tie「バルバロス、その格好で行くつもりか?」
シャスティルはいつものように幼なじみのバルバロスと一緒に登校すべく、バルバロスが一人暮らしをしているアパートまで迎えに来ていた。玄関に姿を現した彼の全身を確認して問いかける。
「あん? なんか文句あんのかよ」
「今日は身だしなみ検査のある日だろう。ネクタイをしていないじゃないか」
シャスティルの指摘にバルバロスは己の胸元に視線を落とす。
「あー、別にいいだろ」
「よくはないだろう。後で呼びだされるぞ」
「んなもんサボる」
「それはダメだ。先生に迷惑をかけるのは良くない」
まっすぐにバルバロスを見つめて言うシャスティル。バルバロスは小さく舌打ちする。
「わかったっつーの。すりゃあいいんだろ」
バルバロスは一旦奥の部屋へ入っていくと、第一ボタンを外し、ネクタイをだらしなく結んだ姿でシャスティルの元へ戻ってきた。
「バルバロス、それだと注意されると思うのだが」
「ああん? ちゃんと着けてるだろが」
「それは〝ちゃんと〟とは言わないぞ。貸してみてくれ」
シャスティルは苦笑いすると、すっと手を差し出した。バルバロスは面倒そうな顔をしながらもネクタイを解き、それをシャスティルに手渡す。
「ちょっと屈んでほしい」
「へいへい」
言われるがまま姿勢を低くするバルバロス。シャスティルはバルバロスの首の裏にネクタイを通す。一旦ネクタイを肩にかけた状態にし、開いていたボタンをゴソゴソと止める。それを見ていたバルバロスは目を見開くとふいっと顔を横にした。
「あっ、動かないでくれ」
「…………」
シャスティルの一言に何か言いかけるも結局は押し黙るバルバロス。シャスティルは真剣な顔でネクタイを結び始める。
「まったくあなたは……ネクタイが結べないわけじゃないだろう?」
「…………」
「口うるさくは言いたくないが、せめてこういうときくらい面倒くさがらないようにすればいいじゃないか」
「…………」
シャスティルは手元の作業に集中しながらバルバロスに話しかける。しかし話しかけられている方は何も言わず、ぴくりとも動かない。
「よし、あとはこうして……できたっ」
ぱっと明るい表情で顔をあげるシャスティルは、今の状態が思ったよりバルバロスとの距離が接近していることに気づいた。その視界に飛び込んできたバルバロスの顔は背けられているが、その耳が赤くなっているのが見える。
「ひうっ?」
「ぐえっ!」
シャスティルは頬を染めると思わず手にしていたネクタイを強く締めすぎた。途端に上がる悲鳴にぱっとネクタイから手を離す。
「ごほっ、てめ……殺す気か」
「すすすすすまない……」
バルバロスは自分の首元に手を伸ばすとネクタイの締め具合を調整する。シャスティルは謝ると一歩下がった。
「「…………」」
なんとなく押し黙ってしまうふたり。その沈黙を先に破ったのはバルバロスだった。
「……つーか、なんかお前、人のネクタイ結ぶの慣れてねえ? まさか他の男相手にもこんなことやってるわけ?」
「そ、そんなわけないだろうっ。昔、兄がスーツ着るときに結んであげていただけだっ」
睨むような眼差しを向けられたシャスティルは首をぶんぶんと横にする。
「こんなことバルバロス以外にするわけないだろうっ?」
「ふぐっ」
バルバロスは思わず自らの胸ぐらを掴むと、ぷるぷると身を震わせた。
「わ、私にこういうことをされたくないのなら、今度からは自分でしてくれ」
シャスティルは顔を赤らめてふいっと顔を逸らす。その言葉に思わずシャスティルを見たバルバロスだったが、何やら葛藤したあとで少し怒ったように口を開いた。
「……別にされたくねえとは言ってねえ」
その小さな一言にシャスティルは驚いた顔をバルバロスに向ける。対してバルバロスは視線から逃れるように顔を背けた。
「バ、バルバロス。今なんて……」
「うるせえっ! オラとっとと行くぞ! 早く外出ろっ」
「わわっ? ちょ、待ってくれっ」
耳を赤くしたバルバロスは若干キレ気味にシャスティルをアパートの外に追い出し、自分も外に出て鍵をかけるとズカズカと先に歩き出した。少し遅れてシャスティルがその後を追う。
「バ、バルバロスはこういうことしてほしいのかっ?」
「してほしいなんて言ってねえっ」
「じゃあしてほしくないんじゃないかっ」
「そうは言ってねえっ」
「どっちなのっ?」
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、ふたりは学校への道のりを並んで歩く。あまりに騒ぎすぎたために通りかかった警官に事情を尋ねられ、遅刻しかけたのは余談である。