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    yctiy9

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    yctiy9

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    《ここまでのあらすじ》
    水の精霊オケアニスの力を取り戻したカオスは、次なる力を取り戻すため、山の精霊オレイアデスの遺跡へと向かっていた。

    3-1 目の前に聳え立つのは偉大なる大地の壁。山はいついかなる時でも動じぬ居ずまいで、人々に畏怖の念を植え付け、行く手を阻み遮る。そう、次なるは山の精霊オレイアデスの遺跡。
     エーレクトラオスの北。アレクスト共和国との国境にまたがる霊峰アルト・グランデ。通称アルト山と呼ばれ、アレクストでは巨竜の亡骸との言い伝えもある。山へ祈りを捧げに参拝する旅人も多く、麓には宿場町が栄えていた。カオス一行はエーレクトラオスを離れ二日かけて宿場町に入り、そこで一晩疲れを癒すことにした。
     「おなか空いたー!」
     夕時、活気のある宿場町には食欲のそそる香りが充満する。エーレクトラオスとはまた違った、山の幸や獣肉をふんだんに使用した料理だ。ニンニクとハーブ、そして油の香りが鼻腔を駆け抜け、肺と胃に襲いかかる。出された料理にファイェンは目をキラキラと輝かせる。クイーンが小皿に取り分け終えると、ファイェンのお腹の虫が大きな鳴き声を上げた。
     『いただきまーす!』
     ものすごい勢いで皿の中のご飯は吸い込まれていき、三十分もしないうちに楽しい食事は終わってしまった。
     「明日も早いし、さっさと寝ましょ」というクイーンの言葉に、彼らは町の観光もそこそこに宿に戻り、手短に風呂を済ませると固いベッドに潜った。これまで安宿に泊まってきたため、はじめこそファイェンたちの疲労は抜けきっていなかったが、近頃はクイーンの調合した香のお陰ですぐに眠れるようになり、朝にはすっきり目覚められるようになっているようだった。香には森の精霊アルセイデスの加護を加えているためか、一般的なものよりもかなり効果がある。カオスも睡眠は必要ないが、横になり目を瞑った。まるで森に包まれている感覚だ。暫くすると、隣のベッドから小さな寝息が聞こえてきた。カオスも今だけは思考を手放す。
     …
     ふふ
     あはは
     転んで怪我するよ
     ほら、言ったじゃない
     大丈夫、いたいのいたいのとんでけー
     ふふふ
     ね、いたくなーい。いたくなーい
     かわいい子
     わたしの大事な大事な愛しい子
     …
     大きな樹の下を駆け回る子供と、それを見守る母親の何気ない会話。あたたかくて懐かしい記憶。けれどそれは今までに直接感じたことのないあたたかさで、カオスにとっては安心というよりも、むしろ恐怖に近かった。
     「ねえ」
     不意に起こされて目を開ける。ファイェンと、眠そうな目をしているクイーンが顔を覗き込んでいた。モゾモゾと起き上がり事情を聞くと、なんでもファイェンがやけにお腹が空いて眠れないのだと言う。誰よりも晩御飯を食べていたはずだが、まったく食い意地のはる子供だ。宿の厨房から盗み食いするわけにもいかないので、仕方なくなけなしの非常食をちびちびと食べる。
     「なんか私もお風呂に入ったはずなのに、あまりさっぱりした気がしないのよね」とクイーンもぶつぶつぼやく。それにカオスは言う。
     「…お前は不老不死の魔女。つまり、全精霊と契約している」
     「…」
     途端にクイーンの顔が苦くなる。何かを察したらしい。
     「今ここでオケアニスとヘリアデスの力を使えばお湯を沸かすことができる。風呂桶はオレイアデスとアルセイデスの力で作ればいい」
     「しないわよ!あんたも冗談言うのね」
     「…」
     割と真面目な提案だったのだが一蹴されてしまった。その間にもファイェンはお腹を膨らませたらしい。三人は今度こそ眠りについた。
     しかし翌朝。部屋のある二階から一階の食堂へと降りると、様子がおかしい。
     「誰もいない」
     昨日までいたはずの宿屋の女将も、他の宿泊客も、まるで突如消え去ったかのようにいないのだ。隠れているような気配もなく、まるで…
     「はじめから居なかった…」
     食堂のテーブルには新鮮な果実だけが不自然に置かれていた。
     「外を見てくる」と言って、カオスは宿の外へ出た。大通りにはやはり誰もおらず、朝食の用意をしている様子もない。何よりおかしいのは建物は崩壊し、至るところに瓦礫が散乱しているところだ。散らばった破片を一つつまみ、力をこめるとそれは簡単に壊れた。これはまるで襲撃を受けたかのような…。後からクイーンとファイェンも宿から出てきて、町の異様な雰囲気に愕然としている。
     「誰だ」
     瓦礫の裏に人の気配を感じ、カオスは迷わず声をかける。いや、そこだけではない。この町は既に包囲されている。
     「そこにいるのは分かっている。三つ数える間に出ろ。出ないならこちらから行く。一、二…」
     後ろで動く気配があった。カオスは地面を蹴ると、一気にクイーンたちのところへ飛び寄り、近づく気配へ氷の刃を向ける。「ひっ」という悲鳴と共にその気配はよろめき止まった。見れば、何の訓練も受けていないただの民間人である。ぞろぞろと周りから出てきた者も同じように、ありものの調理器具やら何やらで武装しているだけだった。
     「お前、魔法使いか」
     その中でも特にガタイの良い男が一歩前に出て言う。
     「違う」
     「じゃああいつらの仲間か?」
     「あいつら?」
     「変な術を使う集団だ。大きな鎌を持っている」
     三人はハッとする。
     「その鎌使いは少年だったか…?」
     「…ああ」
     ミシャラで出会った少年だ。三人は顔を見合わせる。
     「仲間じゃない」
     首を横に振るが、彼らは信じていない様子だ。クイーンが口を開く。
     「私たちも戸惑っているの。だって昨日までここでご飯を食べて、お風呂にも入ったのよ?なのに朝起きたらこれ。もしかしてファイェンが夜にお腹空いてたのって…実際には食べてなかったってこと?」
     「…少し待て」
     彼は周囲の人間と話し始め、暫くしてこちらに向き直った。
     「今は信じてやる。だが少しでも怪しい動きをしてみろ。そんときゃ命はねえからな」
     そう言って男たちは顎で着いてくるよう指示すると、近くの被害を受けていない建物へと入った。
     男の名はゴーダ。彼を含め皆、宿場町の住民だった。だが先日、五人の集団が来たかと思うと、突然人さらいを始めたという。町を遠慮なく破壊してできうる限りの人を連れ去り、そして山へと向かっていった。町の半数は連れ去られ、ここにいるのは命からがら逃げ切った人々であった。国に事の次第を話して町の調査をお願いしたが、幻覚のせいで彼らの目には町が正常に映り、ちゃんと取り合ってくれないでいた。遠くから町を見張っていたところ、町に入っていく人影が見えたので包囲したということである。
     「連れ去られた人たちを助けに行かないのか?」
     「何人か行ったが数日経っても戻ってこない…」
     重い雰囲気に誰もが黙りこくる。
     「お前たちはなんでこの町に来た?参拝か?悪いことは言わねえ、止めておけ」
     とゴーダは言う。
     「いや、行く」
     いくら止められようとも行かねばならないのだ。
     言葉足らずのカオスをフォローするように、クイーンが話す。
     「みんな、ルールの神託は聞いた?」
     誰もが頷く。
     「ルールが異大陸の侵入者への対抗策として考えているのが、王家に伝わる聖剣。そしてそれを操れる者は七乙女…つまり七人の精霊の力を使える者であると言われている」
     「不老不死の魔法使いか」
     ゴーダの言葉にクイーンは首を横に振る。
     「残念ながら、契約関係にあるだけの魔法使いでは一度に全ての魔法を使うことはできない」
     クイーンはカオスを見る。つられて他の全員も目を向ける。
     「かれこそ担い手に相応しい」
     「かれ?」と、一見したら女性と見紛うカオスに首をかしげる、
     「男であり女であり、男でなく女でもない…人でも精霊でも動物でもない存在。精霊の樹を護るためだけに生まれたもの」
     「…カオス」
     誰かが呟いた。
     「まさか…だってあれは伝承であって……」
     「信じてくれなくて構わない。だが私は行く」
     カオスはファイェンとクイーンと共に、そそくさと建物を後にした。
     遺跡は宿場町から一時間ほど歩いたところにある。道は多少整備されているが、足場が良いとは言えない。山道には轍の跡が残っていた。ゴーダ達の話では襲撃者が荷車を引きながら山に入って以降、新たに山に入った人はいないと言う。つまりこの轍は襲撃者のものである。轍の痕跡とともに道を進むと、跡も遺跡へと向かっていた。山肌に横穴を掘って作られた遺跡の中へ入ると、カオスは僅かな臭いの変化に気がつく。
     (これは…血) 
     その時点で既に連れ去れた人たちの無事は見込めないだろう。それでも足は先に進む。進まなければいけないから。奥へ踏み込むほど鉄臭さと生暖かさが濃くなり、背後でえずく音が聞こえる。幅広く暗いアーチ型の通路を抜けると、広間に出た。オケアニスの遺跡とは違い、山の中に作られているため天井は空いていないが、数多の松明がすり鉢状の空間を照らし出す。まず目に飛び込んだのは、階段を下りた先に広がる赤い舞台。
     「うっ」
     血、血、血。
     眼下には血の池が広がる。この光景にはクイーンも引いたようだ。血だまりに佇む人間達がこちらを見上げる。僅か五人で町を襲撃し、町民の半数を連行したと言うのか。まだ生存者はいるらしい。縛られたまま無造作に転がされている。
     「あー、来た!お客様だよ」
     少年が楽しそうにビチャビチャと音をたてながら走り回る。その子は確かにミシャラで出会った少年だった。しかし彼は言う。
     「はじめましてだね。でも君の話は聞いてるよ、カオス」
     わざとらしさはない。カオスは眉をひそめる。少年はニッと笑う。こちらの心のうちを見透かすように。
     「ねえ、取引しない?」
     そう言うと、どこからか現れた大鎌を生存者の首下に添える。
     「この人たちの命と君の欲しいもの。生け贄を解放する代わりに、オーパーツをちょーだいよ」
     「なぜオーパーツのことを知ってる」
     「あはは、ヒミツー。で?早く決めてよ」
     と言って、クイと鎌を動かせば、人質がフルフルと怯え、目線で早くしろと訴えかける。
     魔法を使ったところで、こちらの発動が先か、向こうが鎌を引くのが先か、結果は目に見えている。だがそれはあくまで繰り手が魔法使いだった場合の話。魔法使いとは違うカオスの場合、無詠唱かつ無動作で魔法を発動させることが可能である。少年とその仲間を吹き飛ばし、その間に人質を助ける。最悪、人質を吹き飛ばしても構わない。気絶くらいはするだろうが、生きていれば問題ない。
     想像する。あるべき直後の光景を。
     「ん」
     おかしい。魔法を発動する時の感覚がない。いつもならば想像した直後には魔法が発動しているというのに、反応が全くない。
     「オケアニス」
     小さな声で呼び掛けるが応えない。
     「意味ないよ。ここで精霊の力は使えない」
     少年の言葉にクイーンを見ると、やはり彼女も同じ状況なのか恐る恐る頷く。となるとマズい。あとは物理的に仕掛けに行くしかないが、それでは人質は殺されるだろう。
     何を躊躇う。以前のように人間など見捨てればいいだろう。
     チラリとクイーンとファイェンを見る。
     けれどそれではダメなのだ。エーレクトラオスで感じたこと。それは本心だ。それに敵は目の前の少年たち。拐われた人たちは被害者。
     運が悪かった。
     いや、違う。そうじゃない…。
     「わかった…。オーパーツはお前にくれてやろう」
     「やったー!」
     「ただし」と少年の喜びに被せるように声を張る。
     「人質を先に解放することが条件だ。破れば実力行使でいく。お前たちを殺すことなど造作ない」
     正直、後半は出任せだ。未知の相手に物理だけで勝てるとは思えない。
     「えー!んー…分かったよ。バスカドル、この人たち連れてって。それから、あの三人が動けないようにしてよ」
     と、そばにいた青年に命令する。バスカドルと呼ばれた彼はあからさまに嫌そうな顔で少年とカオスを見る。が、少年には逆らえないのか「早くしてよ」という苛立ちに負け、人質を連れ階段を登り始める。解放された人々は我先にと遺跡から逃げ去って行った。その場に取り残されたバスカドルは鈍い動きでカオス、ファイェン、クイーンを後ろ手に縛った。緊張しているらしい彼は、少し離れて三人の様子を伺っていた。縄ではなく、魔術によって拘束されたため簡単にはほどけない。それを見届けた少年は満足そうに笑うと鎌を持ち直し、傍に残っていた仲間の三人に離れるよう指示する。
     「じゃあ、約束通りオーパーツはいただくね」
     彼はゆっくり鎌を振り上げ、オーパーツがあるであろう床を割ろうとする。
     絶体絶命だが、カオスは諦めていなかった。拘束をなんとしても解こうと全身に力を込める。腕が千切れても構わない。ギチギチと痛々しい音が鳴る。
     「駄目ですよ、カオスさん」
     場にそぐわぬ落ち着いた声と共に、今まで押さえ込まれていた拘束が解け、思わずよろける。
     「行って」
     トンと背中を押され階段から落ちそうになるが、すぐに体勢を整えると、一直線に赤き舞台に飛び降りた。驚いた少年は鎌を振り上げたまま、バランスを崩した。
     「っ!バスカドル、なにを…君は…!」
     カオスは殺すつもりで手刀を放つが、少年はギリギリでよける。端によけていた二人も反撃体勢に持ち込むが、その前に氷柱で串刺しにする。掌を返すだけで何もない空間から想像したものが現れる。これこそ魔法の感覚。これで一気に形勢は逆転した。
     「星詠ごときが!!よくも…!」
     ギリリと歯を食い縛り、睨む少年の視線の先。カオスたちにとって、救世主とも呼べる人物が立っていた。
     「エリーゼ!」
     そこに立っていたのはかつて李家のメイドで、あの夜以降、行方が分からなくなっていたはずのエリーゼだった。
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