コントローラーの連打音と、画面から響くインクの飛び散る効果音が、リビングに響いていた。
カウチソファの中央に腰を下ろした鳥束零太は、片足を立てて前のめりになり、大きなディスプレイに釘付けになっている。
スクリーンには、鮮やかな色のインクが縦横無尽に飛び交い、四対四のチームバトルが繰り広げられていた。
「よっしゃあっ!今ので三人目落としたっス!」
高揚した声がリビングに響き、鳥束は得意げに笑みを浮かべる。
コントローラーを握る手には力が入りすぎて、指先がわずかに白くなっていた。
額には汗がにじんでいて、湿った前髪が頬に張り付いている。
その隣で空助は、姿勢を崩したまま肘掛けに肘を預け、ディスプレイを横目に眺めていた。
対戦ゲームの最中なのに、視線は画面よりも鳥束の横顔にばかり吸い寄せられるように。
「鳥束くん、随分調子に乗ってるね」
空助がわざと落ち着き払った声を出すと、鳥束は振り返りもせず鼻で笑った。
「へへっ、当然っスよ。今日のオレ、神がかってるんで」
「そう。じゃあそろそろ僕も本気を出そうかな」
「え、ひょっとして今まで手ぇ抜いてたんスか?」
怪訝そうに振り向く瞳を見返し、にやりと口元を上げる。
「うん、正解♪だから、ここからは覚悟しててね。それとこれに負けた方は罰ゲームってことで」
「えっ、ちょ……、それは!」
「あ、鳥束くん。ほら始まるよ」
その提案に、一瞬、鳥束の肩がわずかに揺れ指先が迷いが遅れてしまう。
もちろん空助はその隙を見逃すつもりはなかった。
鳥束が少し進んだ途端トリガーを引く音と同時に、ディスプレイの上で鳥束のキャラクターがインクに沈む。
「はあああっ!?!?今の当たるわけないっスよ!チートだ!チート!」
「チートなんかじゃないよ。ふふ、鳥束くんの悔しそうな顔が見たかったから、つい、ね」
耳元でわざと低く囁くと、鳥束は反射的に顔を逸らした。
だけど首筋まで赤くなっているのは隠せていない。
それからも一進一退の攻防は続いた。
画面の中ではキャラクターたちがインクを塗り広がる小気味いい効果音が響く。
「つか、さっきからずっとボム投げられてんスけど!って、これも空助さんでしょ!」
「あ、やっぱりバレた?」
「っだぁー!あんたって人は!」
息を合わせて同じルートで突っ込むふたり。
けれど残り時間、わずか三十秒。
最後の打ち合いで、空助は再び鳥束のキャラクターをインクに沈めた。
「うわああああ!?!?やっぱオレだけ狙ってるじゃないっスか!!」
「うん、わざとだよ」
「っっざっけんなあああ!!」
最終ラウンドが終了した瞬間、画面に表示されたのは、空助たちのチームカラーが圧倒的に塗り広げられたエリア。
「ふふ、僕の勝ちだね♡」
「くっっそぉぉぉ……」
しばらく沈黙が落ちた後、空助はゆっくりコントローラーを置き、立ち上がる。
その様子に鳥束はわずかに身を引いて、警戒するような目でこちらを見上げてきた。
「……ちょ、なに。なんスか、その目。……いやな予感しかしないんスけど」
「最初に言ったよね? 負けた方は罰ゲームって」
「そ、それ聞いてなかったことにできないっスか!?」
ソファの端にじりじりと逃げながら、鳥束は情けない声を上げる。
「だめだよ。約束は守らないと」
近づくと、背もたれに追い詰められた鳥束が、観念したように固まる。
けれど、視線はどこか落ち着かないまま揺れていた。
「大丈夫。……ちょっと抱き上げるだけだから」
「……抱き上げる?」
ぽかんと口を開けた鳥束は、次の瞬間、一気に顔を真っ赤に染めた。
「うん、今からお姫様抱っこするから」
「はぁぁぁあああ!?!?ふざけんなっス!!オレ男っスよ!?そんな恥ずかしいこと、」
「鳥束くん」
名前を呼んだだけで、肩が小さく震えた。
空助はその一瞬の隙を逃さず、腰に手を回して体を引き寄せる。
「ちょ、まっ……ほんとにやるんスかっ!?」
慌てる鳥束の声を聞く耳を持っていない空助はそのまま鳥束の軽く腰を支えて、そのまま一気に抱き上げた。
「うわあああああ!?!?あんたって、ほんとにっ……!つか、早くおろしてくれません?!!」
「いやだけど。それにしても軽いね、鳥束くん」
「ああぁぁ、こんなの屈辱っス……」
「僕は嬉しいけどね。こんなに簡単に抱けるなんて」
「その言い方やめてほしいんスけど?!!」
腕の中で暴れる鳥束は、顔を真っ赤にしたまま空助の服をぎゅっと掴んでいる。
必死に抵抗しているふりをして、結局は逃げようとしていない。
そしてさっきまで腕の中で暴れ続けていた鳥束も、やがて諦めたようにぐったりと空助の胸元に体重を預けた。
ソファへ腰を下ろし、そのまま膝の上に抱えたまま座る。
「あの、ちょっと……、近すぎるんスけど……」
耳の先まで赤くしたまま、視線を逸らす鳥束。
まるで抵抗する余力を失ったみたいに、肩で小さく息をしている。
「んー?僕は、もっと近くてもいいけどな」
わざと囁くように言うと、鳥束の体がピクリと震えた。
「……っっっ、だからそういうのサラッと言わないでほしいんスけど!!」
頬に添えた指先で、鳥束の輪郭をなぞる空助。
汗で少し湿った髪がこめかみに貼り付いているのが、このゲームがどれだけ白熱していたかを物語っていた。
そして首筋へ顔を近づけると、シャンプーの匂いに混ざって
わずかに熱を帯びた体温が感じられた。
わざと吐息をかけると、鳥束は肩をすくめる。
「……鳥束くん」
「な、なんスか……」
「呼んだだけ」
「っっっ!!!あんたって、人は……もう……っ!!」
腕の中で暴れるたびに、服越しに伝わる熱がじわじわと広がっていく。
それを自覚させるように、腰を少しだけ引き寄せると鳥束は声にならない息を吐きながら、空助のTシャツをぎゅっと握りしめていた。
「……ねぇ、鳥束くん」
口元を鳥束の耳に近づけたまま、静かに名前を呼ぶ。
「な、なんスか……」
小さな声で返すその顔は、すでに赤く染まっていた。
「……今の君、すごく可愛い顔してるね」
「は、はぁっ!?何言ってんスかっ!」
唇が触れそうな距離でわざと止める。
呼吸が触れ合うたび、鳥束の胸が早く上下していくのがわかる。
「っ……も、もう……からかってますよね……」
「からかってるんじゃないよ。……強いて言うなら色々我慢してるだけ」
「っっ!?!?」
意味を悟った瞬間、鳥束はさらに顔を真っ赤にして視線を逸らす。
けれど、空助の服からは手を離さなかった。
「あ、そうそう、鳥束くん」
「な、なんスか……っ」
「次のゲームで、僕が負けたら鳥束くんからキスしてよ」
「はあああああ!?!?!?」
突然の言葉に、鳥束は飛び上がる勢いで僕を見上げた。
「だ、だだだっ、だめっスよそんなん!!恥ずかしいに決まってるでしょうが!!」
「でもやってみないと分からないよ?それとも負けちゃうのが怖い?」
挑発するように視線を絡めると、鳥束はわかりやすく口を噤んで固まる。
「……ぅ……や、やりますよ!!今度こそ勝つっス!!」
勢いよく宣言するも、耳まで真っ赤なのは隠せていなかった。
そして再びゲームが始まると、鳥束は必死にキャラクターを動かし、今度こそ負けまいと画面へかじりつく。
「よしっ、もう3キルしたっスよー!今のオレなら勝てるっス!」
「んー、それはどうかな。それに、またそんなこと言ってたら足元すくわれるよ?」
高速で飛び交うインクの音、キャラクター同士が交錯する瞬間の緊張感、リビングはさっきよりさらに熱を帯びていた。
そして、カウントダウンの10秒前。
あと少しだというところで鳥束のキャラクターは再びインクに沈み敗北した。
「っああああああ!?!?!?」
「また僕の勝ち、だね」
「うぅ……、なんでオレばっかやられるんスか……」
「じゃあ、罰ゲームの時間だよ♪」
「さ、さっきのお姫様抱っこよりヒドいのとか、ないっスよね……?てか、キスってさっき…!」
「さぁ、どうだろうね?ふふ、さっきはさっき。今は今、だよ」
ソファに座ったまま、空助は空いた膝の上をぽんと叩く。
「はい、ここ、座って」
「な、なんスか、これ」
「なにって罰ゲームだよ?ほら、僕の膝の上においで」
「う、うぅぅ……」
観念したようにおそるおそる腰を下ろすと、自然と背中に手を回されて、ぐっと引き寄せられた。
「っっ……ち、近いんスけど!」
「そうだね。……でも、鳥束くんが負けたんだから仕方ないよ」
顔を逸らそうとした頬に、指先でそっと触れる。
熱を持った肌の温度が指先に伝わり、それ以上に自分の体温も鳥束へと流れ込んでいくような感覚を空助は感じていた。
「……あ、あの、空助さん」
「ん?」
「……負けたの、ちょっとだけ……よかったかも、なんて……」
「ふふ。そう思ってくれるなら次はもっと可愛がってあげないとだね」