4-6 エミリオはアマンセルと共にとある場所へ向かっていた。今朝、生まれた疑問を解くために。きっとそれがこの事件の真相を掴む鍵になる。
ルーンレイクから馬を全力で走らせ、乗り継ぎ三時間。二人は到着した屋敷の前で馬を降り、夜も遅いのも構わず、門兵に詰め寄る。
「コーネリアス侯爵に急ぎでお話がございます」
「今からですか」
「こちらは一刻を争っています。従わなければ、ミシガン家の名のもとに、あなた方の一時的拘束も厭いません」
エミリオを追い返そうとする門兵に対し、すかさずアマンセルが前に出る。女王の番犬とも称されるミシガン家の前では、一介の門兵が反論できるはずもなく。職権濫用ともなりかねないが、今はそんなことを気にしている暇はない。
屋敷の客間に通されると、しばらくして怪訝そうな顔でアイザックが出迎えた。彼は二人の向かいのソファにゆっくりと座る。
「こんな夜更けにいかがされましたかな?」
「侯爵、今回の事件の証拠を隠していますよね」
「急になんです?濡れ衣もいいところですよ」
「今朝のお言葉、忘れたとは言わせませんよ。あなたは助けて欲しい。そうでしょう。でなければ、あんな思い詰めた顔…それに僕にあんなことは言わない」
途端、アイザックの顔から表情が消えた。しばし自身の指を弄ぶように動かしていたが、一つため息をつくと背もたれに体を預け話し始めた。
「今回の件、魔術師を引き入れたのは私ではない。それは本当です」
思い過ごしだったか、とエミリオは少し焦るがアイザックは言葉を続ける。
「…引き入れたのはエリオット、私の息子ですよ」
「え!」
思わず驚愕し、しまったと口を押さえる。
「お言葉ですが、エリオット卿はそのようなことをされる方とは思えませんが」
「ええ、まさに。私も相談された時は何も言えず。耳を疑いましたよ」
「何と相談されたのですか」
「パンゲアを解放する。そのためにも兵と拠点を貸して欲しい、と。問い詰めましたが、その時には既に止められないところまで話が進んでいた」
彼は苦悶の表情で、額を手で押さえる。
「パンゲアの解放?それはいわゆる神託の防御壁と関係が?」
「ええ、なんでも悪魔という存在が大陸を護っているとか。初めは怪しい宗教にでも入っただけだと思っていましたが、よくよく話を聞くとそうでもないらしい」
五千年も昔、まだ幼体のシンフォドリアを巡って二人の魔術師が争っていた。精霊の樹シンフォドリアを自然体のまま護らんとする魔術師と、自身の手中に納め管理すべきと主張する魔術師。それこそが魔術師ルールと、そして異国アエルの魔術師ノーム。ルールは脅威を遠ざけるために、悪魔と契約しノームを屠った。ルールが悪魔と交わした契約には「パンゲアを外敵から護ること」も含まれており、それ以降、パンゲアは悪魔の庇護下にある。
今回、アエルの魔術師が侵攻してきたのは、その悪魔から解放するため。彼ら曰く、悪魔とは欲に忠実で、人を堕落させる邪悪な存在。そんな悪魔からパンゲアを解放することは、大陸に住む人々を自由にすることと同義なのだと。
話しながら、彼の眉間の皺がどんどん深くなっていく。
「私も何一つ理解していません。でも息子はその時、既にシェンネーとも手を組み、事を進めていた。私の頭は、どうしたら彼を守ることができるのかということを真っ先に考えてしまった」
「だからアイレスター家に罪を着せようと」
アイザックは頷き力無く立ち上がると、エミリオとアマンセルの前に座り込み頭を下げる。
「お願いします。どうか息子を…助けてください」
◇
一方、もう少し時間が経った頃のノルテポントでは…。フィオラは戻ってきたプルデオと近くの廃墟で合流していた。
「証拠は撮れた?」
「えーっと…それが」
えへへ、と笑ったかと思えば、彼にしては素早い動きでフィオラに迫る。なんの訓練も受けていない人間であればギリギリ反応できるかどうか。気を許していたらきっと難しい。だが彼を完全に信じ切っているわけでもなく、ましてや元々訓練を受けていたフィオラにとっては赤子の手をひねるようなものだった。手に持っていたナイフを弾き飛ばすと、そのまま地面に捻り伏せる。
「どういう風の吹き回し?」
「うーん…フィオラさん、逃げた方がいいかもです」
顔を上げると、物陰からゆらりと何者かが現れる。
「っ…」
それは先ほど目があった少年だった。それも一人ではなく、二人も。他にも見物者はいる。その中にはエリオットもいた。だがそちらは脅威ではない。いや、その脅威すら霞むほどのおぞましさがこの子供達にはある。圧倒的な力による恐怖だけではない。なんというか…本能的な…子供が無邪気に虫を殺す時のような恐ろしさ。彼らならきっと自分の興味を邪魔する存在は何がなんでも排除しようとするだろう。
「失敗しちゃった?もしかして仲間だった?」
「いやあ、すみません。失敗しちゃいました。私の方が運動神経が悪かっただけの話です」
こんな状況でもプルデオはヘラヘラと笑う。
「そっか。じゃあ二人とも排除ってことで」
少年はいうや否や何もない空間から巨大な鎌を出すと、そのまま振り上げる。
「ん!」
しかし直後、突然のフラッシュに目を瞑る。プルデオの手には、撮影機が握られていた。
「悪いですが、こちらも捨てられない夢があるのでね。ここで死ぬわけにはいかないんですよ」
「夢?」
「ええ、この国で成り上がってやるんですよ。そのためにこんな危険な事をやってるんでしょうが!」
それを聞いて少年は固まる。その隙をついて二人は急いでその場を脱出する。追手の気配がするが、振り返らず少しでも遠くへ逃げる。ちょうどその時、近くで狼煙が上がり、低音の笛の音が響き渡る。
「援軍だ!」
その合図のおかげか、それ以降追手が来ることはなかった。狼煙が上がった方向へと急ぐと、その先には三人の兵士がいた。鎧の紋からしてミシガン兵のようだ。
「アマンセル卿からお二人をお迎えするよう仰せつかりました」
「あいつ、さすがね」
援軍は単なる脅しのようだったが効果はあった。五人はすぐにルーンレイクへの帰路を急ぐ。王城に着くと真っ先にエミリオたちのもとを訪れた。
「証拠、撮れたわ!」
「ご無事でなによりです。こちらも新しく情報が得られました」
一同はここまでに得た情報を共有した。
「コーネリアス侯爵は現在、牢獄に収監されています。すぐにノルテポントにも小隊が向かう予定です。なんとしてでもエリオット卿を保護して、詳細を聞き出さないといけません」
「ちょっと情報量が多すぎ。少し休んで良い?あんたも休みたいよね」
ぐったりとした顔でフィオラがソファに倒れ込む。アマンセルは笑って頷く。
「ええ、あとはこちらにお任せください。伯爵もどうぞごゆっくり。お茶でも入れましょうか?」
「アマンセル卿が直々に入れてくださるのですか!?それはお言葉に甘えちゃいますよ〜。エミリオくんも、ほら。慣れないコーネリアス侯爵との対談で疲れてるでしょう?少し休んだらどうです?」
プルデオが空いているソファをポンポンと叩いて休憩を促すが、エミリオは首を横に振る。
「いえ、まだ事は終わってません。なんとしてでもエリオット卿を連れ戻さないと」
「エミリオくん、彼のことなら兵士に追わせているよ。少し休もう?休憩も仕事の一つだよ」
「でも、侯爵は今も不安なはずです。だって自分の子供が危ない目に遭うかもしれないんですよ?本当の親だったら心配なんじゃないんですか?」
三人は顔を見合わせる。
「焦ってあんたが加わっても、結果はそんなに変わらないと思うよ」
だらしなく横になりながらフィオラが言う。
「たかだか新米の星詠じゃ、あのバケモンに対抗できない。それに向こうにはアレが二人もいるってんだから、なおさらよね」
「でも!あ…」
「はい」とアマンセルが半ば強制的にお茶が入ったカップを渡す。ズイと差し出されたそれを受け取らないわけにもいかず、大人しく受け取るとソファに腰掛けた。
「そう言えばあの少年、なんで私たちを見逃したんですかね…」
「さあ。あんたの夢に呆れたんじゃない?」
「へー伯爵、夢があるんですか?」
「ええ。犯人が捕まったので暴露しちゃいますが、私の夢は上の地位を目指すことです!私も侯爵になりたいのです」
「だからって今回、あたしと手を組んで、役に立ったら是非とも推薦人になってくださいって。一介の他国民にそんな権利ないっつーの」
フィオラは呆れたように言うが、プルデオは諦めない。
「そうは言っても不老不死の魔女で、エーレクトラオスの王家とも繋がりがあるんでしょう?そちらの女王様経由でうちの陛下に進言していただいてもいいんですよ」
「んなことさせられるか!あんた、その調子じゃ、あたしが推薦しなくても爵位もらえると思うよ」
束の間の休息に一同はしばし歓談していた。数時間後、一人の兵士から、エリオットが取り押さえられたと連絡が入ると同時に部屋の緊張感が一気に解け、誰からともなく安堵のため息が漏れたのであった。
翌日。早速、マルシアが復帰した。研究員たちは彼女の復帰を喜んでいた。復帰後の挨拶にて、彼女は言う。心なしか晴れやかな表情をしていた。
「この度はご迷惑をかけたことをお詫びします。私がいない間も、それぞれできることを進めくれていたみたいで誇りに思います。お詫びと感謝の意を込めて、今日の午後は休みにして、お茶会にしましょう」
午前は浮足立ってはっきり言って皆、仕事どころでは無かった。何せあのマルシアからお茶会をしようだなんて、初めてなのだから。彼女もその雰囲気を感じ取ってはいたが、今日だけは見て見ぬふりをしていたようだ。
午後に入るとキリの良い所で仕事を切り上げ、待ってましたと言わんばかりにいそいそとお茶会の準備が始まる。中庭に面するバルコニーにテーブルを出し、マルシアが用意させた高級な菓子やらお茶やらが並べられる。束の間の休息を祝福するかのように青空の下、優しい風すらもお茶会を楽しむ。
エミリオはベンチに座ってお茶を味わう。一口飲むと、芳醇な茶葉の香りが口の中に広がる。お茶の良し悪しは分からないが、それでも今日のお茶は特別おいしく、自然と笑みが溢れる。
「隣、いいかしら」
お茶会が始まりしばらくして、マルシアがエミリオに声をかけた。少し横にずれると、彼女は隣にゆっくりと腰をかけた。一呼吸おいて、彼女は言う。
「今回はありがとう。あなたがどんな選択をしようと、受け入れる覚悟ではいたけど…」
彼女は視線を下す。それにエミリオは少し親近感を覚える。そういえば過去にクレロが「あの人も人間だもの」なんて言いながら、茶菓子を頬張っていたような気がする。
「僕はお義父様の信頼を裏切りたくなかっただけです」
「そうね」
彼女は笑う。嬉しそうに笑う。その理由はエミリオには理解できなかった。
「それに過去にされたことと、今回のことは関係ありませんから」
「そう…あなた、強いのね」
やっぱりこの人は優しい。今まで恐怖を感じていたことは確かだ。でもそれはアイレスターという名前に恐怖していただけで、個人として見た時はどうだろう。この人はいつだって真剣に向き合ってくれていた。それが分かった今、もう怖いとは思わない。
「なので侯爵、これからもよろしくお願いします」
彼女は驚いた顔をしたが、すぐに「ええ」と言って笑った。