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    yctiy9

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    yctiy9

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    かなり間があきました。おわりです。

    真意一閃(下) 四葉がチトセに着いて行った先は裏道の町屋。陽の当たらないであろうそこは、普通に過ごしていたら絶対に入ろうとは思わないだろう。いや、そもそもこんなところに店を構えているなんて、思いもしないかもしれない。道に面した店には目もくれず、通り庭を進み座敷へと上がった。待っていたのは一人の女性だった。
     「派手にやられたね」
     そんな呑気な声が、血だらけのチトセを笑い飛ばす。鬼であるチトセを見てもちっとも臆すことなく笑うということは、つまり、かれの正体を元から知っていた「存在」なのだろう。彼女は四葉を見て、ニコッと笑う。
     「初めまして。ぼくの事は…うーん、とりあえず案内人とでも呼んで」
     「は、はじめまして…四条院 四葉です」
     「ささ、こっちに座って」
     促されるまま、四葉とチトセは座敷に座った。出されたお茶を飲んで一息つく。
     「以前会った時よりも凛々しくなったじゃないか」
     案内人はチトセを見てクックッと笑った。
     「……以前って、もしかして初めてこの街に来た時に言ってた気になる店って、ここの事だったの?」
     四葉のその問にチトセは頷いた。
     話は二人が東の里にやってきた日に遡る。四葉に嘘をついて、チトセは一人でこの案内人の所へやってきた。一人、寂しい町屋に足を踏み入れ、招くように開かれた門をくぐる。その日も今日と同じように座敷に勝手に上がった。
     「いらっしゃい」
     あからさまに警戒するチトセとは反対に、案内人は来ると分かっていたように落ち着いていた。かのじょは適当にチトセを座らせ、茶を出す。
     「あれほどの視線を送られれば、来ないわけにも行くまい。それに流行病のこともある」
     「そりゃね、冥界の一部で話題になってたからさ。人として生きると決めた鬼がいるってね。興味が湧いて熱烈な視線を送ってしまっていたようだ」
     「死神というのは、素体を通してでも魔の正体が一目で分かるのか」
     「もちろん。いくら側を装ってもその本質は変わらない。魂の色で分かるさ。で、どう?こっちに来て一週間くらい経ったけど、君の目的は果たせそう?人と共存したいという目的は」
     案内人はニヤリと笑った。その顔はきっと答えを知っている。畳み掛けるようにかのじょは言葉を続けた。
     「鬼の本能は斬ること。こっちに来て何も斬らなかった?」
     赤鬼と対峙した夜を思い出す。腕を切り落とした時の重み。張り詰めた一瞬の緊張感からの解放。暗闇を駆け抜ける白刃の軌道。全てが甘美だった。身体の奥底から沸き立つ昂りを抑えようと見上げた月はとても美しかった。あの瞬間、確かに自分は「チトセ」ではなかったのだ。それはもう否定しようのない事実。それでも願ったのだ、人として生きたいと。それがどんなに無謀な願望でも。
     再び震え上がる魂を抑えなければと、思わず自分の肩を抱く。
     「ボクたち人ならざる者は、自身の真意を見失ってはならない。それを失うってのは、存在を否定したのと同義だからね」
     かのじょの言葉は鋼を冷やす水の如く、鬼の魂を包む。たしかにその通りだ。かのじょの言葉はスっと腹に落ちた。それはつまり、言われるまでもなく自分でも分かっていたのだ…。
     「それでも私は、その時が来るまで人として過ごしてみるよ」
     「そう。じゃあ、またいつか人間生活の感想を聞かせておくれ、チトセさん」
     それが最初に二人が出会った時の会話だった。
     「とはいえ、もう終わりだ。全てが終わったら帰ろうと思う」
     チトセ、否、鬼は腹を括ったのだ。自分は人とは違う、どう足掻いても魔は人にはなれない。その証がこの右目の傷なのだ。
     「待ってよ。帰るって、そんな急な…」
     詰め寄る四葉に、かれは首を横に振った。
     「四葉、出会いがあれば別れもある」
     突然の別れに四葉は戸惑う。すぐに受け入れるのが難しいほどに、長い時を共に過ごしてしまった。それでもかれが帰ると言うのであれば、それを尊重したい。膝の上で拳が握られる。
     「だが…四葉、君が私に剣術の教えを乞うたのは、私が強いからだろう?」
     「そうだけど」
     「ならば、最後の教えといこうか」 
    ♢ 
     逢魔が時、四葉と隻眼の鬼は里の大橋に来ていた。案内人に今日の決められた時間に赤鬼が里の大橋に現れるよう仕向けてもらった。恐らくもうそろそろ現れる頃である。
     鬼が右目を負傷した日に案内人を訪れた二人は、男から預かった小刀を彼女に渡した。
     「これを分析してもらいたい。私の素体を貫通した小刀だ。素体を霧散させるということは、おおかた人の技術ではないだろう」
     「なるほど。これを形作る魔力を分析して敵の正体を知りたいわけだ」
     「ああ。だがおおよその見当はついている。恐らく赤鬼の正体は話し屋だろうな」
     話し屋とは、これもまた魔の一種である。人々が噂を語り継ぐことによって生まれる魔で、その噂は時として人々の生活に害を成す。
     「恐らくそれが今、郊外を中心に噂が広まり、病を引き起こしている。それだけならまだ良い。問題はその話し屋が既に自我を持ち始めている事。その小刀が証拠の一つだ。つまり今の赤鬼は話し屋としての真意を逸脱している」
     鬼の推測を聞きながら案内人は小刀を木箱に入れる。しばらくすると、仕組みは不明だが、木箱の底部の隙間から紙が出てきた。
     「なるほど……君の言った通りだ。この小刀から話し屋の魔力が検出された。となると、これは僕たちも動かないといけないなー。真意を逸脱した魔は冥界の掟に違反するからね」
     チラッチラッと意味ありげに案内人は鬼を見遣る。当の鬼はその意図を察し、投げかけられた視線に顔をしかめる。
     「本当はボクたちがやっても良いんだけど…赤鬼の標的は君みたいだし。明日の夕方、里の大橋に来て。そこに話し屋をおびき寄せるから」
     そして言われた通り、指定された時間帯に大橋へ行くと、赤鬼がやってくるという噂を聞きつけた人々が集まっていた。その人だかりの向こうで既に案内人が先に待っていた。
     「あとは任せたよ。それから四葉さんも気をつけて」
     「うん。それよりもさ、この人たちはなんなの」
     チラッと後ろを見遣る。後方には腕っぷしに自信のある剣豪が集っていた。中には当然、武刀会に参加していた顔も見える。
     「彼らは話を聞きつけた命知らずだよ」
     あくまで止める気はないらしい。止めたところで話を聞くような人間たちではないだろうが。
     しばらくして遠くに巨体があらわれると、ピリピリした空気が一瞬にして張り詰める。野次馬も口を閉じ、一点を見詰める。それはゆっくりと人々を連れてやってくる。初め鞠のようなサイズだったそれは近付くにつれて徐々に大きくなっていき、しまいには建物のサイズほどの巨体が目の前に立ちはだかった。
     「一人でやってこないとは魔の風上にも置けないな」
     にやりと隻眼の鬼は言う。赤鬼はヴオォと地の底から覆す轟を一声発すると、まるでそれが戦の合図を示す法螺貝かのように、兵どもは一斉に駆け出す。嵐のようなの剣戟の中、四葉は次々に赤鬼という噂話に洗脳された人々をなぎ倒していく。同様に鬼も、隻眼をものともせず白刃を躱して、いなして行く。命知らずの剣士の働きもあり、噂に洗脳された人々はあらかた地に伏した。
     ここまではまだ人の領域。
     これより見せるは魔の本領。
     本能。
     斬るために生まれた存在が何かを斬らずして生きていくことなど不可能なのだ。握る柄は最早、身体の一部であり、無くして生きていくことはできないと悟る。彼らは、ただ斬るという目的のためにその技を磨くのである。それこそが彼らの強さそのものである。更なる高みを目指す忍耐力と集中力を以て、究極の一閃に辿り着く。
     そして今、限りなく研ぎ澄まされた一斬が煌めく。
     魔を形作る全ての力が全身を駆け巡り、刀と自身の境目が消えていく。隻眼の鬼の奥義を見た者は言う。それは天から襲撃した龍の爪だと。そしてある者は言う。彼こそが千歳の豪である、と。確実に相手を斬り殺す最強の剣技は、鬼にとって究極の一閃にたどり着いた証である。
     人々を震わせた噂は消え、これにてめでたし。
    ♢
     鬼が目を覚ましたのは二日後のことだった。奥義にて話し屋を斬り伏せた鬼は、全力を出し切りその場で気絶した。そこから二日、案内人の店で眠っていた。再び目を覚ました時の四葉は少しだけ泣いていた。
     「どうしてこの世界に来たの?」
     看病しながら四葉は聞く。まだ本調子に戻らない鬼は、お粥をコクンと飲み込んだ。
     「そうだね…」
     黒い瞳は過去を懐かしむ。
     「若気の至り……かな」
      鬼は自らの命さえも顧みず、ただ斬る事で自身の存在意義を満たす。斬って、斬って、斬る。魔は自身の存在意義を満たすためなら誰も死を恐れない。それは強がりでもなんでもなく、その言葉通りである。鬼も例外ではなかった。生きることよりも自分の存在意義である本能を優先するのだ。それはこれまでに斬り伏せた者にも言えること。だからこそこちらも心置き無く斬ることが出来る。(否、もとより相手が命乞いをしようとも彼らは手加減などしないのだが。)
     だが鬼はふと血塗れた自身を見て思う。
     もしこの本能に抗ったらどうなるのだろう。そうだ、一度でいいから人間として生きてみたい。そしてこの鬼、一度楽しそうと興味が湧いてしまったら実行に移すのである。
     「本当にそれだけの理由で来て…大怪我して……」
     四葉も少し呆れ気味だ。だが、まあかれらしいと言えばそうなのかもしれない…。
     「本当ならその傷は治すこともできるけど」
     「いや、いい。これは私自身への戒めとして治さないでおくよ」
     鬼は案内人の提案を迷うことなく断った。その光景を見て四葉は父の言いたかったことを少しだけ理解する。恐らく彼は勝つことを刀を握るための芯にして欲しくなかったのだろう。四条院にとって刀を握るのは勝利のためではなく、里を護るためなのだと伝えたかったのだ。誰かを打ち負かし、自身の実力を誇示することこそが強さだとこの前まで思っていたが、それはただの過程に過ぎない。
     (若気の至り、ねえ)
     四葉は一人、微笑むのであった。
     翌日、鬼は本調子に戻り、右目を覆っていた包帯もいつの間にか眼帯に変わっていた。かれは体調が戻り次第、すぐに帰るつもりでいたらしい。曰く、長居して人間との間に要らぬ問題を起こしたくないのだとか。四葉は見送りのために再び案内人の店を訪れた。長屋を退去した四葉も別れを済ませたら西南の里に戻るつもりである。
     「じゃあ私は帰るよ。四葉、長い間世話になった。こちらの生活は思った以上に楽しかったよ」
     「こちらこそありがとう。おかげで大切な事に気がつけたから。……達者で」
     「ああ。元気で」
     そう言って爽やかな笑顔を見せ、かれは元いた場所に戻って行った。今しがた、かれがくぐって行った扉がパタンと乾いた音を立てて閉じる。
     こうして四葉の修行は幕を閉じた。
     後に西南の里を剣豪姉弟が治めるのは、また別の話である。
     
     おしまい
     
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