【気づいてよ】「ヤシロ先輩ってイケメンに引っかかりやすいよね」
「なっ!?」
こんな失礼なことを言うのは私の後輩の柚木 普くん。前世で気がついたら好きになってしまっていた花子くんの本当の名前と同じ名前の男の子。
…私がこの子と出会ったのは華の女子高生となった四月まで遡る。
*
「ごめんね、寧々ちゃん!また今度一緒に帰ろうね!」
「いいのよ、葵!気を付けてね!」
今年も同じクラスになれた親友の葵は家庭の用事だとかで早く帰らなくてはいけなくて、泣く泣く先に帰ってもらった。
――ほんとうは、一緒に帰れたんだけど…。
内心、申し訳なく思いつつも、もう誰もいなくなってしまった旧校舎へと足を進めた。
未だに授業をしたりするときは使われたりするこの場所は案外埃っぽくない。慣れた様子で階段を駆け上がる。目指すのはあの場所。――花子くんとの思い出の……。
残り一段と思ったその瞬間、突き当たりから人影が…なんて思った時には手遅れだった。
「わぅ!?」
「え、きゃあああ!?ご、ごめんなさい!!」
咄嗟に謝ったから見えてなかったのかもしれない。
――でも、これだけは信じたい。
「ヤシロ…?」
と言った“あまねくん”が泣きそうな顔をしていたことを。
*
「はぁ…」
今日何度目かもわからないため息を吐く。
「俺の顔見てため息吐くとかさぁ…ひどくない?」
「…知らないもん」
それもこれも全部、あまねくんが悪い。あまねくんは花子くんの時のことなんて全く覚えていなかったのだ。
「花子くんのこと覚えてないなら、もういっそのこと、この想いは捨てちゃおうかなぁ…」
なんて私が言えば、
「なんで!?まだ、駄目だよ。ほら、俺がいつ思い出すかなんてわかんないじゃん!」
って必死に言うものだから。
まだ、私は花子くんへの想いは捨てられないみたい。
でも、諦められなくて。
「じゃあ、私が気になる人がいるって言ったら?」
と、いたずらっぽく言ってみたところ、あまねくんはちょっとだけ…机の間を埋めるように。
「…ヤシロ先輩には俺がいるじゃん」
って、拗ねたように返してきた。
ああ、ほんとかわいい。こういうところも、全部変わってない。たとえ記憶がなくとも私はきっと貴方に恋をするんだから。
「…そっか!」
未だに拗ねた様子の貴方に満足してそう返しておいた。
まだ、あなたじゃ私に勝てないよ。って思いも込めて。
*****
なんて言えばいいのかな。ずーっと好きだった子との年齢差ははじまりと比べて縮まったけれど、放課後一緒に過ごしていた時とあまり変わらない。それが複雑でどうしようもなく腹の底で燻っている。
せっかくならエソラゴトみたいに同級生がよかったななんて、思っても仕方がないけど。
花子だった頃の思い出がなくなってしまいそうで怖くなった結果、ある意味運命的な再会は果たしたものの、ヤシロはずーっと花子としての俺しか見てないみたい。
どーしても意識して欲しくて、あまねとしての俺を好きになってもらいたくて、前世の記憶があることを隠した。
正直、一緒にいられるならジューブンだしぃ?
なんて意地を張ったけど、辛い。そして、そんな自分が同時に嫌になる。
あんな純粋な子に好かれる花子が羨ましくて、妬ましい。
――知ってるよ。おまえらが一緒に生きられる俺を殺したいほど憎んでるって。
そんな気持ち、痛いほどわかるけど…未だにヤシロに好かれて本心で一緒にいられた花子も、所詮は偶像に縋ってることに変わりないくせに純粋にねねおねーさんを探し続けた〝あまね〟も。
俺からしたら羨ましいから、お互い様だよね。なんて。わかりやすい嫉妬を今も抱えている。
「…ところで、あまねくんって好きな子いないの?」
なんてヤシロは聞いてきた。さっきの話聞いてなかったのかなってちょっと思ったけど見なかったフリ。
「ずーっと好きだった子がいるんだ…。たぶん…前世から…」
ちらっと覗き見れば、何かを堪えるような顔を君はしていた。気づいてくれるかな、なんて思いを込めて、でも君にヤキモチ妬いて欲しくて言った言葉は無駄じゃなかったみたいだけど、君を傷つけてしまったようで。
ちいさく「ごめんね」って言っても届かなくて、申し訳なくて。
もう、ネタバラシするしかないのかなって半ば諦めてたら、
「あまねくんがその子のことを好きな気持ちよりも、私のほうがあまねくんがすきだもん…」
って。内心…うれしくてたまらない。じゃあ、その気持ちに応えてあげなきゃ、ね?
「ヤシロ先輩にだけ教えてあげる。…あのね、俺のすきなひとはね…」
いつかの星祭りのように。内緒話をするように。
「――ヤシロなんだよ」
そう言った瞬間、ぽたりと水晶から雫が落ちた。
開いた口がふさがらない、といったように、かつて呪いのせいで魚になってしまったときのように口をはくはくとしてるから。くふっと笑って両の手で君の頬を包み込んだ。
「ごめんね、憶えてるって言えなくて」
「いーもん…。でも、これだけは言わせてね。花子くんのばかぁ!!」
さっきまでのしんみりとした空気はどこにいったのか。パタパタと走って教室の外にヤシロは出ていってしまったから、追いかけなきゃね。
「ヤシロ!待って!」
その日のかつての首魁とその助手の追いかけっこは、花子と呼ばれていた少年の粘り勝ちだったらしい。