚えてる? なあ、イチ?
五月蝿い。そう思った。
DJの選択したノリの良い音楽が。同級生という名の赤の他人の、自慢話の大声が。おれがあまり飲めない酒をかんぱーい! カチャーン! などと無限に消費していく、女性たちの声が。
五月蝿い。本当に、うるさい。
ああ、そうだね。柳田にとっては。六つ子が勝手にギクシャクしたことになってるんだよなぁ。
ハッ。あるんだよなぁ、こういうの。所詮、思い出なんてその人間の受け止めた感覚次第で、そいつにとってはそれが正史。おれにとっては完全に違うし、できたら一生忘れていたかった黒歴史。人生の一番の汚点。
お前が、まさしく六つ子崩壊のきっかけの一つなんだけど?
なーんて、そんなことはわざわざ、教えてやらない。
帰りもタイミングが合えば柳田のグループと一緒になったり。そのままコンビニに寄ったり。んで、カラオケ?
アレ、毎回断るの、大変だったんだよ。
六つ子はひとりっ子や二人兄弟の奴らと比べて、与えられる小遣いも六等分だから、金を使わないといけない場所は避けたかった。でも。六つ子という組織が崩れかけた今、グループに属するなら、柳田のところしか選択肢がなかった。
社交的で明るくて、清潔で爽やかで。そんなイチを演じる日々は、想い人のカラ松より、おれのほうがある意味よっぽど演劇に打ち込んでたんじゃないの。
嫌われないように、浮かないように、目立たないように。
必死で話題を合わせたり、作り笑いを浮かべ続けたり。
あの頃のおれ、頑張ってたよな、うん。頑張ってた、おれ。まあ、そんなことしたって、無駄なんですけどね、ヒヒッ。
「六つ子の中にいると何となく話しかけづらかったけど、思い切って話しかけてみたらノリも良くて、楽しかったな、あの頃! 前からさ、イチとはなんとなく、気が合うような気がしてて……」
柳田は、おれを見ているようでいて、何も見えていないのだ。笑える。でも、それを利用して悪かったとも、今なら思う。
「実際のところ、あの頃、イチが何を考えてんのか、たまにわからないときがあったんだ。急に寂しそうに笑ったり。教室の中から、校庭のずーっと遠くにいる別のクラスの六つ子の誰かをみて、ため息をついたりしてたよなー。でも、イチといたあの時間、俺にとっては宝物で……」
「ああ、ごめん、おれさ、酒、弱くて。お手洗、行ってくるから」
お前を利用して、悪かったと思う。
柳田の中では、おれって恋人みたいなもんだった?
それとも、度を越した友達?
はは。お目出度いよね。
お前とキスするとき。お前に抱きしめられたとき。
おれのアタマん中では、実の兄がおれを犯してた。
なあ、柳田。
おれ、お前のこと使って、実質、オナニーしてたんだよ。
◆ ◆ ◆
「……浮気か?」
「まさか。本気で言ってるなら、眼科と耳鼻科と、ついでにメンタル行ったほうがいいよ」
ずっと柳田とおれを見ていたらしい兄が、急に耳元で良い声で囁くから、あやうく仕込んでいたものを下着の中から落としてしまうところだった。
「嫉妬してくれてるんだ?」
「ああ……殺したいな」
それって、おれを? それとも、柳田のほう?
おれだったらいいなぁ、ヘヘッ。
カラ松は寝起きのときのような半開きの目で、鋭い眉をしかめ、吐き捨てるように言うと、わざと俺の膝裏に足を引っ掛けて腰をすり寄せ、ふらついたおれの背中と頭の後ろを「おおっと」などとわざとらしく支える。
おれは、それだけで甘イキしそうになる。
◆ ◆ ◆
赤塚高校はそれなりに生徒数も多く、部活動の場所は奪い合いになることも多かった。
ある日、演劇部のカラ松たちは運動部により体育館を追いやられ、練習場所として、屋上を使うことになったらしい。詳しくは知らない、そんなことより大変なことがあったからね、フフフ。
そこで、おれは柳田と、生まれて初めての、他人とのキスをしていた。
幸い、唇は離れたあとだった。でもおれの顔はきっと、ヤッたあとみたいに上気していて、さらには妄想相手が現実に目の前に来たことで、かなり混乱していた。
おれは、柳田に好意を持たれることについては、別にどうでも良かった。特別大好きでも、大嫌いでもなく。触られても、勝手に脳内でカラ松に変換していた。罪悪感はあったけれど、お互いにこれで良くない?
でも、キスされるだなんて思わなかった。抱きしめられ、頭を撫でられ、かわいい、イチ。と言われた。
おれのどこが可愛いんだ?
そう思っていたら、唇を奪われていた。
それは一瞬だったのか、それとも何分も経っていたのか、今となっては思い出せないけれど、とにかくおれはカラ松のことを咄嗟に思い浮かべていた。
可愛いのはカラ松の方だよ。かわいい。好きだ。もっと、して? 一つになりたい。そうだ、ねぇ、もっと強く、抱きしめて。ぎゅってしてよ。もっと、キスしてよ。そうだ、カラ松さえよければ、だけど。舌も、いれていい?
……なんて、だめだ、こいつはカラ松じゃないんだ。単なる級友。偽りのおれのことなんかを好きになった、物好きで可哀想な、単なるクラスメイトだ。
冷静になったら少しだけ、柳田とキスしているという事実に嫌悪感が出てきた。
突き放すようにして柳田と離れたところで、おれが柳田の表情を伺うより早く、ガチャリと背後から音が聞こえた。
カラ松が、屋上のドアを開けたのだ。
結論から言えば、キスを見られたわけではなかったし、おれたちの関係もバレなかったんじゃないかと思う。
ただ、カラ松の嫉妬心を煽るには充分だったらしかった。
「そこで、なにしてたの、いちまつ?」
お前さ。そんな怖い顔できたんだな。
混乱する脳を振り絞って、なんとかそれだけを答えた。柳田はキスを見られたと思ったのか、気まずい空気を察知したのか、
イチ、それじゃあな、先に行くから!
と言うようなことを言って去ってしまったはずだ。そして、そのあとおれとカラ松は、ふふ。
やっぱり、あの時の柳田には感謝しなきゃな。
◆ ◆ ◆
「とりあえず、屋上が使えるか確認してくる!」
部員のみんなにそう叫んで、オレは屋上を偵察しに走った。貴重な部活の時間を、こんなことで潰すわけにはいかない。できるだけ有効活用しなくては。
「こら! 走ってんの誰だ! 待て待て! どの松野だ!」
廊下を走るオレに向かって、生活指導の体育教師が叫ぶ。
「長男の、松野おそ松です!」
おれは帰宅部の兄の名を出して、そのまま走り去り、少し前まで弟の一松と弁当を食べていた、屋上へと続く階段をかけ登った。
屋上には、同じクラスの柳田といかいうチャラチャラした男と、そいつを突き飛ばす、一松がいた。
「ここで、なにをしているんだ?」
そんなことを聞いた気がするが、詳しくは覚えていない。あの頃のおれはもっと、自分に自信がなく、弱々しかったかもしれないな。
一松が柳田に、なにかされたのではないか?
オレはそう思い、表情を固くした。
その証拠に、柳田は一松に突き飛ばされ、ショックを受けたような顔をしているし、一松は……なあ、それ、なんて顔、してるんだ。オレ以外の人間に、そんな色っぽい、とろけるような顔を晒したというのか。
言葉が出てこない。怒りなのか。欲望なのか。身体が勝手に動いた。
オレは、弟に、キスをした。
夢中だった。一松が欲しかった。可愛い弟が、知らん男に何かされたのが許せなかった。
六つ子でもないくせに。
だからってそれが弟たちでも、長男でも、オレは同じように嫉妬で怒り狂っただろうな。
一松は、全く抵抗しなかった。それどころかオレに応えるように、腕を背中に回し、唇を突き出し、舌を絡め、頭を撫で、今までの空白期間を埋めるかのように、長くて激しいキスをした。
部活? さあ。その後どうだったかなんて覚えちゃあいないさ。一松より優先されることなんて、そんなことが世の中に存在するとでも思うか?
◆ ◆ ◆
カラ松とのキスは、最高だった。
これが本当のカラ松の腕の中なんだ。これが本物のカラ松の肌の香りなんだ。無我夢中で