Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    yctiy9

    @yctiy9

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 63

    yctiy9

    ☆quiet follow

    かなり間が空いてしまいましたが、続きです。
    本当は上下で完結予定だったんですが…

    真意一閃(中) 「わあ…」
     目の前に広がるのは人、人、ひと!故郷の西南の里とは比べ物にならないほど賑わう街並みに、四葉は感嘆のため息を漏らした。剣豪の集う里と言うだけあって、やはり武人と思しき人が多い。二人はお互い迷子にならないようにくっついて歩く。時折、距離が離れると四葉の服の裾を摘んでくるチトセが、弟のようで可愛くてしょうがなかった。
     ふと、故郷に残してきた虎太郎を思い出す。あの子は元気だろうか、などと身勝手な姉にそんなこと心配する資格もないのだろうにと苦笑いする。それよりも、と四葉は振り返った。
     「チトセ!早いけどお昼にしない?」
     「そうしよ…」
     その時、ふとチトセが振り返る。キョロキョロと人混みの中に何かを探しているようだ。
     「どうしたの?」
     「いや」
     そう言いつつも、やはり気になるらしく彼は歩き出すまで後方を伺っていた。
     お昼をそば屋で手短に済ませた二人は、店を後にする。店を出たところで、チトセがふと四葉を呼び止めた。
     「四葉、行きたいところがあるんだが」
     「どこ?」
     「あっちに気になる店があって。四葉は他をまわっていて良いぞ」
     そう言って、引き留めようとする四葉も待たず、彼はスタコラサッサと行ってしまった。なんというか着いてきて欲しくない感じさえ見受けられた。ここに着いてからチトセの様子が何かおかしい。素性の分からない彼の、素性が分かるであろう唯一の手がかりがこの街にある。無理に探るのは良くないが、彼の正体を知りたいと思ってしまったことも事実。赤鬼を逃したあの夜に見た、黒い瞳の鬼はチトセなのだろうか。それともあれは夢だったのか。四葉は少し様子を見ることに決めた。
     あまり遠くに行ってはいけないと思い、四葉はそこら辺で暇を潰す。半刻も経たないうちにチトセは帰ってきた。何も買っていないようだったが、その代わり長屋に空き部屋を見つけたと言うので、しばらく五畳程の広さの部屋に住むことになった。家事はチトセがやると言って譲らなかったので、家事担当はチトセ、生活費収集担当は四葉が担うことになった。
     「でさ、その生活費なんだけど…」
     近くに武闘場があるのを事前に調べていた四葉はチトセに説明する。
     その武闘場は、勝ち上がり制で賞金が貰える仕組みになっている。武闘場で実践をしつつ、賞金を稼ごうという算段だ。とはいえ新参者が飛び込みで参加できる訳でもないので、まずは地道に里の依頼をこなしたり、小規模の武闘場で日銭を稼ぎつつ、実績を積んでいく必要があるのだが…。
     それから日々、鍛錬しながらその日暮らしをしていた四葉達だったが、ある日のこと、四葉がとある紙を持って帰ってきた。その紙には「天下一武刀会 開催」と力強い文字で書かれていた。最近、ようやく大きい会場で試合ができるようになったこともあり、四葉はこの武刀会に参加しようと考えていた。この大会で優勝して力を示すことで、父親にも認めてもらえるのではないか。彼の言っていた、四条院の一員としての相応しさを見つけられるのではないか、と。チトセは少し心配そうにしていたが、最終的には「気をつけるんだよ」と言って了承した。
     「それでさ…お願いがあって…」
     手を合わせる四葉にチトセは首を傾げる。
     「強化鍛錬に付き合ってくれない?」
     「構わないよ」
     いつかの約束を覚えていてのことなのか、チトセは二つ返事で首を縦に振った。毎日鍛錬しているにも関わらず、やはりチトセの強さは別格で、四葉には全くと言っていいほど勝ち目がなかった。だが、その鍛錬の中でどこを直せばいいとか、もっとこうしたら良いなどチトセのアドバイスを受け、四葉は確実に腕を上げていった。
     そんなある日の朝。その日はシトシトと朝から雨が降っていた。共同トイレから出た四葉は井戸端に集まっていた住人に声をかけられる。
     「あんたんとこ大丈夫かい?」
     「なんの話?」
     声をかけた女性はヒソヒソと話す。
     「最近、ここら辺でも流行病が出始めたらしいじゃないか。そんだから、大丈夫かなーって」
     その話に四葉は眉を顰める。頭を過ぎるのはあの日取り逃した赤鬼だ。
     「少なくともうちは今のところ平気だよ」
     「なら良いんだけどね…」
     「心配ありがとう、そっちも気をつけてね」
     笑って四葉はその場を離れた。大丈夫、とは言ったものの一抹の不安が心に過ぎる。あの鬼がこの里に来る。次に鉢合わせた時、果たして自分はあれを斬ることができるのか。雨の寒さか、それとも恐怖か、背筋に悪寒が走った。
     その夜。ザアザアと降る雨の中、巨大な影が里を練り歩く。それは何もしない。ただ何かを探して歩くだけ。誰もその姿を見ずとも、翌朝、ぬかるんだ道に残された大きな足跡は人々に恐怖を植え付けた。
    ♢ 
     「ケホッ」
     「風邪か?」
     鬼の足跡が発見された翌日。既に武刀会の決勝が一週間後に迫っていた。
     チトセは、重い身体を引きずって寝床から這い上がった四葉のおでこに手を当てる。
     「…熱だ」
     解熱剤を朦朧とした意識の中、四葉は飲み下す。ボーッとする頭にあるのは、あの鬼のこと。どうにかしなければ、今度は東の里が疫病に悩まされてしまう。
     「おに……どうにかしないと…」
     「安静にする方が先だろう」
     起き上がろうとする四葉をチトセは無理やり寝かしつけた。
     「今から私の言うことをちゃんと聞くんだ」
     ゆっくりとそう言って、チトセは熱のせいで意識が散漫としている四葉の瞳をジッと見つめる。
     「この病の原因は鬼じゃない。もし鬼が原因なら、君はとっくにかかっていてもおかしくないからだ」
     今の四葉でも分かるように、彼はゆっくりと話す。四葉は瞬きで話の続きを促した。その合図にチトセは黙っていたが、しばらくして顔を上げた。するとどこからともなく風が彼を包み、気づけばその頭には二本のツノが生えていた。言わなくても分かる。やはり彼は鬼だったのだ。
     「驚かないのか?」
     驚かない四葉に、むしろチトセの方が、黒い瞳を見開いて鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
     「なんとなくわかってたからね。ありがとう、言ってくれて」
     「そうか…今まで黙っていてすまない。というか気づいていたなら言ってくれ」
     彼は顔を赤らめて言った。コホンと一つ咳払いをして、気を取り直す。
     「本物の鬼は斬ることを本能とする存在。病気を流行らせる力はない。だから原因は他にある。おそらく原因の正体は噂と思い込み。だから今はただこう思えばいい」
     いいかい、と四葉のおでこに手を添えた。ヒンヤリとしていて気持ちがいい。だが、その冷たさは人にしては低すぎる体温だった。
     「それは病気じゃない、自分は元気なのだと。君の熱が流行病なら、そう思っておけば明日には治るはずだよ」
     「うん」
     おやすみ、と言う言葉と共に四葉は眠りに落ちた。
     その翌日。昨日の熱がまるで嘘のように、熱も下がりすっかり体も軽くなった。チトセの言う通り、本当に思い込みだったのかもしれない。
     その日から、四葉は大会に向けて体を慣らしていった。当日。東の里のみならず、外の里からも腕っぷしに自信のある剣士たちが集まってくる。毎年恒例の大イベントということもあり、里はどこも活気づき、会場周辺には出店が沢山出ていた。
     「んむ、がんばれ。あつっ……四葉なら優勝できるさ。む、美味い」
     「食べるのに夢中になって、私の出番見逃さないでよ?」
     「大丈夫だ。一口いるか?」
     チトセはアツアツの厚揚げを四葉に差し出す。
     「いらない」
     まったく、彼が意外とこういうイベントに浮かれるとは思わなかった。朝は食べてきたが、緊張で今はもう食欲がない。
     「らしくないぞ、私!」
     ふん、と荒い鼻息を一つつくと、四葉はスタスタと受付へ向かった。
     だがどうだ。実際に試合の場に立つと、不思議と先までの緊張は消えていた。体に染み付いた剣技で、あれよあれよと相手を打ち負かし、気づけば決勝戦になっていた。多少の苦戦はあったものの、チトセに比べれば戦いやすい方で、見事優勝したのであった。
     「おめでとう!」
     チトセを筆頭に、見知らぬ人々にも祝福され、四葉は一躍、時の人となった。嬉しかった。だが、四葉の心の奥にはわだかまりがあった。父の言葉が蘇る。
     『お前はこの家に相応しくない。東に行くなり何なり、好きにすればいい。出ていけ』
     四条院としての相応しさとは何なのか。自分はこの優勝でその答えを見つけられたのだろうか。父を超える事が目標だと思い、強さを示すため大会に参加したが、優勝してみても心は晴れない。
     優勝した今、なんの為に刀を振るうのだろう…………。
    ♢
     数日後。四葉が外から帰ると、長屋の前に人だかりが出来ていた。嫌な予感がして、急いで人をかき分けると、目に飛び込んできたのは血だらけのチトセだった。それも鬼の姿でその上、ツノは片方折れている。
     「チトセ!」
     チトセを囲む男たちを押しのけ駆け寄る。斬られた右目からの出血量はかなり多い。今すぐにでも手当をしなければならない。四葉は家にあった清潔な布で患部を抑える。
     「お前は四条院の。武刀会ではよくもやってくれたな。でも優勝しても、人っ子……いや、鬼一匹守れやしねえ」
     上擦った声で男はまくし立てる。そいつは武刀会の決勝で打ち負かした男だった。見れば彼の手には白い象牙のようなもの…鬼のツノがあった。チトセを傷つけ、そのツノを折ったのだ。それも相手が無抵抗だったにも関わらず、だ。でなければ男たちはチトセに斬り伏せられていたはずだ。それが分かった途端、四葉は鯉口を切り、目にも止まらぬ速さで刀を振りかぶる。群衆からは悲鳴が上がったが、今の四葉にはそんなもの聞こえなかった。怒りのままに振り下ろした刀は男の頭を叩き割るすんでのところで止まった。チトセに握られた腕に痛みが走る。振り解こうとしてもビクともしない。たった右手だけで止められているというのに。観念して、それ以上相手を傷つける意思がないことを示すと、かれも四葉を解放した。
     チトセは自分を傷つけた男たちに歩み寄る。腰を抜かして座り込む彼らは、悲鳴をあげることさえ出来なかった。
     「君はその噂、どこで聞いたんだ」
     あくまで静かなその声は、それでも人々を威圧した。恐怖で声の出ない男にチトセはもう一度問いかける。
     「鬼のツノが病気に効くという噂は、どこで聞いたんだ?」
     「し、知らねぇ。噂なんてどこで聞いたかなんざ覚えちゃいねぇよ」
     「それでも君はそれを信じてここに来た」
     チトセは男たちににじり寄る。
     「質問を変えよう。私の化けの皮を剥がしたその小刀は誰から貰った。君のではないだろう?」
     「あ…うっ……それも分からねえ」
     本当に答えられない男の様子にチトセは納得がいったらしい。
     「いいよ、その戦利品は君の好きなようにするがいいさ。私にはもう必要のないものだからな。代わりにその小刀を譲って欲しい。それで今回の件は水に流そう」
     震える手が赤く染まった小刀を差し出した。チトセは四葉に向き直る。
     「これから知り合いの所に行く。君も一緒に来るといい」
     人々の視線を他所に去りゆくチトセを、四葉は少し遅れて追いかけた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works