「白石。お前、曲のチョイス古いなぁ」
タバコを蒸かしながらオサムはケラケラと笑う。白石はそこでようやく自分が鼻歌を口ずさんでいたことに気がついた。
これは何の曲だっただろうか。曲名が思い出せない。
それもそのはずだった。これは、種ヶ島がよく口笛を吹いていた曲。ジャージの袖の片方をゆらゆらと垂らして、よくこの曲を口ずさんでいたのだ。流行りものを好んでいそうな彼が口ずさんでいたそれが、古いと言われるような曲だったとは思わなかった。もう会わなくなってしまってから知る彼の新たな一面に、白石は一抹の寂しさを覚える。
種ヶ島とは世界大会以来会っていない。時間をとって会うような機会はなく、連絡もそう頻繁に取り合っているわけでもなかった。彼が言っていた今度白石に似合う服を見繕ってやるという口約束も、覚えているのはきっと白石だけだろう。
「なぁ、これって何の曲なん?」
「なんや、知らないで歌っとったんかいな」
オサムがタバコを持っていた方の手を灰皿に押し付ける。細い煙がゆらゆらと立ち上り、消えていった。これがタバコを吸い終えたことを意味するのを白石は知っている。
「ラブソングやねん、英語の。アレンジがいろいろあるけど原曲はけっこう古いで」
「へぇ……」
種ヶ島はその中のどれを思い浮かべて口笛を吹いていたのだろうか。白石は考えた。どうせなら、彼が気に入っているそれと同じものを聴いてみたい。
口笛のメロディを思い浮かべているうちに、いつの間にかまた白石は鼻歌を歌っていた。
既にテニス部を引退している白石がテニス部の顧問であるオサムと今もこうして話をしているのは、白石が校舎裏の喫煙所を訪ねてくるからだった。
意図的に目立たない場所に設置されたそこに生徒である白石が頻繁に足を運ぶのはあまり褒められたことではないだろうが、オサムは突き返さずに話し相手になってくれた。
「それで、なんて名前なん? この曲」
「うーん」
空いた手を顎にあてて、オサムが思案するように白石の顔を眺める。
「それ聴いてた奴に直接教えてもらい」
「え……」
思わぬ返答に、あからさまに視線がたじろがせてしまった。オサムはその馬鹿正直な白石の反応に吹き出して、それを目の前の頭をわしゃわしゃと撫でることで誤魔化した。
「ちょ、やめてや」
髪を乱すその手に抵抗しているが、実のところそうされるのは満更でもなかった。
己の頭を撫でる、骨張った大きな手。白石は自覚していた。無意識のうちに、その手を種ヶ島のそれと重ねるようになってしまったのを。
種ヶ島だって、年齢的にはまだギリギリ子供の部類に入っている。けれど彼の持つ白石より一回り大きなあの手は、白石のクラスメイトの誰かのものよりもオサムのもつ大人のそれのほうがずっと近かった。