マーキング「苦しいか?」
「いや、もうちょっと締めていい」
白を基調とした布地にピンク色の淡い牡丹と蒼居蝶が描かれた婚礼衣装の帯を魈が器用に調整していく。
季節は五月雨時期。しとしとと降る雨が湿度をあげ、肌寒くもあるが蒸し暑い時期だ。
そんな時期に蠱毒は鍾離が用意した婚礼衣装に袖を通していた。無論、魈でも良かったのだがより身の丈が女人に近しい方が良いだろうと満場一致で蠱毒が着ることとなってしまった。
いつも緩く仙の衣装を着ている蠱毒には、少しばかり窮屈あではあるが妖魔退治の任務となれば致し方ない。
望舒旅館にある客室の一角の鏡台の前に座り、その後ろで魈が蠱毒に着物を着せ、ギュッと帯を強く締める。
仙術で長くした白から毛先にかけてグレーに染まる髪の毛に櫛を通してまとめ髪をつくる。頭の両サイドで結い上げて丸く整える。いわゆるお団子ヘアーと言うやつだ。
見た目だけなら何処から見ても儚げな仙人の少女に見えるだろう。
「後は、目弾きと紅か…」
魈は蠱毒の肩を掴むと、くるりと身体の方向を変えさせる。鏡台の前に置かれた其々の小皿には金と朱の色があった。蠱毒の細い顎を掴むと自分の方に向かせる。
暫し黙ったままお互いの顔を見合わせた。
蠱毒の困り顔をしげしげ見つめてから魈が口を開く。
「腑抜けた顔だな、」
「は?!!失礼だろ!」
溜息を交えた魈の言葉に眉尻を上げて蠱毒が反応するも、顎を掴む手が僅かに上がると、喉苦しくて言葉を呑み込無羽目になった。
「案ずるな。良くしてやるから、目を閉じろ」
「ぅぐっ……、」
悔しそうに瞼を閉じて黙り込む。
蠱毒が目を瞑り、大人しくなったのを確認する。
魈は顎を掴む手とは反対側の手で、鏡台の手前に隠すように置かれた、自分が普段から使っている小さな貝殻を引き出し器用に開ける。
それから筆をとると、そこに乗る紅い朱色を細い筆ですくい上げ、蠱毒の目尻に紅い朱を引いた。